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継承の勇者  作者: 黒井へいほ
第一章 旅立ち
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第一話

 ここオーランス大陸では北部に魔族、南部に人が暮らしていた。

 南部には三つの王国があり、その三カ国で最も大きく力を持っているアインツ王国は、大陸中央に近い位置にあり、魔族の領地に最も近い場所にある。

 他二カ国のツヴォルド王国とドライア王国は、大陸の南西と南東に位置し、アインツ王国へ軍や物資を送る後衛としての役割を続け、アインツ王国は前衛として他二カ国からの援助を受けながら戦い続けていた。

 しかし、長きに渡る戦争の影響は大きかった。

 戦争で人は減り続ける一方、魔族は増えてこそいないのであろうが、減っている様子もない。

 人類は徐々に衰退の一途を辿っていた…。



 夜遅く、既に城には昼間の喧騒はない。

 人気のない城内、魔法の明かりが灯る薄暗く広い王の間からは、二人の話声がする。


「陛下、前線は徐々に押され始めております。 何かしらの対処を講じなければ…」

「対策なら既に考えてある」


 一人はアインツ王国の国王である、長い白髪を後ろに垂らし、白い髭も伴う正に王といった佇まいをしている。

 だが、その眼は夜見る野獣の眼光の様であり、鋭く鈍く光りを伴っていた。

 もう一人その場にいる大臣は、少しばかりの緊張の面持ちながら王に質問をする事にした。


「陛下、対策…とは、どの様なものでしょうか」

「神託が下った。 勇者が魔王を討伐するであろう」

「神託の勇者…ですか?」


 大臣は王の言葉の意味を掴みかねていた、自分の所にその様な報告は一切来ていないからである。

 

「良いか、神託が下ったのだ。 勇者は下賤の民の者の中から才ある者を推挙せよ」

「第二王子のクレイル様ではなくですか? 我が国で一番の武勇を誇るあの方こそが、勇者には最も相応しいと思われますが…それに神託とは一体誰が下したのでしょうか?」


 王の意見に反対する事はできない、だが大臣はその真意を掴みかねていた。

 いくら才があるとはいえ所詮下賤な者、その様な者に到底魔王を討伐できるとは思えない。

 何より神託を下した者が分からないからだ。


例の魔術(・・・・)が完成した。 その者にはあれを施し旅立ってもらう」


 大臣の顔が驚愕の表情に変わる。

 そうか、あれが完成したのかと。


「なるほど全ての合点がいきました。 その為神託が下ったのですね。 では兼ねてより進めていた人選の中から、早急に人員を選ばせて頂こうと思います」

「それで良い、神託は下った。 勇者が魔王を討伐するのだ」


 王の顔には下卑た笑みが浮かび上がっている。

 そしてその真意を理解した大臣にも、同じ様な笑みがその顔に浮かび上がっているのだった。

 夜深まる王城の中、王の決断により魔王討伐のための幕が開かれたのであった。




 町外れの鉄工所近くに、二人の少年が座り込んでいる。

 一人は黒髪に中肉中背と、特徴のない普通の少年。

 対してもう一人は短めの赤い髪、身長も高くがたいも良い少年だ。

 二人は今日の分の給金を見て、途方に暮れていた。


「貧民街の孤児院住みの俺達にはまともな仕事はねぇ。 これっぽっちの給金じゃジリ貧のままだぜ? やっぱり兵士になるべきなんじゃないか…ウィーゼルはどう思うよ?」


 ウィーゼルにも孤児院がジリ貧な事は分かっている、だからこそ途方に暮れていたのだ。


 長き戦争により国は疲弊していた。

 その影響は計り知れず、特に中心となっている王都での貧富の差はひどく、貴族達による横行は目を見張る物があった。

 貧しき者は兵となれ、そうすれば死ぬまでの短い間は苦しむ事なく生きる事ができる。

 これは貧しい者にとっては当然の認識となっていた。


「それじゃぁ駄目だよオーラス。 僕達より上の年齢の兄さん姉さん達はそれで誰も帰ってこなかった。 孤児院の年齢層はどんどん下がっていっている、僕達が死ねばそれこそ孤児院はジリ貧どころか破滅だ」

「でもよー、戦災孤児は増えるばかり! このままじゃ死なないでもいつか破滅するだけだぜ!」


 オーラスは頭を抱え込み唸っていた。

 彼の言う事は正しい、だが自分達を雇ってくれるのはこの通常の1/2程度の給金をくれる鉄工所しかない。

 他の仕事を探そうと町を歩いているだけで、貴族に目をつけられ暴行を受ける。

 仕事を探せば殴られる、ここで働いていれば状況は変わらない、兵士になれば死ぬ。

 この国では産まれで全てが決定されている、つまりどん詰まりだ。

 今、ウィーゼルに出来る事はオーラスと同じ様に頭を抱え込み唸る事だけだった。


 夕暮れ時、二人で頭を抱えていても仕方ないと帰路に着くことにした。

 帰り道に教会に寄る。


「それではお気をつけてお帰りください、あなたに祝福があらんことを…」

「お、丁度いいタイミングで俺達来たみたいだな」


 教会に来た人を見送るために外に出てきているシスターが見える。

 

