荊の魔女 (余談)
執務室に青年の溜息が溢れた。
ふと、思い出すのだ。
あの綺麗な深紅の瞳を。
俺に声をくれた人。
あの時の俺はまだ子供で、声が出ないせいか皆に馬鹿にされ疎まれていた。
王の唯一の後継者でありながら不出来な俺を良しとはしなかったようだ。
その中でも過激派な彼らに俺は誰も近寄ることのない森に放り込まれた。
ここで路頭に迷い、あわよくば儚くなることを願ったのだろう。
そこで手を差し伸べてくれた彼女を俺は忘れはしないだろう。
お伽話に出てくるような森で彼女に出会い、俺が生まれ落ちた時に得ることの出来なかった声を与えてくれたのだ。
今思えば彼女は大丈夫なのだろうか?
何か代償を得なかっただろうか?
幼かった俺には、考えも及ばなかったことが今頭をよぎる。
だってあの時、彼女の首には荊が巻き付いたのだからーーー。
あの後、俺を探し出した護衛に連れられ城に戻ったが、俺の無事を喜ばない者達の歪む顔が見えた。
しかし、それは一瞬にして変わる。
彼女の話をした途端、皆が目の色を変えたのが分かった。
その時、俺は知ったのだ。
この話はするべきではなかったのだ、と。
父、いや王は彼女のいる森へ何度か兵を率いて向かったそうだが、森には一歩も入ることすらできず、いつの間にか元いた場所に戻っているという不思議な現象を体験したようだった。
それでも血眼になって、森へ入る道を探したそうだが遂に見つけることは出来なかったらしい。
俺は彼女が見つからなかったことに深く安堵した。
本当はあれから一度だけあの森にまで足を運んだことがあった。
父から逃げて欲しかったのもあるし、俺自身がもう一度彼女に会いたかったから。
そして謝りたかった。
もちろん、会うことは叶わなかった。
いつかまた会えるといい、あの時のお礼すら言えていないのだから。
けれど、それもきっと叶わぬのだろう。
まだ、俺が権力もない只人だったなら可能性はあったかもしれない。
しかし、俺は王となった。
この国の権力者で力ある者にーーー。
ならば、俺が王でいられる間はあの森にいる彼女を守ることにしよう。
それが俺の唯一出来る彼女への恩返しだから。
あの森に何人なりとも立ち入ることなかれ。