第四話
時間は昼過ぎ、四人は王都を少し離れた街道を進んでいた。
あの後、王に出立する事を告げてから行くべきだとウィーゼルは言ったが、三人はそんな義理はないと一蹴し、旅の支度が済んだら孤児院に挨拶をして、そのまま王都を後にしたのだ。
孤児院では院長は、国の援助を受けれる事よりも旅に出る四人の心配をしてくれた。
子供達はウィーゼルが神託を受けた勇者である事を聞き、嬉しそうに笑っていた。
「四人共、辛くなったら逃げて帰ってきなさい。 生きる場所はここでなくてはいけない理由はありません、何より大事なのは生きているという事ですからね」
幼少の頃から自分達の面倒を見てくれた、院長の真摯な言葉に四人は感謝し、深く心に刻み付け、旅立った。
周りを見渡し、そろそろ良いかとルイナは皆に止まる様に言った。
「まず、私達は今後の方針を決めるわ」
「わたし達の方針は魔王討伐ですよね?」
「ちげぇよ、魔王を倒すのはついでだ、王様をぶっとばすんだろ」
オーラスの脳筋っぷりにルイナは呆れ、残り二人は苦笑いだ。
「でも本当に、旅立つ事を伝えて出なくて良かったんだろうか」
「放っておけよ。 どうせ見張りの奴が勝手に伝えてるから、もう伝わってるさ」
見張り? 一体何の事だ。
「なんだ、気づいてなかったのか? ウィーゼルが帰ってきた後からずっといたぞ。 恐らくちゃんと旅に出るか見張ってたんだろうな」
待ったく気づいていなかった三人はオーラスの言葉に驚く。
「当然と言えば当然ですよね…でも、それに気付いていたなんて流石オーラスくんです!」
「こいつが気付いて私が気付かなかったなんて…」
レイシスは素直にオーラスを称え、ルイナは小声で悪態をついていた。
「とりあえずゴミクズ国王の事は置いといて、話を戻すぞ」
「そうですね。 魔王城に向かう以上は北に向かうということは間違いないですよね?」
ルイナは頷く。
「他二国へ行き、情報や道具を集める事もできるけど、情報を集めるにしても道具を集めるにしても、最も適した所がある」
「最も適した所…アインツ王国じゃねぇよな?」
「アインツ王国で集めれる物や、情報は大体集めてあるわ。 私達が向かうべきその場所では、最も多くの情報が集まり、最も多くの武器や道具が流通している」
最も多く人が集まり、武器や道具の流通が激しい。
そしてアインツ王国ではないとすると、その場所は一つしかなかった。
「大陸中央の前線基地…ですか?」
前線基地、今この大陸で一番人が死んでいる場所。
当然それに伴い、人員の補充、武器の補充、道具の補充、人の出入りが激しい事は想像に難しくなかった。
人の出入りが激しいという事は、それだけ情報が集まる場所であり、ウィーゼル達が求める魔王側の情報に関しても、最新の情報があるだろう。
「つまり俺達は街道を真っ直ぐ北へ向かい、前線基地に行くわけだ」
「そうなるわね」
三人はそれに首肯し、方針は定まった様に思えた。
だがそれに一人首を振らない者がいた、ウィーゼルだ。
「それじゃ駄目だ、真っ直ぐ北へ向かう事はできない」
「あん? 何か問題でもあるのか?」
ウィーゼルは少し言い辛そうにした後に答えた。
「僕達は弱い」
三人の動きが止まる。
だが目を背ける事のできない事実だ。
ウィーゼルとオーラスは、たまに王城から出る討伐任務などに行き、金稼ぎをした経験や、兵士になった孤児院の上の世代から、剣などの基本的な扱いを教わった経験がある。
貧民は兵士になるしかない、その悲しい考えから覚えた技術がこんな風に役に立つ日が来るとは思ってもいなかった。
そしてルイナとレイシスに至っては、直接の戦闘経験は皆無。
確かに討伐任務に来ていた人達と比べても、二人の魔力は強い事は分かるが、実戦で想像していた通りの動きが出来るかは別だ。
「確かにな…じゃあ、どうするよ? どっかの村にでも寄って依頼でも探すか?」
「いや、それだけじゃ駄目だ。 僕達の目的はなんだい? 魔王討伐だ。 そんな生半可な鍛え方をしていても生き残れない」
