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立ちこめる暗霧

 その店は迷宮組合ラビリンスギルドから西へ進み、大聖堂がある広場へ行く途中の路地にひっそりとあった。

 店の正式な名は、タルブッコじいさんの芋地獄亭という。


 物騒な名前の由来は、客寄せを狙って敢えて奇抜にしたのだと聞いた。

 メインの食材は、店の名の通り芋が多い。 


 特に人気のメニューは、質の良い牛脂で揚げた皮つき丸芋のフライ大盛りに、牛串揚げを添えた揚げ芋ランチセットだ。

 陽が沈む時間帯だと手の込んだコースメニューも楽しめるのだが、利幅はあるが数の出ないディナーよりも客数が捌けるランチのほうが儲けが大きいと料理長が嘆いていたな。


 以前はこってり好きや、太ったお客さんたちの穴場的な店として一部で有名だった。

 が、ここ半年ほどで、新規の客層がついたおかげで一気に客足が伸びた。

 理由はもちろんミミ子である。あと少しだけ僕も。


 住人も多いがそれに負けないほどの観光客数を誇るこの都市では、年間かなりの数の店舗が開店しては消え去っていく。

 三年持てば良い方だと言われるくらい、入れ替わりが激しいらしい。


 たまに引退したら店を開くんだとかのたまう探求者がいるが、この都市では儚い幻想である。

 最初は仲間が来たり知り合いが押し掛けてくれたりもするが、すぐに足は遠のいてしまう。


 それほどまでにこの都市は、安くて美味い店が軒を並べる激戦地であった。

 彼らが迷宮で剣を振るったのと同じ回数だけ、調理場という戦場でフライパンを振るってきた料理人たちに味で敵う訳もない。


 昔は脂たっぷりな大味料理に薄めた酒をがばがば飲ます酒場もそれなりにあったらしいが、様々な食材と各地の料理人が豊富に流入するようになってからは、そんな店たちはあっさりと淘汰された。

 それと護法士モンクの探求者も多いこの都市では、酒に水を混ぜるような誤魔化しは自殺行為に等しい。

 厳しい監査が即座に入り、営業許可の取り消しまで一直線である。

 

 他にも引退した探求者が酒場を開いてるなんてのを稀に耳にするが、接客業の現実だってそうそう甘くはない。

 倒せば消えるモンスターと違って、揉め事や酔っ払いは消えてくれないのだ。

 そして迷宮組合は、イメージの悪化につながる引退探求者の不祥事にはとても厳しい。


 この迷宮の街で生き残るには、味を磨きサービスを追求し続ける必要がある。

 だがそれだけで芽が出るほど、地上の迷宮も易しくはない。

 さらにそこから頭一つ抜けるには、二つの方法があった。


 一つは、組合が発行している迷宮都市ガイドという雑誌である。

 迷宮都市の観光スポットを紹介しつつ、流行りのアイテムや有名探求者の最新情報なんかも載っており、この街を隅から隅まで楽しむなら外せないガイドブックだ。

 その中でも特に著名なのが、美味しい飲食店に星をつけて紹介するページである。


 ここにタルブッコじいさんのお店が、揚げ物店では随一だという記事が載ったのだ。

 星三つをつけたライターの名は、白しっぽさんという匿名記者だった。


 この記事のおかげで、お客が物凄く増えた。

 そのせいでかなり待たされるようになって、白しっぽなミミ子さんがむくれた。


 それともう一つの人気が出る方法だが、これはそこそこ名の知れた探求者がよく利用したり後援者や所有者になることだ。

 有名人御用達やお墨付きというものには、かなりの宣伝効果がある。 


 半年前、タルブッコさんのお店の看板に、弓と狐の尻尾を組み合わせた意匠が付け足された。

 階段発見の功績で組合から出た褒賞金の使い道は、このお店の買収だった。


 一応、僕は闘技場から二つ名を戴くくらいには知名度があるらしい。

 オーナーになったことで、それなりにお客さんが増えたとサラサさんが教えてくれた。


 だがミミ子とサラサさんの真の狙いは、僕の人気ではなかったようだ。

 タルブッコさんのお店を買収してすぐに、ミラさんの定食屋がナナシグループの傘下へ収まった。


 これによりタルブッコさんのお店のデザートが、急激に美味しさを上げた。

 次いでミラさんのお店のお惣菜に、豊富な揚げ物メニューが追加された。

 

 同業種ながらも特化した分野を持つお店を資金援助しながら、互いに提携させメニューをより充実させる。

 不足していた部分が補われることによって、顧客の満足度は上昇しリピーターへ繋がっていく。

 この目論見は見事に成功し、二店舗の売上はこの半年でかなり増加する結果となった。

 

 そして成功に気を良くした二人は、すでに先月から新たな企画に着手していた。



「ちょっと待った、ゴー様」

「どうした? ミミ子」

「今引き返してきた人が喋ってた。今日はじいさんのお店は貸し切りだって」

「あらま。それは仕方ないな」


 

 人気が出た分、こういった弊害が起こるのも当然だ。

 顔を見合わせた僕らは、くるりと踵を返す。

 第二候補の店は、すでに決まっていた。


「あの、どちらへ?」

「じいさんの店にいかんのか?」

「今日は入れないみたいなんで、違う店にしようかと」

「いえ、その……」

「ま~ま~。新しい店の開拓も重要だよ」


 珍しく渋るイリージュさんの背中を、ミミ子がぐいぐいと押していく。

 僕もサリーちゃんの手を引っ張って、次の店へ歩き出す。

 そろそろ落ち着いてきた頃だろうし、顔を出すにはちょうど良い機会かもしれない。


 迷宮組合から東へ進み、職人街へ向かう途中の大通りにその出来立ての店はある。

 看板に描かれているのは、鍋に積み上がった芋とその下に小さく弓と狐の尻尾。


 タルブッコじいさんの芋地獄亭二号店だ。


 一月前にオープンしたこの店は、タルブッコ料理長の息子さんが店長を務めている。

 みっちりと仕込まれた、父親直伝の揚げ物料理が売りのお店だ。

 しかもそこに、サラサさんが有名店から引き抜いてきた前菜とスープ作りに定評がある料理人が加わっている。

 

