表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/201

六層北区門番影巨人戦


 

 頭の中でイメージを形にしていく。

 

 これから戦う相手の一挙一動を予測し、その動きを果てしなく細分化する。

 顔の向き、腕の振り、足運び、全ての肉と腱、そして関節を脳裏で再現して組み立てる作業だ。


 同時にその過程で、勝負所と使うべき技を慎重に選び取る。  

 確実に命中させながら、かつ最大限のダメージを与えられる技能を、流れの要所に当て嵌めていく。

 脳内で一矢一矢の軌跡を想像しつつ、倒し切るまでの全てを思い描く。


 そうやって自分の内を、ただひたすらに戦いで満たす。

 完璧な止めの一矢を放ち終えた時、じんわりと汗が滲みだす肌とは裏腹に、僕の頭は冷たく冴え渡っていた。

  


「………………よし、完璧だ」


 

 限界まで集中力を高めきった僕は、反対側に待機するサリーちゃんに目配せする。

 コクリと頷いた少女は、門を目指し歩き始めた。

 

 少女の行く手に待ち受けているのは、巨大な二つの影。

 まるで散歩道を進むようなサリーちゃんの軽やかな足取りを前に、厚みを増した影が門柱から浮き出してくる。


 これまでの影人と違い、その体型はかなり歪であった。


 地面に着きなそうなほど、長く伸びた両の腕。

 瘤のように盛り上がる僧帽筋と三角筋に挟まれたせいで、首が消え失せ、埋もれた頭部はほとんど見えない。

 太く短い足はどっしりと大地を踏みしめ、安定した重心を物語っている。


 アンバランスにくびれた腰を揺らしながら、左の巨人は一対の棍棒を、右の巨人は投槍を持ち上げた。

 踏み出された左の巨人の一歩によって、六層霧の街、北の門の番人との戦いの火蓋が切られた。


 影が具現化したのを確認したサリーちゃんは、さっと踵を返す。  


 一瞬で、その背に棍棒が振り下ろされた。

 異常なリーチを誇る巨人の腕は、数歩の距離を、少女が振り向く動作一つの時間で零に変えた。


 空気が裂ける。


 だが全身を砕くはずの一撃が捉えたのは、少女のケープから生まれた残響だった。

 白い鱗粉を撒き散らしながら、サリーちゃんは風圧に乗って跳ぶ。


 伸ばされた腕が鞭のようにしなり、逆方向から再び少女に襲いかかる。

 地面を蹴り上げるサリーちゃん。


 スカートの裾が優雅に膨らみ、棍棒は床を穿つのみに留まる。

 だが宙に浮かぶ行為は、明らかに悪手であった。


 即座に残っていたもう一本の棍棒が、弧を描く。

 それは空中の少女に、痛烈に叩き付けられた。


 いや、そうなる筈であった。


 まるで手品のように、少女は足場のない宙を飛び退る。

 その手には、いつの間にか鞭が握られていた。


 鞭の先が巻き付いているのは、先程空振りした棍棒だ。

 戻された棍棒の動きに引っ張られて、サリーちゃんはさらに飛躍した。


 空中で器用に鞭を解き、華麗にトンボを切って着地する。

 巨人の棍棒から、大きく間合いを取るサリーちゃん。

 それまで重なっていた射線が外れた瞬間、投槍の巨人が動いた。


 ブォンと、空気がぶれる音が鳴り響く。

 常人の三倍以上の体格を持つ人間が、本気で何かを投げると恐ろしい速さになるようだ。


 明らかに僕の矢よりも速いそれは、空気の壁を突き破り少女に肉薄する。

 だが、わずかに狙いが逸れた。


 足元を抉って消え去る投槍を、少女はひとごとのように見送る。

 僕を信頼しきったその素振りに、気持ちがほんの少しだけ揺れた。


 そう。今のは僕の仕業だ。

 投擲を終えた巨人の欠けていた親指が、見る見るうちに新しく生え揃う。


 あの超高速で飛ぶ槍は質量があり過ぎて、僕の矢では歯が立たない。

 しかし本体の方なら、なんとか通用する。

 とは言っても、せいぜい末端をもぎとる程度が精一杯だが。


 妨害されたことに気付いたのか、投槍の巨人は僕の方へ体の向きを変えた。

 背を丸め足元の影から新たな槍を引き出す姿に、僕は息を整えながら呟いた。



「さて、ここからが本番だ」



 巨人の肩が盛り上がる。

 何とも分かりやすい。

 師匠の虚実を織り交ぜた射法とは大違いだ。

 

