第十五話
アインツ王国へ青き流星が降り注ぐ。
それはアインツ国王の手元へと辿り着き、光を止めた。
国王は手元に戻った青き首飾りを見て、高らかに笑った。
周囲の者は何事かと王を見るが、王はただ笑うのみ。
その意味を知る大臣だけが、声を出さずに顔を歪にゆがめ笑っていた。
王はその場の者たちに命令をした。
「全員下がれ。 大臣よ、クレイルをこの場に呼び出せ」
皆は意味も分からず、王の指示に従い王の間を後にする。
大臣は早急にクレイル王子をその場に呼び出すよう、手配をした。
そしてその場に集いしは、アインツ国王、大臣、呼び出されたクレイル王子の三人となった。
「父上。 如何様で私を呼ばれましたか」
クレイルの声を受け、ゆがんだ笑みをその顔に残したまま、王は答えた。
「クレイルよ、次の勇者は汝だ。 真なる英雄よ。 魔王を討伐するが良い」
「と、申されますということは、呪印は手元に戻られたということでしょうか? しかし、当初の予定では何人かを捨て駒にし、情報を集めてからという話でしたが」
王はさもありなんと、嬉しそうに笑う。
「そうだな。 まずは継承の呪印について説明しておこう。 この呪印は装着した者が死亡したら王族の手に戻る。 そして王族はその者の最後を見ることができる」
「つまり、最初の愚民が死んだということですか。 そして一人目にして必要な情報を全て集めたと?」
クレイルの問いに、王は頷く。
「その通りだ。 捨て駒だと思っていたが、ただの捨て駒ではなかった。 優秀な捨て駒であった。 やつは魔王へと至り、そして魔王に殺されている」
その言葉に、クレイルは自分の出番が来たことを知り、その顔を邪悪に歪めた。
「くっくっく。 つまり、お膳立ては整ったと。 後は私が魔王を倒せば、全ての名誉はこの手に収まると、そういうことですな?」
「お前の出番がきたのだ。 真の勇者にし最強の英雄クレイルよ。 今世界はお前を中心に回りだしたと言っても過言ではない」
だがここでクレイルの頭には一抹の不安が浮かぶ。
「前は詳しくお聞きできませんでしたが、継承とはどの程度の継承がなされるのでしょうか?」
クレイルの疑問は当然である。
王はクレイルの問いに頷くと、継承についての細かな説明を始めた。
「まず継承の呪印で継承される事柄だが、知識のみである。 記憶や経験が継承されるわけではない。 理由についてだが、記憶や経験を継承した場合は、その人格に影響をもたらすからだ」
なるほどと、クレイルはその内容を頭の中で反芻する。
記憶や経験まで継承され、第二第三の勇者を作ることは、確かにどんどんと強くなるだろう。
だがそれは勇者という単一の化け物を作ることであり、それはクレイルの望みとは大きくかけ離れる。
あくまでクレイルは、自分自身として英雄となりたいのだ。
同存在となるような、愚かな呪法ならば受け入れる気はなかった。
「そして知識であるが、あくまで知識だ。 戦闘に関していえば、その魔族の弱点や攻撃方法などは分かる。 大まかなところしか分からないということだ」
「なるほど。 ではその他についてはどの程度が継承されるのでしょうか」
「後は魔王までの道筋だな。 このルートで魔王へ辿り着いた、ということは分かる。 だがどうしてその道順を選んだかなどは分からない」
利には適っている。
だがそのルートが今は相手に塞がれいる可能性もあるのではないだろうか?
