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知らぬが仏

 『鋼鉄』の兵士にとって、魔王城での勤務は誰しもの憧れだ。

 もちろん勤務地が城下町であろうと小さな農村であろうと、誇りを持って任に当たるのは当然だ。しかし、魔族を統べる王の居城での勤務となるとやはり特別な思い入れもあるだろう。


 今期、一人の青年の魔王城への転属が決まった。

 それまでは国境近くの農村に勤務していたのだが、そこでの働きが認められ、昇格試験に見事合格しての栄転となった。


 憧れの地での勤務初日、青年は兵士詰所の扉を前に、少し緊張をしていた。

 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから扉を開く。

「本日よりこちらに配属となりました、セイラムと申します――……」

 挨拶の言葉と共に詰所に足を踏み入れたセイラムは、そこにいた兵士たちの放つ雰囲気に()てられ動きを止めた。


(く――……暗い!)


 詰所の中は、暗く重苦しい雰囲気で満たされていた。そこにいた鋼鉄の兵士たちは皆、援軍の来ない前線で戦い続けてきた兵士のように俯き、疲れきった表情をしていた。

(な、なんで……?)

 ここは『城』である。それは敵を防ぐために築かれた建造物であり、その周囲は堅固な城壁が囲んでいる。前線からも遠く、敵が大軍で攻め込んで来ることもまずないと言っていいはずだ。小競り合いの続く国境付近の駐屯地と比べると、随分と平和な勤務地なのだとセイラムは聞いていた。

 だというのに、この雰囲気は何だというのだろうか。今まで目にしてきたどの鋼鉄よりも疲れきった表情をしている兵士たち。夜勤明けなのだとしても、この消耗具合は異常だ。


 やがて、俯いていた兵士の一人が入口の前で棒立ちになっているセイラムの存在に気付き、顔を上げた。

「新人か?」

「――は、はい! セイラムと申します! 今日から、よろしくお願いします!」

 がたいの良い強面の兵士に声を掛けられ、セイラムは慌てて踵を揃えて敬礼をした。

「ああ――……お前、どこから転属されてきたかは知らんが、ここに来れば楽な仕事が出来ると思ってないだろうな……?」

「いえ! どんな仕事であろうと、自分は全力をもって取り組むつもりです!」

 実際のところは、以前の勤務地よりは楽になるだろうと考えていた。しかしその意気込みに嘘偽りがないのも事実であったため、先輩兵士の問いに否定で返した。

「そうか、それならいいんだが……今や、ここでの仕事は赤銅よりも厳しいぞ。覚悟はしておけ」

「は……はぁ……?」

 確かに、魔王軍が侵攻を停止した今となっては強襲部隊(赤銅)の出番はほとんどなくなったと聞く。しかしだからといって、城内警護の仕事が厳しさを増すという道理にはならないはずだ。

 セイラムが首を傾げていると、別の兵士が声を掛けてきた。

「やぁ、新人さん――ええと、セイラムくんか。よろしく、俺はリドリーだ」

 長い金髪を後ろで一つに結わった男がにこやかに握手を求めてきた。ここにいる兵士の中では比較的元気で、話しやすそうだ。

「あの……皆さん、どうしたんですか? なんだか疲れきっているように見えるのですが……」

 セイラムは握手に応じると、声を潜め、思い切ってリドリーに尋ねてみた。その問いを投げかけた瞬間、リドリーの顔に陰が差した。

「ああ……そのことか。この城の地下牢にはね、悪鬼が住んでいるんだよ……」

「あ、悪鬼?」

 魔族は多くの魔物を配下に従えているが、城の中に鬼がいるというのは初耳だった。しかもその居場所が地下牢となると、よほどの重罪人なのだろうか。

「先輩として、一つ忠告しておいてやる。……見た目には騙されるなよ」

「は……はぁ……??」

 訳を尋ねてみても、疑問が増すばかりだった。もう少し詳しく話を聞きだそうとしたが、その前に詰所に入ってきた年かさの兵士によって会話が打ち切られた。

「皆揃っているな?」

「おっと、ミーティングか……整列だ」

 リドリーに促され、セイラムは頭の上に疑問符を浮かべたまま並びに加わった。



 ミーティングでは城内の巡回スケジュール、魔王陛下の本日の公務スケジュール等が発表され、最後に新人兵士の紹介が為された。

「連絡事項はこのくらいか。では各自、誓いを立てよ」

 部隊長の号令で、暗かった鋼鉄の兵士たちの表情が一斉に引き締まった。鞘から剣を引き抜き、自身の顔の前に構える。

 魔族は神を信仰することを禁じてはいないが、神の存在を信じている者はほとんどいない。故に、兵士たちは君主に、家族に、剣に――己の信じるものに誓いを立てる。

 自分の中で誓いを終えた者から順に、剣を鞘へと収めていく。最後の一人が剣を下ろしたのを確認すると、部隊長は大きく息を吸い込んだ。足を肩幅に開き、手を腰の後ろで組む。


