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新年の始まり

 

 深い眠りから目覚めると、午前中も半ば過ぎていた。


 あくびをしつつ、手足に絡みつく子供たちを解いていく。

 腕にしがみ付くコネットちゃんを優しく揺り起こし、太腿に抱きつくナイナの頭を撫でる。

 イナイはどこかと探せば、一人だけ端の方で僕の枕を涎まみれにしていた。

 

 枕の代役を立派に務めてくれたミミ子を寝かせたまま背負い、僕の股間を枕にしていたマリちゃんを抱っこする。

 マリちゃんはゆるふわな金髪が耳の羽部分に巻き付いて、すごい寝癖になっていた。

 

 連れだって井戸まで行き、身を切るような冷水を『沸水の小晶石』で温めてやる。

 顔を洗い終えた僕たちが食堂へ行くと、すでに皆は席に着いて待ってくれていた。



「あけまして、おめでとうございます」

「おめでとうございます」



 新年の挨拶を済ませると、遅い朝食が始まった。

 残念ながらこの迷宮都市には、お餅が存在しない。

 代わりに食べるのが葛椰子の実だ。


 プルプルもちもちする切り身に、白蜜をたっぷり掛けて食べるのが年始めの風習になっている。

 お雑煮じゃなくて、お汁粉を食べるようなものかと思いつつ食卓を見渡す。


 楽しそうにはしゃぎつつ葛椰子の実を食べる子供たちと、それを甲斐甲斐しく世話するイリージュさん。

 ピンクのエプロンが黒い肌に凄く似合うなと感心しつつ、もう一人、真っ白なエプロン姿で料理を運んでくるリンを眺める。

 こちらは結婚したての新妻風で、明るい色気に満ち溢れていた。


 二人が昨日頑張ってくれたおかげで、テーブルには所狭しとご馳走が並べられている。

 狭い下宿で女将が作ってくれたパン粥をすすっていた去年とは、あまりにもかけ離れた光景だった。

 賑やかな食卓を前に、つい胸に込み上げてきた気持ちが口を衝く。 


「リン、イリージュさん。いつも美味しい料理を、本当にありがとう」


 僕が頭を下げると二人は少しだけ戸惑った表情のあとに、リンはいつもの青空みたいな笑顔で、イリージュさんははにかみながら頬を染めて頷いてくれた。


 葛椰子の実のスープのおかわりを食べながら、今度はテーブルの向こうで黙々と漫画に出てくるような骨付き肉に齧り付くニニさんに視線を移す。

 大蛇鶏コカトリスの腿肉にタレをつけながら、じっくりとローストした料理らしい。

 見ていると食べ終わった骨を、テーブルの下に控えている狼犬のピータへ与えていた。


 ニニさんの横ではサリーちゃんが、三口喰いと呼ばれる大きな牡蠣を熱々に炙ったものに、レモンをサッと搾りズルズルと飲み込んでいる。

 そんな元主の姿を目を細めて見守るニニさんの様子は、すっかり我が家に馴染んでいるようにも思えた。


「ニニさん、昨日はいかがでしたか? 見廻り行ってらしたんですよね」


 護法士モンクの方々は、年変わりの神が不在となる夜明けまでの時間、安全祈願の護摩壇を焚くのと並行して市内の見廻りをしてくれてたらしい。 

 毎年、この時間帯を狙っての騒動が起きるのだとか。


「おおむね平穏な年の瀬だったよ。ちょっとした出会いを除けばだが」

「出会い?」

「公務中に身内に遭うのは、案外気まずいものだな」


 珍しく皮肉を含んだニニさんの視線の先を見れば、まだ半分寝ているミミ子の口に揚げパンを押し込んでいるモルムの姿があった。

 首を捻る僕に、海の幸たっぷりのサラダを盛り分けてくれていたキッシェが、目を伏せながら説明してくれる。


「すみません、旦那様。昨日はモルムと私で、仮面祭りに行ってたんです」

 

 仮面祭というのは名前の通り仮面で素性を隠して、真夜中の大通りを騒ぎながら練り歩く魔術士ソーサラー主催の年越し祭りだ。

 普段はあまり表に出てこれない魔術士ソーサラーたちが、年に一度羽目を大いに外せる集いなんだとか。


「…………楽しかったよ。兄ちゃんも来たら良かったのに」

「昨夜は、よくお休みでしたので」

「晩ごはん食べて、すぐ寝ちゃったしな。惜しいことしたな」

「楽しむのも良いが、仕事を増やすような真似は慎んでくれ」


 なんでも昨日はモルムとキッシェの二人きりだったので、かなり異性から声をかけられたらしい。

 断る彼女たちにしつこく喰い下がる男たちが互いに喧嘩を始め、それをニニさんら警邏隊が取り締まったという顛末だった。

 探求者認識票を外して仮面をかぶれば、キッシェたちは普通の魅力的な女性にしか見えないから、男が矢鱈と声をかけてくるのも無理はないか。


「軽率な行為でした。申し訳ありません」


 頭を下げるキッシェに、僕はしばし考える。

 確かにうかつな行為だが、それ以上に女性だけで危ない場所へ行くのは安全志向のキッシェらしくない。

 

