第二十話
10年の歳月により、二カ国の結束は強くなり、その国力も増していた。
だがこの10年間は小競り合いこそあったものの、魔族が攻め込んでくることはなく奇妙な緊張感を大陸は維持したままだった。
ツヴァイド王国のある一室に一人の少女がいる。
少女は部屋にて二人が来るのを待っていた。
ウェーブのかかった緑色の髪を棚引かす、麗しき妖精のような少女。
その首に青の首飾りを下げし、アインツ王国最後の王族。
シルベア第一王女であった。
シルベアはすでに60を少し超えたであろう老将のガレスと、栗色の髪が幼さを呼ぶが若く逞しい青年となったゲラードを部屋へと呼び寄せた。
部屋に入り頭を下げる二人を、シルベアはその眼でしっかりと見る。
そしてゆっくりと、しっかり伝わるように話し始めた。
「お待ちしていました。 本日はお二人にお話したいことがあり呼びました」
シルベアの前に二人は跪く。
「現在大陸は小競り合いこそあるものの、静寂を保っております。 しかしいつ魔族が気を変えて攻めてくるかは分かりません。 私はそのために、一つの決断を致しました」
首にかかりし青の首飾りをシルベアは外し、自分の前に掲げた。
「この10年間で青の首飾り、そして継承の呪印について調べました。 私は継承の呪印を使い、勇者をもう一度大陸に蘇らせます」
継承の呪印。
それについては二人も調査に協力しており、良く知っている。
その禍々しき呪印は人を勇者として縛る呪いであり、それの使用は危険であると。
「お言葉ですがシルベア様。 私はその呪印の使用については反対であります。 その呪いこそがアインツ王国を滅ぼした、そう言っても過言ではありません」
ガレスはシルベアの意見を否定した。
初代勇者ウィーゼル、二代目勇者クレイル。
その残酷な運命を知っているからこその言葉であった。
神託ではなく、人の意思で呪いをかける。
その様な行いが正しいとはガレスにはとても思えなかった。
「ガレスの言うことも最もでしょう。 ですが、私はそれも踏まえて覚悟を決めました。 魔族に怯え生きていくことは正しいでしょうか? 私はそうは思いません。 アインツ王国を、そして前線基地を取り戻すことによって、人はまた自由な生活をおくれるのではないでしょうか?」
その言葉にガレスは無言で俯く。
だがゲラードは違った。
不愉快そうな顔で、シルベアに言い放つ。
「シルベア様はそんなに魔族と争いたいのですか? 魔族は攻めてきてはいない、ならば何か理由があるはずです。 それを知り、同じ大陸に生きる生命として手を取り合う道を模索するべきではないですか?」
ゲラードの言葉にもシルベアは動じない。
「確かに、そんな道を掴めれば理想的でしょう。 ですが、今の人は魔族より遥かに戦力で劣ります。 そして人口は増加し続ける。 このままでは二カ国でその全てを支えることはできません。 まずは対等の立場になる状況を作ることこそが求められると私は思っています。 そのためには、10年前と同じように前線基地までを抑えるべきでしょう」
「そんなのはこっちの都合だ! そもそも前線基地から先への侵攻を魔族は行っていなかった。 人が攻め込んだことで動き出したんだろ!」
「ゲラード!」
ガレスの言葉に、ゲラードは苦悶の表情を浮かべる。
そして深く息を吸い、吐く。
少しだけ気持ちを落ち着かせたゲラードは、シルベアに頭を下げ直す。
「申し訳ありませんでした。 口が過ぎました」
「…いえ、構いません。 ゲラードの言うことが間違っているとは思いません。 ですが、今の状況で彼らは話し合いに応じるでしょうか? 北部には攻め込まない、だから領土をよこせ。 いつ滅ぼされてもおかしくない私達の要求が通る道理はありません」
ゲラードの言うことは間違っていないだろう、だがそれは理想を求めているだけの話であった。
そしてシルベアの言うことも間違ってはいない、彼女の意見の方が現実を見ているともいえた。
ゲラードは唇を強く噛みしめる。
勇者を仕立てあげて魔族と戦わせる。
そんな人間のどこに正義があるのかと。
魔族にも劣る所業ではないのか。
だが、シルベアはそれも踏まえて話を続けた。
「では計画を話します。 まず私たちはアインツ王国の奪還を目指します。 しかしその為には、城にいる魔王軍四天王を討ち取る必要があるでしょう。 奇襲作戦で、四天王を討ち取る。 そのための情報を勇者には調べてもらいます」
「なるほど。 知識を共有する、その点を活かした作戦となりますな」
調べる? 城を? 四天王を討ち取る?
