相互理解の重要性
つくづく自己評価と、他人の目には食い違いがあるものだ。
自分が思っているより、他人の評価は厳しい。
これはよくある。
まあその誤差があまり大きくなければ、十分に修正可能だ。
それに行き過ぎた自惚れは禁物だが、やれば出来るくらいの自信を程よく持つのも大事だと思う。
むしろ大変なのは、逆のパターンかもしれない。
誰だって期待に応えたい。
自分を認めてほしいと思う気持ちはある。
だが実力以上の無茶は、ツケをどんどん溜めていくような行為だ。
いつか手厳しい支払いを、求められる時が必ずやってくる。
それに期待をかける周りにも問題はある。
アイツに任しておけば、いつだって安心だ。
そんな思考停止は、たった一つのしくじりで一挙に崩壊する未来を招く。
大事なのは、一緒に肩を並べる人間の実力をきちんと把握すること。
その上で少しだけ、実力以上の成果を求める。
これが健全な関係だと思うんだ。
そりゃ多少は、女の子たちの期待に応えたいって見栄はあるよ。
でも流石に限界はある。
いくら僕でも百本近い矢を一息には撃てないし、それを迎え撃つ芸当はもっと不可能だ。
だから断じて言いたい。
「あれは絶対に僕じゃないよ」
「でも旦那様とそっくりでしたよ」
「隊長殿って双子だったんですか?」
「…………兄ちゃんに生き写しだった」
「だから別人だって!」
彼女たちたちが言うには、番人部屋の鏡から出て来たあのハンサム野郎は僕と瓜二つだったらしい。
自分の分身と戦うなんてのは定番だから、一応僕のコピーだった可能性は認めよう。
だがいくら何でも、実力が違い過ぎる。
最初の動き一つでハッキリと分かった。
あの分身は、手加減なしのロウン師匠にぎりぎり負けるくらいの実力がある。
勝てると言い切れないのは、師匠の本気をほとんど見たことないからだけどね。
「ミミ子はどう思う?」
「あの鏡の人?」
「うん。意外と人を見る目がしっかりしてるミミ子なら、ずばり気付いたことがあるんじゃないか?」
「そうだねぇ~。実はゴー様の幻影って本人より、ちょっと長めにしてあるんだよ」
「何を?」
「あの鏡の人も、同じくらいの長さだったよ」
「だから何がだよ」
ミミ子は黙って視線を下に向けてくる。
ってまさか、足か? 足の長さが違うのか?
どうりで足運びが、なんか優雅だと思ったんだよ。
「――鏡心一如だな」
テーブルの向こうで、白雛豆のポタージュを静かに食していたニニさんがおもむろに口を開く。
言い忘れてたが百本の矢の雨を見た瞬間、巻き戻ししたので今は本日二度目の朝食中だ。
「なんですか? それ」
「護法の説法の一つだ。調べてみたが鏡に関わりがあるのは、この言葉くらいだった」
「わざわざ、ありがとうございます」
「役立たずで終わるのは、私にとっても不本意なことだからな」
「う、すみません。お手を煩わせてしまって」
「気にするな。私も教えを学ぶ良い機会だった」
他人に過度の期待を掛けてしまう。
偉そうなことを言いながら、やってることはご覧の通りだ。
人との関わりは本当に難しいな。反省しておこう。
「それで、どんな意味なんですか?」
「鏡に映る己とは、心の持ちようによって様々に形を変える。惑わされることなく、ありのままの己を見い出せ――かいつまむとこんなモノかな」
やはり定番か。
強いと思えば強くなり、弱いと思いこめばそれが反映されるといった感じっぽいな。
これはかなり難しいな。自分への認識なんて、そうそう変えられるものではないし。
「助かりました、ニニさん」
「役に立てたのなら、なによりだ」
突破口とまでは行かないが、考え方のヒントとしてはとても貴重な意見だった。
とりあえず鏡の分身の発生条件を、絞り込むことから始めますか。
▲▽▲▽▲
「まずは、なぜ僕の分身だったのかって部分だな」
「唯一の男性だからでしょうか?」
