三層ジャイアントマンティス戦
「このパーティ使えなさすぎwww」ってPT会話に誤爆して沈黙が気まずいでござる
「ふああぁぁぁ」
気の抜けた大あくびをかましたら、振り返った髭面のリーダーにじろりと睨まれた。
「おい、この辺りは比較的安全だが、だからと言って気を緩めて良い訳じゃないぞ」
この辺りってのはこの試練の迷宮、地下二層の階段前通路の事だ。
階段付近にモンスターが出ないっては、迷宮探求者じゃ誰でも知ってる迷宮常識だ。
ただ、たまにやばくなって階段へ逃げる奴のせいで引っ張ってこられたモンスターがいたりもするので、絶対安全とは言い切れないことも迷宮常識だ。
そしてこの時間のこの場所にモンスターが確実に居ないってことは、僕の中だけの常識だった。
「はーい、気を付けます」
出来るだけ神妙な顔つきをして、ヘイトを稼がないように気を付ける。
こちとら攻撃手枠とは名ばかりの荷物持ちでの参加だ。
報酬の分配で揉めない為にも、出来るだけ悪目立ちは避けないと。
「仕方ないぜ、リーダー。レベル2の坊主にとってこの先は初体験だ。緊張しすぎて、逆にあくびが出るってこともあるさ」
横を歩いてた先輩射手のお兄さんが、さりげないフォローをしてくれる。
「ふん、先輩風を吹かすのも良いが、お前も先月レベル3になったばかりのペーペーだってこと忘れんなよ」
「言われて見りゃそうだったな。すっかり忘れてたぜ、リーダー」
「はんっ、全くお前の神経の図太さは、レベル測定不可能だぜ」
先駆けて階段を下りていた盾持のおっさんが小さく吹きだし、それに釣られて他の三人も笑い声を上げる。
よし、ここまでのやり取りで、かなり雰囲気は良くなったな。
精一杯の愛想笑いを浮かべながら、僕は内心でため息を吐いた。
それなりに面白い会話だって、何回も聞けばうんざりしてくる。
「さて今日の目標だが、この階層にすでに六小隊がいる。北の泉部屋はもう埋まってるだろうし、西の小部屋巡回で行こうと思う。そこにも先客がいるようなら、東側の地図埋めに切り替える。それでいいな?」
いいなと聞かれても、臨時加入の僕には発言権はない。
そもそも地図埋めなんて固定メンバーしかメリットないし、可否を訊かれたらいやだとしか答えようがないんだけどね。
まあ今日はそこまで行かないと、実のところ判り切っていたので反対も賛成も示さず黙っておく。
「不満か新入り? 地図埋めでも経験値は稼げるんだ。そう腐る事はないぞ」
「いえ、緊張してるだけですよ。どんなことも勉強になるので頑張ります」
「そうかそうか。この三層からいきなりモンスターが強くなるからな。気を引き締めておけよ」
「あ、そこ滑りますよ」
こちらに向き直り得意げに語っていた先頭のリーダーに、さりげなく声を掛ける。
階段下の三叉路に分かれた通路の床は、べったりと何かの体液にまみれていた。
「なんだこりゃ。掃除屋がまだ来てないって事は……ついさっきまで戦ってたのか」
リーダーが足元に近付けた発光石のランタンが、真っ赤に染まった床を照らし出す。
掃除屋というのは軟体系モンスターじゃ知名度ナンバーワンのスライムさんの事で、この迷宮で倒されたモンスターの残骸やその他を食べてくれる大変ありがたい存在でもある。もちろん、生きた肉には興味が持たないので襲われる心配もない。
「先行してる小隊に追いつけそうだな。上手くいけば狩場に先に着けるかもしれん。よし北へ進路変更だ」
浮足立ったリーダーの発言に、僕は心の中で小さく舌打ちした。
この迷宮のモンスターは倒されると、ドロップアイテムとなって死骸の大半は消えてしまう。
血溜りしか残ってないので、戦闘は終わったものだとリーダーは判断したようだが、死体が残らない場合はもう一つある。
