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新奉闘技祭その2

 

 大きく歩幅を広げて飛び跳ねるように、赤毛の少女たちはフィールドを駆け抜ける。

 大地を蹴りつける度にその体は加速していき、見る見るうちに敵陣へと迫っていく。


 迎え撃つのは、鉄鎧に身を包んだ二人の盾持ガード

 その背後に若干距離を空けて、治癒士ヒーラー魔術士ソーサラーの配置。

 典型的な守備寄りの小隊パーティだ。

 

 魔術による味方の強化と相手の弱体化で、盾役タンクを支援し守りをしっかり固める。

 さらに盾を二枚にすることで片方が倒れても、もう一人が粘ってる間に治癒術で回復して戦線復帰出来る。

 迷宮内ではあまり奨励されない編成だが、戦力が拮抗しやすい闘技場ではかなり有利である。



 ――筈であった。相手が幻影なんてチート技を使ってこない前提ならば。


 

 三方向から迫る少女に対し、盾持ガードが左右に分かれて盾を構えて身を低くする。

 そして正面の少女には、魔術士ソーサラーの『誘眠スリープ』の呪紋が描かれる。


 間合いに踏み込んだ少女たちは、それぞれが大きく振りかぶった両手斧を豪快に振り回した。

 観客席まで届くほどの風切音を響かせた斧が、対戦者の盾に真っ向から衝突する。


 そのままあっさりと、左の男が盾ごと宙に浮いた。

 四層のモンスターの攻撃に耐え続けて来たリンの膂力は、僕が思っていたよりも遥かに強くなっていたらしい。


 大の男一人を簡単に吹っ飛ばしたリンの身体が、勢いのまま高速で円を描く。

 水平に回転した刃が、幻影に対し盾を構えていたもう一人の盾持ガードの背中に容赦なくぶち当たる。


 完全に虚を突かれた男は、踏んづけられた蛙のような悲鳴を上げて地面を猛烈な勢いで転がっていく。

 わずか一呼吸ほどの間で、対戦相手の守りの要どもはあっけなく地に伏した。


 見事な回転斬スイングブレードで鮮やかに二人を沈めたリンの背後で、不意に空気が揺らいだ。

 何もなかったはずの空間から、突如として一人の男が現れる。

 そしてなぜか短剣を構えたその男の顔は、驚愕に彩られていた。


 男は呆然としたまま無防備な少女の背中と、そこに刺さるはずだった短剣と、それを食い止めた水の塊を交互に見比べている。

 そんな男の首に間髪をいれず、キッシェの放った矢がさっくりと刺さった。


 ようやくそこで魔術士ソーサラーが状況に気付き、慌てて新たな呪紋を描こうとして杖を持ち上げる。

 が、そのまま力が抜けたかのように、杖を取り落としてしまう。

 そして隣の治癒士ヒーラーもろとも、ふらふらとよろめいたかと思うと、そのまま地面に倒れこんだ。


 いつのまにか戦闘域の近くまで寄っていたモルムが、小さく吐息を漏らすのが遠目に見える。 

 その手元には『誘眠スリープ』の呪紋が、光を放っていた。


 対戦相手の五人全員の戦闘不能が確認され、重々しい銅鑼の音が響き渡る。

 同時に観客席から、一斉に大きな歓声が上がった。




   ▲▽▲▽▲




「すごい、また勝ちましたよ! リンちゃんたち」



 拳を固く握りしめて食い入るように観戦していたリリさんが、興奮した面持ちのまま声を上げる。

 そのまま握った拳で、僕の肩をぽかぽかと叩き始めた。

 ちょっと熱が入りすぎてて普段とは違い過ぎるリリさんの有り様に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「何がおかしいんですか。笑ってる場合じゃないですよ! 次は決勝戦ですよ!」


