君がいたからーー相澤恭弥の場合
いつから好きだったかだなんて覚えてない。
そもそも、あまりにも一緒にいすぎて好きになった理由も、それがいつからなのかもわかるはずもなく。
ただ、瀞がココアを淹れてくれる横顔が、自分のためを思って説教してくれる『しょうがないなあ』っていうその表情が、馬鹿なことをやらかした麻人をプロレス技で身体に教え込んでるその嬉々としたその笑顔が。
「ああ、好きだな」
って思ったんだ。
※※※※
自分の付き人である保月瀞を説明するなら、とにかく変人。そして「恭弥様の意のままに」とか言いつつ(本当にそう言う。決して比喩ではない)自分の意志は貫く強い人だと思う。
それはもう、心身ともに。
暴漢の一人や二人くらいなら小さい頃から撃退してたし、高校にあがっても麻人を完璧に押さえ込めてたし。
なんで小さい頃からそんなことができてたのかって考えたら、自分と麻人が家庭教師や習い事してる間にどうも格闘技を教え込まれていたらしい。保月(この場合は瀞の父親であり相澤の執事の人)が「麻人様にそんなことするために格闘技を教えたんじゃない!」と叱られていたからそうなのだろう。ちなみに、めげずに馬鹿をやる麻人をしばくために彼女はおおいに活用していた。
文武両道というものは彼女のためにある。
それくらい、彼女は頭もいい。
小さい頃から色んなことを知っていて初等科の始めこそ、間違えで点数落としたりしていたのだけれどおかしいと思って麻人とともに詰めより、僕らに花を持たせようとわざと点数を下げていたことを吐かせて怒ったあとからはそういうこともなくなった。安定の主席だった。
一度だけ、高等部にあがるときに次席だったのはあれは新入生代表を逃れるためだと思う。
新入生代表の挨拶をお願いされたときに瀞を睨むと、わざとらしく「さすがは恭弥様。素晴らしい」と白々しく讃えてたから間違いないだろう。
惚れた女に負け続けるのも悔しくて、努力して学業もスポーツも努力してきた。最初の頃は、瀞が望む主人になろうと努力してきたけれどこの気持ちに名前がつくようになってからは、さらに努力した。
頑張りすぎて体調を崩したことも、それでも、瀞の前では「余裕の恭弥様」をみせつづけてきた。
瀞にとって僕は、「いい主人」だったろうか。
情けない自分を知っている僕は、その答えを出すことはできない。
でも、「主人」であるかぎり彼女の「隣」に立つことは許されない。
だから、高校の三年間だけでも彼女と一緒に過ごしたかった。そのあとは、ちゃんと相澤の家を継ぐために、瀞にとって「いい主人」になるために忘れるつもりだった。
それでも彼女が傍にいない未来は考えてなかった。
※※※※
「麻人……なんで?どうして?サマーパーティーに水戸さんが可愛くしてお前にエスコートしてもらいたいって思うわけだろ?なんでそれを必要ないっておもうわけ?」
麻人の部屋でこめかみを押さえながら、テーブルに突っ伏してる麻人に声をかけた。
「……違う。違うんだ……。サプライズでプレゼント用意したから、買いに行く必要はないって言いたかったんだ」
「お前、……バカだろ。それとなくって意味もわからないの?」
麻人が唸る。
ことの発端は、麻人の家で水戸さんと麻人と三人でお茶をしていたことからだった。夜なのでもうそろそろ帰寮してはどうかと瀞が提案したので、帰ろうと腰をあげたときだった。
「麻人くん、今週の日曜は、サマーパーティーのために莉子ちゃんと沙穂ちゃんと買い物いってくるね!楽しみにしててよ!」
「ああ?必要ねぇだろ。なにも買ってくんな」
「ええ?なんで。ちょっと良さそうなやつ見つけたんだから、楽しみにしてくれたっていいじゃない」