その可能性を全く考慮できないのに、よく斥候なんか務まっているものだ。
まあ判断力が乏しくても、リーダーは僕に無い技能を持っている。
それだけで十分だった。
足早に歩き出したパーティに付いていきながら、きっちり二十歩進んだ時点でわざとらしく振り返る。
「後ろから何か来ます!」
叫びながら手にしたランタンを大きく持ち上げ、背後の闇を最大限に照らし出す。
これをやると明かりに反応したモンスターが集まってくるので、ウッカリしでかすとかなり不味い。
だが僕の失敗を咎める声は、一切上がらなかった。
メンバーの視線は一点に集中しており、誰一人口を開くどころではないようだ。
皆の注目を集めていたのは、真後ろの暗闇に浮び上がる巨大なカマキリの姿だった。
巨大蟷螂は、三層最奥部エリアを徘徊する強力な昆虫型モンスターだ。
頑丈な外骨格と凶悪な切れ味の二振りの鎌を備え、さらに動いてるモノなら何にでも襲い掛かる攻撃本能の強さ。
レベル3パーティどころか、レベル5パーティでもそれなりに手こずる化け物だ。
僕も初めて見た時は、ビビりすぎてランタンを派手に床に落としたっけ。
「…………殺し屋が、何でこんなところに……?」
「もっと奥にいる筈だろ……」
それは奥で稼いでいたパーティが絡まれて逃げてきたけど、ここ階段前通路で追いつかれて全滅したせいだ。
死体が残っていない訳は、敢えて説明する必要もないか。
「リーダーどうする?! 階段が塞がれちまってるぞ」
「そうだ! 下り階段まで逃げりゃ……」
それは無理だ。二回試したけど、半分も行かないうちに追いつかれた。
というか戦ってもらわなければ困る。
その為にわざわざ、このパーティに入り直したんだし。
動揺しすぎて慌てふためくメンバーに、僕は静かに声を掛けた。
「あれ、アイツ何かおかしくありません?」
僕の指摘に、先輩射手が即座に呼応する。
「ほんとだ。片腕無くなってるぜ。それに足に焦げ跡もある」
「手負いだな。すぐ襲って来ないのは、そのせいか」
ぼそぼそと会話する二人に、急いで呼びかける。
あと少しでアイツが向かってくるので、流石にのんびり会話してる時間はない。
「どうでしょう、全力を出せば勝てるんじゃありません? みなさんレベル3だし、アイツ死に掛けですよ」
僕の提案に、他の四人は顔を見合わせて黙り込む。
いや、時間がないんだって。
必死に急かす視線に気づいたのか、リーダーが大きく頷いた。
「よし、やってみるか。逃げても追いつかれる可能性が高いしな」
よし! 既定の流れに乗れたな。
「じゃあ俺が『不意打ち』で仕留めるので、盾は出来るだけ注意を引いてくれ。いくぞ――」
「待ってください」
「なんだ、新入り。ビビったのか?」
「いえ、ジャイアントマンティスは首が180度回るので、後ろからだと危険です」
「そうなのか?」
「なのでまず、視界を潰しましょう。先輩、アイツの左眼に『必中矢』をお願いします。左腕の鎌が無くなっているので、矢が打ち落とされる心配はありませんし。視界を奪えたら、左側面から『不意打ち』をお願いします」
僕の提案に先輩射手は、少し躊躇いながら口を開く。
「少し溜めに時間かかるが平気か?」
「そこは盾持さんに頑張って支えて貰いましょう。コレ使ってください」
カバンから取り出した粉末の入った小袋を、不安げな顔を見せる盾持のおっさんに手渡す。
「これ『勇気の粉』じゃねーか?!」
「ええ、出し惜しみなしで行きましょう」
『勇気の粉』とは吸引すれば、一時的に恐怖を打ち消す効果のあるかなり値が張る消耗品だ。
運よく拾った物だが、そこそこ値で売るには勿体ない。
だが自分で使うには怖すぎるということで、使いどころがなくカバンの底に眠っていた代物だ。
だって怖くなくなる薬なんて、絶対ヤバい成分はいってるよ。
