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継承の勇者  作者: 黒井へいほ
第三章 前線
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第七話

 予定通り、四人は出来る限り以上の戦闘をこなし、北へ向かっていた。

 現在地は大陸の中央、前線基地近く。

 彼らは…、全滅の危機に瀕していた。


「かってえええええええええ! 剣も魔法も通らねぇ!」


 オーラスの声が周囲に響く。


「魔法も剣も通じにくいとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ…」


 動きをほんの少し止めるのが精一杯な、自分の魔法が歯痒い。

 それでもそのほんの少しが、皆を生き長らえさせている事は理解していた。

 例え通じていなくても、ルイナは攻撃を続けるしかなかった。



 彼らは前線基地近隣の村に着いた後、いつも通りに討伐依頼を探していた。

 そこで集めた話によると、この近隣では倒す事ができない大型の蠍がいるらしい。

 両手には大型の鋏、背には猛毒を秘めた尾、そしてその独特な紫色の体から、紫蠍(しかつ)と呼ばれ恐れられていた。


 当然の様に依頼を受けた彼らは、情報を集め対策を練った後に眠りに着いた。

 そして朝、紫蠍がいると言われる岩場に赴き発見し戦闘を開始したのだが…。


「蠍ってこんなに硬いんですか!? あっ、オーラスくんの毒の治療をしないと! 『風よ、穏やかに!』」


 回復回復回復、レイシスは毒の治療、傷の回復、やる事に追われている。

 決して、オーラスの動きが悪い訳ではない。

 ただ、両手の鋏と尾の連携が異常(・・)なのだ。

 ウィーゼルも出来る限りオーラスの負担を減らそうと、左の鋏側で戦い、引きつけている。

 だが戦況は一向に良くはならない、それは当然の事であった。

 