「なんでもなにも買ってくるな。どうせ、自分に似合わない背伸びした大人っぽいやつ買ってこようと思ってるんだろ。似合わない似合わない」
「……麻人なんて死んじゃえ!」
ざっとこんな流れだった。
確かに麻人なんて死んじゃえって思う発言だったわけだが、そんな捨て台詞を残して部屋を出ていく女の子なんて周りにいなかったから新鮮でビックリした。
そしてそのあと、回し蹴りで麻人を撃沈させた瀞にも驚いたけど。
「恭弥様、女子寮にお帰りになってないようです」
廊下で櫻井さんに連絡をとっていた瀞が戻ってきた。瀞はマンションの下まで追いかけたものの見失って女子寮の方に連絡を入れたらしい。
櫻井様と遠見様に女子寮の付近を探してくださいますようお願いしました、と瀞が続けた。
「申し訳ありません、恭弥様。ご足労おかけしますが校舎の探索お願いします。田沼さんはマンションを、そこのデリカシーのないヘタレ王子は中庭、裏庭、温室をダッシュしてきてください」
「デ……デリ……」
麻人が絶句してる。しかも、麻人には探せって言ってない、ダッシュって言ったし。反省してこいってことかな。
ってちょっと待って。
「瀞は?」
「出られてはないとおもいますが、抜け道がある以上外に出られた可能性を捨てるわけにはいけませんし」
「ちょ、待て瀞。外に出るんだったら」
「麻人様、ご説明してる暇はありません、というか、お分かりにならないほど頭がボケられた訳じゃないでしょうね。田沼さんが外に出るのもいけません、田沼さんは夜目が人よりもききませんからね。他に問題は?」
主人である僕は勿論、如月の嫡男である麻人を一人で外に出せるわけがない。し、人がいない今、確率の少ない外に人を割くわけにはいかない。
言いたいこともあるし、文句も問題もあるのだけど時間がない。言い合いしてる時間がない。
僕たちは外に出て急いで水戸さんを探しにいった。
結論から言うと、校舎内にはいなかった。
※※※※
見つけたのは麻人で、場所は温室だった。
馬鹿正直に中庭→裏庭→温室を走ったらしく……最初から温室いっとけばよかったと叫んでる。
女子寮で待っていた櫻井さんと遠見さんも駆けつけてきてそこで説教中。
が、一人連絡がつかない。
瀞に何度電話をしても繋がらないのだ。
麻人も何回か連絡してくれたのだけど出てこず、櫻井さんたちもちらちらこちらの様子を窺ってくれていた。
合流してから15分くらい経っただろうか。
スマホが震えて着信を告げる。反射的に相手をみると「保月瀞」と出ていた。
よかった、無事だった。とホッと息をついて深呼吸をする。主人の威厳としてうろたえてる自分をみせるわけにはいかない。
心を落ち着かせて通話をタッチした。
「もしもし」
『恭弥か、俺だ、父だ』
「父さん!?」
なんで、瀞のケータイに父さん?!嫌な予感しかしない嫌な予感しかしない。
『落ち着いて聞け、恭弥』
低い久しぶりに聞く父親の声。落ち着いて聞けって、そのくだりでどうやって落ち着いて聞けって言えるんだろう。
『瀞が事故にあった』
頭が真っ白になった。
父さんは命は助かったものの目は覚めてないらしく、もしかしたらこのまま寝たままになるかもしれないということ。
しかし、もう夜なのでとりあえずマンションに戻って寝ろ、明日、新しい世話がかりを寄越すということを言ってきた。
言ってきたのだけど、そんなこと頭に入ってこない。
どうしようどうしようって思って、視線をさ迷わせたら心配そうな麻人と視線があった。
どうしよう麻人。
父親に挨拶をして電話を切る。
「瀞が事故にあった」
それだけしか言うことができなかった。
どうしたらいいかもわからなかった。
当然のように傍にいると思っていた。傍に彼女がいない毎日なんて考えたこともなかった。
今はただ、瀞の笑顔に会いたかった。