「わしはどうすれば?」
「魔術士さんは、『集中』を僕以外の方にお願いします」
昆虫系には『誘眠』も『恐怖』も、ほぼ無効化されるしね。
指示が行き渡り、パーティのメンバーは覚悟を決めたようだ。
戦闘に備え隊列を入れ替えた僕たちは、階段を塞ぐように立ちはだかるカマキリに向き直った。
さあ、ここからは時間との勝負だ。
リーダーが床の上を滑らせて、ランタンをモンスターの足元へ送り込む。
短い雄叫びを上げた盾持が走り出したのと、鋭い威嚇音を上げたジャイアントマンティスが動き出したのはほぼ同時だった。
激突の硬音が通路に響き渡り、戦いの始まりを告げる。
盾持さんは上手い具合に下から盾を突き上げて、カマキリの鎌の肘部分を押さえ込み、振り下ろされないように喰い止める。
かなり深い踏み込みをしないと、あの位置には立てない。
流石、白い粉の効果は偉大だ。
感心しながら、僕は続けざまに三連射と弦を震わせる。
矢は吸い込まれるように、ジャイアントマンティスの右腕の関節部分それぞれにピンポイントに突き刺さる。
我ながらと自賛したくなる凄さだが、流石に十回以上やってると慣れるものだ。
これで鎌の折り畳みがスムーズに出来なくなって、盾持さんの背中串刺しコースが消えるはず。
少しだけ脇を見やると、長弓を引き絞る先輩射手が一心不乱に的を見詰めている。
その傍らでは魔術士のじーさんが、空に描く光文字でさらに射手の意識を高める。
斥候のリーダーの気配は、すでに完璧に消えていた。
ガッツリと盾持さんが食い止めてる間に、更にしつこく射掛けておく。
足と首の付け根部分に僕の矢が綺麗に刺さり、モンスターは苛立たしげに首と鎌を振り回す。
行けるんじゃないかというホッとした安堵の空気が、パーティの中に流れたのを肌で感じた。
この油断で、最初の方は苦労したんだよな。
順調に進むかのように見えた戦闘だが、殺し屋の異名はそう甘くはない。
ジャイアントマンティスが突如、背中の翅を大きく広げ猛烈な勢いではためかせた。
同時に高速で擦り合わされた翅から、凄まじい不快な高音が放たれる。
『凶音旋風』――まともに喰らえば、酷い耳鳴りで数分は行動不能になる恐ろしい技だ。
だが来るのが判っている技に、さほどの恐怖はない。
巻き起こった風圧で盾持が数歩押し戻され、風が目に飛び込んだ先輩射手がわずかに顔をしかめる。
しかし、それだけであった。
ノイズを全て遮断する『集中』が掛かってる彼らには、死の業もただの突風にしか過ぎない。
自分に『集中』を掛け忘れ地面をのたうち回る魔術士のじーさんを横目に、僕はこっそりはめておいた耳栓を外した。
ここを乗り切れればあと少しだ。
振り上げられた殺し屋の大鎌の行方を変えるべく、続けざまに矢を撃ち出す。
頭部を狙った矢は、軌道を変えたカマキリの右腕で難なく弾かれた。
やはり短弓の威力だと、柔らかい部分以外は貫通しないか。
だが自分の行為は無駄でないと、僕自身が一番よく分かっている。
『集中』が掛かった盾役を助けるのは、一瞬の隙を作るだけで十分なのだ。
持ち上がった腕の下、カマキリの懐深くに盾持さんが再び食らいつく。
そしてそのまま盾持さんは『盾撃』をカマキリの足の付け根にぶち込んで、その巨体をよろめかせる。
それにいい加減切れたのか、ジャイアントマンティスはガチガチと噛み合わせた歯を、突き出された盾に猛烈と突き立てた。
「今です!!」
噛み付いたことで顔が固定されるその一瞬が、僕らの待ち望んでいたチャンスであった。
射手の長弓が空気を裂いて大きくしなり、真っ直ぐに引かれた線のような矢がカマキリの左眼に見事突き刺さる。
一歩遅れて通路の陰から飛び出してきたリーダーが、双手に構えた黒刃の短剣でモンスターの脇腹を凄まじい勢いで抉り込む。
