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卵な番人

 部屋の奥に浮かぶ卵は、綺麗な鶏卵の形をしていた。



 そういえば蛇や魚の卵は真ん丸だが、鳥の卵が楕円形なのはその形だと転がりにくいせいだと聞いたことがある。

 重心が下にあって安定しやすいので、温めるのに向いているのだとか。


 だがここは鳥の巣ではないし、親鳥の姿も見当たらない。

 あり得ないサイズからして、あの卵がモンスターなのは間違いないとは思うのだが……。


 地面からわずかに浮き上がる巨大な卵を、じっと見つめてみる。

 表面はツルツルで汚れや染み一つない純白だ。光沢を放つ卵殻に、突起やヒビも全く見当たらない。


「すごく上等そうな卵ですね、あれ」

「そうだな。宅配の卵も生みたてで美味しそうだけど、艶が全然違うね」


 完璧に洗卵されて、桐箱の中におが屑と一緒に入ってそうな感じだ。

 卵ごはんにしたら、最高に美味い気がする。


 どうでもいい話だが、卵の生食やマヨネーズは昔は上流階級の食べ物だったらしい。

 他にも変わった魚やキノコなどの怪しい食材も、ばんばん食べていたのだとか。

 理由は簡単で食中毒なんかの危険な状態になっても、お抱えの治癒士ヒーラーに多額のお布施を払えば済むからだ。


 怪我の回復と違い、病気の治癒はかなり高位の治癒士ヒーラーでも難しいので、お布施の桁が二回りほど跳ね上がってしまう。

 貧乏人は食中りになっても我慢するしかないが、金持ちは多少危険でも様々な料理を楽しめたというわけだ。

 もっとも金持ち連中が身をもって危険な食材を確かめてくれたおかげで、食べても大丈夫な食材の分別が進んで食の安全性が高まったりと良い面もかなりあったそうだが。


 話が逸れてしまうのも仕方がない。

 さっきからあの卵のやってきそうな攻撃手段を考えているのだが、全く想像が付かないせいだ。

  

 転がって体当たりしてくる? 

 いや向こうが先に割れそうだ。


 魔術や法術をつかってくるとか? 

 だが音が出せない卵の身で法術は厳しそうだ。

 魔術を使うとしても、呪紋は基本的にダメージを伴うものではないので、危害を加える手段となりにくい。


 精霊術エレメントならキッシェかミミ子が気づいてくれるだろうし、発動にも余裕で備えられる。


 あとは何らかの反射手段を持っているカウンター系か。

 だが手も足もない卵に、一体何ができるというんだ?

 これまで戦ってきたモンスターとあまりに違いすぎて、全く見当がつかない。

 行動予測が出来ない相手が、こんなにやり難いものだとは……。


「やっぱり孵化してくるかな?」

「となると、鳥型のモンスターでしょうか? 大蛇鶏コカトリスのような」

「それならこの迷宮で、わざわざ卵の状態から召喚する意味がよく分からないな」

「もしかしたら、竜の卵かもしれないですよ!」


 リンがとても嬉しそうな声を上げる。

 精霊が具現化した存在といわれる竜は、実はかなり人気な生物だ。 

 この迷宮のかなり深い層にいるとも聞くが、流石に銀板シルバープレートが敵う相手ではない。


「私、探求者シーカーになれた日から、いつかこんな時が来るかもって思ってましたけど――まさか、今日だったなんて」

「まだ、竜と決まったわけじゃ……」

「だってほら見て下さい!」


 赤毛の少女は、宙に浮かぶ卵を勢いよく指差した。


「あれ絶対、飛竜の卵ですよ。空、飛んでますし!」

 

 いや、いくら飛竜でも、卵状態で空は飛ばないだろう。

 興奮するリンの意外な姿に、僕は何も言えず少女を良く知る姉へと視線を向けた。

 

「リンは小さい頃から、大きいものや強いものが大好きなんですよ」 


 ああ、言われてみれば闘技場通いやニニさんへの心酔とか当てはまる部分に思い当たる。

 半年以上も一緒に暮らしてきたけど、まだまだ彼女たちには僕の知らない面があるんだな。


「よし、リンのためにアレの中身を確認しますか」


 まあいろいろ考えるより、割ってみたほうが早い。

 ただいきなりの猛攻撃は、カウンター系ならリスクが高すぎる。

 

