第二十一話
沈黙。
ガレスの言葉に二人は固まり、室内には音が無くなった。
「ま、待ってくださいガレス!」
シルベアの声により静寂が打ち破られる。
「あなたは我が国が誇る将軍です。 その役目はまだ多く、ここであなたを失うわけにはいきません!」
「そうだよ! じいちゃんが行くなら僕が行く! 僕の腕だってじいちゃんが仕込んでくれたんだから」
しかしその言葉にガレスは首を振る。
「いいえ、よくお考えください。 全ての条件を満たしているのは、恐らく私とゲラードだけでしょう。 しかしゲラードはまだ若く、経験が浅い。 ただしその腕は確かなものです。 私の持つ技術は全て叩き込んであります」
「まだまだ未熟だって言ってたじゃないか!」
ガレスは優しくゲラードの頭に手を載せ、笑った。
「もう教えられることはない。 お前の剣や魔法は天より授かったものだろう。 もう一年もすれば、私では立ち会うことすらできない」
ガレスの真っ直ぐな目がゲラードを見る。
その覚悟を映し出す透き通った瞳に、ゲラードは無言で唇を噛みしめる。
「確かにゲラードの腕は私も知っています。 ですがあなたが行かなくても」
「シルベア様!」
ガレスの怒声に、シルベアは背中をビクリと震わせた。
彼の顔を恐る恐ると覗き込む。
幼い時に悪い事をして、ガレスの顔を覗き込んだ時のことをなぜか思い出す。
しかし、ガレスの顔は穏やかに笑っていた。
「決断なさったのでしょう。 でしたらその最初の一人に相応しいのは未来を見ている人間ではなく、過去に囚われたままの私です。 私は二人しか救えませんでした。 たった二人です。 そして多くを失いました。 私には魔族と手を取り合う未来は選べません。 ですがそんな怨念を未来に持っていってはいけないのです」
ガレスの言葉はただただ悲しみだけが満ちていた。
そんなガレスを止めることは、もう二人には出来なかった。
「ガレス…。 あなたに三代目勇者としての任を下します」
「はい、光栄でありますシルベア様。 しかし涙を流すのはこれを最後になさって下さい。 次の勇者を選出したときは、毅然とした態度でお願いいたします」
「はい…」
シルベアは濡れる頬を拭い去ることもせず、青の首飾りをガレスの首へとかけた。
ほんの少しだけ首飾りは青く光り、継承は完了した。
「じいちゃん…」
「シルベア様のことはお前に任せる。 そして忘れるな。 怨みを未来に持って行ってはいけないということをだ。 私でその怨みを止めるのだ。 できるな、ゲラード」
ゲラードは色々な思いに堪え、ただ無言で頷く。
「初代勇者ウィーゼル殿は大切なもののために戦った。 そして二代目勇者クレイル様は目的はともかく、結果としては人を救うために戦った。 私は三代目として、残りゆく者達の未来への礎となるため戦おう。 そして最後の勇者は世界を救うために戦うだろう。」
その言葉を二人はしっかりと心に刻み、受け止める。
「この先何人の勇者が選出されることになるかは分からない。 だが私は次の勇者で終わらせたいと思っている」
ガレスは真っ直ぐにゲラードを見る。
その眼は訴えかけていた。
それが誰であるかと、それを託すと。
『紅蓮の王の前に現れし勇なる者。 その強気意志だけが、この永き混沌を終焉に導くであろう』
ガレスは己に下った神託を思い出す。
その神託の光を、孫のゲラードにも見たことを。
ガレスは二人を見渡し、シルベアの前にもう一度跪く。
「三代目勇者ガレス。 これより用意を整え旅立ちます」
シルベアも毅然と構える。
「勇者ガレスよ。 あなたにこの大陸の未来を担う一端をお任せします。 その身に幸運あらんことを」
「ありがたきお言葉に感謝いたします」
ガレスは立ち上がり、ゲラードの頭をもう一度優しく撫でた。
そして、部屋を出た。
部屋に残った二人は、声を押し殺し泣く。
そしてどうか無事に帰ってきてくれることをただ祈った。
ガレスは身支度を整え、明朝に旅立つ。
家族と共にとれる最後となるであろう食事を楽しんでいた。
「訓練を怠るんじゃないぞ」
「うん」
「シルベア様のことを頼むぞ」
「うん」
伝えたいことはいくらでもあった。
だが、もうその時間は限られている。
それでも精一杯の愛情を、孫のゲラードに伝えたかった。
「じいちゃん」
「…なんだ?」
「帰ってくるよな」
ずっと耐え続けた言葉を、ゲラードは最後と知り耐えきれずに吐き出した。
だがガレスは首を振る。
「私はお前に嘘はつかない。 帰ってくることはできない。 どうしても為さなければいけないこともある」
「そっか…」
ガレスの胸が痛む。
だがそれ以上にゲラードの胸は痛いのだろう。
ガレスは、そっとゲラードを抱きしめた。
後を頼む。
そのたった一言をガレスは絞り出すことができない。
責任を押し付けてしまうかもしれない。
そんなことをしてしまっていいのだろうか。
激しい葛藤が胸の中を渦巻く。
だが、先に口を開いたのはゲラードだった。
「後は僕がやる。 だから心配しないでいい。 僕は…じいちゃんを誇りに思っている」
その眼にもう涙はなかった。
本当に強くなった。
ただそうガレスは思った。
「じいちゃん。 じいちゃんはずっと僕の勇者だったよ。 本当だ」
「…ありがとう」
二人はその後も色々な話をした。
そして、いつの間にか眠りについた。
早朝、ガレスはゲラードの枕元に剣を置き、孫の頬を起こさないように優しく撫でた。
その剣は昔ガレスが功績によって賜った、宝剣シルバーウィングと共に作られた兄弟剣。
天剣グリムカーレッジ。
宝剣シルバーウィングと同じく銀色の眩い剣。
だがシルバーウィングのように見事な装飾があるわけでもなく、戦闘に特化している無骨な剣だった。
そしてこの剣はガレスの愛用の剣であり、ゲラードの憧れの剣でもあった。
「もう今のお前なら十分使いこなせるはずだ。 私は神託と同じ光をお前に見た。 それは今でも間違いではないと思っている。 最後の勇者よ、後を頼んだ」
そしてガレスは、そっと部屋を抜け家を出る。
そのまま足早に城門へ向かった。
ゲラードに見送られることが、つらかったからだ。
言葉はもう十分に交わした。
だがそれでも名残惜しい。
しかしこれからの旅はそんな生易しいものではない。
気合を入れなおすべくガレスは、強く握った拳で自分の胸を軽く打つ。
後はやるべきことをやるだけだった。
門を抜け、ガレスは町を出る。
目指すべきは懐かしきアインツ王国。
「…見ろよ。 振り返りもしないで行っちゃうぜ」
「えぇ、ガレスらしいですね」
「あれが、僕のじいちゃんだ」
「誇らしいですね。 うちの家族はちょっとあれでしたので、正直ガレスの孫であるゲラードが羨ましかったです」
ゲラードは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
その幼馴染の姿を見て、シルベアはくすくすと笑う。
ゲラードは、偉大な祖父の背に向け剣を掲げた。
掲げし剣は天剣グリムカーレッジ。
その剣に込められし意味は、不屈の勇気。
「勇者に幸運を」
「勇者に幸運を」
二人は偉大な三代目勇者の背に、ただ幸運を祈る。
そしてガレスは行く。
この長き戦いに少しでも早く、終止符を打つために…。