「離れて! 大暴れが来ます!!」
短剣に塗られていた腐敗毒をたっぷり腹にくらったカマキリが、断末魔の咆哮を上げながら羽を広げ手脚を振り回す。
それらのうちリーダーに当たりそうなヤツに、続けざまに矢をブチ当てて全て方向を逸らせていく。
仕事を終えた先輩射手が目を見開いてこちらを凝視してくるが、そんな暇があるなら手伝って欲しい。
僕の援護のお陰でリーダーは無事、盾を低く構えた盾持さんの後ろに滑り込む。
そのまま二人は盾に守られながら、僕らの位置までゆっくりと下がってきた。
錯乱して大暴れしていたジャイアントマンティスは、それからすぐに痙攣を始めた。
手足が伸びきったまま何度も壁にぶつかり、その度に傷ついた腹から腐った臭いの体液が撒き散らされた。
やがて全身に毒が回ったのか、カマキリは奇妙な角度に手足を折り曲げたまま何も言わず地に伏した。
「やった……のか?」
「ええ、勝ちましたよ」
「マジかよ! 勝ったのか?!」
歓声を上げて抱き合うメンバーを横目に、僕はカマキリの死骸がゆっくりと消えていく様を眺めた。
この瞬間が何にもましてドキドキする。
「…………おい、見ろよ」
リーダーの呟きで、皆の視線がモンスターが消えた後に現れた物に集まる。
それはどんな仕組みか判らないが、銀色の光を放つ宝箱であった。
「おいおいおい、銀箱じゃねーか」
「初めて見るぜ」
迷宮内に現れる宝箱は色によってグレードが決まっており、上から虹、金、銀、茶となっている。
そもそも浅い層に宝箱自体は滅多に現れず、出たとしても大抵茶色である。
金箱や銀箱なんて、中級クラスの探求者でも半年に一回見れたら良いレベルらしい。
そして宝箱には、魔法具が高確率で入っていること。
グレードの高い箱ほど良い魔法具が入ってるってことは、迷宮の常識であった。
「解錠、お願いします」
「お、おう。任せとけ」
それ以上の言葉を掛けず、僕は静かにリーダーのピッキングを見守った。
もちろん、心の中では激しく祈りをささげている。
爆弾と警報と麻痺ガス以外! 爆弾と警報と麻痺ガス以外! 爆弾と警報と麻痺ガス以外!と。
沈黙が支配する迷宮の一角。
カチャカチャと、鍵穴をいじくる音だけが響き渡る。
やがてカチリと大きな音が響き、解錠技能を発揮していたリーダーは大きく溜め込んでいた息を吐いた。
そして喜びで顔が崩れそうな笑顔を見せる僕たちに小さく頭を下げる。
「……………………すまん」
次の瞬間、宝箱から馬鹿でかい音が鳴り響く。
罠の警報が発動したのだ。
通路に遠吠えがこだまする。
灰色狼たちのお出ましか。
三叉路の二方向からは、ガチャガチャと兜を揺らす音が聞こえてくる。
毎回不思議に思うんだけど、骸骨剣士たちは鼓膜が残ってないくせに、どうやって警報を聞いているんだろうな。
顔を上げた僕に、リーダーの見開いた目がばっちりと合う。
その目は最大限に訴えかけていた。
どうすんだ? どうしよう? と。
「……………………知るか! このタコ! 役立たずの間抜け野郎!」
僕の突然の暴言にショックを受けるリーダーに言葉を重ねる。
「チィッ! 何回、失敗するんだよ! いい加減にしてくれ」
内心だけで我慢してた舌打ちが、盛大に漏れる。
何を言ってるんだと疑問を浮かべるリーダーに、最後の台詞を投げつける。
「次は絶対に開けてくれよ!」
呆然とした顔で襲いくるモンスターの群れを眺める仲間たちを横目に、僕は戻れと小さく呟く。
そして僕の人生は、今朝の目覚めた瞬間まで巻き戻された。
『不意打ち』―斥候の中級技能。死角からの攻撃でダメージ増
『必中矢』―射手と狩人の中級技能。必中の一撃
『盾撃』―盾持の初級技能。盾で殴る
『集中』―魔術士の第一階梯呪紋。気が散らなくなる
『勇気の粉』―消耗型魔法具。ハズレアイテム