第七話
予定通り、四人は出来る限り以上の戦闘をこなし、北へ向かっていた。
現在地は大陸の中央、前線基地近く。
彼らは…、全滅の危機に瀕していた。
「かってえええええええええ! 剣も魔法も通らねぇ!」
オーラスの声が周囲に響く。
「魔法も剣も通じにくいとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ…」
動きをほんの少し止めるのが精一杯な、自分の魔法が歯痒い。
それでもそのほんの少しが、皆を生き長らえさせている事は理解していた。
例え通じていなくても、ルイナは攻撃を続けるしかなかった。
彼らは前線基地近隣の村に着いた後、いつも通りに討伐依頼を探していた。
そこで集めた話によると、この近隣では倒す事ができない大型の蠍がいるらしい。
両手には大型の鋏、背には猛毒を秘めた尾、そしてその独特な紫色の体から、紫蠍と呼ばれ恐れられていた。
当然の様に依頼を受けた彼らは、情報を集め対策を練った後に眠りに着いた。
そして朝、紫蠍がいると言われる岩場に赴き発見し戦闘を開始したのだが…。
「蠍ってこんなに硬いんですか!? あっ、オーラスくんの毒の治療をしないと! 『風よ、穏やかに!』」
回復回復回復、レイシスは毒の治療、傷の回復、やる事に追われている。
決して、オーラスの動きが悪い訳ではない。
ただ、両手の鋏と尾の連携が異常なのだ。
ウィーゼルも出来る限りオーラスの負担を減らそうと、左の鋏側で戦い、引きつけている。
だが戦況は一向に良くはならない、それは当然の事であった。
四人で守備役をオーラスとレイシスとするなら、ウィーゼルとルイナは攻撃役だ。
その二人の攻撃が通らない以上、打つ手がないのだ。
「ああああああああ! 剣じゃ無理だ! 誰かハンマーでも持ってこい!!」
右の鋏と尾を盾と剣で捌きながら、オーラスが叫ぶ。
普段、冷静に敵の攻撃を受け流す彼にも、小さい傷しか付かない相手との戦闘は想定になかったのだろう。
「ハンマーなんて誰も持ってません! 誰か取ってきて下さい! 『風よ、囁け!』 あわわわ、魔力が持ちませんよぉ!」
「ハンマー…?」
ウィーゼルは考える、普通の剣撃ではうっすら傷が付くだけ、突きですら数mmしか刺さらない。
だが、勢いさえ足りていれば刺さるはずだ、それなら…。
「そうか! 三人共、一つ思いついた! 駄目なら全力で撤退をする!」
「分かったわ! 言う通りにするから早く言って! ジリ貧よ!」
ルイナは足や尾、胴体へ魔法を繰りだし、紫蠍のバランスを少しでも崩そうと必死になっている。
「僕とオーラスが奴の背中に飛び乗る、レイシスは風で僕らを押し上げてくれ! 僕達が飛んだら、ルイナは敵の動きを止めてくれ!」
「飛んだ勢いを利用して刺すのか! 確かにそれしかないな!」
「いいや、オーラスは刺さなくていい。 上に乗るだけでいいんだ!」
オーラスとルイナは訳が分からないという顔をしている、だが説明する時間はなかった。
「オーラス行くぞ! レイシス頼む!」
「お、おうよ!」
「あぁもう分かりませんけどお願いします!」
ウィーゼルとオーラスは、鋏を避け、後ろに下がる。
紫蠍はそれを止めようと追って来ようとするが、それを横からの炎が阻んだ。
「今よ!」
「飛べ!」
二人は全力で紫蠍の背に向かって飛ぶ。
だが、勢いは足りずこのままでは届かない…、そこに風が吹く。
『風よ、吹け!』
レイシスの起こした突風により、二人の体は上空へと浮かび上がる。
高さは十分、だが紫蠍の尾は既に上空で身動きがとれないウィーゼルを、しっかりと捉えていた。
『炎よ、舞え!』
ルイナの起こした炎が、一瞬紫蠍の動きを止める。
だがこれでは不十分、二人が背に乗る前に尾は動き出すだろう。
そんな事は、ルイナも百も承知だった。
その為に、レイシスの起こした風は止まる事なくまだ動いているのだから。
「レイシス!」
「分かってます! 『風よ…回れ!』」
ルイナの起こした火炎と、レイシスの起こした小さな竜巻が、紫蠍を包み込む。
その様は、正に炎の嵐だった。
「あちいいいいいい! ウィーゼルいけ!」
「任せろ!」
浮かび上がっていた二人がいる場所は、竜巻の目。
熱の影響はあるが、耐えれない程ではない。
その理由は、レイシスが風の動きを事細かに調整しているお陰であった。
レイシスの負担は重く、長くはもたないだろうと二人は判断する。
短期決戦しかない、そう判断したオーラスの行動は早かった。
オーラスはウィーゼルの左腕を掴むと、紫蠍に向かって振り落とした。
勢いの付いたウィーゼルの体は、真っ直ぐに紫蠍に向かって落ちて行く。
その様は正に、雷の如くだった。
「刺されええええええええええ!」
真っ直ぐに、自分の体ごと叩き込むようにウィーゼルは紫蠍の体に剣を突き刺した。
だが…、浅い。
そしてそのすぐ後、ウィーゼルの横にオーラスが着地をした。
「駄目だウィーゼル、浅い! これじゃぁ剣先しか刺さってない!」
焦るオーラスを見て、ウィーゼルはにやりと笑った。
「ぶっ叩けえええええええええええ!」
一瞬止まった後、オーラスは言葉の意味を理解する。
急ぎ剣を鞘に戻し、鞘ごと引き抜いた。
「おっしゃああああああああ!!!!!!」
