第十話
ラォーグは剣を抜き放った。
その剣は握り手から柄まで、全てが漆黒。
正に魔族らしい剣だった。
四人の剣を見る目に気付いたのか、嬉しそうにラォーグが語りだす。
「どうです? いえね、私こう見えて剣の収集家なんですよ! その中でもこれは一級品です! その名も魔剣グランディアス。 ほら見て下さい、光を当てると角度によって濃い赤色に刀身が変わるんですよ!」
ラォーグは嬉々として語る。
収集家というやつはどこの世界でも同じらしい、自分のコレクションを自慢したがるものだ。
ウィーゼルはその剣に目を奪われていた。
一級品であることは見れば分かる。
だがそれ以上に、ラォーグと同じ剣士であるウィーゼルを引きつける魔性の魅力が、その魔剣にはあった。
「ぼさっとしてんな! やるぞ!!」
オーラスの言葉にウィーゼルは我を取り戻す。
オーラスはいつも通り一番前に出て、ラォーグと対峙する。
「ほう。 紫蠍で作った盾ですかな? これはすごい。 私でも切り裂くことはちょっと無理ですな」
「はん! 何強がってやがる! 紫蠍で作っていようがいなかろうが、盾を切り裂かせるわけがねーだろ!!」
オーラスの戦士としての実力はこれまでの戦いで磨き上げられている。
彼の構えた盾を切り裂くことができる存在などいるわけがない、それほどまでにオーラスの技術は練磨されていた。
「では試しに…」
その瞬間、ラォーグの姿が視界から消えた。
「なっ!?」
一瞬でオーラスの目の前へと距離を詰めたラォーグは鋭く剣を横薙ぎに一閃する。
その剣速は閃光のようだった。
ガギンッと鈍い音の後、オーラスの体は吹っ飛んでいた。
吹き飛ばされたオーラスは、そのまま後衛二人の位置に転がり落ちる。
一撃で数m吹き飛ばされたのだ。
「おや? 首を跳ねたつもりだったのですが…?」
「く、くそ。 こいつウィーゼルと同じくらいはえーぞ」
「オーラスくん動かないで! 回復します! 『風よ、囁け』」
「ほ? なるほどなるほど、少年は私と同じほどの速さを持つと。 それは楽しみですな」
ウィーゼルはオーラスが吹き飛ばされた瞬間、オーラスの体をブラインドとし、ラォーグの後ろに回り込んでいた。
そして上段に構えた剣を、ラォーグの背に叩きつける!
「良い剣ですぞ少年。 タイミングもばっちりでしたな」
だがそれをラォーグはいとも容易く、受け止める。
避けたのではない、すでにこちらに振り向き、普通に受け止めたのだ。
「くっそおおおおおおおお!」
ウィーゼルは猛る。
右上からの袈裟切り、剣を握り直し横薙ぎ、そして踏込、全力でラォーグの胸を突く!
だがその三連撃すら、ラォーグはあっさりと防ぎ、流し、止めた。
ウィーゼルはそれに愕然とした。
そして、横に飛びずさり、にやりと笑う。
『炎よ、舞え!』
間髪入れずにルイナの火炎魔法が放たれ、轟音を鳴り響かせラォーグを包み込もうとする。
ウィーゼルの攻撃は手加減をしたわけではない、だがそれすらも囮としての必殺の一撃。
(この体勢ではラォーグとはいえ、避けきれない!)
ウィーゼルは倒すことはできなくとも、かなりのダメージを与えられると予測する。
そう、普通の相手であるならばそうだった。
だがラォーグはルイナの放った炎を避けるのでもなく、防ぐのでもなく、斬った。
「は…? 今、炎を剣で斬ったの?」
絶対の自信を持って魔法を放ったルイナは、何が起こったのか分からないと固まる。
「いやいや。 普通の剣ならば、それ程の威力の魔法に耐えきれないところなんですがね。 このグランディアスは先程も言いました通り、特別でしてな。 技量さえ見合えば、魔法だって切り裂けます」
ラォーグの手に握られたグランディアスが、炎を光源とし、鈍く赤色を放っていた。
「っだらあああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
そんな講釈を聞く必要はないと、回復を受け傷を癒したオーラスと、炎を避けたウィーゼルの連携攻撃が続く。
捌き防ぎ受け止め、オーラスが抑える。
そしてそのオーラスを壁とし、ウィーゼルが素早く切り込む。
ウィーゼルが切り込み、そっちに手を割かれればオーラスが切り込む。
二人の連携は、まるで濁流のようにラォーグを呑みこもうとする。
「おっとっとっと。 これはまずいですな。 せいっ!」
だがそんな濁流すらも、ラォーグは一太刀で形勢を変えてしまった。
左から右へ、赤き剣閃が煌めいたと思った瞬間、オーラスは胸を切り裂かれ吹き飛び、間一髪防いだウィーゼルもその勢いに吹き飛ばされる。
