黒怨
黒炎が迫る中、ウィーゼルの胸に一つの疑問が浮かび上がる。
本当にいいのか?
謝って許されるのか?
自分が死ぬのはいい、だが皆を死なせていいのか?
答えは否。
ウィーゼルは立ち上がる。
そしてその身を三人の前へと晒し出した。
「おおおおおおおおおおお!!」
耐えられるわけがない圧倒的な魔力の奔流。
すぐにでもウィーゼルの体は燃え尽き、三人の仲間も灰になるだろう。
だがそれを認めることはできなかった。
「ウィーゼル…」
オーラスの言葉に力はない。
「もう、いいんです…」
レイシスは涙のまま立ち上がらない。
「あなたと一緒なら、それで…」
ルイナの諦観が胸を打つ。
認められない。
絶対に認められない。
例えこの世界の全てが敵に回ったのだとしても、自分が地獄に落ちることになっても、この三人が死ぬことだけは認められない。
「あああああああああああああああ!!!!!!!!」
耐えられない。
そう誰もが思った瞬間、ウィーゼルの腰元の短剣が光り出す。
その短剣は、ガレス将軍により託された護りの短剣。
護りの短剣はウィーゼルの意思に応え、眩い光を放つ。
「絶対に…護る!!!」
白と黒、光と闇。
相対する二つがぶつかり、弾けた。
轟音が収まった中、衝撃で失っていた視界が色を取り戻しだす。
「生きて…る?」
ルイナは辺りを確認する。
うめき声を上げるオーラスとレイシスの姿を確認する。
良かった、二人も無事だ。
そしてウィーゼルに声をかけようとし、止まった。
そこにあったのは、黒い人のような塊だった。
そしてそれは倒れ、崩れ落ちた。
「いやああああああああああああああああああ!!」
ルイナの絶叫が広間に響き渡る。
その声で意識を取り戻した二人も、慌ててウィーゼルの側に寄る。
「ウィーゼル! しっかりしろ! 俺達は全員無事だ! レイシス回復魔法を!」
だがレイシスはすでに回復魔法を使っていた。
そして泣きながら首を横に振る。
「やってるんです! だめなんです! 助けたいんです!」
錯乱しながら最後の魔力を振り絞り、レイシスは回復魔法をかけ続ける。
ルイナはただ黒い塊に縋り付き泣くことしかできない。
オーラスは立ち上がり、魔王ゼイルに剣を向けた。
「殺す」
それは純粋な殺意であった。
部屋の中をビリビリとオーラスの痛いほどの気が押し包む。
だがゼイルは身動きしない。
敵ではないと高をくくっているのだろうか。
オーラスの殺意はゼイルの態度により高まっていく。
「待て、良く見てみろ」
ゼイルの指差す先は、ウィーゼルの方であった。
オーラスはその指に釣られるようにウィーゼルを見た。
ウィーゼルの体を緑色の光が包み、目が眩むほどの輝きを放っていた。
「レイシス、お前の回復呪文か?」
「ち、違います。 これは人が扱える次元の魔法じゃありません!」
動揺する二人とは別に、ルイナは冷静に光るウィーゼルの体を確認していた。
全身が輝いているが、その光が最も強く放たれている場所がある。
その場所はウィーゼルの胸元であった。
「指輪…?」
ウィーゼルの胸元の鎖についていたのは、かつてシルベア王女にもらいし指輪。
その指輪が光の根源だった。
そしてその光が収まったとき、ウィーゼルの体は元通りの姿となっていた。
「ウィーゼル! ウィーゼル! 私よ! 返事をして!」
ルイナは慌てウィーゼルに声をかける。
ウィーゼルから僅かなうめき声が聞こえる。
生きている。
それに三人は安堵する。
「その指輪は生命の指輪だ。 一度だけ蘇生を可能とする神器だ。 王族に伝わりし物で、世界に一つしかない物だ」
「なぜそんな物をウィーゼルが…」
三人は知らなかった、ウィーゼルを心配する者はいたということを。
あの腐った城の中でも、本当に彼を案じていた人物がいたということをだ。
「うっ…」
意識を取り戻したウィーゼルが起き上がる。
ゼイルはウィーゼルに向け、語りかけた。
「遥か昔、人と魔族が争う大陸があった。 その大陸に嫌気をさし、別の新天地を目指した魔族がいた。 彼らは長い旅路の果てに、誰も住んでいない新大陸へと辿り着く」
おとぎ話の様に、しかし何かを懐かしむようにゼイルは語る。
「長く平穏な生活を魔族たちは送った。 しかしそこに逃げてきた人間が現れる」
「一体何の話をしているんですか…?」
レイシスの目を一度見ると、そのままゼイルは語り続けた。
「魔族は悩んだ。 追い出すべきだと、全員殺せばいいと。 だが、当時の魔族のトップは共存の道をとることにした。 話し合いの結果、大陸の1/4を人間の領土とした。 それが今現在のツヴァイド王国とドライア王国の辺りだ」
「人と魔族の共存…。 そんなことができるとは俺には思えないけどな」
ゼイルは深くオーラスへと頷く。
「その通りだ。 最初こそ共存を選んだ魔族のトップを神とまで崇めた彼らだったが、瞬く間に数を増やした結果、領土を増やすために戦いを仕掛けてきた」