「どうしても行きたい理由があったとか?」


 キッシェの耳元でこっそり尋ねると、そっと耳打ちを返してくれた。


「モルムの小さい頃からの夢だったんです。仮面祭りに参加してみたいって」

「なるほどね。連れて行こうとした護衛は、寝こけてて役に立たなかったって訳か」


 顔を上げた僕は、いつもと変わらぬ様でパンケーキをモグモグ食べるモルムに話しかける。


「今年は僕も一緒に行きたいな、仮面祭りに。もしもまた寝てたら、次は叩き起こしてくれるかな」

「……………………うん!」


 嬉しそうに頷く少女を見て、ニニさんは少しだけ肩を竦めてみせる。


「私も同行したいが、そうもいかないか。残念だよ」


 思わぬ台詞に思わず押し黙ってしまった僕に、ニニさんは赤い眼に悪戯っ子のような光を浮かべて言葉を続ける。


「らしくなかったか?」

「ちょっと驚きました」

「こんな大勢で新年を迎えると、つい故郷にいた頃を思い出してな。……やはりこういうのも悪くないな」

「そうですか。僕もいつか行ってみたいですね、ニニさんの育った場所に」

「――あんな寒いところは真っ平御免じゃ。二度と行きたくないわ」


 唐突に口を挟んできたサリーちゃんの言葉に、僕は呆然として返す声を失った。

 ニニさんが故郷を離れる原因を作った当事者が、その場所の悪態をつくのはどうなんだろう。 

 だが大鬼オーガの女性は、気にした素振りも見せず話を続ける。


「サリーは結構寒がりだしな」

「……いいんですか? ニニさん」

「うん? ああ、あの時サリーは私たちに勝ったからな。戦いに勝つとはそういうことだよ」

 

 そういうことなのか。

 たまに凄く感覚のずれを感じたりもするが、本人たちがそれでいいのなら納得するしかないか。

 この感情をシビアに割りきっていくやり方には、未だに中々慣れない。

 僕もまだまだ人間らしいってことで、良いことなのかもしれないけど。


「ところでメイハさん、大丈夫ですか?」


 僕らの会話中、ずっと沈黙を保っていたメイハさんに声をかける。

 疲れた顔つきで桃のプティングを突っつく彼女の姿に、いつもの暖かい陽射しのような雰囲気は欠片も感じ取れない。


「えっ、何かしら?」

「お元気がないようですが……。昨夜の神迎えの儀式で、聖歌の歌い疲れとかですか?」

「心配をかけて御免なさいね。昨夜はずっと治療院の夜勤をしていたの。それでちょっと疲れが出てしまったのかしら――年は取りたくないものね」

「大変だったんですね。言ってくださればお手伝いを――」


 軽く袖を引っ張られて、振り向くとキッシェが小さく首を振っていた。


「どうしたの?」

「年末は治癒術が使えないので、緊急の病人や怪我人に備えて待機する必要があるんです。でも薬品ポーションに頼った応急処置しか出来ないので、毎年大変なんです」

「もしかして、いつもはみんなでお手伝いしてたの?」

「はい。外街にいた頃は家族総出で一晩中、ずっと働いてましたね」

「ああ道理で、モルムが仮面祭りに憧れるわけだ」

「今年は他の治癒士ヒーラーの方が、手伝いに来てくれた筈なんですが」


 キッシェの言葉が耳に入ったのか、メイハさんは突如プティングにスプーンを突き立てた。


「それがね、土壇場で皆さんになぜか用事ができてしまって……ええ、残念なことです。ふふふ、本当は分かってますよ、母さんの嫌がらせだってことくらい。ほんと、あの人はいつまで経っても大人に成らない……」

「メイハさん? しっかりしてください! メイハさん」

「私が闘技祭に出るのを断っただけで、こんな下らない仕返しに出るなんて……ふふふ、しようがない人ですね」


 うっ。

 やっぱりその件が絡んでいたのか。

 しかし薄っすらと笑みを浮かべながら、桃のプティングをぐちゃぐちゃにかき回す姿は義母様によく似てますね、メイハさん。


「そういや急がなくて良いの? お昼前に闘技場集合じゃなかったっけ」

「そうですね。そろそろ準備しないと」


 キッシェは立ち上がると、僕にしっかりと頷いてみせた。


 

「では頑張ってきますね、旦那様。期待に応えられるかどうかは、分かりませんが」



白蜜桃―小ぶりだが甘い果実を実らせる。その白い花から取れる蜜も有名。果肉を白蜜に浸したシロップ漬けは迷宮都市のお土産として定番

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