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突然の悲鳴

同じ獲物を延々と狩ってると、ゲームなのに仕事してるような気持ちになるでござる

 今日も今日とて、僕らは骨狩りに勤しむ。




 三層は階段を降りると、東西と北へ道が分かれる。 


 西エリアは、直線に伸びる長い通路に小部屋が連なる構造になっている。

 通路にモンスターの配置はなく、部屋の中に湧く骸骨剣士スケルトンウォリアー石造人型ストーンゴーレムを倒して回るのが主な狩りのやり方だ。

 ここはたまに上位種の骸骨騎士スケルトンナイト鉄造人型アイアンゴーレムが、召喚されたりするので油断できない。

 ちなみに小部屋のドアは開けることはできても、閉めることは不可能だ。

 モンスターを殲滅するか、逆に殲滅させられるか逃げおおせると自動で閉じる仕組みになっている。


 東側は短い通路が交差して複雑に絡まる上、行き止まりも多く狩場に向いてないエリアだ。一応、通路の交差部分はモンスターの徘徊領域テリトリーの緩衝帯となるため、安全地帯セーフゾーンとなってはいるが少しはみ出すだけでモンスターが襲ってくる可能性があり、戦闘区域にするのは狭すぎる。

 さらにモンスターも骸骨剣士スケルトンウォリアー灰色狼グレイウルフなどの複数で固まる習性持ちばかりで、現在の主流である一匹ずつ倒して戦力を減らす狩りには向いていない。


 そして北エリアは、大きな主通路から細い通路が伸びる比較的判りやすい構造になっており、一番の人気スポットとなっている。

 なぜならここには休憩場所として最適の泉が湧く大部屋があり、すぐに逃げられる四層への階段もあるせいだ。

 泉や階段の側はモンスターが絶対召喚されない場所だと先人の経験で裏付けられており、安心して狩りに勤しむことができる。

 徘徊モンスターは骨や狼のほかに怪奇石像ガーゴイルなどで、余裕のある戦闘区域があれば特に苦戦を強いられるような相手でないのも人気に一役買ってるようだ。


 ただし北の大通路が細い通路に変わる先、三層最奥部は殺し屋と呼ばれる巨大蟷螂ジャイアントマンティス領域テリトリーであり、足を踏み入れるならそれ相応の覚悟が必要だ。この巨大蟷螂ジャイアントマンティスは視覚感知なのだが、感知範囲が広く大通路で戦闘しているとまれに襲ってくる事もあるので、そこら辺も要注意となる。


 ざっと説明してみたが簡単に言うと、北は大人気、西はパーティの構成を選ぶ、東は探索が終われば二度と行かないエリア、て感じ。


 僕とミミ子のパーティにとって、骨とゴーレムとガーゴイルはさほど苦にはならない。

 ゴーレムはミミ子の幻影囮で釣って、首か脇か股にある弱点を撃てば終わる。

 ガーゴイルは羽を撃てば動きが鈍くなるので、あとは死ぬまで矢を撃ち込めばいい。

 

 問題は狼である。これがいるせいで、北と東エリアの地図は空白だらけになっている。

 そして西エリアであるが、ここの問題はたまに湧く上位モンスターであった。


 骸骨騎士スケルトンナイトは、名前通り騎士鎧を着こんだ上に盾までもってやがるので射手アーチャーの天敵だ。

 鉄造人型アイアンゴーレムはもっと酷い。石の矢ストーンアローが刺さってくれないのだ。

 この辺りを倒すのには戦力が足らないので、結局僕らが向かうのはほぼ東エリアになっていた。


 とは言っても、その東エリアもほぼ行ける場所は行き尽している。

 銀箱出ないかなと適当に骨を倒しつつ、矢が少なくなったら探索を切り上げる毎日となっていた。

 骸骨は骨くずしか出さないし、牙の矢ファングアローはかなり高いし、ミミ子は余計な贅沢ばっかり覚えるしで、今の状況は僕の財布に非常に優しくない。

 


 そろそろ戦力増加なりをしないと、ちょっとヤバい事態であった。



   ▲▽▲▽▲




 その日もノルマの牙の矢ファングアロー五十本撃ちをこなした僕たちは、地上に向けてのんびり戻っていた。


「ミミ子、いい加減コロッケばっか食べたがるの止めなさい」

「い~や~だ~、今日はチーズ入りにする~」


 晩ごはんのお店を選ぶにあたり、僕とミミ子の間に深刻な溝が出来つつあった。

 大好物を反対された狐っ子は、僕の背中におぶさったままジタバタと暴れだす。


「たまには僕のリクエストも聞いてくれよ。今日はハンバーグの気分なんだ」

「じゃあメンチカツ食べればいいよ」

「何でお前はすぐに揚げたがるんだよ!」

「油は至高だよ、ゴー様」


 このラードジャンキーめ! 


