四つの門巡り
南区を後にした僕らがまず向かったのは、西の門だった。
壁沿いにぐるりと歩いて、あっさりと辿り着く。
南門と同じく鎖格子が下りていたが、番人の影は見当たらない。
置き換わるようにあったのは、小さな四角い穴であった。
門の傍ら、ちょうど腰の高さほどの位置にぽっかりと空いている。
大きさは拳二つを重ねたほどで、人が入れるようなサイズではない。
「これは何じゃろ?」
躊躇なく穴を覗くサリーちゃん。
不用心というわけではなく、たぶん彼女なら眼球を貫かれても平気だからだろう。
「小部屋のようじゃな。中に影が一匹おるのう」
「実体化してる?」
「うむ。だが、武器は持っておらんな。見張りかのう」
「取り敢えず、倒してみるか」
脇にどいて貰い、穴に弓を添えて弦を引き絞る。
穴から少しずれて立っているので直接は狙えないが、さして問題ではない。
放たれた蛇の矢は、壁に当たり跳弾のように部屋中を飛び跳ねる。
しばらく待つと、シャーちゃんが核を呑み込みながら穴から出てきた。
「開かないねぇ~ふぁぁあ」
「よく分からんのう」
五分ほど待ってみたが変化がないので、次の門へ向かうことにする。
次に僕らが目指したのは、北の門だった。
今度の門には、ちゃんと門番が存在してた。
ただサイズが違う。
南区の奥に居た巨大な影よりも、さらに一回り大きい。
しかも左右の門柱に、それぞれ張り付いている。
「戻るか……」
「またお預けか。残念じゃのう」
反応距離が分からないので、門の前を横切るのは止めて引き返す。
一応、西の門の前を通る時に、小部屋を覗いてみたが変化はないようだった。
もちろん鎖格子も、全く持ち上がらなかった。
再度、南門の前を通り、東側の壁沿いに進む。
やっと辿り着いた最後の門は、左右に開く二枚扉に守られていた。
門番の姿はなく、小さな覗き窓も見当たらない。
代わりにあったのは鍵穴であった。
「……ここも入れないのか」
鍵が掛かって開かない門を前に、僕は静かに息を吐いた。
「さんざん振り回されてしもたのう。さて一息がてら、分かったことを整理してみんか?」
「そうしますか」
門から少し離れた位置で、灰色狼の外套を地面に敷いて休憩にする。
イリージュさんにスープを温めてもらい、くつろぎながら頭の中でこれまでの情報をまとめていく。
僕の背中で鼾をかいていたミミ子も、ちゃっかり起きてハンバーガーにかぶり付いていた。
まずこの影どもの街だが、歩いた時間で考えると正方形ではなく長方形になっているようだ。
あと外壁も微妙に弧を描いており、やや丸みを帯びた造りになっている。
東西南北それぞれの壁には、門が一つずつで他に出入り口は見当たらず。
これは教えてもらった情報と一致するな。
問題はそれらの門がことごとく閉まっており、中へ入れない点だった。
西門は見張り部屋の影は倒したが、開く条件ではなかったようだ。
北門は巨人の番人が二人。
倒せば開きそうだが、強さが未知数のため保留。
そして東門には鍵が掛かっていたと。
流れ的に各エリアを、順番に攻略して行けということだろうか。
しかし、そんな悠長にやってる暇はない。
ニニさんたちがどのエリアまで進んでいるかさえ分かれば、そこの探索に集中できるのだが。
「う~ん、影が湧いてた地区は探さなくて良いかもね」
「言われてみればそうだな。少なくとも半日以内に、南区に小隊が入った形跡はないと考えたら良いのか。あと北区もか」
影人は再召喚が遅いので、誰かが倒して回るとモンスターの空白地帯が出来上がるはずだ。
北区も門番が残っていたので、中に人がいる可能性は低い。
「まずは南区のボスを倒すか。何かしら変化があれば正解だろうし」
攻略の手順が決まれば、あとはそこから不必要な部分を削ぎ落として、掛かる時間を短縮すれば良いだけだ。
なんだか頭の中にまで立ち込め始めていた霧が、少しばかり晴れたような気がしてスッキリする。
目途がついて安心したせいか、急に小腹が空いてきた。
気を緩めるのは早いと思いつつ、スープのおかわりを求めてイリージュさんにカップを差し出す。
「すみません、おかわりを――」
いつもならカップが空になる寸前に、イリージュさんは声を掛けてくれるはずなのだが。
不思議に思って目を向けると、イチジクソースがなかったせいで駄々をこねたミミ子に膝枕をしたまま、イリージュさんはまたも静かに壁を見上げていた。
「さっきも見てましたね。あの塔が気になるんですか?」
「えっ、あ、ごめんなさい。おかわりですね」
「お願いします」
焜炉の端で温まっていくカップを見つめながら、慎重に言葉を選ぶ。
