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霧の街

 追い風に押された僕たちは、瞬く間に五層へ到達した。

 イリージュさんの風陣ウインドエリアのおかげで、迷宮内の移動も随分と楽になった。


 五層中央の終末神殿は迂回して、外壁沿いに六層への階段まで警戒しながら歩く。

 ここを高速移動してると、たまに出てくる骨の塊に気付かず通り過ぎてしまって危険なのだ。

 追っかけてくるうちに互いに絡まって、巨大になった腕骨塊に襲われた時はかなり本気で焦った。

 

 あとイリージュさんもレベルが上がったとはいえ、使役できる精霊の量はまだまだ少ない。

 こまめに休憩を入れないと、それはそれで大変なことになる。


 見た目は妖艶なお姉さまの癖に、気弱で人見知りが激しいというギャップが魅力のイリージュさん。

 実は彼女はとても我慢強く、かつ頑張り屋でもあった。


 求められるままに精霊術や治癒術を使ってくれるのは非常に助かるのだが、自分の限界を無視する癖があるせいか唐突にぶっ倒れるのだ。

 しかも倒れ方にも控え目な性格が出ているのか、ひっそりと気付かれにくい場所で横になってたりする。

 本人は気遣ってるつもりだろうが、いつの間にか居なくなってたなんて心臓に悪いことこの上ない。

 

 この件に関しては、やんわりと注意したので少しは改善されたが、気をつけないと無茶をする性格はさほど変わっていない。

 それでも会話がちゃんと出来るまでに進歩はしてるし、じっくりやっていけば良いかと思っている。


 

「よーし、六層行く前にチェックするよ」



 今日が初挑戦となる六層だが、大まかな特徴だけはニニさんたちに聞いてある。

 以前、この迷宮は暑くも寒くもないと言ったが、それは大きな間違いだった。


 六層はちょっと寒い場所らしい。

 

