30章 遅いディナー―――58:30:00
「―――で、結局追い返されたって訳?」
午後十時半。紅茶のティーバッグをちゃぽちゃぽしながら、セミアが尋ねた。
「まあ、向こうも仕事だしな。いいじゃないか。幾ら知人でも、俺達は捜査権も無い一般人なんだ。この先は二人に任せて、残された僅かな列車の旅を楽しもうぜ……走ってねえけど」
「ですが、ベアトリーチェさんの御主人は未だ行方不明なんですよね?」溜息。「とてもそう言う気分にはなれません。女王様だって」
心配げな衛兵の視線を受け、無意識に半分以上残るカップを口に付けた。
「大丈夫だよ、アス。私はいつも通り飄々とした心持ちだから」
「しかし」
「事情は大体分かりました―――で、どうして揃って本官達の部屋に押し掛けているのですか?」
奥のベッドに腰掛け、腕組みでこちらを睨む部屋の主。それを尻目に、同室の四天使は電気ポットで作った紅茶をせっせと残りの面子へ手渡す。
「だって部屋も広いし、夜景も綺麗。おまけにお湯も沸かし放題で、会議にはうってつけの場所でしょ?」
いけしゃあしゃあとのたまう義妹。
「そんな、本官達にも予定と言う物が」
「いいではありませんか、ラント」
「イスラ様までそんな―――あ、はい!今開けます!」
入口を開けると、廊下に運搬用ワゴンを押したコックが立っていた。ガラガラガラ。室内へ入り、自室のように寛ぐ訪問者達を見やる。
「何だ、お前等もいたのか。手間が省けたな」
言ってワゴンに掛かった白布を半分捲り、木製の三段の弁当箱を二つ出す。
「遅くなって申し訳ないな。見栄えは悪くなったが、ディナーを折詰にして持って来た。はい、まずはロイヤルスイートのお二人さん」
「ありがとうございます」
イスラが受け取り、テーブルに置く。
「それからええと」
「六・七号室のツイン四人だよ、コックさん」
「済まん」頭を掻き、「サービス係のパレットと違って、俺はまだちゃんと乗客を把握してなくてな」
そう言って、今度は二段弁当を出す。別のカップに入ったデザートも、私達がそっけないプリンなのに対し、ロイヤルスイートの二人はミントや粉砂糖の掛かったティラミスだ。これは中身も相当異なるに違いない。
「それで、彼女は目を覚ましましたか?」
テーブルに受け取った私達の折詰を並べながら、介抱者が問う。
「まだだ。さっき仮眠室を覗いてきたが、目を覚ました様子は無かった」
眉根をキツく寄せたコックは少しの沈黙の後、小さく頭を下げた。
「あんたには感謝してるよ。医者が乗っててくれて、本当に助かった」
「いえ、私は医師などでは………済みません。亡くなった彼は、あなた方の同僚だったのでしょう?倒れる程のショックを受けるのは当たり前」
「オットーなんかにか!?冗談じゃない!!」ドンッ!叩かれたワゴンがガタガタ揺れた。「あんな奴、死んで当然だ……!!」
突然の豹変振りに、私を除く全員がドン引きする中。くーん。食いしん坊のラフ・コリーが、自分の分は無いのかと彼の脚へ擦り寄った。
「ああ、そうだった。ワン公にはこいつをやろうと思っていたんだ。ほらよ」
「きゅーん❤」
差し出した手ごと噛み千切らん勢いで、ビーフジャーキーに食らいつくイヌ科。さっき残り物のクッキーを食べたばかりなのに、肥えるぞ!
「それは一体どう言う意味ですか、グランダさん。副車掌はそんなに酷い人だったんですか?」
剣幕に臆しつつ衛兵が尋ねる。
「ああ。客の前でこんな事言いたくないが、金輪際あいつと同じ空気を吸わずに済んで心底ホッとしているよ」
「おいおい、相当だな。―――下世話だが、もしかしてシーさんを挟んだ三角関係とか?」
「ハッ、まさか!馬鹿馬鹿しい!!」
レイの発言に首を大きく横へ振り、大袈裟に呆れたポーズを取る。
「あいつには社員一同、大概迷惑していたんだ。ロクに仕事も出来んくせにコネで入って、事ある毎にパレットや他の女子社員達へ言い寄りやがって!しかも、断ればクビにするぞと脅迫しやがる。正に屑さ。あんなダニ野郎のせいでキムは……ところで」
コックは私を穴の開く程見つめる。
「あれ、お兄さんも少女趣味?良かったねラント、同好の士がいて」
「あなたって人は……」
側頭部を押さえる裁判官を他所に、彼は目でうっすら笑った。
「そんなに似てる、その友達に?」
「!?あ、ああ。顔は全然違うが、血の繋がった妹かと思うぐらいよく。特に人間離れした冷静さ、速攻で停車に向かった行動力、そして、そう―――何よりもその『眼』だ。色こそ違うが、何もかも見抜くその瞳……まさか、あいつ以外にも持っている奴がいたなんてな」
感嘆の内に肩の力が抜け、自然な笑みが零れる。
「そうしているとハンサムだね、コックさん。パレットさんが惚れるのも分かるよ」
「へ?―――ああ、成程。確かに権力を傘に恋人を口説かれるなど、怒髪天を突く思いご尤もです」
納得し、頭を下げるラント。
「よ、良く分かったな……まぁ特に隠していた訳でもないんだが」
照れてポリポリ頭を掻く彼に、義妹が声を掛ける。
「わぁ、そうだったんだ!私は凄くお似合いだと思うよ。あ、でもそれなら御免ね長話させて。早く全部配り終えて、傍に付いててあげ―――」