「つまり、出来るだけ戦いながら前線基地を目指す。 そういうことね?」
ウィーゼルは頷く。
普通は戦闘を避け、出来るだけ安全に旅を行うのが世の常だ。
だが彼らは違う、辿り着いたら終わりなのではない、辿り着くのは当たり前で、辿り着いてからが本番なのだ。
「って事はだ。 どう戦うかなどの連携も考えないといけないな」
「あぁ、あらゆる事を試し、経験を積み、知識を得て、鍛えないといけない」
「生き残るために…ですね」
全員の意見は一致した。
その結果、まずはここから最も近いバイアス村を目指す事にした。
そこでまずは近隣の魔族と戦い、実戦を学ぶ。
そして北を目指しつつ、出来るだけ戦闘を行いながら進む運びになった。
「バイアス村の辺りは、俺とウィーゼルも何度も行っている。 あそこの辺りには良くゴブリンが出るからな。 最初の経験を積むのにはもってこいだ」
「そうだね。 まずは僕達がどれだけ戦えるのか、そして自分の役割、立ち位置などの確認をしっかり行いながら、徐々に北へ向かおう」
二人の話を聞きながら、ルイナは無表情、レイシスは少し緊張した面持ちになっていた。
当然その事にはウィーゼル達も気づいている、だがここで、帰ってもいいんだよ? なんて言葉を出す気は無かった。
彼女達もその事を理解し、覚悟をして来ているのは明確だったからだ。
「僕が守らないと…」
ウィーゼルは小声で決意を新たにしていた。
だがそれを聞き逃さなかったオーラスは、同じ様に小声で言った。
「違う、俺達が守るんだ」
軽くウィーゼルの肩を叩き、少し照れくさそうに笑うと、オーラスはそっぽを向いてしまった。
ウィーゼルは叩かれた肩に触れ、仲間達を見渡す。
そう、自分は一人じゃない、皆が一緒にいると。
そして…それでも何かあった時には、自分が皆の盾となり、逃げ切る時間だけは必ず稼いでみせると、そう考えていた。
ウィーゼルは考える、村に着くまでに考えるべき事はいくらでもある。
オーラスは一番前で周囲を警戒しながら歩いている。
ルイナとレイシスは、ウィーゼルの近くを離れすぎない様についてくる。
この間合いを戦闘中も維持する事が大事だろう。
オーラスの装備は剣に大盾、そして一般的な鎧だ。
彼は力自慢だが決して動きが遅い訳ではないため、旅の事を考えても重鎧を着込むのはデメリットになると判断した。
にも関わらず、オーラスは大盾を持っている。
これにも理由がある、皆は普通の盾でいいのではと勧めたのだが、彼は事も無げにこう言ったのだ。
「盾が大きい方が守れる範囲も広い! 何よりもだ、普通の盾は軽すぎて持ってる気がしないからな!」
その後にルイナにゴリラ扱いされ、店の中で二人が一戦交えかけたのは言うまでもない事だ。
実際、ウィーゼルとオーラスの剣の腕を比べた場合は、ウィーゼルの方が少し上だといえる。
魔法が使えない部分を考慮すると、ウィーゼルの方が火力は高い。
だが、剣と盾を持った時のオーラスは違う。
魔法を使用したとしても、ウィーゼルが勝てるかと言うと難しい所だ。
オーラスの剣と盾での、攻撃や魔法を受け流す技術はピカイチだ。
彼が攻撃を引き受け、その間にウィーゼルが敵を倒す。
これは二人のいつもの連携であった。
ただ普通の前衛役と違う所は、オーラスは剣の技術も高いため、隙あらば近い敵は一人で倒してしまう事だ。
となると、やはり一番前で戦うのはオーラスとなる。
では自分はどうかとウィーゼルは考える。
今まではオーラスと近い距離で戦い、お互いをカバーする形になっていた。
だが今はルイナとレイシスがいる。
彼女達の攻撃魔法と回復魔法による援護は、より戦いを楽にしてくれるだろう。
ならば、自分はオーラスに近く、尚且つ彼女達を守れる距離を保つ、中衛的な立ち位置で動くべきだろう。
一般的な剣に軽鎧、できるだけ一ヶ所に留まらずに戦い、隙があれば魔法を撃つ。
自分には最も適した位置だ。
では二人の立ち位置はどうなる?