「レイシスー! 迎えに来たぞー!」

「そんな大声出さなくても聞こえていると思うよ」


 ウィーゼルは耳を抑えながらしかめっ面をしていた。

 シスターは呼びかけに気付いたのか、零れんばかりの笑顔でこちらに手を振ってくる。


「二人ともー! お疲れ様! 今荷物を取ってくるから待ってて!」


 そう言うと慌てて教会に走って行った。


「なぁ、見たか? レイシスの胸またでかくなったんじゃないか?」

「そういう目で見るのは止めてやれよ、こないだも悩んでたぞ…」


 レイシスは同じ孤児院住みで、帰り道に迎えに来るのが彼らの日課だった。

 荷物を取って来たレイシスがこちらに走って来るのを見て、転ばないか心配になってしまう。

 彼女は童顔で、必要以上に周りが心配をしてしまう。

 彼女のトレードマークでもある、金髪のポニーテールが揺れるのを見ていると、何故か掴みたくなる衝動に襲われる。


「お待たせしました! わたし、教会の中で椅子に躓いちゃって時間がかかっちゃいました」

「家でも外でも周りに気を付けて動けって、いつも俺達が言ってるだろ」

「気を付けてるのに何故か当たっちゃうんですよねー。 もしかしたら私が当たってるんじゃなくて、椅子の方から当たりに来てるんじゃ!」

「止めてくれよ、そんな話を聞いたらうちの魔法使い様が嬉々として調べに来る…僕達を手足の様に扱き使ってね」


 いつも通りの日常、取りとめのない会話をしながら、茜色の空を眺めつつ三人で帰宅する。


 孤児院に着く頃には、外はほんのりと薄暗くなり始めていた。


「「「ただいまー」」」


 三人声を揃えて言う、これも日課だ。

 しかし返事がない、いつもならすぐに誰かが飛び出してくるのだが…。


 すると、食堂の方から長い黒髪を靡かせながら少女が出てきた。

 彼女はルイナ、長いストレートの黒髪がトレードマークだ。

 彼女は彼らと同じ孤児院の出でありながら、その知識の多さを買われて、魔法道具を扱う店で働いている一家の大黒柱だ。

 禁句は「ちび」「ぺちゃぱい」の二つだ。

 昔、ルイナと大喧嘩したオーラスがこの二つの単語を連発した時は、全治一か月の大怪我をした。

 レイシスが回復魔法を使えなかったら死んでいたんじゃないだろうか…。


「これはこれは小さ目のルイナ様、本日の夕飯は何ですかな?」


 本当に、このがたいのいい男は学習する事を覚えない。

 この後はいつも通り大喧嘩が始まり、その後片付けをするのは自分の仕事か。

 そう思うと、ウィーゼルは溜息を隠せなかった。


 だが出てきたルイナの顔は渋く、オーラスの軽口にも反応しない。

 いつもと少し違うルイナの面持ちは、三人を少し緊張させた。


「…ウィーゼル、お客様が来ているの、食堂に急いできて」

「僕に客? こんな時間にかい?」

「いいから」


 三人はルミナ続き、食堂の中に入る。

 そこにいたのは綺麗な身なりをした、明らかに自分達とは違う上流階級の貴族達だった。

 ウィーゼルはこの先の展開を予想しつつ、唇を噛みしめた。

 この手の輩の要求は大体想像がつく。

 労働力をよこせ、土地をよこせ、女をよこせ。

 大体この辺りだろう。

 何はともあれ、話を聞かなければどうしようもない。

 ウィーゼルは覚悟を決め、彼らに近づき話を聞くことにした。


「僕に用件ということですが、どの様なご用件でしょうか?」


 しかし、彼らのとった行動はその場の皆の予想とは大きく違った。

 彼らはウィーゼルの前に跪き、こう言ったのだ。


「陛下よりウィーゼル様をお迎えに上がる様にと、申しつけられお伺いいたしました」


 何の冗談かと、ウィーゼルは周りの家族を見る。

 だが皆、彼と同じように茫然と立ち尽くしていた。


 ウィーゼルは考える、陛下という事は自分を呼んでいるのは国王ということだ。

 そして自分の事を様と、敬称をつけて呼んでいる。


 そんな事はありえない(・・・・・)


 貴族は自分達貧民を、国の汚点だと思っている。

 自分に様を付けて呼ぶ理由もなくば、膝を曲げる理由すらない。

 だが彼らの態度は全く変わらない。

 自分を王城に案内するために来た、しかも敬意を持ってだ。

 理由は分からないが、国王陛下のお呼びを無視する事もできない。


「分かりました、そちらのご用件に従わせて頂きます」

「おい待てウィーゼル! このまま着いて行って大丈夫なのか!?」


 オーラスが心配するのも当たり前だ、だが従う以外に彼らに道はないのだ。


「大丈夫、なるべく早く戻るから。 僕の夕飯はとっておいてくれよルイナ」


 なるべく心配を掛けないようにと、彼は少しだけ引き攣った顔で皆に笑いかけ、孤児院を後にした。


 少し離れた大通りまで行くと、馬車とその御者が待っている。

 馬車に乗るようにと、扉を開き促された。

 彼らの対応は紳士的で、罪人を捕まえに来た様子ではない。


 一体自分がどうなるのかも分からないまま、ウィーゼルはなすがままに馬車に乗り、王城へと向かう事になるのであった。

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