 だが速い。桁外れに。


 真横を通り過ぎた槍の風圧に、身体が流れそうになるのを何とか堪える。

 四連射クワッドショットで吹き飛ばした左手の親指を、再び生やしながら巨人は足元に手を伸ばした。

 長い手には、新たな槍が掴まれている。


 問題は指の再生速度だった。

 撃ち抜くのが早過ぎると、投げる前に再生されて、そのまま致死の一撃が飛んでくる。

 遅ければ、言わずもがなだ。


 深く息を吸う。

 一秒以下の決断で生死が決まる勝負は、まだ始まったばかりだった。


 視界の隅では、両手の棍棒をぶん回す巨人を相手に、サリーちゃんが奮闘していた。

 交互に振り抜かれる棍棒から、横殴りの暴風が生み出され、至近距離で躱す少女の前髪を気ぜわしく翻す。


 そんな嵐の中でも、サリーちゃんの顔には全く焦りの色が浮かんでいない。

 むしろ鼻歌でも歌いだしそうなほど、その瞳は喜びに溢れていた。


 ただそれは、絶圏アブソリュートがあるからの余裕ではない。

 事実、今の彼女の身を守っているのは、その突出した反射神経と身体能力のみだ。

 あえて絶対防御の守りを、使わない理由は――。



 躱し切れなかった棍棒の一振りが、サリーちゃんの右手を吹っ飛ばした。


 

 その刹那、少女は狂おしい笑みを漏らす。

 途端に漆黒の亀裂が、棍棒の巨人の足元に生まれた。


 そこから飛び出してきたのは、透き通った無数の手であった。

 地の底から溢れ出た亡者たちの手が、巨人の足にしがみつく。


 黒い穴に引っ張り込まれそうになった巨人は、棍棒を無造作に振るった。

 狙いは、物理攻撃が無効な死霊ではない。

 凄まじい音とともに切断されたのは、巨人の足であった。


 自らの脚を叩き切った巨人は、両手で這いずりながら穴から離れる。

 無念そうな叫び声とともに、真っ黒な両足を抱えた亡者どもは穴の奥に消え去った。



 ――滅落バニシング



 自らを傷つけた相手を、奈落へ追放する恐ろしい禁命術オーダー

 サリーちゃんが扱う中でも、最凶最悪の部類に入る術だ。

 

 両足を再生し、立ち上がる巨人。

 すでに奈落への穴は閉じている。

 そしてサリーちゃんの失われた右手も、元通りになっていた。 


 少女の傍らから、急いで離れるイリージュさん。 

 その背中には生気を吸われ、ぐったりとしたミミ子が乗っているのがチラリと見えた。


 イリージュさんに懸命に回生リフレッシュを掛けて貰う狐っ子に、憐みの感情を覚えつつ目の前の巨人に気持ちを集中させる。


 まるで機械の如く同じ姿勢で、巨人が槍を構える。

 しかし慣れ親しんだ極眼ホークアイは、どんな時でも僕を裏切らない。

  

 くっきりと、生じた差異を捉えきる。


 ――指が。

 

 巨人の親指が、二本に増えていた。



「そう来たか……」



 だが慌てない、焦らない。

 この変化も、イメージの中でとっくに想定済みだ。

 槍を振りかぶった巨人の動きを切り取り、もっとも効果が高い瞬間に合わせて弓弦を揺らす。


 轟音が、僕の耳の横を掠めて通り過ぎる。

 左耳の聴覚が消え失せ、ぬるりと液体が溢れ出す感覚が伝わってきた。


 巻き起こる突風に、反射的に目を閉じかけて堪える。

 視界に映るのは、足の親指・・・・を失ってひざまずく巨体。


 投擲の瞬間に踏ん張りの要である親指を失っても、ここまで当ててくるのか。

 脳内の予想図を、急いで修正する。

 あと少し遅れていたら、僕の頭は落とした水瓜みたいに爆ぜていただろうな。


 足の親指も二本に増やしながら、巨人が新たな槍を手に立ち上がる。

 その二の腕に真上に近い角度から落ちてきた矢が、サクッと刺さった。

 

 

「よし、間に合った!」



 試し矢の刺さり具合に、僕は思わず声を上げた。

 最初は、鏃がわずかにめり込むだけだったのだ。


 だが頑張って、槍を無駄撃ちさせ続けた努力が実を結んだようだ。

 あの投槍は自分の体を削って投げているようで、投げれば投げるほど巨人本体の影の密度が薄くなっていく。


 これで末端だけでなく、手足まで矢が通じるようになったな。

 ――ばら撒き撃ち改(バラージ2)