ルイナの得意魔法は炎。
装備は黒いローブに魔力を増幅してくれる高そうな両手杖。
どうやら働いていた道具屋で、旅に出るのなら持っていって欲しいと譲り受けたらしい。
近接戦闘が出来る筈もなく、敵に近づかれずに戦える位置からの魔法の援護、それこそが彼女を最も活かせるだろう。
いつの間にか買っていた魔法使い用の黒の帽子には、レイシスが可愛くないと紫のリボンを着けていた。
黒髪ロングに全身黒尽くめの姿。
だがそれは、ルイナにはとても良く似合っている。
ではレイシスはどうだろうか?
レイシスの得意魔法は風。
彼女の装備は、ルイナとは対照的な白いローブに片手杖、それに小型の綺麗な装飾の入った盾を持っている。
片手杖には同じく魔力を少し増幅してくれる効果がある。
そして小型の盾は、勤めていた教会で持って行く様に渡されたらしい。
最初は盾なんて重いし使った事も無いので、と断っていたようだった。
だが回復役はパーティーの要であり、身を守る術は多い方が良いと渡された様だった。
そして重いと思っていた盾にも特殊な効果があり、どうやら筋力を少し強化してくれる様だ。
その効果を使い、ルイナと腕相撲をして、勝利を手にしていた姿をよく覚えている。
産まれて初めて腕相撲に勝ったと大喜びだった。
逆にルイナは自分が四人の中で最弱になったと、物凄く落ち込んでいた。
自分に近く、一緒に動いてもらう?
だがそれでは剣を使う自分とは間合いが近すぎないか?
魔法はいつ使えばいい? ルイナの魔法の方が強いから極力使わないべき?
魔法を撃つ時にオーラスを巻き込まない立ち位置?
回復役のレイシスは離れた後ろに?
でもそうした場合、不測の事態が起きたときに間に合わない?
なら…。
ここで、ウィーゼルは気づく。
少し前を歩いていたオーラスが、ちらちらとこちらを見て、にやにや笑っている。
そしていつの間にか自分に並んでいたルイナとレイシスまでもが、左右からにやにや笑って見ているのだ。
「一人で百面相は楽しいですかウィーゼルくん?」
「赤くなったり青くなったり黄色くなったり、面白い事してんな」
「お姉さんが相談に乗ってあげましょうか?」
代わる代わるに笑いながら声を掛けて来る。
「お姉さん? どこどこ?」
「わたしの事じゃないですかね!」
「黙れ」
…やれやれ、人の悩みも知らずにと思いつつも、気づく。
自分が笑っている事にだ。
もう彼らと共に生きる事はできず、一人死んでいくんだと決意までしていた。
そんな昨日の自分は何だったのかと。
だがそんな今までと変わらない時間は、ウィーゼルに笑顔をもたらし、生きる希望を持たせてくれていた。
空の色が、微かに茜色へなる頃、四人はバイアス村に辿り着いた。