「人が先に戦争を!? 私達はそんな話知らないわ!」
悲しくゼイルは首を振る。
「伝えなかったのだ。 当時我々はそれでも共存の道を歩もうとした。 戦闘を避け、話し合いを訴えた。 その結果が、攻め入ってきた人により作られた大陸最初の王国、アインツ王国の建立だった。 彼らはその後も侵略を続け、善戦基地を作り上げた」
「そして私たちはそれ以上の侵略を許すわけにはいかず、剣をとることになりました。 そして人と魔族の長い戦いが始まったのです」
ゼイルの言葉を続けるようにラォーグも悲しみを訴えかけていた。
「で、でもそれが本当だっていう証拠は…」
「証拠はある」
オーラスの言葉は即座に遮られた。
「我々はその資料を事細かにとってある。 だが、それを人が見ても認めはしないだろう。 古くからこんな資料を作って惑わそうとしていたと言うのが関の山だ」
ゼイルの言葉に、四人は何も言い返せなかった。
人を信じ、人に裏切られた四人だからこそ、魔族の心情を否定できなかった。
「どうにかして欲しかったわけではない。 ただ、伝えたかった。 それだけだ。 もうその勇者を縛る呪印もない。 山奥にでも身を潜め静かに暮らせ」
魔王ゼイルは全て知っていた。
ウィーゼルが仲間のために立ち上がることも、耐えてみせることも。
だからこそウィーゼルを一度殺し、呪印から解き放った。
三人は困惑をしていた。
もう南部に戻る気はなかった。
その胸には強い憎しみすらある。
だが、それ以上の憎しみを携えている人物がいた。
「魔王ゼイル。 お前は僕の…いや、俺の強い意志が混沌を終焉に導くといったな」
「確かに言った。 だがそれを押し付ける気はない。 お前に必要なのは静かに暮らすことだ」
その言葉に、ウィーゼルは嗤った。
「静かに暮らす? 俺たちは静かに暮らしていた。 それを乱したのは誰だ? 結局また同じことになるだけだ」
「…ならばどうするというのだ」
「俺は、人を滅ぼす。 この大陸から俺たち以外の人がいなくなれば、もう虐げるものはいない。 魔族が敵対するというのであれば魔族も滅ぼす。 俺の目に映るのは、鮮血と漆黒だけだ」
立ち上がり、顔を上げたウィーゼルは嗤っていた。
その両目から赤き涙を流しながら、嗤っていたのだ。
「それがお前の意志か?」
「その通りだ。 先程配下になれと言っていたな? 喜んでなってやろう」
ゼイルとラォーグは悲しげな目を一瞬した後、それを振り払った。
「良かろう。 お主の意志に従おう。 ウィーゼル、哀れな勇者よ。 お前には我が魔力を分け与える。 お前の意志のままに戦うが良い」
「…待ってくれるかしら」
その言葉を制したのはルイナだった。
「ルイナ…。 三人はもう戦わなくていい。 これは俺の戦いだ」
「いいえ違います。 もうこの戦いはわたし達の戦いですよウィーゼルくん」
オーラスはウィーゼルの肩を掴む。
「俺達はお前に着いていく、そう決めた。 それを変えるつもりはない」
「分かった」
「ウィーゼル、一つだけ条件を出させてもらうわ」
「条件?」
ルイナは頷く。
「私たちが滅ぼすのはアインツ王国だけよ。 それ以上を滅ぼすことはできない」
「できない? ふざけるな、俺は人間を全て滅ぼすと言ったはずだ」
必死に、ウィーゼルの胸元を掴みルイナは首を振った。
「お願い分かって。 それをやってしまえば、私達はあのアインツ国王と同じになってしまう。 それだけはできない。 させたくないの、お願い」
ウィーゼルはルイナの手を振り払い、断るつもりだった。
もう決めたことだと。
だが、できなかった。
彼にとって、この三人だけが最後の良心だったからかもしれない。
「他二カ国が攻めてきたらどうする」
「小競り合いを続ければいい。 どうせアインツ王国と前線基地を抑えてしまえば、連携もとれず攻め込んではこれない」
ウィーゼルはルイナの意見を了承した。
ルイナの意見を否定してしまうことは、何か大切なものを失ってしまうと思ったからだ。
「魔王ゼイル。 いや、ゼイル様。 アインツ王国を滅ぼす、それでよろしいでしょうか」
「構わない。 全てお前の意志に任せると言ったはずだ。 ではこれをお前達四人に授けよう」
ゼイルの手に黒き炎が集う。
そしてその炎が、四人の胸を打った。
「ぐっ」
そしてその炎は、四人の胸の内に消えた。
「これは…。 強い魔力を感じる」
「先程言ったであろう。 我が魔力を授けると。 ラォーグ、四人の装備を用意しろ」
「仰せのままに」
「これよりお前達四人を、魔王軍四天王とする。 黒怨、黒壁、黒闇、黒天の名を授ける。 魔王軍は黒怨の意志に従い動くことを約束しよう!」
ウィーゼルは…黒怨は嗤った。
その激しい復讐の黒き怨念を、アインツ国王に解き放つときのことを考え、低く重く…嗤った。




