表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/201

六層南区探索

 白い靄の中を、死者の群れが歩いていた。



 薄絹のような霧が遮る道先も、空ろな眼窩の主どもには元から妨げとはなりえない。

 温もりを密やかに奪う冷気も、彼らの失われた皮膚を怯ませることは出来ない。


 もはや何も恐れることはない骸骨どもは、霧の街を飄逸な足取りで進んでいく。


 傍らを通る屍骨に主なき影どもはゆらゆらと身動ぎはするが、死者たちが通り過ぎると何事もなかったかのように元に戻る。 

 ただただ鎧と剥き出しの骨が擦れる耳障りな音だけが、静寂の街並みに響いていた。

 

 影たちの住まう霧の町並みを、通り抜けて行く物言わぬ死人ども。

 それはあまりにも、"死"を意識せざるを得ない眺めであった。



「うむむ。丸っと無視されとるのう」

「灯にも、反応しないね~」

「となると、生命感知かのう。お主はどう思う?」

「主様、呼ばれてますよ。主様?」


 僕の頬を優しく撫でる感触に、意識がようやく現実に戻る。

 霧の中を闊歩する骸骨騎士スケルトンナイトの幻想的な光景に、知らぬ間に見とれていたようだ。


 呼び掛ける声に瞳を向けると、覗き込んでいたイリージュさんと目が合う。

 心配で曇る眼差しと柔らかい手の感触に、軽く心臓が跳ねた。


 純粋な黒ではなく褐色に近い肌の質感が白い霧の背景に鮮やかに浮かび上がり、今度は黒長耳族ダークエルフのお姉さんに僕の視線が吸い寄せられる。

 こちらも違う意味で、心を奪われる眺めだった。


「お顔の色が優れませんね。お水でも飲まれますか?」 

「ごめんごめん、ちょっと考え事をしてた。えっと、熱と音じゃないかもってことか。厄介だな」


 僕らの小隊パーティの大きな強みは、安全な距離から攻撃を叩き込める点だ。

 サリーちゃんの骸骨やミミ子の陽炎イリュージョンで注意を引き付けておいて、有利な位置から先手を取る。

 これがたいていの狩りのパターンであった。


 だがいつもの囮が通用しないとなると、この偏った編成の小隊パーティでは僕が釣り役をするしかない。

 射手アーチャーが自ら距離を詰めていくという、大変間抜けな戦法となる。


「ま、仕方ないのじゃ。次は距離を測ってみるかのう」 


 そう言いながらサリーちゃんが、僕にくいっと顎を持ち上げた。

 実のところサリーちゃんの方が僕より遥かに頑丈だし、回避も素早さもかなり上だ。

 囮役や盾役には申し分のないスペックを備えているのだが、彼女に釣り役を任せてはいけない事情があった。


 サリーちゃんは良く言えば豪快、悪く言えば大雑把なのだ。


 面倒だからとモンスターをまとめて引っ張って来たり、酷い時は戻ってこずにその場で戦いを始めたりと、囮の意味を全くなさない釣り方を平気でやってのける。

 もっともサリーちゃんに言わせれば、全て計算ずくらしいが。

 そしてきっちりと倒してしまうので、もしかしたら本当に戦況を読み切っているのかもしれない。


 それは兎も角、サリーちゃんが釣り役だと、何かと忙しすぎるのだ。

 サボり狐なミミ子やパニックに弱いイリージュさんの強い要請もあって現在、この小隊パーティでのサリーちゃんの釣り行為は固く禁じられている。


「良い子で留守番しててね、サリーちゃん」

「我ほどの良い子は、そうそうおらぬわ」


 緊張をほぐすつもりの一言は余計だったようで、美少女にぺちっと腕を叩かれる。

 即座に動けるよう中段に弓を構えたまま、僕はそっと建物の角に張り付く影へ歩き始めた。 


 十歩圏内ではまだ動きがない。

 さらに三歩近付く。


 剣と盾っぽいものを持った影が、にゅるっと壁から浮かび上がってくる。

 六歩から七歩が、感知距離のようだ。

 完全に実体化する前に、蛇矢を放つ。


 咄嗟に影人が突き出した盾を、矢はあっさりと射抜きその体内へ潜り込む。 

 反応の速さは流石だが、こうなってしまえば僕の勝ちだ。


 核を咥えたシャーちゃんが、影人の太腿を突き破って顔を出す。

 モンスターは、そのまま霧に溶け去った。


「……さっきよりも狭いな」


 そのまま弓を持ち上げて、二の矢を撃ち出す。

 消え去った影の向こうから飛来する黒い一筋が、僕の視界に映り込んでいた。


 極眼ホークアイが、それは影で出来た矢だと告げる。

 天眼イーグルアイが、曲がり角に潜むもう一人の影人の存在を知らせてくる。 


 そして当たったはずの黒骨の矢は、音もなく影の矢をすり抜けた。


 いや、矢の長さが半分以下になっているので、一応の効果はあったようだ。

 コマ送りで近付いてくる黒い鏃に、三の矢をつがえる時間はなさそうだと冷静に見て取る。


 この速度だと掴み取ることは出来るが、うっかり触って妙なことになると困る。

 なんかネチャっとしてそうな感じもあるし、弓搦めタングルガードで弓が汚れるのも嫌だな。


 判断に悩む僕を助けてくれたのは、鋭い風切音だった。

 黒い稲妻のようにしなる鞭が、鏃だけとなった影の矢を正確に捉える。


 短くなった矢が掻き消される様を確認しながら、矢筒に手を伸ばしつつ地面を蹴って壁際へ下がる。 

 射線から外れた僕を追いかけるように、影人は角からその身を現した。


 すかさず三々弾トライバーストを撃ち込む。

 首に三矢、肩の付け根にもそれぞれ三本。

 衝撃を与えた矢が消え去り、九つの穿ち穴を体に残したまま影人は再び弓を構えた。

 

