第十八話
クレイルの直突きが黒怨を捉え穿つ。
その必殺の突きが、黒怨の左肩を貫いた。
クレイルは全力を込めた突きを放ったことにより、動きが止まる。
いや、それだけでなくとも動きは止まっていただろう。
一度も避けられたことはなかった、受けられたことすらなかった。
その必殺の突きが、狙いを外れたのだ。
クレイルは気づいていなかった、自分が今まで相手にしていたのは格下ばかりで、同格の者を相手にしたことがなかったこと。
焦りにより、必殺の間合いは僅か半歩ほど遠かったことに。
左肩を貫いた宝剣シルバーウィングで一瞬黒怨の動きが止まる。
だが動きが止まったのはお互い同じ。
むしろ精神的なショックにより、クレイルの方が動き出すのが僅かに遅れた。
その隙を逃さず、黒怨は自分の左肩を貫き、伸びきっているクレイルの右腕を斬り落とした。
「が!? がああああああああああああ!?」
クレイルの絶叫が辺りに鳴り響く。
彼は錯乱状態にあった。
突きが外れた。
右腕を斬り落とされた。
魔族に負ける?
クレイルが冷静さを少しでも取り戻したのは、何よりもそのプライドの高さからだった。
「魔族如きがああああああああああ! お前たち何をしている! 私を守り、こいつを討ち取れ! 簡単に楽になれると思うなよ魔族が! 易々とは殺さんぞ!」
静寂。
クレイルの言葉に動く者はいない。
「何をしている! さっさと私を守れと言っているのだ!」
後ろを振り返ったクレイルは驚愕する。
後方にいたのは、三人の魔族。
全身黒鎧で兜に牛の角の様な装飾を模した、巨漢の壁のような魔族、魔王軍四天王黒壁。
黒のフード付きマントで顔も見えない、小さく怪しげな魔族、魔王軍四天王黒闇。
そして兜で顔の口元以外を覆い隠しており、体には黒いローブを纏った魔族、魔王軍四天王黒天。
そして、その三人の足元にはクレイルが選びし九人が倒れ、地を赤く染めていた。
「な? は?」
クレイルは冷静な思考を失っていた。
確かに黒怨に集中していたことは認めよう。
だが、その間に後ろの九名が全員討ち取られていることなぞ想定外だった。
黒怨は言葉もなく、クレイルに近づいてくる。
逃げなければ殺される。
クレイルはここで初めて、自分が追いつめられていることに気付いた。
『風よ』
クレイルが己に呪文をかけて脱出しようとした瞬間、目の前に黒い塊が飛び込んでくる。
それは黒怨のつま先であった。
正確に、その一撃はクレイルの喉を潰した。
「ごぁっ」
呪文の詠唱を止められ、クレイルの魔力が霧散する。
人の扱う魔法は魔族の魔法とは違い、詠唱により魔力に指向性を与えイメージ通りに放たれる。
詠唱できず指向性を与えられない魔力は、その形を為す事ができずに霧散するだけだった。
「が…ごほっ」
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
クレイルの思考はこの場を何としても離脱することだけに集中していた。
ここで死ぬわけがない、自分は英雄だ。
魔法が使えない、剣も相手に抑えられた。
右腕の出血はひどい、長くはもたない。
すぐさまに襲いかかって来ると判断していたが、四天王は動かない。
つまり、自分を殺す気がないのだ。
王族であるからこそ、生け捕りにして利用しようと考えているのだ。
クレイルはここに一筋の光明を見出した。
確かに身体能力は落ちている、魔法も使えない。
だが自分を殺すことができないのなら、逃げ切れる可能性はある。
何より捕まったとしても、自分を殺すことはない。
クレイルが見渡すと、魔族たちは油断をしている。
満身創痍で魔法も使えない自分が逃げると思っていないのだろう。
そして、後方の三人は固まっており、前線基地方面への道は開けていた。
クレイルは残った左腕で隠していた発光結晶を取り出し、地面に叩きつけた。
結晶が割れることにより、その場を強烈な光が包みこむ。
これで視界を封じた。
クレイルは全力で前線基地へ向け、駆けだす。
四天王の包囲を抜けたクレイルは一瞬後ろを振り返り気づく。
いや、気づいてしまった。
彼らは視界を封じられてなどいない、自分が逃げるのを待っていたのだ。
その証拠、に四人は逃げるクレイルを見て嗤っていた。
だが最早クレイルに出来ることは逃げることのみ。
