第十一話
ルイナが地面に倒れ、ウィーゼルが絶叫する。
今すぐルイナの所へ行きたい気持ちを抑え、ウィーゼルは歯を食いしばる。
まだ終わっていない、ルイナは死んだわけではない。
ならばやる事は一つだった。
ウィーゼルが決断し、行動する。
ほぼ同時のタイミングで、三人は飛び出した。
「レイシス! ルイナの回復を! オーラスは二人を守ってくれ! ラォーグは…僕がやる」
「ルイナ! 今助けます! 『風よ、囁け』」
オーラスは無言のまま、顔に怒りの表情を浮かべたまま二人の前に立つ。
その姿、気迫は阿修羅の様だった。
「これはこれは。 これでも心が折れませんか」
嘆息したようにラォーグが言い放つ。
そのラォーグ相手に、ウィーゼルは剣を構える。
その剣は震えていた。
恐怖にではない、怒りにだ。
「ふむ…。 少年、あなたの剣には重みがありません。 どこかで自分が死んでも他が助かればいい、そう思っているでしょう? そんな投げやりな剣では私は倒せませんよ? 本当に一人でやるつもりですか?」
「黙れ」
「む?」
ウィーゼルの体に凄まじい程の魔力が満ちているのが分かる。
大気が震え、大地が揺れているかのように感じる。
それほどの魔力の奔流が渦巻いていた。
「ふ…、ふははははははっ! いいですよ少年! そうです! 本気になったあなたが見たかった! 剣士であるあなたが、壁役である戦士と同程度の攻撃力なわけがないのです! さぁ! さぁ! 全力でやりましょう!!」
ウィーゼルの体がラォーグの視界から…消えた。
いつの間にかラォーグの横にいたウィーゼルの剣が、ラォーグに襲いかかる。
だが、その程度の攻撃を受けるラォーグではない。
容易くはなくともしっかりと受け止めていた。
だが、その額からは一筋の血が流れている。
「私と同等。 いえ、私以上の速さ! それが少年の真骨頂ですか!」
「お前を…斬る!」
目にも止まらぬ速さで斬りかかるウィーゼル、そしてそれを捌き、防ぎ、隙あらば斬りかかるラォーグ。
二人の戦いは完全に互角となっていた。
速さではウィーゼル、技量ではラォーグ。
二人の戦いは、拮抗した。
いつ終わるとも知れぬ剣撃を繰り返す。
二人の全身は傷だらけとなり、動くたびに血が吹き飛ぶ。
だが、少しずつだが…ラォーグが優勢になっていく。
互角の戦いに見えた二人の差は…、その剣だった。
「実力は互角。 ですが全力を出しきれぬ剣を使う少年と、魔剣グランディアスを携える私との差が出ましたね。 威力では私の方が上です」
「……」
グランディアスを受け止めれば、剣は数合のうちに耐えきれず折れるだろう。
そう判断したウィーゼルは、その剣を流し、避けることに集中していた。
だが、その全てを避けることはできず、その全てを受け流すことはできない。
二人が同じ剣を持ち戦えば、威力も同等だろう。
だが今や、ウィーゼルの剣はウィーゼルの技量についてこれず、全力で剣を振ればへし折れることは分かっていた。
「つまらぬ終焉となりそうですね…。 あなたにグランディアスほどの剣があれば、そう思わずにはいられません」
「……」
ウィーゼルは言葉を発さない、集中しているからではない。
先程から、ルイナの極炎を受け止め、流したラォーグの剣をずっと思い返していた。
そして、一つの答えにいたっていた。
「ふむ。 無反応ですか。 もう話す余裕もありませんか?」
ウィーゼルは答えない。
ちらりと、後ろのルイナを一瞥する。
レイシスが必死に治療を施している姿が見える。
ということは、ルイナはまだ助かるかもしれないということだ。
そして二人の前にはオーラスが立ちはだかっている。
ウィーゼルには一切の憂いはなかった。
「ラォーグ…」
「おや? やっと反応しましたか。 諦めがつきましたかな?」
「僕は今から、お前を斬る」
「ほう…」
ウィーゼルはラォーグを斬るといった。
それは今までのような、かすり傷をお互いつけあうことではない。
致命傷を与える、その自信があるということだった。
無言のまま、ラォーグは剣を構え直す。
ウィーゼルの言葉が冗談ではないことは分かっている。
何かしらの手段を講じるつもりなのだろう。
