三層スケルトン狩り
システムの表示マップが大雑把すぎて、ぶち切れそうになるでござる
迷宮の通路を、死者たちが歩き回る。
カタカタと剥き出しになった顎骨を揺らし、何も語らずただひたすらに彷徨い歩く。
その虚ろな足取りは、この場所からどこへも行けないと悟っているかのようだった。
だが肉を失い骨のみとなったその身でも、たった一つの執念は残されている。
生あるものを全て殺すという物騒でシンプルなやつだ。
通路を徘徊する骸骨剣士たちを見据えながら、僕は息を潜めたまま静かに狙いを定めた。
彼らは聴覚感知なので、どんなわずかな物音でも容赦なく襲ってくる。
慎重にタイミングを見計らい、一番手前の一体に振り絞った矢を撃ち込む。
即座に腰の矢筒から、次の矢を引き抜き弦につがえる。
半分にぽっきり折れて倒れた仲間に気付いたのか、スケルトンたちが一斉にこちらへと走り出した。
さっきまでの重い歩みが嘘のような軽やかさだ。
錆びた剣を振り上げる死者たちに、僕は続けざまに矢を撃ち込む。
狙うのは一点、その体幹を支える腰椎だ。
重く空気を震わせて飛来する牙の矢が、次々にスケルトンたちの骨を砕く。
僕に迫る二体が上半身の支えを失い、急角度なお辞儀をしつつバランスを崩して前のめりに倒れ込む。
骨片を撒き散らし崩れ去るモンスターを乗り越えて、さらに骸骨どもが僕に迫る。
その頭部にポッカリと黒く穿たれた眼窩からは、何の感情も読み取れない。
死んでもなお働かされるそのブラックぶりに、僕の心は少しだけ同情に傾いた。
一息吸い込んでから、構えていた弦を離す。
数歩前に迫る最後の二体も、腰骨を粉砕され何も言わず冷たい迷宮の床に倒れ伏した。
動くものがなくなったのをしっかり目視して、僕は通路に足を踏み入れた。
そのまま床をカンテラで照らしながら、一歩一歩確認しつつ突き当りの丁字路まで進む。
角から覗いてみたが、こちらの通路にモンスターの影はなかった。
カンテラに付けられた方位磁石で方角を確認し、クリアリングを済ませた僕は元来た通路を引き返す。
そして通路が交わるモンスターの領域外の場所、安全地帯に座り込む少女に声を掛ける。
「終わったよ。この通路はスケルトン五体ね。罠はなしで歩数20」
返事の代わりにミミ子の狐耳がピコピコと動いた。
首から下げた画板の上の方眼紙に、素早く情報を記入していく。
「骨五ね。はい、書いたよ~」
くるりとこちらへ向けられた手書きの地図には、愛らしいドクロマークが五つ描き添えられている。
ちなみに尻尾マークは灰色狼で、ギザギザの王冠のようなのは罠があった地点だ。
「それじゃあ今日はこれくらいで戻ろうか」
その言葉に座り込んでいたミミ子は、黙って両手を可愛らしく僕に向けて伸ばしてくる。
おんぶしてくれの催促だ。
「たまには運動しないと丈夫になれないぞ」
「そのうちガンバるよ~」
「そのうち、そのうちってそれはいつ来るの?」
「そのうち来るよ。それより早くしないと骨湧いちゃうよ~」
「仕方ないな。はいどうぞ」
ミミ子を背負った僕は、早足で二層への階段を目指す。
確かにミミ子の言う通り、ぐずぐずしてると倒した骸骨剣士がまた再召喚されてしまう。
「次、右だっけ?」
「うん、そのまま進んだら次は左ね。たぶん、その先はもう骨湧いてるよ」
「今日は結構進めたかな?」
「う~ん、四割くらい行けたんじゃない」
「このペースだと一ヶ月もあれば完成しそうだな。もう一息、頑張ろう!」
「ガンバってね~。でも完成させるには、オオカミ何とかしないとね」
ミミ子のもっともな指摘に、僕のちょっと浮かれた気持ちはあっさり沈んだ。
嗅覚感知の灰色狼は、僕らのパーティには天敵だ。
見かける度に迂回してたので、僕らの三層地図は尻尾マークの先は未記入の穴だらけ状態になってる。
今、僕らがやっているのは三層のマップ作りだった。
ミミ子に僕の巻き戻し能力がバレたあの日、僕らはいろいろな話をした。
宝箱が出るまでひたすら巻き戻しして、お金を貯めたこと。
