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誰を殺すのか?

 赤毛の少女が選んだのは、背中に携えた両手斧だった。

 軽く柄のしなりを確かめたあと、中段に構える。


 対するもう一人の少女は菱盾を正面に持ち上げ、片手斧を下段に構える。


 しばし二人は目を合わせたあと、両手斧の少女は軽やかに地を蹴った。

 体の重みを全く感じさせない速度で距離を詰め、間合いぎりぎりの踏み込みから体を大きく捻る。


 唸りを上げる両手斧の刃が半円を描き、斜め上からの軌道で盾へ叩き付けられた。

 激突の火花が一瞬だけ散って、盾で受けた少女が勢いを殺しきれずに膝をつく。


 両手斧の少女の虹彩は、すでに赤く染まっている。

 最初から全力で仕留める気のようだ。 


 両手斧の一撃を逸らされた赤い眼の少女は、流れるような動きで手首を返し、斧の刃を捩じって盾の上部の縁に強引に引っ掛ける。

 そのまま少女は、両手斧を引き込むように腰を落とした。


 引っ掛けられた斧を通じ、盾に少女の全体重が一瞬で掛かる。

 ここで盾を手放せば左手の骨折は免れるが、返す刃を受ける手段を失う。

 勢いに身を任すなら盾に引きずられて無様に倒れ伏し、後頭部を叩き割られる未来が待っている。


 盾を持つ少女は、そのどちらも選ばなかった。


 ――盾撃シールドバッシュ


 膝を伸ばして上体を起こし、逆に動きを利用して盾ごとぶつかっていく。

 その反応にすかさず両手斧を握り直した少女が、柄の中央で盾を食い止める。  


 二人はまたも、激しくぶつかり合った。


 だが先程とは距離が違う。

 そこはもう片手斧が届く間合いであった。


 盾を押し込んだ少女の目が赤く染まる。

 片手斧を握りしめた右腕が跳ね上がり、無防備な対面の少女の脇を強打スマッシュする。


 

 飛沫が派手に飛び散った。



 明らかに人体を割り裂くのとは違う感触に、盾の少女がわずかに動揺する。

 その瞬間を、斧の少女は見逃さなかった。

 

 両手斧を手放し、その身を地面寸前まで伏せる。

 少女はそこで独楽さながらに、その身を回す。

 回転する体から伸ばされた右足が、盾の少女の膝下を鮮やかに蹴り払った。


 足払いレッグスイープを捌ききれず、盾を持ったまま少女は地面に横倒しとなる。

 くるりと回り切った少女のほうは、一緒に蹴り飛ばしたせいで宙を一回転した両手斧を器用に引っ掴む。

 寝っ転がったまま慌てて盾を構える少女を、両手斧を構えた少女は無言で見下ろした。

 

 そして大上段の位置から、両手斧は垂直に振り下ろされた。



   ▲▽▲▽▲



「姉妹って結構、容赦ないというか、身内に対する評価って案外シビアなんだな」


 地面に伏した少女の頭部がスイカのように砕け、奥の大鏡に大きな亀裂が走るのを見ながら僕は小さく呟いた。

 分身が消えて入り口を塞いでた鏡の壁が消えたので、ミミ子を背負ったまま部屋の中へ入る。


「隊長殿、勝てましたよ!」 


 嬉しそうな声を上げて、両手斧を背負い直したリンが駆け寄ってきた。

 つい今しがた、自分自身を殺傷したばかりなのに、その表情はあっけらかんとしている。


 もしかしたら分身は血が出ないので、人を殺してるという実感があまり湧かないのかもしれない。

 まあ見た目はどうあれモンスターだから、殺人という言い方のほうが間違っているとも思える。


 そもそもあれが人間という認識だったら、迷宮の禁忌タブーがとっくに発動している筈だ。

 亡霊共が全く出てこないということは、やはりあれはモンスターで良いのだろう。


「途中で、キッシェに助けて貰ってたな」


 脇腹への片手斧の一撃を防いでくれた水壁ウォーターウォールに言及すると、リンは大きく頬を膨らませた。


「そうなんですよ! もう、手出ししないでって言ったのに」

「私の練習でもあるんだから良いでしょ。それに負けそうだったじゃない」

「違うの! あれはわざとなの。あ・え・て隙をみせたの」

「はいはい、ごめんね」

「キッシェのお節介焼き」

「肋骨を守ってあげた姉に対して、その言い草はあんまりじゃない?」


 拗ねて横を向くリンと、眉尾を持ち上げるキッシェら姉妹の遠慮しない姿を見ると、思わず笑みがこぼれてくる。

 たしかずっと前にも、キッシェがリンに攻撃を誤爆して喧嘩になったことがあった気がする。

 あの頃からすれば、随分と皆の雰囲気も変わったな。


 考えてみれば毎日毎日、迷宮に潜って危険を仲良く分かち合ってきたのだ。

 そうやって気心の知れた仲になれたからこそ、彼女たちは互いに過大や過小の評価を下さないのか。

 姉妹だから評価が厳しいと言い切るのは、僕の早のみこみだったな。


 鏡の番人部屋だが、リンとキッシェとモルムの三人だけの入室にしたところ、あっさりクリア出来てしまっていた。


 三人の中ではレベル4に一番近いリンの分身が具現したのだが、その実力は本人とほぼ相違なかった。

 となると、そこにキッシェやモルムのサポートが加われば、負けるほうが難しい。


 キッシェとモルムの場合も試してみたが、ほぼ本人と同じ力量の分身だった。

 僕とミミ子の分身だけが、特別になってしまう。

 ならばその二人を除外すればいいだけで、種がわかると一番楽な部屋であった。


 ちなみにメイハさんを連れてくれば難易度がぶっちぎりで下がるはずだが、その案には誰一人賛成しなかった。

 たとえ鏡の分身だろうとも、メイハさんを傷つけるなんてあり得ない話だからね。


「さて、巻き戻すよ」

「次は絶対、手を出さないでね」

「はいはい、分かりました」

「…………じゃあ、モルムが出すよ」

「えー。良いけど軽めにしてね」


 なので現在この番人部屋は、女の子たちの練習場となっていた。

 いつも倒してる迷宮のモンスターを相手にするのと、人型の分身を相手にするのでは学べるものがかなり違ってくるらしい。

 彼女たちは今や、闘技場期待の大型新人だし。

 

 クリア出来たのなら、さっさと次の部屋へ進むべきだと思う気持ちも勿論ある。

 だけど僕はなかなか、踏ん切りが付かないでいた。


 思えばこの隠し通路を見つけてから、もう三ヶ月近くになる。

 凝った罠の通路に知恵を絞ったり、初見殺しの番人たちに苦戦したりと振り回される日々だった。

 でも得るものも、非常に多い時間だった。


 キッシェは水の精霊を驚くほど使いこなせるようになったし、リンも真紅眼を大幅に強化できた。

 モルムに至っては、新しい呪紋を開発するほどの快挙を見せてくれた。

 ミミ子は、えーと……冬毛になったのか、尻尾の触り心地が凄くパワーアップしたかな。


 つまりみんな、成長しまくりだったのだ。


 一応、僕も効率よく技能を使うことは学べた。

 三々弾トライバーストの使い勝手は、いうことなしだ。

 でも何か物足りなさと、熾火のような焦りを心の底に感じていた。


 たぶん僕は、僕自身を打ち負かしてみたいんだと思う。

 そうすればもっと満足できる何かが、掴める気がする。

 

 普通ならあり得ない話だけど、この鏡の番人部屋ならそれが可能なのだ。

 


 今、僕は僕自身を殺したくて、非常にウズウズしていた。




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