ラォーグに、一切の油断はなかった。
ウィーゼルはラォーグと距離をとったまま、剣を突き立てるように空へと掲げた。
『雷よ…』
魔法? ラォーグに疑問が宿る。
今までも何度も魔法は撃ってきた。
だがその全ては躱され、切り払われた。
では、何か策があるのだろう。
ラォーグはいつでも対応が出来るように、集中する。
だが、その後のウィーゼルの行動は、ラォーグの予想を遥かに超えていた。
『宿れ!』
天より飛来した雷は、天高く掲げたウィーゼルの剣に一筋の閃光となり落ちる。
「なっ…」
さすがのラォーグも言葉を失った。
自らの剣に雷を落とし、自爆したのだ。
「うおおおおおおおおお!」
その雷は、剣を通りウィーゼルの体をズタズタに傷つけている。
だが、少しだけ妙だとラォーグは気づく。
そう、雷が剣に留まり始めているのだ。
「まさか! 無理です少年やめなさい!」
ラォーグの予想は当たっていた。
ウィーゼルは己の剣に雷を纏わせようとしていたのだ。
だが、そんなことはできない。
雷を纏わせ留めるなどというのは、恐ろしいほどの精密さを求められるし、何より制御できるわけがない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「やめなさい少年! あなたも剣も耐えきれません!」
だがラォーグの言葉虚しく、ウィーゼルはその行動を辞めようとはしない。
確かにそのまま流せば、自分の体が傷つくだろう。
剣にぶつければ、耐えきれず剣は破裂するだろう。
だが、剣で雷を受け流し、制御することができれば…!
ウィーゼルは、オーラスを見た。
レイシスを見た。
そして…ルイナを見た。
勝ちたい。
今、ウィーゼルは心の底からそう思った。
「いうことを聞けえええええええええええ!!」
ウィーゼルの叫びに応えるかのように、剣が強烈な光を放つ。
一際眩い光が、戦場を貫く…!
そして光が収まったとき…。
ウィーゼルの剣はその身に雷を纏い、極光を携えていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
「ば、ばかな…。 剣に雷を流し続けているのですか!? 制御をミスればただごとじゃ済みませんよ! 何より制御だけでも莫大な魔力が消費され続けて…」
「その通りだ。 短期決戦でしか使えないだろう。 だが、グランディアスと僕の剣が撃ち合うのは既に限界だった。 ならば短期決戦でも同じことだ」
ラォーグは驚愕する、その才能に。
「これが…勇者」
ウィーゼルが極光の剣をラォーグに向ける。
それに呼応したかのように、赤い光を反射するグランディアス。
無言のまま、ラォーグも剣をウィーゼルに向けた。
「「はあああああああああああ!!」」
勝負は、一瞬だった。
二人の剣が交差し、光がぶつかり合う。
白と赤の光がその場に瞬き…、そして消えた。
まるで時が止まったかのように、二人は向き合ったまま動かない。
そして…、思い出したかのようにラォーグの左肩から血が噴き出る。
対してウィーゼルは…。
手に持った剣が、崩れ落ちた。
ウィーゼルの極光の剣に、耐えきれなかったのだ。
ウィーゼルは両膝をつき、座りこんだ。
届かなかった、全力を尽くした。
いや、全力以上を尽くした。
だがそれでも届かなかった。
ウィーゼルに立ち上がる力は既になかった。
「ウィーゼル! 避けろ!」
オーラスの言葉に、ぼんやりとラォーグの方を見る。
ウィーゼルの方を向いたラォーグが、グランディアスを……投げた。
まるで渡すかのように放り投げられたグランディアスを、ウィーゼルは慌てて受け取る。
「いや、参りました! 私の負けですな!」
「…え?」
「いえ。 ですから私の負けです」
「「「はあああああああああああ!?」」」
地に臥すルイナ以外の三人の声が、完全に同調する。
「いやいやいや。 え? だって僕の剣壊れましたよね? どう見ても僕の負けですよね!?」
「そうだぞ! 俺もウィーゼルを守るためにこれから食って掛かろうとしてたのに、負けってどういうことだよ! 負けたのはウィーゼルだろ!」
