第十六話
クレイル率いる一同は前線基地へ向かう。
クレイルは万全の準備をして出立をしていた。
同行するは、王国騎士団から四名。
さらに宮廷魔法師を二名。
王国教会の司祭を三名。
そして勇者クレイルを含める、総勢十名。
いずれもその実力に疑いが無い者が集められた。
クレイルは魔王討伐に求めたものは、何よりも速さであった。
初代勇者たちが前線を抜け、魔王城へ真っ直ぐ抜けたことは継承した知識で分かっていた。
つまり、魔王軍は前線に全ての戦力。
もしくはほとんどの戦力を集中していると判断したためだった。
そのために最速かつ、最大の戦力を人選したのがこの九名だった。
クレイルは荘厳な馬車の中で一人佇んでいた。
そこに、外からの慌ただしい声が聞こえる。
「エメラルドゴーレムだ! 全員隊列を整えろ!」
エメラルドゴーレム、その名の通り緑色を全身に模した美しくも禍々しいゴーレムだ。
その動きは遅いものの、硬度や魔法耐性だけなら紫蠍にも劣らない魔物だった。
クレイルはその声に、馬車から降り立つ。
その立ち居振る舞いは王族に相応しく、優麗なるものであった。
「全員下がれ。 私が相手をしよう」
「しかし、クレイル様といえど御一人では…」
「余興だ。 下がっていろ」
クレイルは鞘から美しい装飾のなされた銀色の剣を抜く。
宝剣シルバーウィング。
装備している者の魔法耐性を上げ、自身への魔法補助の効力を上げる。
武人としても大陸一と言われているクレイルがシルバーウィングを持つことにより、その実力は最大限に発揮される。
クレイルは体を半身に構える。
そして宝剣を胸元にもってくると、地面に平行に敵に向けて突きつけた。
その姿はレイピアの構えによく似ており、突きを放つことを予告しているかのような構えであった。
「来い。 遊んでやろう木偶よ」
クレイルの言葉に反応したのか、エメラルドゴーレムが動き出す。
他の者が全員下がったこともあり、一番近くにいたクレイルへと他へは目もくれずに突進してくる。
『風よ、翼となれ』
クレイルの呪文はシルバーウィングの効果も上乗せされ、その体は羽の如き軽さを得る。
だが所詮は突きと侮ったのか、己の防御力への絶対の自信か。
エメラルドゴーレムは怯むことなくクレイルへの距離を詰める。
後5歩…4歩…3歩。
クレイルは冷静に相手との距離を測っていた。
そして射程圏内に入ったゴーレムが拳を振り上げようとしたとき、クレイルは音もなく猛烈な勢いで懐へと飛び込む。
懐へと入り、踏み込み、突く。
ただそれだけであった。
だがその突きは、その場を砲弾が通り抜けたかのようにゴーレムの腹部を穿っていた。
「え、エメラルドゴーレムを一撃で…」
エメラルドゴーレムの急所は腹部にある。
それすらも計算に入れた突きだったのであろう。
エメラルドゴーレムはそのまま轟音をたて、崩れ落ちた。
その速さはあのラォーグをも超え、先代勇者にも匹敵するほどの速さであった。
周囲は驚き、そしてこの方ならば当然だとクレイルを見る。
だがクレイルはそんなことは当然であると言わんばかりに、踵を返し馬車へと戻った。
「出せ。 余興は終わりだ」
「はっ!」
クレイルと共に来た者達は確信する。
この方こそが真の勇者であると。
そして同行を許された自分達も、またこの英雄の一端を担う選ばれし人間なのだと。
些細な障害など物ともせずに一同は進む。
前線基地へと向かって、阻むものは打ち倒すのみと。
いくつかの村で休息を挟み、数日後。
クレイル率いる一同は前線基地へと辿り着いた。
「基地司令のところへ行く。 着いてこい」
馬車を降りたクレイルは、颯爽と基地の中を進んでいく。
王族であるため検閲などもなく、彼を阻める者はいなかった。
前線基地総司令であるギールの元にクレイル第二王子が来られたと報告が来て間もなく、クレイルは総司令官室へと着いていた。
ノックもなく堂々と中に入ってくる彼に対し、その非礼を苦言できる者はなく、ギールだけが苦虫を潰したような顔をした。
「これはクレイル第二王子。 この様な辺境の地へとどの様なご用件でしょうか?」
「つまらん世辞はいい。 明朝全軍での総攻撃を行う」
ギールは絶句した。
確かに現状は悪くない。
初代勇者の功績により魔王軍には現在ラォーグがいない、こちら側が優勢だとさえ言えた。
だが総攻撃? 無理がある。
人類の未来を担っている前線基地の総攻撃などという蛮行は、最大限のリスクを考え動くべき立場にいるギールにとって容認できるものではなかった。
「申し訳ありませんクレイル様。 それは容認できません。 我々に何より求められていることは攻撃ではなく、ここを守り切ることであります」
そんなギールの言葉を、クレイルは鼻で笑った。
「つまり命令に従えぬということか?」
その言葉に生粋の武人であるギールはあせった。
その身は王国に忠誠を捧げた身である。
これまでも一切の二心なくこの前線基地を守り抜いてきた。
ギールの肩に武人としての生きざまと、人類の未来が重くのしかかる。
…しばし悩んだ結果、ギールは答えを出す。
「従えません。 この基地は人類の要です。 その様な無茶に付き合う事はできません」
この言葉にクレイルは激昂しかける。
王族である自分の指示に正面から反発したからだ。
今すぐにギールを処罰すべきだと考えた。
だが、そこで思いとどまる。
ギールは非常に優秀だ、これまでこの基地が守り抜けたのは彼の力であることは間違いない。
自分が魔王を討伐したとして、その後に魔族を殲滅する間の期間、この男がいなくても問題はないか?