「リンはアレの動きに注意しながら待機で。キッシェはリンのフォローに回ってほしい。最初はミミ子の幻影で様子を見よう」

「わっかりました!」

「え~」


 元気よく返事をくれるリンとは対照的に、ミミ子は面倒くさそうな顔で横を向く。

 それでもちゃんと仕事をしてくれるのが、可愛いミミ子の良いところだ。


 僕の幻影が部屋に入った瞬間、卵がわずかに光を放つ。

 仕組みは分からないが、僕たちを認識したようだ。


 いつでも動けるように武器を構えながら固唾を呑んで見守る僕らをよそに、幻影は怖気づくことなくスタスタと卵へ近寄っていく。

 部屋の真ん中まで進む――卵に変化は見られない。

 あと五歩まで迫る――卵はピクリとも動かない。

 あと三歩――まだ動きはない。

 一歩――卵は沈黙を守ったままだった。


「……何も出てきませんね」


 少し肩の力を抜いたキッシェが、息を吐きながら独り言のように呟く。


「向こうからは何もしてこないのか。もしくは幻影だと見破ってるのかも」

「どうします? 私が殴ってきましょうか?」

「いや、慎重に行こう。もしかしたら、急に爆発する可能性なんかもあり得る」


 弓を振り絞った僕は、リンが持ち上げる盾の陰から矢を放つ。

 真っ直ぐに飛んだ矢は、真っ白な卵殻にぶつかると甲高い音を響かせた。

 

 矢が当たった痕には、小さなヒビ割れが見える。

 僕らはまたも呼吸を控えて、じっと卵を見つめた。


 だが相変わらず、何の変化も見えない。


「……何も起きませんね」

「結構、堅いのかな。ちょっと続けてみるか」

 

 まずはばら撒き撃ち改(バラージ2)。十二本の矢を、全て殻の中央部分へ当てる。

 小さなヒビが一斉に入るが、殻が割れる気配はない。


 一息吸って、ヒビの部分へ四連射クワッドショットを重ねる。

 金属音が響き渡り、ヒビがさらに大きくなった。


 だが、卵は動かず変化もない。

 ちょっとだけカチンと来た僕は、蟷螂の赤弓を力一杯振り絞る。 



 ――命止の一矢クリティカルアロー)



 全力の矢は、会心の一撃となって卵のど真ん中に突き刺さった。

 大きな音と共に、細かいヒビが全面に広がる。


 しかし、それだけであった。

 いい加減その中身を見せろと思いながらも、続けざまに技能スキルを使用したので息が上がってしまい動けない。

 ゆっくりと息を整えていると、不意に卵に変化が起きた。


 卵の下部から眩い光があふれ出る。

 光はそのまま上部に向かい、殻全体が輝き始める。


 そして卵全体を覆った光が、ゆっくりと消え去った後に現れたのは……。

 すべすべつやつやの光沢を放つ卵であった。


「えー!」

「治すだけかよ!」


 ヒビが綺麗になくなった卵の姿に、僕らは思わず脱力する。  

 

「何なんですか? アレ!」


 ちょっと切れ気味なリンをなだめようとして、寸前で思い直す。

 断定するには少し早いが、今までの動きから見て近接攻撃でも大丈夫そうだ。

 何にせよ、もう少し判断材料がほしい。

 

「よし、思いっきりその怒りをぶつけてくるんだ、リン」

「はい!」

「もしまた光ったら、いったん逃げるんだぞ」


 力強く頷いたリンは、盾を構えたまま一気に距離を詰めた。

 寸前で勢いよく踏み込み、片手斧を横薙ぎに卵に叩き付ける。


 またも高調子の音が鳴り響き、リンの身体が小さく揺れる。

 斧が掠ったあとには、微かな亀裂があるだけで他に変化はない。



「ウラァァァァアアアア!!!!」 



 変わりがないことに腹を立てたのか、雄叫びウォークライを上げた少女はがむしゃらに片手斧を振り回す。

 見ているとどうやら殻の表面が滑りやすいようで、攻撃の大半が上滑りになっている。

 それでもバランスを取りながら攻撃を続けざまに繰り出す姿は、中々に見事なものであった。

 

「下がれ、リン!」


 二度目の発光現象を確認した僕の呼び掛けに、リンは盾を構えて即座に後ろへ動く。

 またしても同じように、全身を光に包まれる巨大卵。


 現れたのは先程までと全く同じ、傷一つない美しい楕円の球形であった。


「……またか」

「埒があきませんね」

「よし、次は三人で行こう」


 弓を構える僕とキッシェ。

 射線と交わらないように、リンは卵の横へ回り込む。


 一斉に攻撃を仕掛けようとしたその寸前、卵が急に大きく光を放つ。


「リン、逃げろ!」


 異常を感じた僕の呼び声に、盾持ガードの少女はその眼を一瞬で赤くして回避行動に移る。

 リンが部屋の入口まで下がるのと、卵の発光が終わったのはほぼ同時であった。


 

 そして三度目の光が消えたあとには――。



「あれ、何も居ないです」

「えっ、これで終わりですか?」

「…………卵、消えちゃったよ」

 


 番人部屋の中には、何も残っていなかった。



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