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ちびっ子大掃除

 厳かな歓迎の聖歌が響くなか、外壁の向こうから現れた朝日が目映く夜明けを告げる。

 一斉に鳴り渡る教会の鐘の音が、雲一つない薄明の空へと消えていく。

 この瞬間を待ちわびていた人々の歓迎の声が、静寂を破り街のあちこちで上がり始めた。



 新しい年の始まりだ。


  

 そんな喧騒とは裏腹に、僕は人肌の温もりを抱きしめたまま惰眠をむさぼっていた。

 清潔なシーツの感触を伸ばした踵で楽しみながら、体を寄せてくる少女たちの感触に安堵する。

 ゆったりと過ごす安眠の時間は、疲れた体を存分に癒してくれた。

 


 夢とうつつの狭間で、僕は昨日の我が家の大掃除の奮闘ぶりを思い起こしていた。



 主戦力となるはずのニニさんは、護法僧院の神送りの儀とかいう祭祀に参加のため不在。

 何でも一晩中、護摩壇に火を焚いて民の息災を祈願するのだそうだ。


 リンとイリージュさんは、新年のご馳走の仕込みに追われており、すでに台所は戦場と化している。

 キッシェは師匠の家の手伝いへ出かけ、モルムもニーナク先生の書庫整頓へ出かけている。

 なんでも、整理のついでに秘密兵器を開発してくるのだとか。


 家に残っていたのは、ミミ子にサリーちゃん、そして元気な双子のイナイとナイナ、超無口なコネットちゃんと末っ子の泣き虫マリちゃん。

 この絶望的な戦力で、築二十年で部屋数十五以上に大きな浴場から地下室まで揃ってる我が家を掃除せねばならないのだ。


「全員、整列!」


 シーツを洗濯するために、キッシェに朝早くベッドから叩き出された僕たちは玄関前に集まっていた。


「よし揃ってるな。今からお掃除大作戦を実行するぞ!」

「任せてくれ! 兄ちゃん」

「ばんばん、掃除するよ!」

「きれいにするー」

「……眠いのじゃ。途轍もなく眠いのじゃ」


 ちびっ子たちは素直でいいなあ。サリーちゃんは基本、夜型なので仕方ないか。


「じゃあ分担を決めるか。僕が家具を動かすから、双子はホコリを廊下に掃き出してくれ」

「分かった! 箒だな」

「イナイ待って待って、兄ちゃんのお話終わってないって」

「コネットちゃんとマリちゃんは、廊下でゴミ集め担当な」

「あつめるー」


 コネットちゃんも小さく頷いてくれる。


「ミミ子とサリーちゃんは……庭掃除でも」

「分かったのじゃ。いくぞ、狐娘」 


 戦力外の二人は体よく、厄介払いしておく。

 ミミ子と箒を引きずったサリーちゃんは、素直に中庭へ向かってくれた。


「よし、始めるか!」


 とはいっても普段から、イリージュさんやキッシェがまめにハタキをかけてくれていたので、そんなに酷い汚れもなく。

 僕がベッドや箪笥を持ち上げてる間に、その下のホコリを集める程度で済んでいた。


「……兄ちゃんて細いけど、凄い力持ちだな。見なおしたよ」

「そうか。イナイもよく働くし良い子だな。見なおしたよ」


 頭を撫でてやると、虎耳娘は照れくさそうに鼻を鳴らす。

 その脇から、無言で頭を差し出してくるナイナ。

 二人まとめて頭をぐりぐり回してやると、楽しそうに大声で笑い出した。


 午前中いっぱいを使って、屋根裏から地下室まで家中のホコリを掻き集める。

 玄関口も綺麗に掃き清めて、集めたホコリは表のゴミ桶に入れておく。

 ゴミ桶の中身は清掃業者が、週二で回収してくれるようになっていた。


「よし休憩にしようか」

「お腹めっちゃすいたよ、兄ちゃん」

「すいたすいた」

「リン姉、何か食べるのちょーだい」

「ああ、そこら辺の適当に食べてて! イリ姉、そっちの焼き加減どう? ああ、鍋が吹いてる!」


 姉の言葉を素直に受け取った双子は、どう見ても新年用の大皿を意気揚々と運び出してくる。


「これ食べて良いのか?」 

「うん、食べて良いって言ってたよ」

「良いのかな……」


 しかし出来立ての湯気を上げるミートローフの魅力に、抗う術を持つものが居るだろうか?