答えは否である。
ギール無しで前線基地が守り抜ける保障はないだろう。
クレイルはもう一度だけギールを説得することにした。
「ギール、此度の作戦についてお前には話しておこう」
「作戦…ですか?」
ギールは慎重に事のあらましを聞こうとしていた。
妄想の類であれば、首を縦に振る気はなかったからだ。
「魔王軍は前線にほぼ全戦力を集めていることが分かった。 つまりここを抜け、私が魔王を討伐すれば魔王軍は瓦解する」
「全戦力が…。 しかし、私のところにはその様な話は来ておりません。 魔王軍については前線におります私の方がクレイル様より詳しいと自負しております」
覚悟を決めたギールに迷いはなかった。
曖昧な情報で人類を危機に晒すことはできないからだ。
「神託だ」
「神託…ですか?」
ギールの顔は渋い。
神託などという言葉を彼は信じてはいない。
だが、その神託に選ばれし勇者がラォーグを打ち倒し、前線基地を救ったことは記憶に新しかったからだ。
今、前線基地の士気も高く優勢にことが運べているのは、全て初代勇者のお陰であった。
初代勇者は神託を信じていないと言った。
そしてそんなものに振り回されずに自分の道を歩んだ。
ギールはそう思っている。
だが、それすらも神託のうちだったのではと今では思わされる。
しかし、彼は世界を救うことはできなかった。
クレイル王子が二代目勇者を名乗っていることがその事実を表している。
そして、彼はすでに決断を為していた。
「申し訳ありません。 私は神託に従うことはいたしません。 その様な曖昧な情報での総攻撃は司令官としても、承諾しかねます」
クレイルの顔には怒りが全面に出ていた。
だがそれでもギールはその態度を翻さなかった。
ふっと、クレイルの顔が穏やかになる。
「分かった」
分かった、と。
その言葉にギールは安心する。
今はこちらが優勢なのだ、ここで無茶をする必要はない。
クレイル王子の目的が魔王討伐なのだとすれば、時間はかかるかもしれないがここから前線を押し返し目的を達成して頂くこともできる。
ギールがそう説明しようとしたとき、彼の思考は深い闇へと落ちていった。
小さい風切り音と銀閃、そしてゴトリと鈍い音が地面を打つ。
「お前はもう用済みだ。 お前たち、副指令を呼び出せ」
「はっ」
司令室はギールの血で赤く染まる。
その血をまるで汚らわしいと言わんばかりに、クレイルは血を避けて総司令の席へと移動した。
しばらく経ち、副指令が現れる。
そして驚愕した。
「失礼いたします。 …!?」
そこにあったのは総司令ギールの首無き体、そしてすでに物言わぬ首と、真っ赤に染まった部屋、そして総司令の席に座るクレイルだった。
絶句し、言葉を失っている副司令にクレイルは命令を下す。
「明朝、総攻撃を行う。 前線を切り開け。 後は私が魔王城へ赴き、魔王の首をとる。 ああ、ちなみに拒否をしても構わぬぞ? ゴミが一つ増えるだけだ」
不愉快そうにギールの体を見る。
そして愉快そうにクレイルは笑った。
その狂気染みた笑みに、副司令はただ頷くことしかできなかった…。




