第九話
前線に到着し数日。
四人の作業は難航していた。
情報を集め、魔王城に抜けれそうなルートを探す。
探す…探す。
だが情報から抜けれるかもしれないと推測したルートは、悉くが敵に阻まれており撤退を余儀なくされる。
ならば前線の膠着状態を打破できないか、というオーラスの意見を元に前線に参加をしてみる。
しかしそれも不可。
数百数千で行われる戦争を、四人の力で押し返すことはできない。
実力をつけたとはいえ、その日その日の戦況を良くすること以上のことは、何もできなかった。
「拉致があかねぇな…」
「そうですね…。 わたし達四人が戦闘に参加することにより、押され気味だった戦況は五分に近くなっていますが、とても打破することはできません」
四人の顔は暗い。
前線を気づかれずに抜けなければ、敵の猛追に合う事は想像に容易い。
深い森や岩壁を抜けて侵入することも考えたが、その場合は非常に時間がかかり物資が心もとなくなってしまう。
北部に入ってしまえば、補給を受けることなどはできず、強行案を採用することはできない。
「何かあるはずだ。 諦めずに色々と探っていこう。 それに悪いことばかりじゃない、僕達が加わる事によって前線が五分に近くなっているということは、敵の隙もこれからは増えていくはずだ」
「…それなんだけど、一つ気になることがあるわ」
ルイナの言葉に、三人は注目する。
彼女は気難しい顔をし、地図を見ながら話しだした。
「私達の行動が、ある程度予測されてる気がする」
「まさか…情報が敵に抜けているんですか?」
「いえ、そうじゃないわ。 恐らくだけど、読まれているのよ」
読まれている。
確かにそのように感じることは、四人全員があった。
乱戦中に気付かれずに裏を抜けようとしても、すでに敵が配置されていた。
昔、抜けることができたというルートを探りにいくと、その道は入念に潰されていたこともあった。
「つまり…、敵に優秀なやつがいるってことか」
「たぶんだけど、そうだと思うわ。 つまり私達はまずそいつを見つけだし、倒さなければいけない」
「そう言われても、わたしが見た限りではそんな相手は見当たりませんでしたけど…」
「戦場にはいても、前線に出てきてはいないはずよ。 そいつを何とか見つけるか誘き出す方法が見つかれば…」
「抜けれる可能性が増える、ということだね」
「恐らくね」
ルイナの言葉にウィーゼルは決断する。
今やこの四人の話し合いは、四人で意見を出しつつも、本筋を考えるのはルイナ、そしてそれを決断するのはウィーゼルという流れになっていた。
「明日から僕達は前線で戦いつつ、その見えない敵を探り、倒す方法を考える!」
「おう! 守りは任せておけ!」
「なら回復は任せてください!」
「守りも回復も、できるのは二人だけなんだから当たり前でしょ…」
穏やかに談笑を交えながら、敵を探り出す方法を四人は考え、そしてその日は眠った。
だが次の日、四人はその敵を探り出す必要がなくなる。
その日は身支度を整え、前日の予定通り前線に向かい敵の指揮官を探す運びのつもりだった。
だが、その日の魔王軍の動きは違った。
人間側は守り、魔族側は攻める。
これが日々の基本の戦場の流れだったのだが、魔王軍は射程範囲ギリギリに辿り着くと、その場で停止した。
「なんで止まったんだ?」
「罠か?」
「距離を詰めるか? ギール司令はなんて言ってるんだ?」
人間側にも動揺が走り出す。
攻めるべきかの判別がつかないのだ。
結果、ギール司令は守備を第一とし、攻め込まないことを命令する。
つまりは様子見だ。
だがそんな中、魔王軍から一人の魔族が歩み出てくる。
その姿は痩身であり、白い髪を逆立てている。
肌は青く、人型ではあるが人間ではないのは一目瞭然であった。
何よりも違ったのは、圧倒的な威圧感だ。
全身から青白い闘気が漏れ出てるかのような、その威圧感は異常だった。
「交渉…か?」
「わかんねぇな。 でもあいつが俺達の探してる対象の可能性はたけぇな」
四人に緊張が走る。
今日から探そうとしていた目標が自分から出てきてくれたのなら、手間が省けるというものだ。
しかし、ギールや兵士の目は違った。
「け…剣鬼だ」
一人の兵士がそう言った瞬間、急にその場の全員が騒ぎ出す。
「逃げろおおお! 剣鬼だ!!」
「殺されるぞ!!!!!」
四人は訳が分からずに周りを見渡す。
だが周囲は混乱の渦中にあり、既に撤退を始めている者まであった。
それを見たギールの判断は早かった。
「全軍撤退!! 基地内に戻り防衛行動に移る!! 急げ!!!」
足並みを揃える余裕もなく、各自全力で撤退を始める。
慌てて近くにいた、撤退をしようとしてる一人をオーラスが捕まえる。
「おい! 撤退ってどういうことだよ! あいつはなんなんだ!」
無理矢理に足を止めさせられた兵士は悲鳴混じりに答える。