「イリージュさんはこの小隊に欠かせない人だと、僕は思っています」
わずかに肩が揺れた。
いい機会だと捉えて、そのまま話を続ける。
「本当にイリージュさんの治癒術は素晴らしいです。毎日、元気に迷宮に潜れるので凄く助かっています」
回生の有り無しは、探求生活に大きく影響してくる。
一定時間ごとに高価な栄養ドリンクをがぶ飲みしながら、酸素吸入しつつマッサージを受けている感じと言えば伝わるだろうか。
疲労を残さずコンディションを常時、高い状態で維持できているのは本当に有り難い。
「それに休憩時間にいつも美味しい食事を準備して頂いて、毎回とても楽しみにしてます」
「そんな……」
「そんなことありますよ。治癒術も、美味しい食事も、みんなの気持ちを和らげることも、全部、イリージュさんにしか出来ません」
褐色の肌がゆっくりと色づいていくのを確認しながら、畳み掛けるように言葉を重ねる。
「僕だけでミミ子やサリーちゃんと一緒に潜れと言われたら、もっと滅茶苦茶になっていたと思います。勝手気ままな二人を受け止めてくれる、お母さんのようなイリージュさんが居てくれたからこそ、この小隊はまともに機能してるんです」
「私が母様みたいに……」
名指しされた二人が、口を尖らせてブーイングしてくるが無視を決め込む。
「正直、イリージュさんの負担が、とても大きいことは承知してます。だから少しでも困ったことがあれば、なんでも相談してほしいんです。ちょっとでも不安や苛立ちを感じたのなら、遠慮せず打ち明けて下さい」
そう言いながら腕を伸ばし、イリージュさんのしなやかな指にそっと触れる。
ピクリと肌が震えたが気付かない振りで、包み込むように彼女の手を優しく握る。
「頼りにならないかもしれませんが、それでも頼りにして欲しいと思ってます。男の小さなプライドみたいなものですが」
頑張って自嘲っぽい表情を浮かべながら、上目づかいでイリージュさんの顔を窺う。
身構えつつも黒長耳族のお姉さんは、僕の気持ちを汲んでくれたようだ。
目線を泳がせながらも、おずおずと口を開いてくれた。
「本当にたいしたことではないのですが、壁の上の方に影があるのが気になって……」
「影?」
「言われてみれば、何か見えるのう」
霧のせいでよく見えないが、壁の上から何本かの細長い影がぶら下がっているようだ。
壁に寄って見上げてみたが、この位置からだと全く分からない。
「もしかして、南区の突き当りの壁にもありました?」
「はい」
鐘塔ではなく、壁の上の方を見ていたのか。
「なんだろうね~」
「確かめたほうが早いのじゃ」
前言を撤回しよう。
誰がこの気ままな少女を、受け止められると言うのだろう。
問答無用で壁に蹴りを入れるサリーちゃんを、僕はただ呆然と眺めていた。
振動が壁面を伝い、瞬く間に胸壁まで到達する。
即座に、張り付いていた影が動き出した。
一斉に蛇の如く頭をもたげ、ゆらゆらと上下に長く伸びた体を揺らす。
その内の一匹の頭部が、揺れに合わせてぱっくりと開いた。
それはまるで、影で出来た花のようだった。
膨らんだ先端部分が数枚の花弁に分かれ、中心部からいきなり影の弾が撃ち出される。
真上から降り注ぐ影弾に、僕は慌てて弓を向けた。
――四連射。
四本の矢が弾を全て相殺したのを確認しつつ、慌てて指示を飛ばす。
最初に開花した一匹に続き、影の花たちが次々に咲いていく光景が僕の眼に映っていた。
「下がって!!」
鞭を取り出したサリーちゃんの首根っこを引っ掴み、ミミ子を庇おうとしたイリージュさんごと肩に担いで全力で走り出す。
その直後、僕らがいた場所に、爆撃されたかのように影の欠片が降り注いだ。
「高い場所から撃って来よって、卑怯な奴らじゃのう」
一瞬、投げ捨てたくなったが、我慢して必死に足を前に運ぶ。
鞭がしなる音が響き、同時に破裂音も聞こえてくる。
サリーちゃんとミミ子が、援護してくれているのか。
ありったけの力で走っていると、次第に音が遠ざかっていく。
十分に距離が取れたので、やっと大きく息を吸い込んで三人を地面に降ろした。
ここまで離れたら、影も攻撃してこないようだ。
振り向いてみると、壁の上に無数の黒い蔦のような影たちがのたうつ姿が見えた。
その様子を眺めていたサリーちゃんが、腕組みしつつイリージュさんに言い放つ。
「ふむむ。壁に近づくのは危ないのう。よく気付いたな、黒娘」
とてもイラッと来たので、サリーちゃんのこめかみを握り拳でぐりぐりしておいた。
影蔦―壁上に生息している植物。刺激を与えると種をぶつけてくる