調べた勇者はどうなる?
ゲラードは、出かけた言葉をぐっと抑え込んだ。
「その為に人選する勇者は、まずアインツ王国の土地に詳しい者。 城内に詳しい者。 一定以上の実力や経験がある者。 この条件を満たしている者を人選します」
ゲラードの拳から血が滲む。
それは、その計画は…初代勇者に行ったことと同じではないのか?
また捨て駒にするということなのか?
言葉に出せぬ思いが、彼の全身から滲み出していた。
「では、その者は生きては帰ってこれませんな。 一人で済めばよろしいですが、場合によっては何人もの犠牲が出るかもしれません」
ガレスの言葉に、初めてシルベアの目に悲しみが浮かぶ。
だがそれは一瞬のことだった。
毅然とした態度を取り戻し、シルベアは二人に言う。
「その通りです。 これは初代勇者と同じように勇者を捨て駒とする行為に近いでしょう」
その言葉にゲラードは限界だった。
「ふざけるな! 罪もない人間を神託で惑わして、追い込み死地に送り込む! それでは魔族より人間の方がよっぽど悪魔じゃないか!」
怒りが抑えられない、間違っていなくても許せない。
その感情を爆発させた。
それでも、ゲラードの憤りにシルベアは動じず静かに答えた。
「その通りです。 ですが、私は全ての事情を話し行ってもらうつもりです。 そしてその責は全て私が負います。 首を差し出せと言われれば差し出しましょう。 その身を差し出せと言われれば、娼婦にだって成り下がりましょう。 ただしそれは全ての事を為した後です。 私の目的は人類の平和です。 その為にこの身を捧げる覚悟はできています」
シルベアの態度にゲラードは身じろぐ。
彼女の目が、心が、全身が訴えていたからだ。
世界を救いたい、と。
その高貴なる振る舞いに、ゲラードは何も言葉が出ない。
シルベアは全てを覚悟し、全ての責任を負うつもりであり、そして決断をしたのだ。
その決断を少し悲しく思う。
なぜ自分にも相談してくれなかったのかと。
その重荷を背負わせてくれなかったのかと。
ゲラードは、ただそれが悲しかった。
悲しそうに、だがそれでも決断をした少女と。
その少女を悲しみ、それでもと何かを掴もうとする少年。
ガレスは二人を見て思う。
この二人が入ればきっと大丈夫だと、笑みを浮かべた。
「では人選はガレスに任せます。 ですが最終的な決断は私が行います。 分かりましたか?」
「はい、かしこまりましたシルベア様。 うってつけの人物がおります。 いつお連れいたしましょうか?」
ガレスの言葉にシルベアは驚く。
すでに人選が出来ていると、その様に都合のいい人物がいるものだろうか?
何より断られる可能性もある。
もしかしたら説得だけで何人もの人間を見ないといけないかもしれない。
ならば、少しでも早く会った方がいいだろう。
「お任せします。 今すぐお連れしても構いません」
立ち上がったガレスは、シルベアに恭しく頭を下げる。
「かしこまりました。 では今すぐにいたしましょう。 今求められているのは、何よりも速さでありますからね」
「はい。 それではいつ頃になりますか? 一時間後か二時間後くらいでしょうか。 時間を空けておきます」
シルベアの言葉にガレスは笑いながら答える。
「ふふふ。 いえいえ、今すぐですよシルベア様。 アインツ王国の土地に詳しい者。 城内に詳しい者。 一定以上の実力や経験がある者。 その全てを兼ね添えており、覚悟もしている。 うってつけの人材です」
ガレスの言葉にシルベアは困惑を隠せない。
一体彼は何が言いたいのだろうかと。
しかし、それは次のガレスの言葉で分かった。
「それは私です。 私が三代目勇者とし、アインツ城を取り戻すために命を捧げましょう」
笑いながら答えるガレスを見て、二人は言葉を失った。




