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上級者たちのフロア

  

 

「おやおや、これはナナシ殿ではありませんか?」



 僕の顔に向けて飛んできたのは、銀色に光る指輪であった。

 コマ送りで確認したが装飾などは一切ないプレーンな品だったので、価値は低いと判断して気楽に掴み取る。


 入り口側で言い争っていた二人組の片方が、指輪を受け止めた僕に気付いてくるりと振り返った。


「お騒がせして申し訳ない。そちらの指輪で少々揉めておりましてな」

「そんな下らない指輪、さっさと捨てちまいなっ」

「あんまりなことを言わないでくれ、ローザ。この吾輩の愛の証をなぜ分かってくれぬ」


 芝居がかった口調の男性の名は、ダプタさん。

 レベル6の魔術士ソーサラーで、この金板ゴールドプレートのフロアでは、随分な古参となるらしい。

 とても恰幅の良い体付きのせいで汗をよくかくのか、ハンカチで顎の下を拭いながら息巻く女性を宥めている。


 かなり御機嫌斜めの女性は、ローザさん。

 こちらはレベル6の戦士ファイターで、大柄な体格の上に濃い顔立ちのせいで、一目見ればとても印象に残る人だ。

 ダプタさんとのコンビが有名で、人気者の金板保持者でもある。


「アンタの無駄遣いには、いい加減我慢の限界だよ。そのガラクタに、幾ら掛かったのか言ってみな」

「ガラクタではないぞ、ローザ。この指輪は使い方次第では――」

「いいから、幾らしたんだいっ?」


 問い詰められたダプタさんは、小さく首を捻ると人差し指を一本上げた。

 このフロアでの指一本は、金貨百枚を意味する。

 

 思わずギョッとして手の内の地味な指輪を見るが、何の変哲もない代物にしか見えない。

 息を呑んで見守っていると中指も上がった。金貨二百枚だ。


 だがローザさんは、まだ何も言わない。

 沈黙の中、おずおずと薬指までも上がる。これ金貨三百もするのか!


「話を聞いてくれ、愛しいローザ。これは、その、そうそう、投資なのだよ」

「言い訳は墓ン中に持って行きな。私の金に手を付けた覚悟は出来てんだろうな」


 意外なことだが、ローザさんは市内のお菓子屋さんに多くの出資をしており、超がつくお金持ちでもある。

 有名なところでは老舗の迷宮堂などは彼女がオーナーであり、名前を冠したケーキなんかが売っていたりもする。


 対するダプタさんは収集家だ。しかも魔法具アーティファクトという金食い虫の。

 もっとも彼の場合は、コレクターであると同時にバイヤーでもあるが。

 独自の鑑定法で次々と掘り出し物を見つけ出すその手腕は、名うての品評家として高い評価を受けている。

 

「ほらご覧あれ、ナナシ殿も興味津々な御様子ではないですか」


 部外者として呑気に二人の喧嘩を眺めていた僕の立場は、一瞬で当事者に入れ替わった。

 あと改めて紹介すると、ナナシというのがここでの僕の呼び名だ。

 闘技場の二つ名が、そのまま呼称に落ち着いてしまった。

 

「そりゃ金貨三百と言われたら、興味は湧きますよ。でも買う気とは別物です」

「ごもっとも。まずは知って貰うのが先決でしたな。その指輪の名は"信頼の指輪"。なんと近しい者の愛情が分かる逸品なのですよ。どれ、嵌めてみて下され」

 

 言われた通り、右手の人差し指につけてみる。


「次に懇意の方の手を取ってみて下され」

「ミミ子、手を出して」

「やだよ。人の気持ちを試すなんて、よくないよ~」

「じゃあサリーちゃん」


 黒髪の美少女は、平然とした面持ちで僕の手を握る。

 指輪には何の変化も起きなかった。ガッカリしながら、背後で押し黙っていた女性に向き直る。


「次はイリージュさんで」


 と言いながら、ミミ子の手を握る。

 その途端、指輪が熱を放った。火傷するほどではないが、それなりに熱い。

 驚いて手をひっこめると、ミミ子がむくれた顔でそっぽを向いた。


 これ、やられた本人は、かなり気恥ずかしいだろうな。

 嫌がる気持ちも凄く分かる。


 勝手に持ち上がる頬をどうにか押さえながら、僕は黙ってイリージュさんに手を差し出した。

 黒長耳族ダークエルフのお姉さんは、状況が分かってないのか小首を傾げながら握手に応じてくれる。


 指輪はまたも熱を放った。先程よりも熱くはないが、じんわりと温かみが伝わってくる。

 僕の好感度は中々のようだ。


 嬉しくてそのまま手を握っていると、今度はイリージュさんの頬が赤みを帯び始めた。

 長い前髪に隠れて目の表情は読み取れないが、赤面していく様がハッキリと分かってとても愛らしい。


「お気に召して頂けたようで何よりですな」


 つい夢中になってしまった。

 だが手を握っただけで相手の感情が分かるとは、素晴らしい魔法具アーティファクトだと言える。

 これは小隊パーティリーダーに、必須の品ではないだろうか?