「ば、化け物過ぎるだろ」
「一撃で優位な状況がひっくり返されるなんて…」
片膝を着き呟くオーラスと、警戒は解かぬまま対峙しているウィーゼルは、その恐ろしいまでの技量に弱音を吐く。
「いえいえ、お二人の実力は大したものですよ? 私が知る限りでもここまでやれる人間は3人しかいません。 お二人と、後はクレイル王子くらいのものでしょう。 まあ私はクレイル王子は好みではないのですがね。 前に粉かけようとしたら、あっさり部下に任せて逃げてしまわれましたからね」
人類最強といわれているクレイル王子と比肩すると剣鬼に評価されたことは、嬉しくもあった。
だが今ここで死んでしまえば、そんな評価には何の意味もない。
それ程の圧倒的な絶望がある。
オーラスよりも強く、ウィーゼルよりも速い。
打つ手無しとしか言いようがなかった。
その時、ルイナの怒声があがった。
「二人とも構えなさい! レイシス! 私から離れて、二人の回復を! 二人は30秒…ううん、15秒でいい! 時間を稼いで!」
「分かりました! 『風よ、歌え!』」
回復を受けた二人は、ルイナの策も聞かずにラォーグに突っ込む。
「「おおおおおおおおおおお!!」」
「おやおや、諦められたのかと思っていたのですが…。 何か策があるようですが聞かなくて良いのですかな?」
「必要ない! 信じている!」
「俺達の絆はそんなに柔くねぇ!!」
二人に感謝の念を抱きつつ、ルイナは魔力を溜めだす。
『炎よ…』
膨大な炎がルイナの周りを包みだす。
その炎は凄まじい勢いで広がり、もはやルイナの姿は炎で見えない。
まるで彼女自身が炎になったかのように見えた。
『…集え』
そして、その莫大な量の炎が、渦を巻きながらルイナの前に一点に集束を始める。
「む、これは少々まずそうですな」
慌てた様子でウィーゼルとオーラスを捌き、ラォーグはルイナに向かい全速力で走りだそうとする。
「いかせるかよ!!」
右手の剣を捌かれたオーラスが、左手の紫色の盾を振りかざし、全力でラォーグを殴り飛ばした。
「くっ。 さすがに少し効きましたな」
「まだです! 『風よ、吹け!』」
レイシスの突風により、ラォーグの動きが止まる。
『雷よ、落ちろ!』
待っていたといわんばかりのタイミングで、動きの止まったラォーグの元にウィーゼルの雷が降り注ぐ。
「ぐうううううううう!」
一瞬、確かにそれでも止められたのは一瞬でしかなかったろう。
だが、ルイナはその瞬間を逃さなかった。
ルイナの目の前には、ルイナが集束させた炎の球体がバチバチと音を立てながら、今にも爆発しそうに浮いていた。
その顔には大量の汗が流れる、それ程までに制御が難しいのだろう。
だがルイナは強引に魔力で球体を抑えつけ…、解き放った。
『極炎よ…貫け!』
その集束された炎はすでに炎ではなく、レーザービームのようにラォーグへと一直線に光速で飛来した。
「まずい! ぐおおおおおおおおおお!」
だが、そのルイナの魔法をラォーグは…受け止めた。
ラォーグは避けられず、切り裂くこともできないと判断したのだろう。
だが、いくらラォーグと魔剣グランディアスでも到底防ぎきれるとは思えない。
「無理よ! 防げるわけがない!」
ルイナの言葉は自信であり、防げないで欲しいという祈りでもあった。
「いけ!」
「いって下さい!」
「いけええええええええええ!!」
四人の思いが、その魔法に全て託される。
「はあああああああああああああ!!」
だがその全てをかけた魔法を、ラォーグはグランディアスで防ぎ、後方へと逸らした。
「嘘…」
レイシスの言葉には悲壮感が漂っていた。
全力を出し、成功させ、ぶつけたのだ。
これ以上の攻撃なんてもう残ってはいなかった。
「まだよ!」
先程の魔法で消耗しきったルイナが叫ぶ。
「もう一発撃ちこむ! 駄目なら二発でも三発でも撃ちこむわ! 私を信じて!」
ルイナの言葉に、全員に力が戻る。
まだやれる、まだ戦える、まだ倒せると。
「ふむ。 流石に私もあれを何発も防ぐ自信はありませんな。 では、あなたからやらせて頂くとします」
「オーラス! レイシス! ルイナを守るぞ!」
「ああ!」
「はい!」
『炎よ…』
「お二人を回復します! 『風よ、歌え』」
「オーラス! 張り付くぞ!」
「分かってる!」
だが、三人の頑張りも虚しく。
『集え…!』
ラォーグは三人を打ち払い。
その漆黒の剣は…、ルイナの腹部へと突き刺さっていた。
「あ…」
小さく呻き、ルイナが地面へと倒れ込む。
「ルイナアアアアアアアアアア!!」
ウィーゼルの叫び声だけが、戦場をこだました。




