第十三話
薄暗い魔王城の廊下を、四人は緊張の面持ちで進む。
不思議なことに、誰にも会うことはない。
そのことを先導するラォーグに聞くと、どうやら魔王とラォーグ、後は自分達に食事を出してくれていた数人のメイド以外は、今は城の中にいないらしい。
不用心だとも思ったが、魔王は約束を守るつもりらしく、そのために全員を城外へと出したとのことだった。
ウィーゼルは薄暗い廊下を歩くことで、嫌な思い出が反芻していた。
王城に行き、自分が捨て駒だと知ってしまったときのことをだ。
この先に進めば、またあの様な思いをするのではと、重い足取りになっていた。
「着きました」
ラォーグの言葉に前を見ると、そこにはとても大きな赤い扉があった。
「こちらが魔王の間となります。 魔王様は中でお待ちになっております」
ついにここまで辿り着いた。
ウィーゼルは暗い気持ちを振り払い、三人に声をかける。
「行こう。 これが最後だ」
三人は頷く。
四人はこれが最後であると信じ、ラォーグの開いた扉の中へと進んだ。
部屋の中は明るくもなく薄暗くもない、いくつもの淡い光が室内を照らしていた。
そんな中でも、くっきりとその存在が分かる。
いや、例え暗闇だったとしてもその姿は、はっきりと分かるのだろう。
それ程の存在感が、玉座に座る人物にはあった。
「魔王様、四人をお連れしました」
「…」
魔王はラォーグの言葉に無言で答える。
ラォーグは恭しく魔王に一礼をすると、魔王の横へと立った。
全身を包む紅蓮の鎧、背には闇よりも深い漆黒のマント、兜から覗く全てを見透かすような目。
人類を滅亡へと追い込む魔族の象徴、魔王ゼイルとの初めての対面だった。
「…よく来たな、哀れな勇者よ」
その言葉一つ一つに衝撃があるかのように、四人はたじろぐ。
その空気に呑みこまれないようにすることで必死だった。
「…単刀直入に聞く。 僕達を自分の前まで通した理由はなんだ」
ウィーゼルの言葉は、少し震えていた。
その圧倒的な威圧感に抵抗しようと言葉を吐き出すので精一杯だった。
それでも目を逸らすことはできない、目を逸らせばもう向き合えない気がする。
ゼイルを倒すことこそが、自分達の目的だったからだ。
「ふむ…。 神託だ」
「神託…だと」
神託、その言葉にウィーゼルの言葉は怒りに包まれる。
それはウィーゼルにとって最も忌むべき言葉の一つであった。
「神託? 神託か…くくっ…ははははははははは!」
「…何故笑っている、哀れな勇者よ」
「何故? 何故だと!? 神託という言葉を僕は信じていない! 神託という言葉は、ただの呪いだ!!」
だが、ゼイルはその返答に静寂で返す。
そしてゼイルは、ゆっくりと一つ一つ言葉を紡いだ。
『紅蓮の王の前に現れし勇なる者。 その強気意志だけが、この永き混沌を終焉に導くであろう』
ゼイルの声は、四人の体にまるで水を吸う綿のように、その体に染み込んでいった。
「混沌の終焉…? 戦乱が終わるということ?」
「その通りだ。 私はそこの哀れな勇者のことを指していると思っている」
「僕は神託は信じない!」
そんなものを認めるわけにはいかなかった。
その言葉に騙された結果が今の自分だからだ。
神託などという妄想をウィーゼルは絶対に認めることはできない。
「なるほど。 神託ですか…。 それならわたし達がここに呼ばれたことも納得です」
ウィーゼルの気持ちを知っているにも関わらず、レイシスは神託を肯定した。
ウィーゼルはレイシスのそんな言葉に愕然とする。
君までも神託なんてものを信じるのかと、その目は言っていた。
「レイシス! 僕は神託なんて…」
だがレイシスはウィーゼルに微笑みかけると、ゼイルの方へ向き直った。
レイシスは真っ直ぐにゼイルを見る。
そしてはっきりと答えた。
「つまり、わたし達があなたをここで倒すことにより、この長き戦争は終わりを告げるということです。 ウィーゼルくんはそれを成す勇者です。 わたし達にとって、神託なんてものはそれで十分です」
レイシスは神託を肯定した。
それは、ウィーゼルを勇者だと心の底から信じているからこその言葉だった。
「…私の見解は違う。 だからこそ、ここまで汝たちを連れてこさせた」
「ならてめぇの目的はなんだ! さっさと言え! どっちにしろ俺達はお前を倒す! それだけだ!」
だがそんなオーラスの言葉に、ゼイルは少しだけ顎を動かす程度だった。
そしてその口から出た言葉は、人と魔族の長い争いが続くこの世界では、想像もつかない言葉だった。
「我が軍門に下れ、哀れな勇者よ。 そうすれば、私は汝の意志を尊重しよう」
「なっ…」
これには四人も開いた口が塞がらなかった。
そして、なぜあの時ラォーグが戦いをやめたかが分かった。
ウィーゼル達を試していたのだ。
その為に戦いをやめ、ここへ案内したのだろう。
「ふざけるな!」
ウィーゼルは憤る。
「魔族に下れというのか! そして僕達に人を滅ぼせとでも!? 僕は確かに人に絶望している。 だがそれでも全てを否定したわけではない!」
ウィーゼルの、そして三人の胸の内には自分たちの帰るべき場所が、孤児院が支えとなっている。
家族を守るため、それだけが四人の戦う理由であり、それ以上は必要なかった。
「俺達はお前を倒す。 その為にここまで来た。 魔族に下る気なんてねぇ! 確かに俺達は貧民として、常に虐げられて生きてきた。 でもそれは魔族に下る理由にはならねぇ!」
オーラスが全員の前に立ち、剣と紫蠍の盾を構える。
「私達の旅はここで終わる。 そして未来を生きる。 誰一人かけることなく!」
ルイナの魔力が高まっていく。
「ここまで来たんです…。 道中の村でも、厄介者扱いしかされなくて、辛くて。 魔物を討伐しても、もっと早く倒してくれればと謂れのない罪をなすりつけられて…。 それでも、わたし達はここまで来たんです!」
レイシスの手に力が込められる。
「もう何かに振り回されるのはごめんだ! 僕は…僕達は! 僕達の意志でお前と戦う! 話は終わりだ!」
そしてウィーゼルは、高らかに抜き放った魔剣グランディアスをゼイルへと向けた。
ゼイルは、深く息をつく。
「やはり戦わねば分からぬか。 良かろう相手になろう、哀れな勇者よ」
立ちあがったゼイルの手が中空を掴む。
その手には剣の握りの様なものが、何もない空間から現れていた。
そこから現れたのは、その鎧と同じく燃えるような紅蓮の大剣だった。
その大きさは、オーラスと同じほどの大きさもある。
普通なら持つこともできないだろう、だが相手は普通ではない。
「ラォーグよ。 一切の手出しは許さぬ、良いな」
「はっ、分かっております。 お達しの通りにさせて頂きます」
ラォーグはゼイルの指示通りに、巻き込まれないようにと距離をとった。
「ラォーグは戦闘に参加はしない。 約束は守ろう。 だが見届け人として残らせる、良いな」
「好きにしろ!」
話は終わった。
全員の目的は今、一つとなっていた。
戦って、決着をつけるという形にだ。
既に四人に魔王ゼイルへの恐れはなかった。
あるのは、この戦いを終わらせて未来を掴むという強い祈りだけだった。
そして、勇者ウィーゼルの最後の戦いが幕を開いたのだ。




