第十七話
明朝、前線基地は総攻撃のため全員が集まっていた。
前方には魔王軍前線部隊。
決戦のときであった。
クレイルは馬を駆り、全員に激を飛ばす。
「いいか、難しいことは言わぬ。 私の率いる部隊が前線を抜けさえすればいい。 そうすれば敵はこちらを追おうとする。 それを追撃し、阻めばいいだけだ」
クレイルはまるで容易いことのように言葉を紡ぐ。
だがそれが簡単なことではないのは、この前線基地で長く戦い続けてきた者達には分かっていた。
全滅することはないだろう。
だが多数の被害が出ることは分かりきっていた。
「では陣を敷く! 円錐陣を敷け!」
クレイルの声に全員が動き出す。
三角形の突撃に優れた陣形、円錐陣が敷かれる。
対する魔王軍の陣形は方陣。
正方形のオーソドックスな陣形であった。
円錐陣の中央にクレイルは入り込み、指示を続ける。
あくまで突破することが目的であるクレイルは、最も厚みのある中央に位置し、敵陣形が崩れたら突破する計画である。
その陣形を見れば狙いは一目瞭然であるにも関わらず、魔王軍に動きはない。
やれるものならやってみろとでも思っているのだろうか?
この敵の侮りを、クレイルは好機と見た。
「全軍、突撃! こじ開けろ!!」
「おおおおおおおおお!」
銅鑼の音が戦場に響き渡る。
前線部隊を総動員しての突撃、その姿は圧巻というしかなかった。
正面からその突撃を受け止めた魔王軍に槍の先端のような陣形が食い込んで行く。
いける。
クレイルはそう確信した。
こちらの全軍での突撃を侮っていたであろう魔王軍は、今にも二つに引き裂かれそうになっている。
その隙を逃さず、クレイルは自分含める十名で前に躍り出た。
「敵の防御は薄い! このまま突破する!」
クレイルと選出された九名はこの国でも有数の実力を誇っている。
その突撃により、魔王軍はなすすべなく二つに引き裂かれた。
敵陣を突破したクレイルは後ろを一度見る。
脆すぎる。
まるで突破をさせられたのではないかと錯覚すらするほどに、魔王軍に手応えはなかった。
後ろでは、クレイルたちの突破のために力を尽くした兵士たちが魔王軍により呑みこまれていく。
だが、クレイルはそれきり後ろを見ることはなかった。
クレイルは余計な思考を全て捨てる。
突破した。
彼に必要なのはその事実だけだった。
彼の脳裏にあるのは、このまま魔王城へ突撃すること。
英雄たる自分のために兵士が命を投げ出すのは当然のことである。
これにより世界が救われるのであれば、必要な犠牲だと。
結果こそが全てであり、そのための犠牲なぞ些細なこととしか考えていなかった。
彼の思考は、自分が英雄足らんとするための行動である。
だが、結果世界が救われるのであれば、やはり彼の行動は間違いではない。
味方を犠牲としてでも成し遂げる。
彼のその姿は、英雄に相応しい姿であった。
「クレイル様! やりましたな!」
九名の者たちは戦場を突破したことにより、昂揚していた。
だがクレイルは昂揚していない。
当たり前のことだからだ。
突破して当たり前、犠牲になるのは当たり前、自分が英雄になるための当然の犠牲。
後ろから聞こえる絶叫は彼の耳にはすでに届いていなかった。
「余計なことは気にしないでいい。 このまま進むぞ!」
突破する十名。
目指すべきは魔王城。
まだ数日の道のりがあるとはいえ、クレイルはすでに勝利を確信していた。
前線を抜けて数時間。
途中小休止を挟みながらも、クレイルたちは襲撃もなく進んでいた。
クレイルは自分の予想が当たっていたと判断する。
魔王軍は前線に戦力を集めていて、自陣内にはほぼ戦力はないのだと。
彼は事が自分の思う通りに進むことに、笑みを浮かべる。
まるで神が味方をしているかの如く、全ては己の手中にあるようだ。
ここが敵の領土でなければ、声に出して高笑いをしていただろうと思うほどに、クレイルは嬉々としていた。
だがそこに、彼らの行く道を阻むように漆黒の鎧を全身に装備した魔族が現れる。
全身に鎧があるため顔も見えはしないが、ここに人間がいるはずはない。
つまり魔族であると断定することは当然のことだった。