 ナイナがどこからか取り出したテーブルナイフで、瞬く間に肉を器用に切り分けていく。

 そこにイナイがこちらも、どこからともなく出してきた食パンで、薄切りのミートローフを挟んでいく。


 双子の見事な連携プレイで、あっという間にミートローフ・サンドイッチが完成した。


「戴きまーす」

「いただきます」

「俺、茹で卵入ってるとこな」

「全部入ってるよ」

「ほんとか? リン姉、張り込んだな」


 噛み締めると溢れ出した肉汁にチーズが混じり合い、えも言われぬ旨みとなって喉へと落ちて行く。

 口いっぱいに頬張ると、美味しさの幸福感があとからあとから押し寄せてくる。

 ボリューム溢れる食べ応えに満足しながら、僕はテーブルを見渡した。


 やはり子供にはサイズが大きかったのか、マリちゃんは小さいお口を精一杯開けてかぶりついていた。

 そして気に入ったのか、口の周りをべたべたにしながら満面の笑みを浮かべる。


 ナイナがその口の周りを、さりげなく拭って上げていた。

 元気よく真っ先に動き出す姉のイナイと、一歩下がって全体をよく見てる妹のナイナといったとこか。


 あとは感情表現の豊かなマリちゃんと、マイペースでもりもり食べるコネットちゃんだな。

 共に暮らしてはいるが、普段はあまり絡む機会がなかったので、こうやって一緒に行動すると色々な顔が見れてかなり楽しい。

 我が家の子供たちは、健やかに育ってくれているようだ。 


「ご馳走さま。昼からは何するの?」

「待って待って、コネットがまだ食べてる」

「じゃあ、香茶でも取ってくるか」


 食後のお茶を済ませた後、イナイが洗い物の溜まった桶にこっそり食器をもどす。

 かくて完全犯罪は成立した。


「よし。次は拭き掃除だな」


 井戸で汲んだ水を『沸水の小晶石』でぬるま湯にして、濡らした雑巾を絞ってはちびっ子たちに渡していく。

  

 そういえば水を汲みに中庭にいったら、申し訳程度の落ち葉が山になっており、その横のベンチでサリーちゃんがミミ子にくるまって寝ていた。

 冬場のミミ子には、抗いがたい魅力があるし仕方ないか。

 遊んでもらえると思ってたピータは、寂しそうに独りで木の葉を追い回していた。


「競争しようか。双子は廊下の床拭きで、マリちゃんとコネットちゃんは僕と一緒に窓拭き担当だ」

「いくぞ! ナイナ。兄ちゃんたちに負けられねーぜ」

「待って待って、ちゃんと分担を決めとこう。絶対、正面衝突するし」


 マリちゃんとコネットちゃんを連れて外へ出た僕は、まず裏手の窓へ回る。

 火吹蜻蛉トーチフライの翅を利用したガラスは、透過率も良く頑丈だが汚れが付きやすい欠点もある。


「とどかないー」


 雑巾を手に、ぴょんぴょんと跳ねる少女。

 ずっと見ていたい愛らしさだが、そうもいかない。

 

「コネットちゃん、マリちゃんを肩車できる?」


 無言で妹を担ぎ上げるコネットちゃんと、急に視界が高くなってはしゃぎ始めるマリちゃん。

 そんな二人を、まとめて僕の肩に担ぐ。

 さらに高くなったことでマリちゃんは歓声を上げ、急に持ち上げたことで不安を感じたのか、コネットちゃんは空いた手で僕の髪をギュッと握りしめた。


「二人とも大丈夫? 手が届く範囲で拭いて行ってね」


 大喜びで雑巾を振り回すマリちゃんに対し、コネットちゃんは黙々と隅の方まで丁寧に拭いていく。

 上の部分は二人に任せて、僕は下部分を猛烈に拭き始める。

 三位一体作戦のおかげで、外の窓掃除はさくさくと終った。


 そのまま室内へ移動し、一階の窓から二階の窓まで肩車状態で拭いて回る。

 ここら辺でちょっと不味いかなと思ったが、そのまま屋根裏の天窓まで強引に終える。

 明日は腰痛で動けないかもと思いつつ、二階の窓に跨って外側を拭く。


 流石にちびっ子には危ないので、室内の鏡や階段の手すり拭きを頼んだ。

 僕が二階の窓を拭き終わったのと、双子が家中の床を拭き終えたのはほとんど同時だった。

 

「みんな、お疲れ様。良く働いてくれたね」

「引き分けかあ。角の攻め方をもっと鋭くすれば、次は勝てるはず」

「待って待って。曲がり角で止まらないから、ぶつかるんだよ」

「あとは中庭と、お風呂掃除が残ってるな」


 皆と一緒にぞろぞろと中庭へ行くと、ちょうどサリーちゃんがピータに跨ったまま、ミミ子を引き摺り回す場面に出くわす。


「何やってるの、サリーちゃん! ミミ子、大丈夫か?」

「うむ。狐娘が天然箒になりえるか試しておったのじゃ」


 慌てて抱き上げたミミ子は、案の定ぐっすりと眠りこけていた。

 泥まみれになった尻尾をはたいて汚れを落とすが、毛並みは茶色に染まったままだ。


「うーん。風呂掃除が終わったら、そのまま洗うとするか。ついでにみんなも一緒に入れるか」


 すでに日は半分落ちて、辺りは暗くなり始めている。


「僕はお風呂を洗ってくるので、双子は水を汲んで持ってきてくれ。マリちゃんとコネットちゃんは、ピータと遊んでいいよ」


 元気な返事をして駆け出す子供たち。

 サリーちゃんに子守を任せて、僕は風呂場へ向かう。

 

