第六話
オーラスは洞窟側に集中をしていて気づいていない。
半分放心状態だったルイナとレイシスは、後ろの敵の足音に気付き、固まってしまっていた。
ウィーゼルは、声を出す前に動いていた。
ルイナの後方に素早く回り込み、二体のゴブリンとの間に立つ。
猛烈な勢いで近づいてくるゴブリン達、だがウィーゼルに一切の迷いはなかった。
「オーラス、そちら三体を抑えてくれ! 二人はもっと距離をとってくれ! ルイナは僕側への魔法の援護、レイシスはオーラスの回復だ!」
「任せろ!」
オーラスは後ろを振り向きもせず答える、だがその顔は少し笑っていた。
二人はウィーゼルの指示に従い、離れすぎない程度に距離をとった。
二体のゴブリンとの距離はかなり近くなっている。
だが、まだ少し距離があると判断したウィーゼルは、前には出ずそこで足を止め、魔力を溜める…放つ!
『雷よ、落ちろ!』
ウィーゼルが放った雷は、空気を切り裂き轟音を放ちながら、二体のゴブリンの少し手前に落ちた。
外した、ルイナは咄嗟にそう思い急いで魔力を溜める。
「今だ! ルイナ!」
ウィーゼルの声で気付く、彼はわざとあそこに落としたのだ。
ゴブリン達は雷により、足が止まった事により距離を詰められていない。
その意図を理解したルイナは、慌てながらも急ぎ魔法を放つ。
『炎よ、舞え!』
真っ赤に燃え上がった炎は、真っ直ぐに二体のゴブリンに突き進みぶつかった。
激しい爆音、さっきの二体を吹き飛ばした時よりも近い距離にいたウィーゼルは、その熱風に対して咄嗟に顔を守る。
それが失敗だった。
ルイナの魔法が命中したのは一体、当たらなかったもう一体が斧でウィーゼルに斬りかかっていた。
「ウィーゼル!」
ルイナの叫び声に気付き、慌てて剣で受けようとする。
間に合わない…! ウィーゼルの目前に斧が迫る。
耳元で激しい金属のぶつかり合う音。
ゴブリンの斧を受け止めたのは、両手で盾を構えるレイシスだった。
「ウィーゼルくん! 今です!」
「うおおおおおおお!」
即座に敵の横に回り込み、その勢いのままに剣を横薙ぎに振る。
斧を受け止められ、動きを止められたゴブリンはその動きに対応できない。
ウィーゼルの剣は、裂帛の気合と共に、ゴブリンの胴を一閃した。
「はぁ…はぁ…はぁ…、オーラスは!?」
息を整える暇もなく、オーラスの方を向く。
オーラスは剣と盾を匠に操り、ゴブリン二体の攻撃を捌きながら、隙を見ては斬りかかり敵を確実に削っていた。
洞窟の入り口はそこまで広くなく、三体同時に斬りかかる事ができないらしい。
オーラスの横を抜けようとするも、オーラスは匠に自分の体を動かし、時には敵の攻撃をずらし、通る事を許さない。
こちらの二体がやられた事に気付いたのか、三体のゴブリンに動揺の色が見える。
攻めが単調になり荒くなっていく。
オーラスはそこを見逃しはしなかった。
無理に距離を詰めようと振った剣を受け止め、そのまま前に出ようとするもう一体の方に弾き飛ばした。
二体のゴブリンはぶつかり合いながら、後ろに倒れる。
そのオーラスの隙を狙おうと、三体目のゴブリンが上段から振りかぶりオーラスに斬りかかった。
だが、その攻撃もオーラスは右手の剣で冷静に逸らし、そのままゴブリンの喉に突き立てた。
ごぽり、と口から血を吐きだし、ゴブリンはそのまま崩れ落ちる。
「ふー、これで残り二体か」
喉元に突き刺した剣を抜き放ち、立ち上がった二体のゴブリンに正対する。
『風よ、囁け』
暖かな風が吹き、オーラスの体を淡い緑色の光が包む、レイシスの単体回復呪文だ。
「お、助かるぜ!」
頬から流れていた血が止まり、傷が癒される。
オーラスは敵から目線を外さぬまま、満面の笑みでレイシスに答えた。
そこから先は、消化試合だった。
オーラスは油断せずに二体の攻撃を捌き、洞窟の外に連れ出す。
ウィーゼルは回り込み、一体ずつ的確に仕留めた。
ルイナは隙あらばと、いつでも魔法を撃てる様に構え。
レイシスも同じく、いつでも回復が出来る様に備えた。
全ての敵を倒し、四人は安堵した。
「洞窟の中を一応覗いたが、本当に小さい洞窟らしくて、中にはもう何もいないみたいだぜ」
「なら、これで一息つけそうね…うっ」
「ルイナ?」
急にしゃがみこんだルイナの顔を覗き込むと、顔面蒼白だった。
「初の戦闘だったからね、大丈夫かい?」
「ごめんなさい、こんなひどい臭いがすると思わなくて…」
そう言い指差した先には、ゴブリンだった物が転がっていた。