「ほう? 我が道を一人で阻もうとするか魔族よ。 だが今私は気分が良い。 今すぐ立ち去るのなら見逃してやろう」
黒鎧の魔族は答えない。
だが返礼替わりと言わんばかりに、その剣を抜いた。
漆黒の鎧に相応しき漆黒の剣。
「王族である私の言葉を無視するか。 愚劣なる魔族よ、相手になってやろう」
無言の魔族にクレイルは苛立つ。
下等な魔族如きが、この英雄である自分に舐めた態度をする。
「…気に食わんな」
「ええ。 たった一体で私たちの相手をしようなぞ、勘違い甚だしいですな」
自分の考えを理解していない者たちにクレイルはより苛立った。
「お前たちは下がっていろ。 私が一人で相手にする」
馬から降りたクレイルは、宝剣シルバーウィングを颯爽と抜き黒鎧に構える。
「我が名は英雄クレイル! 名を名乗れ下劣な魔族よ!」
どうせ返答もないだろうとクレイルは判断していたが、黒鎧は低い声で答えた。
「…魔王軍四天王、黒怨」
その声は怨嗟に満ちており、まるで地獄から届いたかのようなドス黒い響きがあった。
クレイルは一瞬たじろぐ。
そして憤る。
自分を一瞬とはいえ怯ませたことへの怒りでだ。
「四天王? 聞いたことがないな。 まぁ良い、どちらにしろお前は殺す。 だが安心しろ。 すぐに魔王も同じ場所に送ってやる」
もう言葉は必要ないと、二人は剣を構える。
クレイルの構えは、胸元に引き寄せた剣を地面に平行に相手へ突きつける。
突きに特化した構えであった。
それに対し黒怨の構えは、剣先を相手の喉元に向けて構える。
基本的な中段の構えだった。
そして二人の戦いが始まった。
『風よ、翼となれ』
クレイルの補助呪文により、その身は風を受けた翼のような速さを手に入れる。
だが黒怨はそれにも動じず、剣をクレイルに向けたままであった。
その態度がなぜかクレイルを苛立たせる。
「ふん。 死ね魔族が」
クレイルはその速度を活かし、相手の横に回り込もうとする。
黒怨の左側面を取ったと思った瞬間、黒怨の姿が消えていた。
「なっ!?」
微かにカチャリと、鎧の重なる音が左から聞こえる。
慌て、クレイルは自分の左側面に剣を振る。
黒怨はその剣を冷静に捌くと、後方に下がり距離をとった。
クレイルは剣を構え直し、冷静に判断をする。
敵は自分と同等、もしくはそれ以上の速さ。
そして卓越した剣の腕。
継承した知識の中に該当する魔族は一名。
恐らくこれが剣鬼ラォーグだろうと判断する。
「なるほど。 剣鬼ラォーグか。 魔王軍No.2をここで打ち取れるとなれば魔王討伐はより容易なものになるだろう」
黒怨は答えない。
だがそんなことはもうどうでもいいのだろう。
クレイルは黒怨に集中する。
その目が怪しく光る。
相手の実力を推し量るためだ。
…所詮、敵ではない。
クレイルはそう判断し黒怨に斬りかかった。
二人の剣の技術は均衡している。
銀閃と黒閃がぶつかりあい、火花を散らす。
一合…二合…三合。
幾度となく切り結ぶ。
いや僅かに黒怨の方が速さで勝っているせいか、クレイルの体に小さな傷が増えていく。
それはクレイルを苛立たせた。
自分より強い者はいないという絶対の自信。
下等な魔族に傷をつけられるという屈辱。
王族であり才能にも恵まれたクレイルは、自分の思い通りにいかなかったことなどなく、その怒りを抑える術を知らない。
「調子にのるなよ魔族如きが! この私に傷をつけるなど、万死に値すると知れ!」
激昂したクレイルは黒怨に烈火の如く襲い掛かる。
右に左、下に上。
あらゆる方向から剣撃を繰り返す。
その全てを捌ききることはできず、黒怨の鎧に傷が増えていく。
勢いに押され始めたのか、僅かずつに後退をする黒怨。
そしてついに、黒怨はクレイルと一度距離をとろうと一足飛びに後ろに下がる。
それこそがクレイルの狙いだった。
怒りと焦りに包まれていながらも、その好機をクレイルは逃さなかった。
この間合いこそは、自分の必殺の間合い。
宝剣シルバーウィングが弾丸の如く、黒怨の胸に目掛けて撃ち放たれる。
クレイルの必殺の直突きは、矢が放たれたが如く勢いで黒怨を捉え、貫いた。