「…………これだけは言いたくなかったがな、ミミ子」

 

 耳をパタパタさせて僕の頬を引っ張るミミ子に、禁断の呪文を投げつける。


「最近、重くなったぞお前」


 僕の言葉に、突如ミミ子の駄々っ子が嘘のように収まる。

 これは言ってはならない一言だったか……。

 だが家計の為、あと僕の愛するハンバーグの為には、是非言わなければならない言葉だった。


「なあミミ子、僕は揚げ物を止めるなとは言ってないんだよ。ただ油ばっかりだと体に悪いだろ。いや本当はお前がその、もうちょっと太ったほうが……かっ可愛いとは思うし、胸が大きくなるなら大歓迎だし――」

「黙って!」


 ミミ子の鋭い制止に、僕は思わず振り返った。

 そこにはいつものふやけた狐っ子の姿はなく、耳をピンと立て瞳孔を大きく見開く獣の姿があった。


「ゴー様、あっち! 悲鳴が聞こえた!」


 少女は腕をまっすぐ伸ばし、一層の階段前に広がる暗闇の一点を指し示した。


「わかった!」


 それ以上の言葉は発さず、僕はミミ子を担ぎ直して通路を走り出す。

 

 ここ試練の迷宮での探索は、基本的に自己責任である。

 危険を冒して強いモンスターに挑むのも、無茶を承知で連戦を続けるのも本人たちが決めることだ。

 容易に助けの手を差し出すことは、他者の試練を邪魔する行為として捉えられる。

 それはモンスターの取り合いが絡む問題でもあり、他人の獲物を横から奪う行為や弱ったモンスターの止めだけを刺させる行為を禁ずるための制約的な一面も兼ねていた。


 つまるところ、他人の戦闘に軽々しく関わってはいけない。

 それはこの迷宮における探求者シーカーの不文律であった。


 だが、そうではない場合もある。

 当事者が大きな声で助けを求めるケースだ。

 その際には可及的速やかに救援に向かうことが、探求者シーカー間での暗黙の約束でもあった。

 他人を助ければ、自分の時にも助けて貰える。

 厳しい環境だからこそ、相互補助の精神が自然に出来上がっていた。



 僕らが到着した時には、すでに現場はどうしようもない段階だった。



 飛び散った血で赤く染まった壁を、床に転がる今にも消えそうなランタンが照らし出す。

 床の灯りの傍らに黒く盛り上がった影が蠢いていた。

 その黒山は、ちょうど人と同じくらいの大きさだ。

 

 黒山からつきだした棒のような物が、激しく動き回る。

 それが何か理解したのか、僕の背中でミミ子が小さく息を呑んだ。


 床の上のそれは、体長30センチほどの黒殻甲虫ブラックビートルの群れに集られた誰かだった。

 

 伸ばされた手が、何かに縋ろうと必死に空を掴む。

 生きたまま喰われているのだ。


 空気に混じる血と尿の匂いを掻き回す様に甲虫の羽音が響き、それに続いて小さな悲鳴が上がった。

 眼もあてられぬ惨状に息を潜めていた僕らは、思わず奥へ視線を向ける。

 

 そこにいたのは僕と同じくらいの歳の少女だった。


 小さな盾を掲げながら、懸命に短い剣を振り回している。

 だが闇雲に振り回す剣は空を切るばかりで、飛び回る甲虫にかすりもしていない。

 その顔は涙と汗にまみれ、食いしばった歯の奥からは嗚咽が漏れだしてた。


 剣を掻い潜った一匹が、その突き出した角を少女の身体に突き立てる。

 続くように二匹目、三匹目。

 たちまちのうちに少女の身体は、黒い甲虫で埋め尽くされる。

 そのまま真黒な塊と化し、崩れるように床に倒れ込む。

 


 呻き声さえも押し潰された少女の哀れな最期に、ミミ子は黙ったまま僕の肩を強く掴んだ。

 その手を強く握り返し、僕は小さく戻れと呟いた。



『迷宮の不文律』―先に居たほうに優先権がある。他人の獲物を取るな。助けを求められたら手を差し出せ

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