「そうですよ! ウィーゼルくんが負けたから今オーラスくんと、俺が斬りかかる、その間にルイナを連れて逃げるんだ キリッ とかってわたし達打ち合わせたとこなんですよ!?」
「確かに負けたけど、そこまで負け負け言わなくても…」
その様子を見たラォーグが笑う。
「いえ、剣さえ良い物であれば少年の勝ちでした。 つまり実力では私が負けているということです。 間違いなく少年の勝利です」
三人は納得いくような納得いかないような顔をしながらラォーグを見る。
「さて、それでちょっとお話があるのですがよろしいでしょうか?」
「いや、もう何がなんだか分ってないんだけど…」
「実はですね」
ラォーグはウィーゼルの話を完全にスルーし、話を続けた。
「魔王様があなた方とお会いしたいと申しております。 着いてきて頂けますかな?」
「魔王? …魔王!? だめだ、疲れで訳がわかんねぇ、罠だろこれ」
オーラスの愚痴も当然だ。
そこでウィーゼルは思い出す。
「そうだ! ルイナの傷は!?」
「うるさい」
そこには、青ざめたルイナと。
魔力を使い果たし、それ以上に青くなったレイシスがいた。
「だ、大丈夫です。 もう命に別状はありません」
「ふむ。 では話を続けてもいいですかな?」
無事なのは知っていたと言わんばかりのラォーグの態度。
ラォーグが何を考えているのかがまるで分からない。
さっきまであれ程の死闘を繰り広げたにも関わらず、普通に話しかけている。
…いや、確かに最初会ったときもこうではあったが…。
「魔王に会うという話だったはね。 行くわ」
青い顔をしたまま、黒髪の少女が答える。
「待ってくれルイナ。 状況に流されては…」
「流されてないわ。 相手が何を企んでるのかは知らないけど、これは絶好のチャンスよ。 もし相手が罠にはめようとしているなら、ちょうどいい人質もいるんだからね」
「はっはっは」
ラォーグは人質扱いされたにも関わらず、気にせず笑っている。
「まぁではこのまま参りましょうか。 今ならそちらの見張りも撒けますからな」
「見張り? まさかわたし達の事情を…」
「多少は存じ上げております。 疑われるのもあれですので、目的をはっきりと申し上げておきましょう」
四人はラォーグに注目し、息を呑む。
「魔王様はあなた方と戦うおつもりです。 あなた方の実力は、私以上となります。 つまりあなた方を倒せるのは魔王様だけです。 我々としても余計な被害は出したくないですからね」
「…つまりは、私達を魔王城に案内し、殲滅すると?」
「いいえ、そうではありません。 魔王様はこちらの被害を減らすためにあなた方と戦うおつもりです。 その交換条件として、御自分一人でお相手になさると申し上げております」
「それが罠じゃない保障は?」
真意を見極めようと、語気を強めてルイナが問い質す。
「私の命。 で、どうでしょうか?」
あっさりと、一切の動揺を見せずにラォーグは答えた。
「どうするよ、ウィーゼル。 俺はお前に任せる」
オーラスの言葉に、全員の視線がウィーゼルに集まる。
「ルイナ、傷の具合は?」
「このまますぐに戦えと言われたらきついわ」
「お部屋を御用意させて頂きます」
誰よりも早くラォーグが答えていた。
「…僕は剣が」
「おや? グランディアスでは不服でしたかな?」
「え?」
「ですから、グランディアスでは不服でしたか? でしたら、私のコレクションから一本お選び頂いても結構ですが」
ウィーゼルはラォーグの考えがまるで分からなかった。
傷は癒えてからでいい、剣はやる、魔王との一騎打ち。
こっちに都合が良すぎるのだ。
「レイシス、後でグランディアスを調べてくれるかい? 呪われてる可能性もある」
「はい、分かりましたが…その剣でいいんですか?」
「申し分ないよ、本当に使用できるんならね」
その言葉にラォーグも満足そうだ。
「では、あちらに馬車を御用意しております。 どうぞこちらへ」
いつの間にか魔王軍は撤退しており、辺りには霧がかかっている。
恐らく一連の行動を隠ぺいするためだろう。
四人はラォーグのなすがままに馬車に乗り、前線基地を後にする。
進む先は、魔王城。
漆黒にして赤い煌めきを刀身より放つグランディアスを眺め、ウィーゼルは旅の終わりを感じ始めていた。