天高く振り上げ、鞘に納めた剣を、紫蠍の背に刺さったウィーゼルの剣に向け叩き込む。
その様は、杭を打ち込むハンマーの様だった。
オーラスの叩き込んだ剣は、ウィーゼルの剣を…紫蠍の体に叩き込んだ。
ウィーゼルの剣が刀身まで入り込んだ事により、紫蠍は猛烈な勢いで暴れ出した。
「うおっ!」
「うわっ」
紫蠍の背にいた二人は、大地に思い切り投げ出される。
二人が投げ出される事に気付き、魔法を止めていた二人は、紫蠍を警戒しながら二人の援護に入る。
「早く立って! まだ暴れてるわ!」
「これで回復は打ち止めです! 風よ、歌え!」
レイシスの全体回復により、全員の傷が癒される。
「助かる! オーラス、後一息だ! 抑え込むぞ!」
「おう! …おう? お前、剣は…」
「…あ」
言うまでもないが、ウィーゼルの剣は紫蠍の背に刺さったままであった。
「魔法で援護する!」
「俺一人で抑えるんじゃねぇかああああああ!」
オーラスの絶叫を無視し、親指を立てたウィーゼルは、いい笑顔で下がっていく。
仕方ないとオーラスは紫蠍の方に向き直った。
そこで、四人は紫蠍の行動に気付いた。
両手の鋏で剣を抜こうと、黒い血を振りまきながら必死にもがいていたのだ。
その暴れ方はひどく、とても近づける状態ではない。
四人は距離を維持したまま、様子を伺う。
いつこちらに向かってきてもいい様に、一切の油断はなかった。
しかし紫蠍はこちらには一切向かって来ない。
そして剣が鋏で抜けないと分かったのか、その尾を動かしだした。
だが、その尾は剣を抜こうとしているのか、それとも痛みで錯乱をしていたのかは分からないが、自身の背を突き刺しだしたのだ。
「お、おい。 あれってどうなるんだ?」
「毒を作り出すからといって、自身にその毒の耐性があるとは限らないけど…」
一度、二度、三度。
幾度となく紫蠍は自身の背を、その尾で突き刺す。
そしてその尾が動かなくなり、体を震えさせ、止まった。
「死んだ…んですかね?」
「恐らく、そうだとは思うけど…。 僕達はこのまま距離を維持して、少し様子を見よう」
「だな」
四人はそのまま紫蠍から距離をとり、警戒を続けた。
しかし、その後に紫蠍が動き出す事はなかった。
「いやー、まさか紫蠍を本当に倒すとはね」
四人は村に戻り、休みをとった後に鍛冶屋に来ていた。
紫蠍の体は、村人が引きずって持ってきたと聞いたからだ。
「それでどうだ? 加工できればいい武器や防具になると思うんだが…」
「ふむ、なにせ硬くてな…。 加工できそうなのは先程何とかとれた、この部分を盾にするくらいか。 剣や鎧に加工するには時間がかかるぞ」
「盾か! いいね、頼めるか? ついでにこいつに剣を見繕って欲しいんだが」
オーラスはそのまま自分用の盾への加工の話を進めている。
三人はその場をオーラスに任せ、剣を見る事にした。
「まさか、ウィーゼルの剣が折れるとは思わなかったわ」
「僕もだよ…」
あの後、ウィーゼルの刺した剣を紫蠍から抜こうと色々試しはしたのだが、死んだ紫蠍の肉が締まっていた為、剣を抜く事はできなくなってしまっていた。
テコの原理を利用して抜けば良いというルイナの意見を元に、無理やり引き抜こうとした結果、剣は根本からポッキリと折れてしまったのだ。
「それにしても前線基地近くともなると、かなり剣の質がいいんだね」
ウィーゼルは嬉しそうにいくつもの剣を手に取り、振り心地を試している。
その姿を眺め、何が楽しいのか分からないという顔で、二人はウィーゼルを見ていた。
「うーん、これかな」
ウィーゼルが決めた剣は、普通の兵士が使う一般的な剣の様に見える。
今まで使っていた剣とほぼ同じであり、そこまで変わりはないようだった。
「前のと変わらないように見えるけど…、それでいいの?」
「うん。 前のと似ている様に見えるけど、質は前のよりかなり良いからね」
嬉しそうにウィーゼルは剣を握ったり離したりしていた。
「それに…、質は良かったけど、そこまで惹かれる剣はなかったからね」
「そうなんですか? 王都に比べたらかなり良さそうに見えたんですが」
苦笑いを浮かべつつ、ウィーゼルは答える。
「うん、僕が我がままなだけかもね。 僕が求めている剣とは違ってね。 色々な所で色々な剣を握っては見たけど、物足りなくてね」
「物足りない…ですか」
「伝説の武器とかをご所望なのよ、勇者らしいわね」
「そこまで自分の腕が凄いとは思ってないよ。」
実際ウィーゼルの剣の腕は上がっていた。
本人が思っている以上にだ。
この剣では物足りないのではなく、この剣では圧倒的に今のウィーゼルの実力に相応しくなかった。
「この剣じゃ紫蠍を切り裂くことはできない。 これじゃぁ足りないんだ。 もっと…もっと何かが必要だ。 もっと…もっともっと…」
ウィーゼルの声は小さく、狂気染みた気配が感じられた。
だが、二人はそれに気づくことはない。
ウィーゼルの何かが、少しずつ変わり始めていた。
三人は他愛も無い話を続けつつ、鍛冶屋に戻りオーラスと合流すると、宿に戻る事にした。
宿で今後の予定を話し合った結果、二日程で紫蠍の甲殻を加工したオーラスの盾が完成するだろうという事により、それを受け取った後に前線基地へ向かう事となった。