 矢を受けて肘と膝がぶれた一投は、僕から大きく逸れて着弾した。

 胸を撫で下ろしながら、立ち上がる巨人を睨みつける。

 ここからの詰めが、もっとも難関なのだ。



 視界の左側では、すでに発狂モードが始まっていた。



 大きく背を反らす、棍棒の巨人。

 何度も両足を失ったせいか、もうかなり色が薄くなっている。


 その胸部が縦に裂け、真っ白な霧が猛烈な勢いで噴き出した。

 触れるものを凍り付かせる、吹雪の吐息フロストブレスだ。


 流石のサリーちゃんでも、まともに食らえば死に直結する。 

 が、一筋縄ではいかないのがサリーちゃんの持ち味だ。


 吹き付ける凍気を受け止めたのは、彼女の前に召喚された三体の黒骨魔柱ブラックボーンピラーだった。

 白く固まりながらも、骨柱は見事に召喚主を守りきる。


 巨人の棍棒が唸りを上げ、霜柱と化した骨たちが砕け散ってキラキラと地面に降り注いだ。

 その隙に少女は平然と距離を取り、次のブレス攻撃に備えて袖のフリルを持ち上げる。


 あっちはもう大詰めのようだ。

 北の門の番人たちは、追い詰めると戦闘の形態が変化する。

 そしてこの大暴れが終わると、胴体部分の防御が非常に薄くなるのだ。



「――来たか」


 

 投槍の巨人が、ぐるりと背を丸める。

 その背面から飛び出してきたのは、新たな十本の腕だった。

 しかもそれぞれの手に、槍が握られている。


 十二本の槍の照準が、一斉に僕へ集まる。

 同時に僕の頭の中のイメージが、俯瞰する視界と合わさっていく。

  

 ばらばらに動く六対の手首が、肘が、肩が、連続する静止画となって浮かび上がる。

 特に目立つのは、先が尖った黒い槍どもだ。

 もろに殺意とか死を、僕のイメージに割り込ませて来る。


 あの槍を一本でも止め損なえば、僕の身体が消し飛ぶ結果に終わるだろう。

 だが重なり合う腕たちの合間を縫って、全ての投擲を失敗させるのは至難の業だ。


 でも、流石にもう9回目だしなぁ。

 僕の長年の勘が、そろそろ成功する頃合いだろうと告げている。


 たった一度しかないチャンスを正確に捉えた僕は、弓弦を高らかに鳴り響かせた。

 


 ――天眼必中五月雨矢イーグルレインショット



 全ての矢が、あるべき場所へカチリと収まる感覚。

 約束された軌跡は美しい線を描き、異形の人型へと降り注ぐ。

 

 一呼吸置いて、十二本の槍が、すべてあらぬ方向へと撃ち出された。

 

 奥の手を出し切った巨人は、静かにその場で膝をつく。

 屈んだ巨体の背が蠢くのが、目に飛び込んできた。


 要所に矢を受けたまま槍を放ったせいで、大きく歪んでいた腕が急激に再生していく。

 

 だが、時間は十分に稼げた。

 腰を落とした状態で、僕は力の限り弓を引き絞る。

 

 イリージュさんの柔らかな手の感触が、背中から伝わってくる。

 流れ込んでくる温かみが、僕に残った最後の力を呼び起こしてくれた。


 打ち合わせ通りに、サリーちゃんが棍棒の巨人を投槍の巨人の背後へ引っ張っり終えている。 

 二体の身体に纏わりつき、核の位置を指し示す淡い光も見える。


 あとは僕の仕事だ。

 気負いもなく、恐れもなく、ただ当たり前に矢を放つ。

 最初からそこへ行き着くのが、定めであったかのように。


 

 ――命止の一矢・貫クリティカルストライクアロー)



 紫の螺旋が、空を穿つ。

 高速で回転しながら飛来する蛇は、投槍の巨人の胴体に喰い込み、易々と食い破った。

 突き抜けた蛇は、勢いのまま棍棒の巨人へ襲い掛かる。

 二体の巨人は、一矢によって貫かれた。


 少しの静寂。

 どろりと、核を食い破られた巨人どもの身が崩れ落ちる。

 地面にわだかまる黒い水溜りのような姿に、僕は肺の底に溜まっていた空気をすべて吐き出した。


 実はこいつらは、二匹同時に仕留めないと、延々と復活してくるようなのだ。

 ちょっと倒す時間がずれただけで、直ぐに門柱から新しい巨人が現れるので、思い切って挑戦してみたが、これで正解だったようだ。


 もう二度とは無理かも思いつつ、全く力が入らない体を地面に横たえる。

 心配そうに駆け寄ってきたイリージュさんに、僕は気の抜けた笑みを浮かべた。



 最後の記憶は、僕の頬を撫でる彼女の手が、わずかに震えていたことだった。



滅落バニシング―ダメージを受けた量に応じて、呼び出せる奈落の大きさが決まる

天眼必中五月雨矢イーグルレインショット―"撃ち"が"矢"になったのは、そっちのほうが語呂がいいからです(主人公談)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