生きた肉の焼ける臭い、処理された食用の物とは違い、ひどく嫌な臭いがする。
「僕も最初そうだったよ…。 雷の魔法でね、倒した相手から焼けた嫌な臭いがして耐えれなかった」
「そうだな…。 血の臭いと肉の焼ける臭い、よくわからねぇ臭いまでしてて、俺らはしこたま吐いたもんな…。 レイシスは大丈夫か?」
さっきから黙っているレイシスの方を見ると、ルイナ程ひどくはないとはいえ、やはり青い顔をしていた。
「大丈夫です、教会では死体処理をする事もありましたので…」
強がってはいたが、初の戦闘のプレッシャー、ひどい臭い、レイシスも限界なのはすぐに見てとれた。
ここを早く離れようと、ウィーゼルとオーラスの二人は遺体を集め、穴を掘り埋めた。
普段であればそんな事はしないのだが、レイシスの頼みだった。
四人は村に戻り休む事が最善と判断し、警戒しつつも足早に森を抜け出した。
道中、それぞれ思う所があるのか、ほとんど会話はなかった。
宿に戻り装備を外し、四人は一息ついていた。
「あれが戦闘、殺すって事ね…知ってはいたけど、分かってはいなかったわ」
「そう…ですね、無我夢中で敵の攻撃を受け止めましたが、まだ手が痺れてる気がします」
「そう、そこが気になっていたんだ。 助かりはしたけど何故レイシスがあそこにいたんだい? オーラスを一人にした事は危険だったと思う」
「えっと…」
レイシスは決まりが悪そうな顔をし、オーラスを見る。
「俺が行けって言ったんだ」
「何でそんな事を…。 オーラスがやられていたら僕達は瓦解していたんだよ? 普通に考えてありえないだろ」
ウィーゼルの語気が荒くなる。
「でもレイシスがいなかったらやられてただろーが。 ってことは俺の判断は正しかったって事じゃないか?」
「確かにそうかもしれないが、それでオーラスがやられてしまったら…」
ドンッと、オーラスが強く自分の胸を叩いた。
「ウィーゼル、俺はやられない。 あそこで耐えるのが俺の仕事だったからだ、お前がそう頼んだからな」
「なら僕は、レイシスにオーラスの回復を頼んだ!」
「そうだな。 でもゴブリン三体なら俺は耐えれた。 それを普段のお前は知ってる。 冷静さが少し欠けていたんだろう」
「む…」
オーラスは自信満々に笑顔を見せる、こんな顔をされたらウィーゼルもこれ以上責める事はできなかった。
「まぁ、確かにそうだね…僕の指示が悪かったんだ」
怒っていたと思ったら今度は落ち込んでいる、ウィーゼルはこういう所が面倒である。
「でも、後ろから敵が来た時に、ウィーゼルくんがすぐに指示を出してくれたから生き残れたんですよ」
「恥ずかしい話だけど、私とレイシスは固まっていたからね…」
「ばっか、確かに反省点は多いのかもしんねーが、今日の俺達は良くやった! これからまだまだ強くなるって!」
オーラスの言葉には何か響く物がある、本当に強くなれる様な気がするのだ。
「それにな、俺もあの時本当はあせったんだよ。 離れるわけにもいかねーし、でも後ろも気になるってな」
「そうなんですか? オーラスくんはずっしり構えていたように見えましたが…」
照れくさそうに鼻の頭をかきながら、オーラスは答える。
「そりゃウィーゼルの声を聞いたからだ。 ウィーゼルは俺にこっち側を抑えろと言った、そしてその後の指示も良かった。 だから俺は安心して戦えたんだ。 お前らが来るのは分かってたからな! ……でも少し心配だったからレイシスを向かわせたんだけどな」
小声でオーラスが最後に言った事を、ウィーゼルは見逃さなかった。
「なんだよ、もおおおおおおおおお! やっぱり僕が悪いんじゃないか! そうだよ! レイシスがいなかったらやられてました!」
三人は笑いながらウィーゼルを慰める、ウィーゼルだってふざけて言っているだけで、みんなを責める気なんてまるでなかった。
「でも、魔族の中では弱い方であるゴブリン相手でもあんなに厳しい戦いになるのね…。 もっと……強くなりたい」
「はい…わたしもルイナと同じで、もっと強くなりたいと思いました」
「あぁ、強くなろうぜ。 課題があるって事はまだまだ俺達強くなれるって事だ!」
三者三様に、強くなりたいと言う。
ウィーゼルはその言葉を聞き、拳を握りしめながら、それ以上に強くなりたいと思っていた。
自分が巻き込んでしまったと今でも思っている、その悔恨に胸が焼かれる様な思いがある。
「強く…強くなろう」
ウィーゼルは窓から空を見る。
空に小さく輝く星に手を伸ばし、握る。
強くなる事を、星に誓った…。