六層東区探索/三周目
「やはり深層だけあって、モンスターの動きも手が込んでくるね」
「話を聞いとる限りでは、面倒な印象じゃのう」
基本的に浅層のモンスターは余り複雑な思考を持っておらず、敵対心を向けてきた相手にひたすら突き進んでくるものが多い。
たまに逃げ出して仲間を呼んだりするのもいるが、ほとんどのモンスターは基本的に似たような行動をするため、挙動が読みやすい傾向にある。
だが六層のは他のモンスターを庇ったり救援に来たりと、これまでのパターンから外れた連携行動が目立った。
全部が何らかの危険な特性を隠し持つ、罠モンスターだと警戒すべきか。
「まぁ南区の主は、力押しで行けそうじゃがのう。それで前回はどこまで進んだんじゃ?」
「南区の攻略が終わったところまでだよ。サリーちゃんが、骨が切れたって言い出したから巻き戻したんだ」
「なんと。いつもの量では足りなんだか」
「ボス戦でバカスカ使ってくれたから仕方ないよ。でも鍵を落としてたから、次は東区に進めると思う」
「ふむむ、それは僥倖じゃ。イボリー殿、おかわりをお願いするのじゃ」
「はいはい。いっぱいお食べくださいね、お嬢様」
何かと便利過ぎるサリーちゃんの屍霊術にも、多少の欠点はある。
例を挙げると召喚の媒体には遺体の一部が不可欠で、これは喚び出すたびに必要となる消耗品だ。
使い切れば当然、喚び出しは終了となる。
今回さほど活躍の場面がなかった骸骨騎士なんかは、召喚用の骨が三層の骸骨剣士の上位種からしかドロップしないため、意外と品薄だったりもする。
あと長時間の使役も不可能だ。
死人たちを動かす力は、何かを壊して役立たずにしたり、生あるモノに死を与える行為から得ることが出来る。
だから何もさせず連れ歩いていると、十五分足らずで崩れ去ってしまう。
逆に何かをずっと倒させておけば、延々と使役することが可能という恐ろしい存在でもあるが。
死者の軍勢の悪名が、鳴り響いているのも頷ける。
サリーちゃんが使う禁命術も、同じような原理らしい。
破壊や死を捧げることによって、行使することが可能となる。
だがそれが叶わない場合の代償は、治癒術のようなお布施や奉仕労働といった甘いものではない。
術者の生命力、分かりやすく言うと寿命を捧げる必要があるのだ。
どうりで終世神の使徒自体、少ないはずだよ。
何かを殺せないなら、自分を殺していけなんて無茶振り過ぎる。
ちなみにサリーちゃんは、死を忘れた者なので寿命捧げ放題なんだとか。
それでも生きていた頃の破壊衝動はまだ残っているようで、迷宮内でモンスターを倒す時はいつも愛らしい笑顔になっている。
美味しそうにスープを飲み干す少女からは、そんな殺伐とした事情は全く伝わってこないけどね。
僕の視線に気づいたサリーちゃんは、真面目な顔でさらりと意外な言葉を口にした。
「しっかしお主のその力、恐ろしいし危ういとも思うておったが、このような場合では非常に有用じゃのう」
「光栄です。お嬢様」
「うむ。これならニニらもすぐに見つかりそうじゃのう」
不意打ち気味に褒められたので、思わず言葉遣いが丁寧になってしまった。
サリーちゃんに認めてもらえるのは、実は滅茶苦茶嬉しかったりする。
ニヤけ笑いが止まらない僕の間抜けな顔を、状況が掴めていないイリージュさんが不思議そうな眼差しで見ていた。
しっかりと昼食を済ませた僕らは、ロビーで仲違いするカップルをスルーして迷宮に足を踏み入れる。
防寒具を着込み、黒骨は多めに仕入れ、イチジクソースも忘れず背負い袋に詰めてある。
南区を巡回中の影人は、あえて放置してボスへと急ぐ。
ミミ子の完璧なナビゲートと、猟犬のバックアタック作戦で特に危険な場面もなくサクサクと最奥部に到着した。
まず丁字路の真ん中の通路に、黒骨魔柱を何本も立ててバリケードを作っておく。
そう長くは持たないので、短時間での決着を目指す。