…いや、大した問題ではない。
あの程度の者が辿り着けたのだから、多少の違いがあっても自分ならばもっと容易に辿り着くことができるだろう。
クレイルはそう判断した。
「分かりました。 では私は出立の準備を整えます。 継承はいつごろ行いますか?」
「ふむ。 それについてはお前に任せよう。 だが情報が多いほうが、準備も整えやすいだろう」
継承はいつでも良い、それが王の言葉だった。
だがクレイルは既に決めていた。
「では父上。 今継承をして頂けますか?」
「ぬ、今すぐにか?」
「ええ。 今すぐにお願い致します。 情報は多い方が良い。 なにより、私は英雄として早く凱旋したいのです」
クレイルの顔には自分への絶対の自信が伺えた。
その目に映るのは魔王討伐ではなく、未来の英雄としての自分の姿だった。
「…よかろう。 お前に任せると言ったからな。 では今すぐ継承を行う。 こちらに来るが良いクレイルよ」
「はっ。 仰せのままに」
クレイルは王へと近づく、そして王は青の首飾りに微かな魔力を流し、クレイルの首へとかけた。
その瞬間、クレイルの頭の中には多数の情報が流れ込む。
魔王へと至る様々な知識が暴風のように流れ込み、水を吸う綿の様に己の中へ取り込まれた。
それで継承の義は完了した。
何事の問題も起きず、知識はクレイルへと入り込んだ。
「なるほど。 これが継承の呪印ですか。 くっくっく…、なるほど。 これなら魔王討伐は容易な物ですな」
「ふふふ。 そうか、では準備を整えるが良い。 大臣よ。 あの貧民などとは違う。 盛大に勇者誕生の宴と、出立の式典を執り行う。 そのつもりで早急に準備を進めるのだ」
「仰せのままに」
クレイルと大臣は王の間を後にする。
残る王は英雄となりし己の息子を想像する。
その絶対的な力に権力、あらゆる民からの名誉を携えた息子を手元に置く自分を想像する。
王は下卑た笑みを浮かべ笑った。
クレイルの勇者としての式典は華やかに行われた。
ウィーゼルの時とは違い、国を挙げ行われたその式典により第二王子クレイルが勇者であると世に知らしめた。
出立の際も同じであった。
世界の全てが自分を祝福しているように感じるほどに、クレイルは昂揚した。
次ここに戻るときは、自分こそが真の英雄としての凱旋だと。
皆が祝福する中、クレイルの姿を複雑な顔で見ている者は二人だけであった。
それはシルベア王女と、ガレス将軍だった。
「これではまるでウィーゼル殿が死んだことなどは、どうでも良かったと言わんばかりですな…」
その顔は暗い。
クレイル王子の腕は知っている。
魔王を討伐せし者として十二分足る実力を持っている。
だがそれでも老将の顔は浮かない。
なぜあの勇者足らんとする勇気ある若者のときにも、この様にしてやれなかったのか。
その思いがガレスの心にずっと纏わりついていた。
「お兄様は祝われ旅立つのに、なぜ勇者様はそうじゃなかったの?」
シルベアのその無垢な答えに、ガレスはより心を重くした。
「私に王の采配は分かりません。 ですが、私もウィーゼル殿を勇者として送り出してあげて欲しかった。 心の底からそう思っております」
「でも、そうはならなかったんだよね? 勇者様もお兄様も同じ勇者なのに何が違うの?」
産まれが違った、現在の立場が違った、知名度が違った。
答えはいくらでもあった。
だが王女の純粋な気持ちを納得させられるだけの答えは、ガレスには無かった。
「何かが、そう何かが違ったのです。 そしてそれはおかしいことです。 王は何かを隠している気がいたします」
「お父様が? 私には分からないよ。 でも勇者様にはもう会えないの? お兄様にももう会えなくなるの?」
王女の問いかけは、老いた将軍の胸を締め付けるばかりであった。
「…祈りましょう。 無事に帰ってくださることを。 その旅路に祝福あらんことを」
王女と老将は祈りを捧げる。
その旅に祝福あらんことを。
恐らくこの国で勇者に対する、唯一無二の純粋な祈りであった。
アインツ王国をクレイルは出立した。
逃げるように旅立った初代勇者。
対照的に、国の全てに祝福をされながら旅立つ二代目勇者。
その旅路に祝福あらんことを。
国民たちの歓声そして王女と老将の祈りは、クレイルの姿が見えなくなるまで続いた。