 僕の笑顔をどう捉えたのか、リリさんは少しそっぽを向きながら唇をとがらせる。


「そうですね。まさかみんなが、あんなに強くなってたなんてビックリです」

「私は知ってましたよ。リンちゃんたち、ずっと頑張ってましたから。技能講習でも礼儀正しい上に飲み込みも早いので、先生方の評判がとても良いんです」

「そうだぞ、主殿。リンは私と組手が出来るほどの上達ぶりだ。同じレベルなら、まず相手にはならぬよ」


 どうやら本当に、キッシェたちの実力に気付いてなかったのは僕だけのようだった。

 毎日、一緒に行動していると、小さな変化に気付きにくいという奴か。

 日々の小さな進化が積み重なっていくうちに、彼女たちは大きく成長していたらしい。


「わかりました。認識を改めておきます」

「しっかりしてくださいね、隊長さんなんだから」


 少しお姉さんぶるリリさんの姿が新鮮すぎて、僕はまたも笑顔になってしまった。

 再びリリさんに可愛く睨まれたので、きちんとキッシェたちの今の闘いぶりを分析してみる。


 先ほどの対戦相手の必勝パターンは、盾持ガードが鉄壁の守りで攻撃手アタッカーの攻撃を凌ぎ切り注意を引き付ける。

 その隙に不可視の外套インビジブルマントを使った斥候スカウトが、防御が手薄な相手を仕留めていくといった感じか。

 

 多対多なら、分散せず集団の優位を保つことや、守りの薄い相手ほど早く倒せる等が常識だ。

 流石に準決勝まで上がってくるだけあって、ちゃんとその辺りの定石を踏まえた戦いぶりだった。

 

 普通の相手なら、それで十分に勝機はあったのだろう。

 だが盾を一撃でへし折る豪腕や、不意打ちハイドアタックを止められるほどの水壁ウォーターウォールの存在がなければであるが。

 もっとも相手からすれば、一番予想外の強さだったのが――。


「やっぱりミミ子のあれは反則級ですね」

「うむ。あれは本当に厄介だったよ」 

「今回の当たりは左だったんですね、残念。でも次は、ちゃんと当ててみせますよ。私、見つけたんです」

「何をですか?」

陽炎イリュージョンの決定的な見分け方です。……本当はこれを、控え室に教えに行ってあげたいんですけど」

「それ多分、大丈夫ですよ。リリさん」

「それなら平気だろう」


 僕とニニさんの受け答えに、回答を明かそうとしていたリリさんは驚きで言葉を詰まらせる。


「それよりも、次の相手の対策が出来ているかが心配ですね」

「――――そうだな」


 すでに次の試合が始まっているフィールドを見つめながら、ニニさんが呟くように僕の言葉を肯定してくれた。

 対戦者たちの片方は揃いの鉄鎧で身を固めた集団で、もう一組は鬼人会の選抜メンバーであった。


 鎧組はスタート地点からほぼ動いておらず、雨のように矢を降らしていた。

 それに対し鬼人会は、豚鬼オーク盾持ガードさん二人の後ろに槍を持った石鬼トロール戦士ファイター二人が続く。

 そして小鬼ゴブリン射手アーチャーが、懸命にそれを援護している。

 この子はレベル2ながら鬼人会で一番の弓の使い手として、今回のメンバーに抜擢されたそうだ。


 超人的なタフネスと筋力を誇る有角種は、接近戦では無類なき強さを発揮する。

 反面、搦め手に弱いため、弓の牽制でそれを補佐する作戦が当たり、順調に準決勝まで駒を進めて来たのだが。

 

