表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/201

六層南区障害モンスター遭遇

「まずは南門から中央を目指しますか。鐘塔の上に登れば、発見できる可能性がグッと上がると思うし」

「この霧では、目視は厳しいかものう」

「見えないにせよ、この階層の全体像は掴めるので、無駄にはならない……はず」

「この霧はホント面倒だね~。大声出しても吸い込まれちゃうし、そのくせ影には聞こえているみたいだし」


 肩を竦めたミミ子の視線の先には、僕らの足音を聞きつけて早くも実体化しだした南門の門番たちの姿があった。


 歩みを緩めず、僕は弓弦を引き絞る。

 まず右の門番に、紫の矢が突き刺さった。

 次いで三々弾トライバーストが、左の門番の右肩を針山に変える。

 二体のモンスターは、登場と同時に静かに消え去った。


 僕らが門に到達するのに合わせたかのように、鎖格子がひとりでに持ち上がる。

 門を通り抜けながら、忘れずに腕を伸ばしてシャーちゃんを回収しておく。


 どうやら南区の人型の影たちは、核の位置がほとんど移動しないようだ。

 一回目でシャーちゃんが核を咥えて飛び出してきた場所を覚えておけば、だいたいの位置は絞りこめる。


「ミミ子、道案内を頼む」

「一番目の右角に、盾と弓が一体ずついるよ~。終わったら、そこを曲がって二つ先の角まで移動だね」

「では説明した配置を試してみますか。サリーちゃん、お願いしますね」

「ふむむ。お主は抜け目ないというか、よくこんなことを考えつくのう」

「まあ少しだけ、人より人生経験が多いからね」

 

 彼らの戦い方は、割とシンプルだ。

 基本的に盾を持つ影が前面で攻撃を受け、その後ろから弓や長柄武器を持った影が攻撃を仕掛けてくるだけのパターンが多い。

 たまに小柄な影がいて、こいつだけ霧に紛れてこっそり回り込んできたり、攻撃の合間を狙って短剣を投げつけてきたりとちょっと面倒臭い。


 盾の強度はそれなりにあるようで、永続エタニティを持つシャーちゃんでしか貫通できない。 

 後ろに隠れられると倒すのに時間が掛かってしまい、見廻り中の影が参戦してくる危険性が上がる。

 

 勝利の鍵は盾役を出来るだけ速く無力化し、いかに背後の影どもを攻撃の矢面に引っ張り出せるかという点にあると思う。

 もっとも今回は、その前提自体をひっくり返すやり方だが。


 弓を構えたまま、そっと角へ近付く。

 僕の足音に気づいた影どもがにゅるっと、壁から浮かび上がった。


 すかさず一条の紫が霧を穿ちながら、突き出された盾ごと影を貫く。

 そして角の後ろに潜むもう一人の影が、手にした弓を使う間もなく地面に崩れ落ちた。


 もしも影にちゃんとした顔があったとしたら、その表情は驚きで満ちていたに違いない。

 なんせ登場と同時に脚を噛み砕かれるという、全く訳が分からない状況だったろうし。


 黒骨猟犬ブラックボーンハウンドたちに背後から襲われた影は、両足首を喰い千切られ倒れ伏していた。

 立ち上がろうと足掻くその背中に、猟犬たちは容赦なく伸し掛かっていく。

 声帯を失った犬たちは唸り声一つ上げぬまま、動けぬ影に群がって牙を存分に突き立てた。


 弓使いが懐に入られたときの恐怖を、僕は身をもって知っている。

 為す術もなく弓持ちの影は、犬どもに踏みにじられ貪られながら霧に消えた。


「よし、これでサクサク行けるかな。あとは巡回の影と短剣持ちを避ければ余裕だな」

「うむ。これは楽じゃのう」


 今回の作戦は、単純明快である。 

 予め影の湧く場所の後ろに、サリーちゃんの猟犬たちを待機させておくだけだ。

 影人は骨には反応しないが僕らには反応するので、あとは湧かせるタイミングを調整すれば簡単に背後からの奇襲が可能となる。


 堅い盾持ちの影は僕が蛇矢で射殺し、弓持ちや槍持ちの影は至近距離から猟犬の奇襲で仕留める。

 まあ高レベルの屍霊術士ネクロマンサーなんてそうそういないので、こんな奇手は僕らの小隊パーティでしか使えないけどね。


 シャーちゃんを拾い上げる僕の横で、サリーちゃんが鞭を鳴らして犬たちを呼び寄せる。

 死を忘れた者アンデッドのなかでも、骸骨スカル系や屍肉グール系はあまり複雑な命令を理解できない。

 進め、待て、襲え、戻れの四種で限界だそうだ。


 戦闘が瞬く間に終わってしまい、戸惑った顔のイリージュさんが落ち着かなく辺りを見回していた。

 状況をきちんと説明してあげたいが、悠長に巻き戻しロードという現象を理解して貰うところから始める時間が今はない。

 もうちょっと進展があるまで、我慢してくださいと心の中で謝っておく。 


 