次にサリーちゃんが囮となって、影巨人を背後の壁から大きく引き離した。
ここが一番難しいところだったが、サリーちゃんは何とか我慢して釣ってくれた。
あとはパワーに任せて剣と盾を振り回す巨人の背後から、やや距離を詰める感じで近づいた僕が四連射を、狐灯が指し示す部位へ撃ち込むだけだ。
前の三本が開けた突破口に、四本目のシャーちゃんが飛び込む。
攻撃を受けた瞬間、巨人が咄嗟に反応して手を当てたが、矢を摘むにはその指は太すぎたようだ。
頭部を蛇に食い荒らされ、暴れだす巨体。
だがすでにサリーちゃんに片足を削り取られており、壁に近寄ることも出来ずのたうち回るだけに終わる。
骨の壁に阻まれて救援が届かないまま、南区の主は霧に溶けて消えた。
黒い鍵を拾い上げた僕たちは、急いで南区を後にした。
▲▽▲▽▲
鍵を開けた扉の先、東のエリアは細い路地が連なる入り組んだ場所だった。
道幅は並んで立つのが厳しいほど狭く、一列縦隊にならざるを得ない。
さらに霧が目に見えて濃くなって来ており、見通しは一層悪くなっている。
特に足元の床は冷えた霧で真っ白に覆われており、自分の爪先も分からないほどの有り様だ。
「……うう、ちょっと寒いね」
「うむむ。明らかにこっちのほうが、空気が冷えとるのう」
「サリーも腹巻きする~?」
「そんな不格好なものは、断固お断りじゃ」
「暖かいのにね~」
「そうなんですか。良かったですね、ミミ子様」
のん気に会話をしているのは、モンスターが見当たらないせいだ。
視界内で気配感知に、引っかかるものはない。
ただし影状態で壁に張り付かれているとさっぱり感知できないので、まるっと信用する訳にもいかないが。
「ミミ子、なんか感じるか?」
「う~ん、気のせいかもしれないけど、足音みたいなのがちょっとだけ聞こえるよ」
「イリージュさんは、何か聞こえますか?」
「え、はい。あの……何かが、空気を揺らしてますね」
「どれくらい居ます?」
僕の質問にイリージュさんは、少しだけ驚きの色を浮かべる。
そして宙をぼんやりと見据えながら、頭を動かして長く尖った耳を前後左右に向ける。
「五十歩ほど奥の通路に四体……いえ、五体居ます。さらに奥に三体……こっちには四体」
微弱な空気の動きを聞き取って、まるで視覚化しているかのように教えてくれる。
流石は長くて良い耳を持つ種族と、言われるだけのことはあるな。
「この辺りにモンスターが居ないってことは、期待できるかも」
「うむ、そうと分かれば急ぐのじゃ」
逸る気持ちは分かるが、もしニニさんたちがこの東区に来てるとなれば、遭難の原因も同じくこの場所に存在している可能性が高い。
まずはこの狭い通路での戦闘を考慮して、隊列をしっかり決めておかないと。
「真ん中はミミ子とイリージュさんで決まりだな。問題は先頭か……」
サリーちゃんなら絶対防御空間や吸精での回復があるので、致命傷はそう簡単に発生しない。
しかし探知能力は残念ながら、この小隊の中では一番低い。
さらに後続を置いてけぼりにして、見つけたモンスターに飛び掛かっていく危険性もある。
「僕が先頭で、次はイリージュさんとミミ子、しんがりはサリーちゃんで行こう」
今回の目的は、ニニさんたちを探すことだ。
戦闘は出来るだけ避けて、探索範囲を広げておきたい。
「イリージュさんは出来るだけ、モンスターの位置を教えて下さい」
「わ、わかりました」
「まずはモンスターを回避しながら、あの鐘塔を目指す感じで進みましょう」
武器を振り回す余裕がほとんどない道幅に、視界を曇らせる白霧。
切り立った建物の壁は頭上を高く覆いつくしていて、見通しも最悪だ。
奇襲されやすく逃げ道を確保しにくい構造に、いつの間にか僕の内に焦りが生まれていたのかもしれない。
まず真っ先にすべきことは、どんなモンスターが居るかの確認だった。
それを怠ってしまったために、僕はこのあとかなり酷い目に遭うのであった。