「円陣ーーっ!!」

「「おおーーっ!!」」


「えッ?!」

 厳かな雰囲気が突然体育会系の雰囲気へと変わり、セイラムは面食らった。

 雄叫びを上げ、肩を組んで円陣を形成していく兵士たち。展開について行けずに固まっていると、リドリーに肩を掴まれ無理矢理円陣に組み込まれた。鎧がぶつかり合い、がしゃがしゃと音を立てる。


「我々は『鋼鉄』! 民とその主たる魔王陛下を守る兵士であーる!!」

「「おおーーっ」」


「お、おぉー……」

 突然始まったこのノリは何なのですかと尋ねる暇もなく、セイラムはとりあえず周りに合わせて声を上げた。


「例え最後の一兵となろうとも! 必ず陛下をお守りするのだーー!!」

「「おおーーっ!!」」


「もしも我らの身が滅びることがあればーー!!」

「「おおーーっ!!」」


「骨はレノン殿に拾われることとなーる!!」

「「…………」」


(何の沈黙ですか?!)


「諸君の健闘を祈ーる!!」

「「おおーーーーーっっ!!」」



 一際大きな雄叫びを上げ、円陣は解散した。

「よっし、今日も頑張りますかー!」

「あ、あのー……ミーティングって、いつもこんな感じなんですか?」

 先程の沈黙は何だったのですか、というかレノンって誰ですか? などの疑問に溢れていたが、セイラムはリドリーの背を追いかけると、とりあえずそのことを尋ねた。

「最近はね。無理矢理にでも気合入れないと、とてもやっていけないってゆーかー……」

 話しているうちに気合に溢れていたリドリーの眼から徐々に生気が失われていった。訊いてはならないことだったか。

「一体、この城で何が起きているというんですか……?」

「ま、嫌でもすぐ解ることになるさ」


 リドリーを始めとした先輩兵士たちの言葉の意味は、本当にすぐ解ることになった。


 牢破りの報告を受け現場に駆けつけると、そこには多くの兵士たちが倒れていた。そしてその中心には一人の――おそらく『人間』が立っていた。銀色の長い髪が印象的な、美しい女性だった。

 その立ち姿に見蕩れたのも束の間、セイラムの視界が天地逆転した。体術と魔術の合わせ技によって投げ飛ばされたのだ。固い床に叩きつけられ、暗転していく意識の中でセイラムは見た。それは、歴戦の兵士たちが丸腰の女性相手に為す術もなく次々と薙ぎ倒されていく姿だった――……




「あ……悪鬼だ……」


 ほんの半日前、緊張の面持ちで憧れの職場の扉を開いたばかりのセイラムは、すっかりこの職場の雰囲気に馴染んでいた。疲れきった表情で、先輩兵士たちと共に項垂れる。

 あの後牢破りの女性を一旦取り逃がし、その後魔王陛下の元で発見された脱獄犯を鋼鉄総出でどうにかこうにか取り押さえたのだった。一対多数だというのに、その強さはまさに悪鬼の如しであった。

「くそぅ……」

 項垂れた兵士の一人が悔しげな呟きを洩らした。気持ちはよく解る。丸腰の女性相手にあれだけの苦戦を強いられたのだ、誇りある鋼鉄の兵士として情けなさを感じても仕方のないことだと思う。


「畜生……どうしても太ももに目がいっちまう……」

「あー、俺は鎖骨だなぁ」


(そんな理由ですか?!)

 思っていたよりも情けない理由だった。しかしその気持ちも解らないでもなかった。事実、セイラムも細い手足や貧にゅ……もとい、控えめな胸に目がいってしまっていた。セイラムはグラマー体型よりもスレンダー好みなのだった。

「よっ、どうだった? 勤務初日の感想は」

 リドリーが乱れた金髪を纏め直しながら尋ねてきた。

「皆さんの言っていた意味がよーく解りました……けど、どうして皆さんあんなに悔しがっているんですか? 人間とはいえすごく綺麗なヒトでしたし、彼女に見蕩れてしまうのも仕方ないと思うのですが……」

 尚も「うなじが……」「そもそも顔が……」などと呟いている兵士たちを指してセイラムは尋ねた。リドリーの視線が、斜め上に泳いだ。

「『綺麗な』『彼女』ねぇ……あー、うん……まぁ、世の中知らない方が幸せってこともあるってことだ」

 そう言って、リドリーは何も知らない新人兵士の肩をポンと叩いた。

「???」

 新人兵士セイラムはまたも疑問符を浮かべる。


 しかしその言葉の意味も、セイラムは近いうちに知ることとなった。


 毎日繰り返される脱獄犯との攻防にも慣れ初めてきた頃、セイラムは初手柄を挙げた。いつもは牢を破られた後、一度は取り逃がしてしまうのが常であったが、その日は逃す前にセイラムの活躍で見事取り押さえることに成功したのである。

 そして、セイラムは知ってしまった。決してわざとではなかったことを主張しておくが、取り押さえる際になんというか――……触れてはいけない部分に手が触れてしまったのである。


 そうして真実を知ったセイラムは、詰所の隅で先輩兵士たちと共にますます項垂れるのであった。

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