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遅い目覚め/初回

 目蓋を小刻みにノックする眩い光に、僕はしぶしぶと目を開けた。


 白いカーテン越しに感じる日差しは、かなりの高みから降り注いでくる。

 位置的に朝ではないと確信しつつ、むっくりと僕はベッドから身を起こした。


 枕元に置いてあった大きな砂時計は横倒しになっており、目覚ましの役目をすっかり放棄している。

 このところ朝寝坊が続いていたので、メイハさんが買ってくれたものだ。


 砂が全部落ち切ると重みでベルが鳴る仕組みなのだが、どうもその音が苦手で無意識に倒す癖がついてしまっている。

 僕は溜息混じりのあくびをしながら、ベッドの陰を覗き込んだ。


 陽の光を避けるためか、少女は床の上でシーツに包まってすぅすぅと寝息を立てていた。

 吐息に合わせるように三角に飛び出した両の耳が、ぴこぴこと小さく揺れている。

 ベッドに引き上げて乱れた白い髪を手櫛で整えてやると、少女は薄っすらと目を開いた。


 アーモンド形の大きな金色の瞳の焦点が、ゆっくりと僕に合っていく様を眺める。

 目覚めたミミ子はぼんやりした笑みを浮かべると、僕の胸におでこを預けて再び寝息を立て始めた。


 その可愛らしい姿を抱きしめながら、もう一度ベッドに寝っ転がる。

 少女のひんやりとした体温を腕の中に感じつつ、僕の目蓋がじょじょに下がって――。



「主様、ミミ子様、もうお昼過ぎですが、まだお休みでしょうか?」



 ノックと共に聞こえてきたのは、控え目なイリージュさんの声だった。



   ▲▽▲▽▲



 僕が迷宮の理を知ってしまってから、もう半年近くが経とうとしていた。 

 春はすでに終わりかけ、微熱を孕んだ風は夏の近さを示している。


 ちょうど一年前にレベル3に上がった僕だが、先日とうとうレベル5になった。

 遙か遠くに思えていた金板ゴールドプレート持ちに成れたのだが、そう単純に喜ぶ気にもなれない。


 半年前のあの日、僕は色々と悩んだ挙句、迷宮組合ラビリンスギルドの提案を受け入れることにした。

 支援という名の監視が付くことにはなったが、これは存外気楽なものだった。


 迷宮都市の外に出る際に職員の同行が必須なぐらいで、日常生活には全く支障がない。

 むしろ面倒どころか、劇場や風呂などはほぼ無料、納税の減額や行政手続きの優遇など良いこと尽くめだ。

 流石は組合側も、金の卵を産む存在の扱いには慣れているようで、痒いところに即座に手が届くような接待ぶりを見せてくれた。


 金銭面も食費に悩んでいた昔が、嘘のように楽になった。

 とは言っても金板級ゴールドプレートに上がったからといって、即座に迷宮での収入が倍々に増えるということもない。

 

 余裕が出来た理由は、新規の下層階段を見つけた報酬を、サラサさんがあの手この手で増やしてくれたおかげである。

 もっとも根が貧乏性な分、あまり贅沢をする気にはなれなかったので、生活のレベルは以前とほとんど変わっていない。


 住んでいるのはもちろん、中心部からかなり離れた築二十年の古家のままだし、変な彫刻を飾ったり庭にプールが出来たりもない。

 少し家具――といっても子供たちのベッドを新しくしただけだが――を買い足して、外出用にフォーマルな服を買ったくらいだ。


 その服も夜会とかに出席しないと駄目なせいで、購入したに過ぎない。

 他にもパレードに出たり、要人をエスコートする際に必要らしいが、今のところそんな機会は回って来ていない。

 

 利点ばかり挙げたので、ちょっとした義務にも言及しておこう。

 金板ゴールドプレートを持って初めて知ったのだが、このクラスからは一定期間以上の迷宮探求義務が生じる。


 初年度は年間百日を超えれば良いのだが、翌年から少しずつ課される時間が増えていく。

 これには金板ゴールドプレート所持者の数を、絞る目的があるらしい。

 歳を取って探求が出来なくなったのなら、さっさと引退しろという訳だ。


 ちなみに一定の金額を支払えば、この時間は減らして貰うことができる。

 それほどまでに金の看板に、固執する者も多いと言うことか。


 メイハさんの場合は、休んでいた間の分はお義母さんが代わりに払ってくれていたらしい。

 それとなく聞いてみたら、そんな義務があったことさえご存知なかった。

 あの人はたまに、ナチュラルに脛を齧る気質があると思う。

 

 もちろん僕にもその義務が生じており、財産が増えたところで、そうそうサボってばかりという訳にも行かない。

 お金に悩まない生活を手に入れたものの、探求が義務化した上に、組合からはさっさと虹色カラーズになってくれとの圧力もある。

 手放しで喜べないのは、そういった事情からであった。



 結局そんなこんなで僕は、相も変わらず迷宮に首までどっぷり浸かって生きていた。



「お早うなのじゃ」

「お早う、サリーちゃん」

「もうお昼はとっくに過ぎてます。お二人とも遅ようですよ、まったく」


 