 開店時からかなりの人気が出たようで、大賑わいで座れへんかったと満面の笑みを浮かべながらサラサさんが語っていた。


 柔らかい灯りが漏れる店内は、窓から覗くとほぼ満席に近い状態だった。

 扉を開けると小さな鈴の音とともに、給仕の人がニッコリ笑って迎え入れてくれる。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「四人です。出来れば奥の席でお願いしたいのですが」

「ではこちらへどうぞ」


 エスコートしている女性が美人ばかりなので、揉め事が避けやすい目立たない席を頼む。

 それにこの街にはミミ子やイリージュさんの見た目に、反発を覚える人も少なからず存在している。


 案内された席へ座り、注文を頼んでホッと一息吐く。

 出されたレモン水を一口飲んで余裕が出てきたので、対面のミミ子の肩越しに店内を窺う。 


 内装は少し明るめの色で統一されており、テーブルや椅子は丸みが目立つ柔らかいデザインになっていた。

 これまでとは違う層を狙ったらしい。

 確かに店内の半分以上は、女性のお客さんだった。


 なんだかチラチラと視線が向けられているような気がして、すこしばかり居心地が悪い。

 ソニッドさんたちも誘えばよかったと、改めて後悔する。


 僕らが地上に着いた時はもう陽が沈みかけており、金板ゴールドプレートのフロアは閑散としていた。

 カウンターの職員さんもほとんど引き上げてしまって、リリさんの姿も見当たらなかった。

 指輪騒動のダプタさんもとうに帰宅してて、残っていたのはソニッドさんたちだけだった。


 なんでもあれから三時間ほど、長話に付き合っていたそうだ。ご苦労様です。

 ソファーにぐったりと座り込むソニッドさんの横には、顔馴染みのドナッシさんやセルドナさんが同じように憔悴した顔で俯いていた。

 ラドーンさんに至っては、吸精ライフドレインを食らったような顔色になっていた。


 今日は探求に行かずに、欠員しているあと一人の勧誘に駆け回っていたらしい。


「良い人見つかりましたか?」

「……駄目だったわ」

「なかなかしっくりくる子って居ないよな」


 どうもかなり難航しているようだ。

 ご一緒に夕食でもと言い出せる雰囲気でもなかったので、遠慮したのが悔やまれる。


「――お待たせいたしました」


 ぼんやりと物思いに耽っていたら、すでにテーブルには料理が並びつつあった。

 今日はコースではなく、単品メニューをそれぞれ頼んで皆で分け合う形にしてみた。

 というかそうしないと、僕の食べられる料理が少なすぎるのだ。


 カブとベーコンのポトフにスプーンを入れると、とろりと崩れて湯気と素晴らしい香りが広がった。

 サリーちゃんは大盛りのフライドポテトを、夢中で口に運びながら嬉しげに頷いている。


 イリージュさんのほうは落ち着きなく周りを見回しながら、葡萄酒のグラスを黙々と口に運んでいた。

 人混みや他人の視線が苦手な性格は、やはり簡単には改善されないようだ。


 そんな不安げな黒長耳族ダークエルフのお姉さんとは裏腹に、白狐族の少女は目の前の皿に夢中になっていた。

 ミミ子の前に置かれた皿の料理は、特大コロッケをわざわざ赤イチジクのソースで煮込んだ真っ赤な一品だ。


 器用に匙でコロッケを一口分すくい上げて、蕩ける様な顔で口に運ぶ。

 もぐもぐと噛み締めつつ、少女の喉が上下に動いた。

 

 普段は飄々としたミミ子の顔が、見事に崩れて満足げな表情に変わる。

 ここまで喜んでもらえるなら、このお店に出資した甲斐はあったかな。


 夕食の時間は穏やかに進み、デザートを綺麗に平らげた僕たちは会計を済ませ席を立った。

 店を出る際に厨房の奥で壮年の男性が、コック帽を脱いで僕に頭を下げるのがちらりと見えた。

 オーナーであっても特別な挨拶やもてなしは結構ですと、断っておいたのを覚えていてくれたようだ。


 給仕の方が呼んでくれた馬車に、四人で乗り込む。

 これくらいの贅沢も、今日くらいは良いだろう。

 それにイリージュさんが酩酊してしまって、一人では真っ直ぐ歩けないという理由もある。


 家に着くころには日は完全に暮れており、星明かりが瞬く時間となっていた。

 もう子供たちだけじゃなく、寝つきの良いリンたちもベッドに入ってしまっているだろうな。


 サリーちゃんが扉を開けると、すぐにイボリーさんが出迎えてくれた。

 馬車の支払いはミミ子に頼んで、僕はイリージュさんを背負ったまま玄関へ入った。


「ただいま、帰りました」

「はい、お帰りなさいませ」


 酔っぱらって朦朧としているイリージュさんを玄関脇の椅子に座らせて水を持ってきて貰おうとした矢先、イボリーさんが発した言葉に僕の心臓が凍り付いた。



「あら、お嬢様方とは、ご一緒ではないのですね?」




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