 現在の戦況は、圧倒的に鬼人会側が不利であった。

 小鬼ゴブリン射手アーチャーが石柱の陰に隠れつつ矢を放つのに対し、鎧組はその場から続けざまに矢を飛ばしている。

 その上、飛んで来た矢は咄嗟に盾に持ち替えて弾いたり、被弾しても後ろに控えている治癒士ヒーラーのところまで下がって治療を受けている。


 鬼人会のほうは石柱を利用しながらじりじりと距離を詰めているが、鉄鎧組の矢衾を前に少しずつ傷が増えていく状況だ。

 緊迫したなか、ついに一本の矢が豚鬼オーク盾持ガードさんの膝を捉え、その守りを崩すことに成功する。


 そこから先は、数の有利を得た鎧組の一方的な展開であった。 

 結局、鬼人会のメンバーは誰一人、鎧組に辿り着くことなく、決着の銅鑼が鳴らされた。


 悔しそうに地面を叩く彼らの姿は、そのままキッシェたちにもあり得る未来であった。


 攻撃の中心であった僕が抜けた穴を、リンが戦士ファイターへコンバートして埋める。

 守りが薄くなった点はミミ子の陽炎イリュージョンで補い、万が一の場合もキッシェが水壁ウォーターウォールでダメージを抑える。

 モルムの『集中コンセントレーション』に、リンの真紅眼クリムゾンアイを併用した短期決戦スタイル。

 上手く考えてあるとは思う。


 しかしこの構成には、致命的な弱点があった。

 遠距離攻撃に対して、圧倒的に脆いのだ。


 いかにリンが俊足でフィールドを駆け抜けようとも、敵陣に辿り着く前に数十本の矢を受けるのは避けられない。

 幻影で矢の的が分散できると考えるのは甘い算段だ。相手も馬鹿じゃないので、真っ先に発生元であるミミ子を狙ってくる筈。

 

 そして残念なことにミミ子の幻影もモルムの魔術も、有効距離は矢の半分以下だ。

 どうしても女の子たちから、近寄る必要が生じてくる。

 

 それを埋め合わせていたのが、イリージュさんの『風陣ウインドエリア』なのだが、見ているとどうも威力が弱い。

 移動補整にはそれなりに貢献しているようだが、飛び道具はわずかに向きを逸らせる程度だ。

 致命的な当たりがないのが、奇跡のような試合運びばかりだった。


「決勝戦は流石に厳しいだろうな」

「そんなこと、やってみないと分かりませんよ! だから、頑張って応援しましょう!」


 握り拳を作って訴えかけてくるリリさんの瞳は、熱く燃えていた。

 その前向きな姿勢に、僕も何だか嬉しくなってくる。


「随分と肩入れして頂いて、ありがとうございます」

「えっ、いえ、そんな。こっちこそ、熱くなり過ぎちゃってごめんなさい」


 整備中のフィールドに目を向けながら、リリさんは小声で胸の内を打ち明けてくれる。


「私はずっと受付で、皆さんを送り出すばっかりで……無事を祈る事しか出来ませんでしたけど、ここだと精一杯応援できるのが嬉しくて」

 

 そして目元をちょっとだけ赤く染めたリリさんは、いつもの蠱惑的な笑顔で僕に向き直る。


「それに実は自慢したい気持ちもあったんです。私の担当してる子たちは、こんなに凄いんだぞって」

「その気持ち、痛いほど分かります」


 だからこそ僕は、彼女たちの実力を低めに見積もっていたのかもしれない。

 期待しすぎて、失望するのが怖かったのか。


「本当に決勝戦まで来れるとは思ってませんでした。戻ってきたら、精一杯褒めてあげないと駄目ですね」

「そうですよ。その為にも精一杯、応援しましょう」


 全くこの結果を考えてなかったので、嬉しいことは嬉しいがちょっと複雑な部分もあったりする。

 

「しかし……対人戦は初めての筈なのに、あそこまで躊躇なく闘えるとは思ってなかったな」

「――――亜人には、その辺りの禁忌がないしのう」


 僕の独り言に近い呟きに、それまで無言でホットドッグをモグモグしていたサリーちゃんが唐突に返事をくれた。

 驚いて横を向くと、イチジクのソースで口の周りを赤くしたサリーちゃんが、ちょうど最後の一つを食べ終わるところだった。


「サリーちゃん、それ――」



 ここで高らかに打ち鳴らされた試合開始の銅鑼の音が、僕らの会話を遮った。


風陣ウィンドエリア』―精霊使いエレメンタラーの風精使役術。飛び道具の勢いを和らげてくれる。移動速度にも補整あり

赤イチジク―酸味が強く、潰してソースに使われることも多い

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