繰り返しによる効率化のせいで、他人とはパーティが組みにくいこと。
だから僕の言うことに無条件で従ってくれる奴隷が欲しかったこと。
話を黙って聞いていたミミ子は、一つの結論をだした。
仲間を作ろうと。
信頼する仲間同士で集まれば、巻き戻しも一緒にできる。
そうなれば揉め事もなくなるし、仲間が増えるだけ安全が増し効率よくお金も稼げる。
ただミミ子の言う仲間=群れでのことで、さらに言うとミミ子の考える群れとはオス一匹に従う多数のメスと子供たちという認識である。
つまりところ、ミミ子は僕にハーレムを作れと言っているのだ。
「ミミ子はそれでいいの?」
「もともと私の一族は、そんな感じだったしね。私をちゃんと大事にしてくれるなら良いよ~」
だが奴隷を増やすにしても、お金が足りない。
一人分くらいなら捻り出せばなんとかなりそうだが、使い果たすと生活費に支障が出る恐れがある。
そこで三層の銀箱を狙ってはどうかという話になった。
茶箱からの魔法具はおおよそ銀貨で買取されるのが多いが、銀箱からは金貨取引のモノが圧倒的に多い。
価値が一気に跳ね上がるのだ。
地図作りはそのための準備だった。
宝箱を落とすモンスターは実は毎回、固定されている。
だがどれが宝箱持ちモンスターなのかは、倒してみないとわからない。
その為には一匹でも多く倒し、ドロップを確認する必要がある。
そして効率よくモンスターを倒して回るには、地図は必須であった。
しかし地図を作るには、三層の通路を歩きまわる過程が不可欠。
とは言うものの三層のモンスターは持久力も高く、僕の短弓でさくさく倒すのは難しい。
その上、通路を徘徊してるモンスターは、幻影囮の通用しない骨と狼だ。
モンスターを効率よく倒すには地図がいるのだが、地図を作るにはモンスターを倒さねばならない。
卵が先か、鶏が先か。
思考の迷路に陥っていた僕に、突破口をくれたのは迷宮予報士のサラサさんだった
威力のない弓だと三層じゃ厳しいですねと、ジャイアントマンティスと戦った時の感想を述べたら彼女はあっさりと宣ったのだ。
矢をそれ用に替えればええんちゃうと。
弓の強化ばかり考えていた僕には、目からウロコだった。
僕が今使ってる『速射の小弓』は、連射しても軸がぶれない安定の法術が授与された魔法具だが、威力は普通の長弓よりもかなり落ちる。
そこを貫通力の高い石鏃の矢で補ってきたのだが、三層のモンスターだと今ひとつ決定力に欠けていた。
それにスケルトン自体、弓矢に対しての耐性が高い。
まず矢が当たりにくい上に、石の矢が刺さったくらいでは動きは止まらないのだ。
そこでお勧めされたのが、鏃が重く貫通力よりも衝撃力を重視した牙の矢であった。
鏃に使われているのは剣歯猫の牙なので、ずっしりと重く飛距離は稼げないが当たると簡単に骨を砕くことが出来る。
失敗しても、やり直しが利くのが僕の強みだ。
早速、矢を替えて挑戦したところコレが上手く行った。
ただ頭骨や手足の末端部分を砕いても、スケルトンは平気で襲い掛かってくる。
そこで目をつけたのが、上半身と下半身をつなぐ要の部分、腰椎だった。
この腰骨を砕くと、面白いようにスケルトンたちは動けなくなる。
今更だけど骸骨剣士って、弱点剥き出しで歩きまわってるんだな。
骸骨どもはたまに骨くずを落とすだけでドロップ品に旨味はないが、三層モンスターだけあって経験値は多いはず。
ミミ子のレベル上げも兼ねられるので、当分は三層の地図作りで行こうということになった。
まあ課題はまだまだ山積みだけどね。
それでも目標ができて、一緒に居れる仲間がいるのは凄い良い事かもしれない。
「ミミ子、今日の晩ごはんは何がいい?」
「今日はコロッケ食べたい」
「じゃあミラさんのお店にしようか」
ミミ子は狐っ子なので、油物がかなりの好物だ。
僕は死んでも食べる気しないけど。潰した芋を揚げたやつなんて。
『安定』―護法士の第二階梯真言。ブレないよ