「そうですな。ここは手数料を加えて――」


 算盤を弾きだした抜け目ないダプタさんの姿に我に返る。

 こんな高いのを勝手に買って帰ったりしたら、サラサさんにつむじをグリグリされてしまう。


「すみません。もう満足しましたので」

「本当にそうですかな。もっと知ってみたい。誰かの心を覗いてみたいとお思いになりませんか? 宜しければ、みっちりとその品の魅力について語らせて頂きましょう」


 いつもは薮睨みなダプタさんの右目が、ぐるりと動いてこちらをじっと覗き込んでくる。

 これはマズイ。

 ダプタさんの話は面白いのだが、延々と終わらないことでも有名だ。


 長引く気配を察したのか、すでにサリーちゃんとミミ子は雲隠れして、ちゃっかりと備え付けのソファーに身を埋めている。

 僕は逃げ道を求めて、周囲を急いで見渡した。


 直ぐに目に入ったのは高い身長の三人組、鬼人会のグルメッシュ、ドンドルさん、アーダさん達だ。 

 彼らはニニさんに続く鬼人会の金板所持者であり、僕がここに来るようになった時、真っ先に力を貸してくれた先輩でもある。


 訴える僕の視線に気付いたのか、ソフトモヒカンのグルメッシュが笑顔を見せて拳を握ってみせた。

 全く伝わってないようだ。


 他に誰かいないかと視線を移した瞬間、脇から声が上がった。


「面白そうな話じゃねーか。俺も混ぜてくれるか?」

「ソニッドさん!」


 さらりと助け舟を出してくれたのは、相変わらず解錠がド下手な斥候リーダーであった。

 ソニッドさんたちは半年ほど前に金板ゴールドプレートを獲得しており、すでに先達としてこのフロアの常連になっていた。


「そうそう、ナナシの坊主、受付嬢が探してたぜ」


 背中に隠してこっそり振ってくる手は、さっさと行けという合図のようだ。

 頭を下げた僕は外した指輪をお返ししようと差し出したが、そこに太い腕がずいっと押し出された。


「ああ、返却は急がなくて結構。お試し期間として、少しの間お預けしておきます」 

「こんな高価な品、手元にあったら落ち着きませんよ」


 なんとか返そうとする僕に、ダプタさんは声を潜めてくる。


「そこをなんとかお願い申し上げる。吾輩の手元にあると、愛しきローザヶ峰がまた噴火するやもしれんのでね」


 借りを作るかのような物言いまでされては、僕も強く出れない。

 新参である身としては、迂闊な波風を立てるのは避けておきたいところだ。 


「分かりました。では、しばらくお借りしておきますね」


 もう一度、軽く頭を下げて急いで立ち去る。

 離れてからそっと振り向くと、腕組みをしたローザさんにダプタさんと、なぜかソニッドさんまで頭を下げている光景が見えた。



 このフロアに来て驚いたのは、皆が当然のごとく礼節を弁えていて、人当たりがとても良い点だった。



 しかし考えてみれば、当たり前のことかもしれない。

 長く潜っていると五人揃ったままで、探求を続けていくのはとても難しいことだと分かる。

 休暇や里帰り、病気の療養や装備の破損など理由は様々だが、会社勤めのようにはそうそういかない。

 固定といえど多かれ少なかれ、人の出入りはあってしかるべきものなのだ。


 銀板シルバープレート級までは、メンバーの補充は適当でもなんとかなる。

 だがこのレベルになってくると、そうも言ってられない。


 必然的に同じメンバーが顔を突き合わせることが多くなるため、人間性に問題が多いタイプは自然に弾かれて消えていくという訳だ。

 もちろんそれは下のレベルでも同じことが言えるが、入れ替わりがそれなりにあるせいでここほど顕著ではない。

 まあ多少の例外もあったりするが、基本的に礼儀正しいか気さくな人が多い印象だった。


 それに余裕がある人ほど、他人に寛容だとも聞く。

 金持ち喧嘩せずとはこのことかと、改めて納得したりもした。


 とは言ってもそれはあくまでも、這い上がってきた人たちの話だ。

 このフロアの半数以上を占める生え抜き連中とは殆ど話す機会がないので、未だに彼らのことはよく分からない。

 世襲組だけで固まってしまっているので、交流が全くないのだ。


 こちらから積極的に絡みたい相手でもないので、それはそれで良いのだが。


「今日は六層ですか。お気をつけてくださいね」 

「はい、もちろんですよ。リリさん」


 本日のリリさんは、柔らかくウェーブを描く金髪を両サイドでアップにしてて、いつも通りキュートだった。

 まだ一応は受付嬢なのだが、今のリリさんは僕らしか担当していないので実質、専属のマネージャーといっても過言ではない。


「今は何組、居ますか?」

「現在のところ、六層の探求許可依頼は二組だけですね」


 一組は多分、ニニさんたちだろう。

 ばったり出遭って、驚かすのも楽しいかもしれないな。


「あ、これ預かっといて貰えます」


 信頼の指輪を外すふりをしながら、さり気なくリリさんの白い手に触れる。

 伝わってきたのは、少し高めの熱だった。


 にやけそうになるのを我慢して、何食わぬ顔で指輪を渡して立ち上がる。


「それでは行ってきますね」

「行ってくるのじゃ」

「またね~」

「はい、皆さんお気をつけて」


 胸元で小さく腕を振るリリさんの可愛さに悶えながら、僕らは金板ゴールドプレート級のフロアを後にした。



 この時の僕は、全く気がついていなかった。

 このフロアに隠れて潜む、誰かの恐ろしい悪意に。



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