 だが対策はきちんと用意してある。

 まず僕はいい加減、防御力が不足気味だった灰色狼装備一式から卒業した。


 代わりの装備が、全身をしなやかな黒に包む黒豹ブラックパンサーの革鎧一式だ。

 七層に居るらしいこの黒豹の皮は、可動性と靱性に優れており、動き易さと防御力が格段にアップした。

 あと、とても軽かったりする。ただ耐寒性は今一つなので、そこが少々心配だ。


「次はミミ子だな。うん、今日も可愛いぞ、ミミ子」


 防刃のローブ一択だったミミ子の服装も、ようやく新調することが出来た。

 かなり悩んで選んだ装備は、黒豹と同じく七層に居る大銀猿シルバーエイプの革鎧。

 もっとも革鎧の名前は付いているが、ミミ子が着てるのはどう見ても着ぐるみだ。


 全身一体型のせいで、すっぽりと体を収める形になっている。

 完全なオーダーメイド製で、一着金貨十七枚という白鰐装備を超える高さだが性能は折り紙付きである。

 こいつの凄いところは耐寒性や耐雷性に加えて、毒や酸なんかの危険な状態異常攻撃もことごとく防いでくれる点だ。


 さらに防御力もそれなりにあるなど長所が目白押しだが、見た目がアレなせいかあまり人気がない。

 襟に銀色のたてがみがそのまま残っており、三角耳のミミ子が着てると可愛いライオンみたいに見えて、僕はとても気に入っているのだが。


「イリージュさんは、準備できましたか?」


 レベル2に上がり副助祭になったイリージュさんも、白の祭服が祝音の祭服に進化した。

 前よりも胸元が大きく開いており、色々と他の部分までアップしそうな見た目に変わっている。


 ただ六層へ行くには流石に寒そうなので、上にミミ子のお古である防刃のローブを羽織って貰うことにした。

 防御力も上がるしで一石二鳥なのだが、あの魅惑的な谷間が隠れてしまったのは大いなる損失のような気もする。


「サリーちゃんは、いつも通りと」

「なんじゃ、我もちゃんと見んか!」


 ぺちっと腕を叩かれる。

 そうは言っても、不死者であるサリーちゃんは多少の寒暖の差をものともしない。


 いつもと同じ黒を基調としたドレス姿が、とても御似合いでございます。

 ああ、そうだった。サリーちゃんも装備が少し変わったんだっけ。


 まず特筆すべき点は、武器を持つようになったことだ。

 美しい少女が選んだ得物は、黒豹の皮で作られた鞭であった。

 正直、鞭を振るう姿がとても似合ってる上に、かなりの応用力もあったりしてなかなか侮れない。


 あと日常生活では能力を制限しなければならないため、聖別された銀鎖で髪を縛っていたが、それがここだと解禁されて真黒なリボンに替わる。

 暗影布という特殊な素材で作られたそれは、常人が身に着けると精神に異常をきたすが、サリーちゃんは逆に元気になるらしい。


「うんうん、今日もみんな可愛いっと。それじゃあ六層、頑張ってみようか」

「がんばらないよ~」

「我に任せておけ。皆殺しじゃ」

「はい、頑張ります!」


 一抹の不安を胸に、僕は階段へ通じる扉に鍵を差し込んだ。



   ▲▽▲▽▲



 階段を進んでいくと、周囲が次第に白く霞み始める。

 ひんやりとした寒さが頬を撫でていく感触に、僕は少しだけ身震いをした。


 まったく新しい場所へ行くときは、いつも僅かな不安と大きな喜びが胸に湧いてくる。

 繰り返しばかりで人の何十倍も、同じ場所へ行く経験が多かったせいだろうか。



 階段を下りきった僕らの前に現れたのは、霧に浮かび上がる石造りの城壁だった。



 冷気を孕んだ霧が、足元に纏わりついて地面はほとんど見えない。

 薄ぼんやりと頭上から降り注ぐ淡い光のおかげで、ランタンは不要なのだが視界はすこぶる不明瞭だ。

 