 やはり矢で部位切断を狙うのは、無理があったか。

 撃ち出された矢を射落とそうと構えてみたが、サリーちゃんの鞭が先に唸りを上げ、影の矢はまたも綺麗に掻き消される。


 ならば本体へと弓を向け直した瞬間、僕の横を熱が通り過ぎた。

 煌々と光を放つ拳大の火球たちが、続けざまに影人の体へ命中する。


 派手に影が飛び散り、本体にぽっかりと四つの穴が出来る。

 それでもまだ影人は弓を持ち上げようと、千切れかけの両腕を動かした。


 一息に距離を詰めるサリーちゃん。

 軽やかに踏み出す足と可憐な腰の捻りから生み出された回転が、しなやかに鞭を震わせた。


 螺旋状に渦巻く鞭先が、恐ろしい一打と化して影人に打ち据えられる。

 鞭の先から生まれた旋風に巻き込まれた影が、捩じ切れて散り散りの破片となって消え失せる。


 白い霧に黒髪をなびかせる少女は、得意げな顔で振り向いて見せた。

 そして二体の影人が倒された跡に、ひしゃげた数枚の金属片が現れる。


「なんじゃこれは?」


 円盤状のそれを拾い上げたサリーちゃんが、手の平の上でころころと転がす。


「さっきは手助けありがとう、サリーちゃん。それ鐚銭びたせんって言うらしいよ」

「大事ないのじゃ。で、何に使うのじゃ?」

「さあ? ニニさんもよく分からないって言ってたよ」

「ふむむ。買い取りはいくらじゃ?」

「それが買い取り自体が無理なんだってさ」

「どういう意味じゃ?」


 その問い掛けに、僕は大仰に肩を竦めてみせた。

 ニニさんたちの話では、ここのドロップ品はこの鐚銭やネズミの尻尾、あとは萎びた球根だとか取り敢えずゴミばかりらしい。

 さらにそれを袋に入れたまま地上に戻ろうとすれば、いつの間にか消えてしまっているのだとか。


 理由は不明だがこの霧の階層からは、無用の長物であろうと持ち出し不可能という訳だ。

 

「ふむふむ、あまり倒し甲斐のない奴らじゃのう。ま、いっぱい狩れば宝箱が出るやもしれんか」

「あれだけタフだと、連戦は厳しいかもね。あと、反応距離はもうちょっと確認しておきたいかも」


 最初の門番と今の影人では、動き出す距離が違っていた点が引っ掛かる。

 それと耐久力もミミ子の狐火フォックスファイアを四発喰らったのに、体がまだ半分近く残っていたのは驚きだった。

 シャーちゃんを回収しながら、忘れないうちにミミ子の頭も撫でる。

  

 イリージュさんのおっぱいを頭に乗せた格好で体を暖めて貰いながら、画板の地図に書き込み中のミミ子は大きなあくびをしてみせた。


 レベル4に上がったミミ子は、とうとう攻撃方法を会得した。

 パワーアップした狐火フォックスファイアは、火炎弾と呼べるほどに火力が向上したのだ。


 威力を高めるために真っ直ぐにしか飛ばせないが、当たるとかなりの熱傷を与えることが出来る。

 問題点はたまに味方の骸骨どもを巻き込んだり、サリーちゃんの背中を燃やしたりするのと、創り出すのに結構な熱量がいるためイリージュさんや僕にくっつく必要があることかな。


 あと名称が紛らわしくなったので、これまでの狐火である熱探知機能付きのほうは狐灯フォックストーチと呼び分けている。


 高威力の狐火を撃てるようになってから、ミミ子は以前ほどぐ~たらではなくなった。

 気が向くとさっきみたいに、支援してくれたりもする。


 もしかして何となくだが、僕がシャーちゃんばっかり褒めるせいなのかもしれない。

 下の子ばっかり可愛がったら、上の子がへそを曲げたりするアレだ。

 だから今は出来るだけ、平等に褒めるようにしている。



「では引き続き、地図作りに勤しみますか」

「次は我が行ってもいいかのう? なあなあ、良いじゃろ?」

「勤しまないよ~」

「はい、精一杯お勤めします!」


 

 霧が渦巻く迷宮を、僕たちは一致団結して進み始めた。



螺旋打ちスピンスラッシュ―強い回転を加えた鞭の一打。生身で受けるとめっちゃ痛い

狐火フォックスファイア―硬球ほどの火球を四つまで飛ばせる。速度はそれなり。当たるとめっちゃ熱い

狐灯フォックストーチ―指先ほどの小さな灯り。熱源を探知して自動追尾する機能が付加できる


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