少しでも速く、彼らの気が変わらないうちに距離をとるしかない。
だがクレイルの願いは届かない。
後方の黒怨から強烈な魔力を感じる。
そしてそれがクレイルに解き放たれる。
「あ…」
『黒雷よ、堕ちろ』
黒き雷は天より怒りに満ち堕ちてくる。
対象はクレイル。
逃げるすべのないクレイルは、ただその怒りを受け止めるしかなかった。
黒き雷により撃たれたクレイルはまだ生きていた。
だが、何もしないでも死ぬであろう。
その全身は炭化して黒くなっており、無事な部分も重度の火傷を負っていた。
肉の焼けた嫌な臭いがする。
だが、それが自分の臭いだとクレイルにはすでに理解できない。
そんなクレイルの眼前に、黒怨が立つ。
クレイルの眼に涙が浮かぶ。
死にたくない。
ただそれだけの、純粋な気持ちであった。
「た…、助けてくれ…」
そのクレイルの言葉に、黒怨は剣を抜いて答える。
助ける気はない。
むしろ苦しまずに殺してやるだけでも慈悲がある。
その眼はそう言っていたような気がした。
黒怨の振り下ろした慈悲ある一撃により、クレイルの首が斬り落とされる。
そしてその身から青き流星が天高く飛び上がった。
その流星はアインツ王国方面に向け、落ちていくのが分かった。
もう用はないと、四人はその場を後にする。
その場に残ったのは焼けた肉と、苦悶の表情で涙を流すクレイルの首だけであった。
その後の展開は早かった。
戦力を温存していた魔族が全勢力を持って前線基地を襲う。
率いるは魔王軍No.2ラォーグ。
クレイルのために戦力を失っていたとはいえ、前線基地はその猛攻に必死に耐える。
だがそこに現れたのは、新たな援軍を率いた魔王軍四天王。
人類の要でもある前線基地は、そこに陥落した。
そしてラォーグは前線基地で部隊を整え直す。
四天王はすぐに動ける魔族を率いて、そのままアインツ王国へ南下した。
アインツ国王は青き首飾りにより、クレイルの死を知る。
そしてその身に宿すは、復讐の炎だった。
ただちにアインツ国王は三カ国全てに、召集を呼びかける。
ツヴァイド王国に駐留させていた、第一王子ホークにも帰投するよう命じていた。
しかし、アインツ王国側は魔族がすでにアインツ王国へ向け南下しているとは予想していなかった。
いや、前線基地が落とされたことすら気づいていなかったのだ。
アインツ王国側が魔族が迫っていることに気付いたのは、魔族の軍勢が視界に入るようになってからであった。
「国王陛下! 魔族の軍勢が城に迫っております!」
「馬鹿な! 前線基地が落ちたというのか!? 伝令は何をしていたのだ!」
国王は焦る。
同盟国へ召集を呼びかけたとはいえ、集まるまではまだ数日はかかる。
にも関わらず、魔族の軍勢はすでに喉元まで迫ってきているのだ。
「…恐れながら陛下。 魔族の軍勢を考えましても、このままでは城が持つ可能性は低いと思われます。 せめて王族の方々だけでもホーク様のいらっしゃるツヴァイド王国へ逃げのびてください」
ガレス将軍の進言に、アインツ国王は激昂した。
「黙れ! 我がアインツ王国が魔族如きに滅ぼされる訳がない! それとも腰ぬけたかガレスよ!」
「いえ、私もすぐに軍を率いて迎撃に向かいます。 ですが陛下、どうかこの場は逃げ落ちてください」
「黙らんか!! もう良い! ガレスよ、貴様から将軍職を剥奪する!! そんなに逃げたいのであれば、シルベアを連れてお前はツヴァイド王国に行くがよい、腰抜けが!」
「陛下! どうか冷静になって下さい!」
「良いか、これは命令だ! さっさと我が視界から失せろ!」
「…仰せのままに」
クレイルの死、前線の陥落、迫る魔族の軍勢。
完全にアインツ国王は冷静さを失っていた。
だが、これは全て魔王の予定通りであった。
魔王が南部に魔族を何度も送り込んでいたことには理由があった。
それは、人間側の情報伝達ルートを探ることであった。
それが明らかになっていた以上、後はそれを潰すだけであった。
前線基地を攻めると同時に、南部に潜ませていた魔族は一斉に動き出した。
そして、人間側の伝令を潰した。
これにより情報の伝達が無くなったアインツ王国側は、前線基地の陥落を知ることもできず、魔族の軍勢が迫っていることも知ることができなかったのだ。
完全に後手に回ったアインツ王国は、なすすべなく壊滅の一途を辿ることとなった。