 あくびをしつつ挨拶を交わす僕たちを見て、呆れた声を上げたのはお手伝いのイボリーさんだ。

 組合から派遣されている住み込みの家政婦さんで、家事の腕は一流な上に子育て三人分の経験をお持ちなので、ちびっ子たちも安心して任せておける。

 

 イボリーさんが程よく冷めた貝柱入りのスープを、手早く食卓に並べてくれる。

 それを僕の横に座ったイリージュさんが、膝の上で半分眠ったままのミミ子の口にスプーンで運ぶ。

 せっせとお世話をするメイド姿のイリージュさんは、ちょっとストレスが溜まってそうで心配になるな。


 今まではリンとイリージュさんの二人が当家の家事を担ってくれており、それに全く不満はなかった。

 だが組合と契約を交わしてから、僕たちの生活は探求者シーカーがメインとなってしまった。


 つまり今まで通りに、一日家に居てお掃除やお料理に勤しんで貰うという訳にも行かない。 

 もっともリンなんかは、合間を縫ってちょくちょく台所に立ったりはしてるが。


 この流れにもっとも煽りを受けたのが、サリーちゃんとイリージュさんだった。

 日がな一日、子供や犬と遊んだり、そこら辺を適当にほっつき歩いていたサリーちゃん。

 毎日せっせと家族の食事を作り、家を綺麗に保ち、家庭菜園のお手入れに精を出していたイリージュさん。


 それが今や探求者シーカーとして、僕と一緒に迷宮に挑む身となってしまった。


「メイハさんたちは、もう出たのかな?」

「はい、とうにお出かけされましたよ」


 皿を持ち上げて一気にスープを飲み干したサリーちゃんに、おかわりを注ぎながらイボリーさんが答えてくれた。

 流石にあっちはしっかりしてるな。

 こっちのマイペースでぐ~たらなコンビとは大違いだ。 


 自分のだらけっぷりを棚に上げて、こっそりと心の中で溜息を吐く。

 そう。現在の僕の小隊パーティメンバーは、ミミ子、サリーちゃん、イリージュさんであった。


 こうなった理由を簡単に説明すると、全てサラサさんの仕業だ。

 現在、迷宮予報士だったサラサさんは、我が家の総合管理職チーフプロデューサーに就任している。


 予報士時代に培った情報分析能力を駆使したサラサさんの結論は、僕の小隊パーティはかなり偏っているとのお言葉だった。

 確かにミミ子とリンで盾役が被ってるし、攻撃力も僕を除けばかなり覚束ない。

 

 そこで提案されたのが一旦、小隊パーティの固定化を止めて、低レベル組のキッシェ、リン、モルムの三人を、実践的な動きが指導できるニニさん、メイハさんと週に何回か組ませてスキルアップと戦力の安定化を目指そうという作戦だ。

 高レベルの盾役と回復役が揃っているので、いざという時も安心できるしね。


 正直、期間限定とは言え、彼女たちと分かれて行動するのは心底辛かった。

 だけど週一、二回は元の組み合わせで、迷宮に潜って良いとお許しが出てるし、見違えるように動きが良くなっていく女の子たちの誇らしげな顔に文句も言い難い。


 それに実はサリーちゃんやイリージュさんとの小隊パーティも、結構楽しかったりする。

 射手アーチャー精霊使いエレメンタラー屍霊術士ネクロマンサー治癒術士ヒーラーと非常にバランスの悪い組み合わせだが、これが意外と工夫次第ではかなり下の層でも通用するのだ。


 頭を捻って試行錯誤しながら難関をクリア出来た時は、本当に達成感が半端ない。

 四人で色々頭を寄せ合って、アイデアを出し合うのも凄い新鮮だった。


 遅い昼食を終えた僕たちは、のんびりと迷宮組合ラビリンスギルドへ向かう。


「今日は何をするんじゃ?」

「イリージュさんの五層ボス戦も終わったしね。六層でも行ってみる?」

「おお、我は六層は初めてじゃ。楽しみじゃのう」

「僕も初めてだよ」


 ニニさんたちは先月から六層で経験値稼ぎをしているが、僕らはイリージュさんの六層の鍵取り等をしていたためかなり出遅れていた。

 そろそろ小手調べを兼ねて、下層へ挑んでも良い頃合いだと思う。


 金板ゴールドプレート級からは、受付フロアは二階になる。

 警備の職員さんに探求者認識票を見せて、外付けの階段を登る。



 扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは、誰かの怒声と銀色の小さな輝きだった。



訂正:死霊術師ネクロマンサー屍霊術士ネクロマンサーに変更いたしました。

また分かりくかった章題も、変更させていただきました。

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