 緒戦を速やかに終えた僕らは、霧の中を慎重にかつ最大限の急ぎ足で進み始めた。



   ▲▽▲▽▲



「…………やはり簡単には行かないか」

「ここは悪意に満ちとるからのう。楽観的予測は三割当たれば良いほうじゃて」


 高い壁に阻まれた南区の終着点を前に、僕は思わず溜息を漏らした。

 足がかりが全くない真っ白な壁が、すぐそこにそびえる鐘塔への経路を完璧に閉ざしてしまっている。

 第一の目標は早くも、失敗に終わる結果となった。


 確かにサリーちゃんの指摘通り、人を試すために練り上げられたのがこの迷宮だ。

 過度の期待をしていたつもりはなかったが、収穫なしには流石に苛立ちを隠せない。

 口調を平静に保とうとしつつも、つい弓を握る手に力が入る。


「ど~するの、ゴー様。アレで憂さ晴らしでもしておく?」


 珍しく僕の背中に抱きついてきたミミ子の視線の先には、巨大な影の姿があった。

 影製の大きな盾と長い剣を持つそれは、白い壁の前で仁王立ちの姿勢のまま周囲を睥睨している。

 とは言っても目鼻がないので、どこを見てるかサッパリ分からないけどね。


 この南区の影人たちとは一線を画すサイズのそれは、どうみてもここのボスであった。

 

「倒すと壁の一部が開いて、塔に近付けるとかないかな?」

「隠し扉はあり得るかもね~」


 言葉の端に僕を慰めてくれる気持ちを感じたので、お返しにミミ子の耳の後ろを軽く擦ってやる。

 金色の瞳を細めた狐っ子は、くつろいだ顔付きで僕を見上げてきた。


「ふむむ。戦うのは賛成じゃ。骨ばかりに出番を取られて、少々退屈しておったからのう」

「いや、今は止めとこう」

「理由はなんじゃ?」

「初見の相手は、巻き戻しロードに頼る可能性が高いからね。今回は出来るだけ情報を集めておきたいし、先に他の門を回ってあの塔に辿り着けるか確認してからでどうだろう」

「一理あるのう。が、少々手間が掛かり過ぎる話じゃな」

「影人は分かっている限りでは、半日は再召喚リポップしなかったし、巡回を避けながら戻ればさほど時間は取られない筈だよ」

「ふむぅ。今はお主が隊長じゃて、ここは従っておくかのう。ただ再召喚リポップに関しては、あまり過信せぬ方が良さそうじゃがのう」


 そう言いながらサリーちゃんは、壁の前に立ち尽くすボスへ視線を移す。

 黒髪の少女はしばし影の巨人を睨みつけた後、不意に振り返って両腕を組むと、ぐっと顎を持ち上げた。



「すまんかったのじゃ。ちと焦りが出ておったようじゃ」



 ふんぞり返るポーズに近いが、たぶんサリーちゃんの反省の姿勢なんだろう。


「よくよく考えれば、我が選りすぐったニニがそう易々とくたばる筈もなかろう。あやつのしぶとさは、身をもってよく知っとったわ」

「うん、メイハさんも付いているし、あのコンビが居ればたいていのことでもがっつり生き残ると思うよ」

「お主の冷静さも、なかなか頼もしいのう」

「いや、僕だけじゃきっと、もっとオタオタしてたと思うよ」


 そう言いながら、ピッタリと体を寄せてくる狐っ子の喉をゆっくりと撫でてやる。

 ミミ子は気持ちよさげな笑みを浮かべて、満足そうに息を吐いた。


 いつもは気まぐれで、とらえどころがさっぱり見当たらないミミ子だが、たまにピンポイントで僕の弱気に寄り添ってくれる。

 

「無駄に見えても、無駄じゃないことは結構あるからね。急がば回れだよ、サリーちゃん」

「なんと、不思議な言葉じゃのう」


 そういうと、サリーちゃんはその場で軽やかに体を翻した。

 スカートの裾が風を孕んで、ふわりと膨らむ。


 くるりくるりとその場で回ったサリーちゃんは、唇の端を優雅に持ち上げてみせた。

 普段は人形のような少女の見せる屈託のない笑顔は、思いがけない衝動で僕の心を揺さぶる。

 その瞬間、僕の身体から、ミミ子の体温がするっと離れていった。


「なるほど、少し気が紛れたわ。これはなかなかじゃのう。ほら、狐娘も回ってみい」

「や~め~ろ~」


 サリーちゃんに両手を掴まれ、回転に巻き込まれるミミ子。

 愛らしい戯れの様子に、僕の強張った指も緩んでいく。


 そうだな。まだ時間はたっぷりと残っている。

 いかに広く困難な場所でも、僕らが出来ると思えばきっと探し出せるはずだ。


 ぐるぐると回りながら移動を始めた二人に追いつこうとして、ふと立ち竦んだまま動かないイリージュさんに目が向く。

 褐色の肌の女性は押し黙ったまま首を反らし、薄曇りの空を一人見上げていた。


 長い前髪の奥に隠れた大粒の黒真珠のような瞳には、大きな鐘を頂く不気味な塔が映っている。

 投げ捨てたはずの不安がまたも首をもたげる気がして、僕はイリージュさんに急いで声を掛けた。


「どうかされましたか?」

「あ……、いえ、何でもありません」


 ぎこちなく言葉を濁すと、イリージュさんは踵を返し元来た道を歩き始めた。

 その後を追いかけながら、僕は首を回してまた来るであろう景色を一瞥する。


 鐘塔は何も語らず、霧の向こうから僕らを見下ろしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