 四人で守備役をオーラスとレイシスとするなら、ウィーゼルとルイナは攻撃役だ。

 その二人の攻撃が通らない以上、打つ手がないのだ。


「ああああああああ! 剣じゃ無理だ! 誰かハンマーでも持ってこい!!」


 右の鋏と尾を盾と剣で捌きながら、オーラスが叫ぶ。

 普段、冷静に敵の攻撃を受け流す彼にも、小さい傷しか付かない相手との戦闘は想定になかったのだろう。


「ハンマーなんて誰も持ってません! 誰か取ってきて下さい! 『風よ、囁け!』 あわわわ、魔力が持ちませんよぉ!」

「ハンマー…?」


 ウィーゼルは考える、普通の剣撃ではうっすら傷が付くだけ、突きですら数mmしか刺さらない。

 だが、勢いさえ足りていれば刺さるはずだ、それなら…。


「そうか! 三人共、一つ思いついた! 駄目なら全力で撤退をする!」

「分かったわ! 言う通りにするから早く言って! ジリ貧よ!」


 ルイナは足や尾、胴体へ魔法を繰りだし、紫蠍のバランスを少しでも崩そうと必死になっている。


「僕とオーラスが奴の背中に飛び乗る、レイシスは風で僕らを押し上げてくれ! 僕達が飛んだら、ルイナは敵の動きを止めてくれ!」

「飛んだ勢いを利用して刺すのか! 確かにそれしかないな!」

「いいや、オーラスは刺さなくていい(・・・・・・・)。 上に乗るだけでいいんだ!」


 オーラスとルイナは訳が分からないという顔をしている、だが説明する時間はなかった。


「オーラス行くぞ! レイシス頼む!」

「お、おうよ!」

「あぁもう分かりませんけどお願いします!」


 ウィーゼルとオーラスは、鋏を避け、後ろに下がる。

 紫蠍はそれを止めようと追って来ようとするが、それを横からの炎が阻んだ。


「今よ!」

「飛べ!」


 二人は全力で紫蠍の背に向かって飛ぶ。

 だが、勢いは足りずこのままでは届かない…、そこに風が吹く。


『風よ、吹け!』


 レイシスの起こした突風により、二人の体は上空へと浮かび上がる。

 高さは十分、だが紫蠍の尾は既に上空で身動きがとれないウィーゼルを、しっかりと捉えていた。


『炎よ、舞え!』


 ルイナの起こした炎が、一瞬紫蠍の動きを止める。 

 だがこれでは不十分(・・・)、二人が背に乗る前に尾は動き出すだろう。

 そんな事は、ルイナも百も承知だった。

 その為に、レイシスの起こした風は止まる事なくまだ動いているのだから。


「レイシス!」

「分かってます! 『風よ…回れ!』」


 ルイナの起こした火炎と、レイシスの起こした小さな竜巻が、紫蠍を包み込む。

 その様は、正に炎の嵐だった。


「あちいいいいいい! ウィーゼルいけ!」

「任せろ!」


 浮かび上がっていた二人がいる場所は、竜巻の目。

 熱の影響はあるが、耐えれない程ではない。

 その理由は、レイシスが風の動きを事細かに調整しているお陰であった。

 レイシスの負担は重く、長くはもたないだろうと二人は判断する。


 短期決戦しかない、そう判断したオーラスの行動は早かった。

 オーラスはウィーゼルの左腕を掴むと、紫蠍に向かって振り落とした。

 勢いの付いたウィーゼルの体は、真っ直ぐに紫蠍に向かって落ちて行く。

 その様は正に、雷の如くだった。


「刺されええええええええええ!」


 真っ直ぐに、自分の体ごと叩き込むようにウィーゼルは紫蠍の体に剣を突き刺した。

 だが…、浅い(・・)