「馬鹿野郎!! 見れば分かるだろ!? あいつは剣鬼ラォーグだ! 殺されるぞ!」
「だからラォーグってのは誰かって聞いてんだ!」
場の雰囲気のせいか、オーラスの語気も荒くなっていく。
何かやばい状況であることは分かる、だからこそ情報が欲しかった。
「そんなこともしらねぇのか! 魔王軍前線部隊の総司令官で、魔王軍のNo.2だ!! 前に俺達が前線を押し込んだときは、あいつ一人出て来ただけで1万以上いた部隊が半壊したんだぞ!? それから人間は魔族に押され始めたんだ! 分かったら離せ! 逃げるんだ! お前らもさっさとしろ!!」
オーラスの手を強引に振り払い、兵士はあっという間に走り去った。
他の人たちも瞬く間に基地に戻って行く。
「どうしますか!? かなりやばいみたいですよ! わたし達も一度撤退しますか!?」
レイシスの言葉に、少しだけ全員が冷静さを取り戻す。
目を合わせた四人の答えは一つだった。
「…やろう。 これはチャンスだ。 ここで魔王軍のNo.2を倒せるのであれば、僕らが魔王を倒せる可能性が、ぐっと上がるはずだ」
「運がいい事に相手は一人でこちらに向かってきている。 他の邪魔が入らないチャンスがまたあるとは思えないわね」
覚悟は決まった。
全員が撤退を始める中、四人は剣鬼ウォーグを打ち取ることに決めた。
急ぎ、ウォーグと戦うために体勢を整えようと武器を構えたウィーゼルの目の前に、ラォーグが立ち止まっていた。
「どうも、少年」
ラォーグは、通りすがりに道を尋ねるかのように、自然にウィーゼルに話しかけてきた。
その異常さに、剣を抜こうとしていたウィーゼルが固まる。
お互いの射程はすでに戦闘圏内。
剣を抜けば首を跳ねることだってできる。
だがラォーグは、そんなことは大した問題ではないと言わんばかりに、にこやかな態度を変えなかった。
「ふむ? 聞こえませんでしたかな。 確かに撤退している者達がまだいるので、少し騒々しいですからね」
顎に手を当て、さして困った様子もなさそうに答える。
「なん…だ、こいつは…」
ウィーゼルとラォーグの間に割り込もうしていたオーラスは止まっている。
違う、止まっているのではない。
動けないのだ。
自然なその立ち姿に異常な威圧感。
まるで、血に塗れた殺人鬼と日常会話をしているかの様な錯覚に陥る。
「なるほど、確かに自己紹介がまだでしたな。 私の名はラォーグ。 魔王軍のNo.2をしております。 以後お見知りおきを。 あ、二つ名として剣鬼なぞとも呼ばれております」
非常に丁寧な挨拶、これが普段であれば同じように挨拶をしていたかもしれない。
だが違う。
ここは戦場であり、今ウィーゼル達の喉元には牙が食い込む瞬間なのだ。
「も、目的は何…?」
荒い息で、ルイナは何とか言葉を紡ぎだす。
息が荒くなるのも当然だろう。
ラォーグの手が少し動くだけで、全員が反応する。
一瞬足りとも目を離すことはできず、すぐに動くことが出来なければ殺される。
「ええ、実は今魔王軍ではあなた方を最重要案件として扱っております。 紫蠍を倒す程の人間ですからね」
「紫蠍? 紫蠍をわたし達が倒したことに何の関係が…」
「おや? 御存じありませんか? 紫蠍は実力では魔王軍のNo.3です。 つまり今あなたがた四人より強い魔族は、私と魔王様のみとなります」
紫蠍がNo.3。
この言葉に四人は驚き、そして気付く。
自分達は手が届く場所まできていることに。
「つまりは、だ。 てめぇを倒したら後は魔王だけってわけだ」
「話が早いわね」
「今わたし達の前から退くのなら…。 いえ、どちらにしろ見逃すことはできませんね!」
三人は昂揚していた。
ここまできたのだと、強くなったのだと、後二つで終わると!
その昂揚が、三人の判断を鈍らせていた。
だが目の前に対峙し、ラォーグとずっと目を合わせていたウィーゼルの感想は違った。
これより強いのがいるのかと。
「はっはっは。 若いというのはいいですなー。 私も若く見えるかもしれませんが、それなりの歳をとっております。 血気盛んな若者を見るというのは、気持ちが昂揚するものですな。 では、やりましょうか。 勇者ウィーゼル御一行」
そう言いラォーグは、ウィーゼルの肩に軽く手を載せた。
その何気ない行動に、後ろの三人も急速に頭が冷え込む。
ウィーゼルに油断はなかった。
いつでも斬り込める、いつでも避けれる、そういう体勢だったにも関わらず。
肩に手を載せたのだ。
「全員戦闘態勢!! 絶対に油断するな! 殺されるぞ!!」
ウィーゼルは慌てて距離をとり、全員に激を入れる。
四人は気を引き締め直し、対峙する。
相手は魔王軍No.2 ラォーグ。
正真正銘の化け物だ。
「いやいや、いいですな。 やはり油断などなく、全力で若者には向かって来て頂きたいですからね。 では剣鬼ラォーグ、参ります」
死闘を予感させる戦いが、今…始まった。