「…………みんなに好かれてるから」
「そりゃ隊長殿が一番強いからですよ」
「モルムのは嬉しい答えだけど、当たってそうなのはリンかな」
皆の意見はそれなりに条件として考慮の余地があるが、可能性としては強さ=レベルが条件ではないかと思う。
なので早速試してみる。
「今回入るのは四人でいこう。ただみんなの姿が見えないと、一緒に巻き戻しは出来ないと思う。だから出来るだけ声を出して、中の状況を教えてほしい」
「わっかりました」
「任せて下さい、旦那様」
僕の背中からミミ子を受け取ったキッシェが、力強く頷いてくれた。
声も聞こえない可能性はあるが、その時は入口が閉まってから一分ほど待って巻き戻しする予定だ。
「じゃあ、気をつけて」
ドキドキしながら皆を見送ったのだが、先ほどの心配はあっさりと杞憂に終わった。
四人が番人部屋に入って、しばらく待つと鏡の壁が入り口を塞ぐ。
だが実はこの鏡、こちら側からだと中が透けて見えるマジックミラー仕様だった。
皆の緊張している姿が、バッチリと僕の目に映っている。ミミ子だけ大きなあくびをしてるが。
何のためにこんな仕様なのかは判らないが、大変有り難いので深くは考えないでいよう。
振り返ったキッシェが、こちらへ口をパクパクさせた。
なぜか音声のほうは、カットされているようだ。
僕の方も声を張り上げてみたが、キッシェの表情に変化がないのを見るに、こっちの声も聞こえてないようだ。
声が届かない状況を察したのか、キッシェは小さく頷くと真剣な顔になって前に向き直った。
僕も首を伸ばして、身構える三人の向こうに視線を移す。
奥の大鏡からは、ちょうど誰かが出てくるところであった。
真っ白な絹を思わせる長い髪。
金色の輝きを秘めたアーモンド形の大きな瞳。
頭上に覗くとんがった二つの獣耳。
あり得ないほどに整った容貌で、今度の分身は誰かすぐに分かる。
四人の中で一番、レベル4に近いのはミミ子だから、僕の仮説は正解だったようだ。
でも……。
いやそれでも……。
「これはちょっと、どうなんだろう……」
すらりと長い脚に高い背丈。
キリリと引き締まったウエストと口元。
ぼぼんと突き出た胸元。
僕の分身が、僕自身とかけ離れ過ぎていたのを見て思ったのだ。
この部屋が映すのは僕個人だけじゃなく、周りの人の認識も反映した姿じゃないかって。
認識した自己の複製に、周りの認識による補整が加わるのだ。
これはかなり怖い。
自分が自身を取るに足りないような存在と認めていたとしても、尊敬されまくりだと出てくるのはスーパーマンだ。
突出したリーダーが率いるような小隊だと、まさにモンスターなモンスターが登場するという皮肉。
逆にいえば相互理解が行き届いた中庸な小隊なら、簡単にクリアーできそうだとも思える。
過大も過小も嫌う護法らしい試練だと言われれば、そうかもしれないが。
鏡の中から現れた別人のように大人びたミミ子、いやミミ子さんがこちらを真っ直ぐに見据えてきた。
鏡越しの僕に向けられた視線ではないと分かってはいるが、そのあまりの冷たさにショックを受ける。
僕と同様ショックだったようで、女の子たちも固まってしまっている。
だがクールミミ子さんは容赦がなかった。
一歩前に踏み出したミミ子さんは、予兆もなく二人に増えた。
二人が踏み出すと、四人になった。さらに一歩で八人。
ずらりと並んだミミ子さんの幻影の周囲に、子供の頭大の炎が次々と浮かび上がる。
それぞれ九個、計七十二個の火の玉が美女たちの周りを取り囲む。
おかげで部屋の中が物凄く明るい。
そこでキッシェが振り向いて、大きく口を開き何かを叫ぶ姿が目に飛び込んできた。
かなり切羽詰まった顔をしている。
背後では八人のミミ子さんが、真っ直ぐに腕をこちらへ差し出す。
大量の炎が渦巻き、あり得ない速度で――――。
「……いくらなんでもこれは盛り過ぎだろ、ミミ子」