 そしてそのすぐ後、ウィーゼルの横にオーラスが着地をした。


「駄目だウィーゼル、浅い! これじゃぁ剣先しか刺さってない!」


 焦るオーラスを見て、ウィーゼルはにやりと笑った。


「ぶっ叩けえええええええええええ!」


 一瞬止まった後、オーラスは言葉の意味を理解する。

 急ぎ剣を鞘に戻し、鞘ごと(・・・)引き抜いた。


「おっしゃああああああああ!!!!!!」


 天高く振り上げ、鞘に納めた剣を、紫蠍の背に刺さったウィーゼルの剣に向け叩き込む。

 その様は、杭を打ち込むハンマーの様だった。

 オーラスの叩き込んだ剣は、ウィーゼルの剣を…紫蠍の体に叩き込んだ。

 ウィーゼルの剣が刀身まで入り込んだ事により、紫蠍は猛烈な勢いで暴れ出した。


「うおっ!」

「うわっ」


 紫蠍の背にいた二人は、大地に思い切り投げ出される。

 二人が投げ出される事に気付き、魔法を止めていた二人は、紫蠍を警戒しながら二人の援護に入る。


「早く立って! まだ暴れてるわ!」

「これで回復は打ち止めです! 風よ、歌え!」


 レイシスの全体回復により、全員の傷が癒される。


「助かる! オーラス、後一息だ! 抑え込むぞ!」

「おう! …おう? お前、剣は…」

「…あ」


 言うまでもないが、ウィーゼルの剣は紫蠍の背に刺さったままであった。


「魔法で援護する!」

「俺一人で抑えるんじゃねぇかああああああ!」


 オーラスの絶叫を無視し、親指を立てたウィーゼルは、いい笑顔で下がっていく。

 仕方ないとオーラスは紫蠍の方に向き直った。

 そこで、四人は紫蠍の行動に気付いた。


 両手の鋏で剣を抜こうと、黒い血を振りまきながら必死にもがいていたのだ。

 その暴れ方はひどく、とても近づける状態ではない。

 四人は距離を維持したまま、様子を伺う。

 いつこちらに向かってきてもいい様に、一切の油断はなかった。


 しかし紫蠍はこちらには一切向かって来ない。

 そして剣が鋏で抜けないと分かったのか、その尾を動かしだした。

 だが、その尾は剣を抜こうとしているのか、それとも痛みで錯乱をしていたのかは分からないが、自身の背を突き刺しだしたのだ。


「お、おい。 あれってどうなるんだ?」

「毒を作り出すからといって、自身にその毒の耐性があるとは限らないけど…」


 一度、二度、三度。

 幾度となく紫蠍は自身の背を、その尾で突き刺す。

 そしてその尾が動かなくなり、体を震えさせ、止まった。


「死んだ…んですかね?」

「恐らく、そうだとは思うけど…。 僕達はこのまま距離を維持して、少し様子を見よう」

「だな」


 四人はそのまま紫蠍から距離をとり、警戒を続けた。

 しかし、その後に紫蠍が動き出す事はなかった。




「いやー、まさか紫蠍を本当に倒すとはね」


 四人は村に戻り、休みをとった後に鍛冶屋に来ていた。

 紫蠍の体は、村人が引きずって持ってきたと聞いたからだ。


「それでどうだ? 加工できればいい武器や防具になると思うんだが…」

「ふむ、なにせ硬くてな…。 加工できそうなのは先程何とかとれた、この部分を盾にするくらいか。 剣や鎧に加工するには時間がかかるぞ」

「盾か! いいね、頼めるか? ついでにこいつに剣を見繕って欲しいんだが」


 オーラスはそのまま自分用の盾への加工の話を進めている。

 三人はその場をオーラスに任せ、剣を見る事にした。


「まさか、ウィーゼルの剣が折れるとは思わなかったわ」

「僕もだよ…」


 あの後、ウィーゼルの刺した剣を紫蠍から抜こうと色々試しはしたのだが、死んだ紫蠍の肉が締まっていた為、剣を抜く事はできなくなってしまっていた。

 テコの原理を利用して抜けば良いというルイナの意見を元に、無理やり引き抜こうとした結果、剣は根本からポッキリと折れてしまったのだ。


「それにしても前線基地近くともなると、かなり剣の質がいいんだね」


 ウィーゼルは嬉しそうにいくつもの剣を手に取り、振り心地を試している。

 その姿を眺め、何が楽しいのか分からないという顔で、二人はウィーゼルを見ていた。


「うーん、これかな」


 ウィーゼルが決めた剣は、普通の兵士が使う一般的な剣の様に見える。 

 今まで使っていた剣とほぼ同じであり、そこまで変わりはないようだった。


「前のと変わらないように見えるけど…、それでいいの?」

「うん。 前のと似ている様に見えるけど、質は前のよりかなり良いからね」


 嬉しそうにウィーゼルは剣を握ったり離したりしていた。


「それに…、質は良かったけど、そこまで惹かれる剣はなかったからね」

「そうなんですか? 王都に比べたらかなり良さそうに見えたんですが」


 苦笑いを浮かべつつ、ウィーゼルは答える。


「うん、僕が我がままなだけかもね。 僕が求めている剣とは違ってね。 色々な所で色々な剣を握っては見たけど、物足りなくてね」

「物足りない…ですか」

「伝説の武器とかをご所望なのよ、勇者らしいわね」

「そこまで自分の腕が凄いとは思ってないよ。」


 実際ウィーゼルの剣の腕は上がっていた。

 本人が思っている以上にだ。

 この剣では物足りないのではなく、この剣では圧倒的に今のウィーゼルの実力に相応しくなかった。


「この剣じゃ紫蠍を切り裂くことはできない。 これじゃぁ足りないんだ。 もっと…もっと何かが必要だ。 もっと…もっともっと…」


 ウィーゼルの声は小さく、狂気染みた気配が感じられた。

 だが、二人はそれに気づくことはない。

 ウィーゼルの何かが、少しずつ変わり始めていた。


 三人は他愛も無い話を続けつつ、鍛冶屋に戻りオーラスと合流すると、宿に戻る事にした。


 宿で今後の予定を話し合った結果、二日程で紫蠍の甲殻を加工したオーラスの盾が完成するだろうという事により、それを受け取った後に前線基地へ向かう事となった。

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