 冷たい霧に覆われた街。

 それが迷宮六層の新たな試練の場であった。


 ここも五層と同じように天井に大きな発光石が設えてあり、広い空間内に迷路や建築物がある箱庭型の階層だ。

 空が高いので曲射ができるが、上空から襲ってくるモンスターが存在する可能性もある。

 頭上の警戒も怠らないようにしよう。


「さてどっちに行くんじゃ? 狐娘」

「う~ん。ここは四つの門があるっぽいよ~」


 ニニさんからざっとした地図まで頂いている。

 それによると市街地は正四角形の城壁に囲まれており、各壁に一つずつ門があるらしい。


「一番近いのは、そこの南門だね」


 ミミ子の指差した先に、鎖格子の嵌まった大きな門がおぼろげに現れる。

 門の傍らには、影が二つ。

 長い鉾槍を手にした門番のようだ。


 だが、それ以上は全く分からない。

 他の装備品どころか髪の色や表情、男女どちらかさえも。


 彼らもしくは彼女らは、文字通りの影であった。

 黒い人型の影が、門脇の壁に張り付いているのだ。


 近づく僕らに気付いた門番が、ゆっくりと厚みを増して壁から抜け出てくる。

 ただし影が立体になっただけで、相変わらず細かい容姿はサッパリ分からない。

 直立する黒い人の形をした靄は、手にした影製の鉾槍を突き出す構えをとった。



 この影たちが、六層の住人である。



「この距離じゃと、感知は熱か音か分からんのう」

「次は、ミミ子の狐灯フォックストーチで確認するかな。右、頼んだよ」

「任せておくのじゃ」


 サリーちゃんが腕を振ると、袖のフリルに隠されていた黒い骨の欠片が転び出た。

 骨片は地面に当たると、硬質な音を立てる。


 そして瞬時にその姿を変えた。 


 霧の中から立ち上がったのは、骸骨騎士スケルトンナイト三体であった。

 全身を鎧兜で覆い盾を構えた三体は、無言で右の影人へと詰め寄った。


 ――屍骨召喚サモンスケルトン


 屍霊術士ネクロマンサーのサリーちゃんの本領発揮であり、盾持ガードがいない僕らの小隊パーティの守りの要であった。

 三対一のまま、骨たちは影人の鉾槍を交互に盾で受け止めつつ、ざくざくと剣で門番の身を切り刻み始めた。

 まさに数の暴力である。


 そんな相方の様子に気を留める素振りもなく、左の門番は鉾槍を構えたまま迫ってくる。



「――来い!」



 伸ばした右手の動きに、僕の手首に巻き付いていた蛇が目を開いた。

 その身を真っ直ぐに伸ばして、即座に矢へ変化する。


 これは別に掛け声や身振りがなくても矢に変わってくれるのだが、たまに気分が乗るとつい決めてしまう。

 つがえ、即放つ。


 鉾槍が風を切り、宙を進む蛇を呆気なく打ち落とす。

 流石は六層モンスター、当然のごとく矢を止めて来るな。


 もっとも蛇の矢は、それ位ではどうもしないが。

 地面に落ちた矢は、弾みをつけて跳ね返り影人の胴体に突き刺さる。

 しかし矢が刺さった部分の影が、わずかに薄くなっただけで他に変化は見受けられない。


 この影の塊の厄介な点は、これだった。 

 浅層のモンスターは倒せば消える虚構の存在でありながら、その中身はきちんと臓物があったり機構が存在していたりする。

 倒す過程で血が飛び散ったり、体液を流すのはそのせいだ。


 当然、内部にダメージを与えると影響を受けて、動きが鈍ったり攻撃力が落ちたりする。

 だがこの影人どもは、それがない。

 ダメージを受けた分だけ体積が減っていくのみで、強さは最後までほとんどそのままだ。 


 彼らに有効なのは点の攻撃ではなく線や面の攻撃であり、手足などの端部を切り落としたり破壊するのが効果的だとか。

 骨たちのいる五層に続き、またも弓使いには不遇な階層だった。


 けれどもそんな恵まれない矢でも、彼らを一撃で倒す方法が存在していた。

 それは影人の核を狙うことである。


 影の塊である彼らは本来は不定形な体を制御するために、体内のどこかに僅かな熱を帯びた小さな赤い核を隠し持っている。

 普通に考えれば頭部や心臓辺りにあるはずだが、じつは体内を駆け回っており意外なところに潜んでいたりもするらしい。

 偶然、切り取った指先に有ったりしましたよと、何かと当たりやすいリンが語ってたっけ。


 そしてあんまり運が良くない僕でも、その核を一矢で当てる方法がある。 


 蛇の矢に腹を貫かれた門番は、鉾槍を大きく振りかぶったまま動きを止める。

 不意にその肩を突き破って、赤い何かを咥えた蛇が顔を出す。


 手を差し伸べると、蛇は嬉しそうに身をくねらせて僕に飛び付いてきた。

 核を噛み砕き呑み込む蛇の頭を、丁寧に撫でてやる。


「偉いぞシャーちゃん。今日も良い子だねぇ」


 ゴロゴロと喉を鳴らしたシャーちゃんは、僕の手首に再び巻き付くと満足げに目をつむった。


 一矢で倒す答えは、とても簡単だった。

 蛇の矢を当てさえすれば体内にこの子が侵入し、熱源を探知して噛みつき戻ってくる。

 それだけである。

 

 言葉にすれば楽勝に思えるかもしれないが、ここまで来るのが非常に大変だった。

 シャーちゃん、最初は全然言うことを聞いてくれなかったのだ。

 それを宥めすかし、コツコツと浅い層のモンスターから始めて、獲物に襲い掛かる楽しさを教え込んだ。

 何度も脱走するシャーちゃんを捕まえては矢に戻るように躾け、止めを刺せば褒め千切って育てた。


 おかげで今のシャーちゃんは、とても良い子になった。

 順調に成長して、今は何とレベル4だ。

 というか、武器にもレベルがあったのは驚いたが。

 

「こっちは終わったよ」


 右側に目を戻すと、ちょうど影人が切り刻まれて消えていくところだった。

 

「騎士が一体やられてしもうたの。なかなか強いのじゃ、こいつら」

「お疲れ様です。回生リフレッシュいたしましょうか?」

「おねがいするよ~」

「まだ大丈夫ですよ、イリージュさん。あとミミ子を甘やかさないでね」


 何もしてないミミ子に回生リフレッシュを施そうとしてたイリージュさんを止めて、足音を殺しながら門へ近付く。

 この黒豹の長革靴は、足音を吸収してくれるのでとても静かに移動できる。

 番人を倒したせいか、鎖格子が音もなく持ち上がる。



 そっと覗き込んだ先に広がっていたのは、渦巻く霧と白い建物の群れ、そして音もなく行き来する影どもの姿だった。



影人シャドウ―不死の眷属ではなく、混沌に属する魔物の一種。人とついているが、人型以外も存在する


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