 まあ、お風呂も毎日洗っているから、さほど汚れてないんだけどね。

 今年最後の湯垢を擦り落とし、床のタイルの目地も徹底的に擦り上げる。


 浴場がピカピカになるころには、すっかり日も落ちてしまっていた。

 後は井戸を往復して、浴槽に湯を急いで張る。

 日が沈んで寒くなってきたので、ちびっ子たちを早く温めてあげないと。 


「ちゃんと汚れを落としてから、湯船に入るんだぞ」


 動き回るマリちゃんの服を脱がして、洗濯籠へ放り込む。

 毎日、これをやってるイリージュさんには本当に頭が下がる。


 流石に七人も一緒に入れば、風呂場もそれなりに狭い。

 イナイとナイナは自分で体を洗えるので、まずは末っ子を洗うことにする。


 ミルクの匂いがする体を、隅々まで洗っていく。

 金髪ふわふわの髪を洗うと、マリちゃんはくすぐったがって身をよじり始めた。

 マリちゃんは、生粋の羽耳族ハーピーなので耳の羽毛あたりがとても敏感らしい。


「兄ちゃん、頭洗って」

「私も洗ってー」


 洗い終わったマリちゃんを湯船の端っこに座らせて、双子の頭を洗ってやる。

 虎眼族の血を引く二人は、丸い耳と黒縞の入った金髪というとても分かりやすい見た目をしている。

 十歳ながらもミミ子より発達しつつある体つきなので、少しだけドキッとする。


 成長過程の少女の髪のしなやかさを楽しみながら、耳に水が入らないように気を付ける。

 獣人は頭の上部に耳がある構造なので、髪を洗うと水が入り易いんだよな。


「コネットちゃんも頭、洗ってあげるよ」


 隅の方で黙々と、体を泡立てていた女の子に声を掛ける。

 コネットちゃんは黙ったまま静かに頷いて、僕の前に腰掛けた。


 ちなみにコネットちゃんは、四種類ほど混じっているらしい。

 白い巻き毛からは曲線を描く大きな双角が伸び、長く尖った耳は天を指す。

 その背中は青い鱗に覆われ、僕を見つめる瞳孔は縦に割れていた。

 

「――――ありがとう」 


 洗い終わった僕に、コネットちゃんは小さな小さな声でお礼を言ってくれた。


「サリーちゃんは――」

「体くらい一人で洗えるわ!」


 ちょっと頬を染めながら、サリーちゃんは素早く洗い終わってさっさと湯船に入ってしまった。残念だ。

 最後に皆で力を合わせて、ミミ子を丸洗いする。

 尻尾が増えたせいで、最近のミミ子は洗うのが大変なのだ。

 小さい手にもみくちゃにされながらも、ミミ子は気持ちよさそうに目を細めていた。

 

 それから湯船に肩まで浸かりながら、子供たちと百まで数える。 

 かなりギュウギュウだが、ちびっ子と素肌をぺったりつけているとなんだか幸せな気持ちになれた。


「上がったら、ちゃんと水飲んどけよ。のぼせるぞ」


 真っ赤に茹で上がった子供たちを、タオルで拭いて服を着せていく。

 外で冷やしておいたレモン水を飲ませていると、ちょうどキッシェとモルムが帰ってきた。


「お帰り。お手伝いは無事終わった?」

「はい。今日はこちらを任せっきりで申し訳ありません」

「…………お家のお掃除、手伝えなくてごめんなさい」

「いいよいいよ。今日は楽しかったしな」


 僕の言葉に、子供たちは一斉に頷いてくれた。


 その後は台所で力尽きていたリンとイリージュさんたちが用意してくれたキャベツと斑鮭を煮込んだ鍋をつつき、ちびっ子どもと僕のベッドに潜り込む。

 今日は、みんな一緒に寝ようって約束していたのだ。


 キッシェがいつの間にか洗い終わったシーツと交換してくれてたようで、寝心地は最高だった。

 

 世の中のお父さんって大変なんだなと思いつつ、僕は今年最後の夜をまどろんでいった。

 


羽耳族ハーピー―音に敏感な種族。体温調節が下手なので南国住まいが多い

コネット―セントリーニ家の七女。生きているのが奇跡とまで言われた。メイハさんと出会ってなかったら、とっくに死んでたらしい。足の親指の爪に数字の焼き印がある

マリ―セントリーニ家の末っ子。愛すべきマスコット。現在、六歳だが情緒の発達に比べ、知能の発達がやや遅れている

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