少年と少女、恋の結末は。
初めましての方が多いかと思います。自由に生きる若人と申します。恋愛物を書いてみました。どうぞご覧ください。
ふと、目が覚めた。
時計を見ると、時刻は午前三時を少し回ったくらい。昼寝をしたせいもあってか、眠気はもうなくなってしまっていた。
何もすることがないので、新鮮な空気でも吸おうかと思い立ち自分の部屋と繋がっているベランダへと足を進める。季節は冬。窓を開けると、思わずぶるっと身体が震えるくらい寒いが、星はよく見える季節である。
このベランダからはほかの家が数軒見える。が、流石に午前三時を回ってなお明かりが点いている家は無いらしい。…いや、一つだけあった。この家と隣接している家の一部屋から光がこぼれ出ている。灯台下暗しとは、正にこのことか。
その家の屋根にも、光はあった。しかし、それは先ほどのようなカーテンの隙間から見える淡い光ではなく、細く伸びている光であった。恐らく、懐中電灯のものであろう。
自分の眼も、ようやく夜の暗さに慣れてきた。懐中電灯を持ちながら屋根を歩いているのは、自分と同じくらいの身長の人だ。その人は、どんどんこちらの方へと近づいてくる。
街灯の光によって、全身が露となった。
女だった。女性の年齢は見た目のみだと判断できないと言われているが、全くその通りである。ただ、未成年ではないかとは思う。
何をするつもりなのか、正直あまり興味は無かった。が、目では彼女を捉えていたようで、その目線に彼女は気付いたらしく、下に向けていた顔を上げた。
やはり、そうだ。先ほどは少し暗くて確信が持てなかったが、彼女は黒いサングラスのようなものをつけている。それこそ、目が見えない人が付けるような。
なぜか、彼女はこちら側へと近づいてきた。この家の屋根と、彼女が今いる屋根は近い。それも、ジャンプなんてしなくても渡れるくらいに。彼女は我が家の屋根へと渡ってくると、僕がいるベランダに降りてきた。というのも、このベランダには屋根へと繋がるはしごがかかっていて、いつでも容易に登り降り出来るようになっているのだ。
「あの、目、大丈夫?」
杖も何も持っていないのに、彼女の歩き方には迷いがない。今となって考えてみると、この質問はだいぶ失礼だったように思える。そんな質問に対して彼女は気を悪くした様子を何一つ見せず、今すぐにでも儚く散ってしまいそうな微笑を浮かべながら、こう答えた。
「確かに私は、生まれつき目が見えないわ。でもね、感じることはできるわ。貴方の心も、道端に生えている草の心もね」
その後僕は、話がしたいと言う彼女を部屋に招き入れた。冬の寒さは、身体の芯まで凍えさせてくる。外で立ち話をするなんて御免だ。しかし、彼女は何者なのだろうか? こちらから問う前に、彼女は話し始めた。
「私は、他人の心を感じることが出来るのよ。生まれつきそうだったと思う。少なくとも、物心がついた頃にはそうだったし、その能力の負の部分が存分に働いていて、既に人間不信だったわ。表情と心。その違いに、私は脅えていたの」
彼女の口から、ものすごい勢いで言葉が発せられていく。
「親は、私が幼かった頃から習い事をたくさんやらせていたわ。両親は共に有名な大学出身で、私をそういう大学に是が非でも進学させたかったみたい。理由は勿論、自分達が恥をかかないため。同学年の友人は、まだよかったわよ。『大人の事情』なんてものを知らない子ばかりだったから。それでも、私は怖かった。成長して、その子達も裏に何かを持つようになると思うと、怖くてしようがなかったのよ。その結果、私は小学二年生にして他人との接触を拒んだの。初めは、親も扉の向こうから何かを言ってきた。優しく言葉をかけてきたりもした。だけど、私は心を感じることが出来る。本心は、私には丸見えだったのよ。でもその本心を隠して必死に説得してくる。馬鹿みたいね。友達も話しかけてきたわ。私は、その心の純真無垢さが羨ましかった。……ただ、羨ましかったわ」
彼女の話が本当かどうなのかという事も含めて、全くもってどうでもいい。でも、眠気が覚めてやることがないのもまた事実だ。ということで、適当に思いついた質問を投げかけてみる。
「親には、心を感じられるという事を打ち明けなかったのか?」
「幼稚園の頃に、一回親に聞いたことはあるわ。『皆の中に、何か見える』ってね。なんて答えられたか正確には覚えてないけど、『そんなことを言っている暇があるならさっさとピアノの練習をしなさい』とか、ろくでもない答えだったわよ」
「じゃあ、心って何だ?あなたが感じることのできる心ってのは?」
「うーん、難しいわね。人や動物、物の中にあるもやもやとした何かかしら。もやもやなんて言ったら、心は漠然としたもの、なんて捉えられてしまうかもしれないけどそうではないわよ。感情なんて大雑把なものでは表しきれない。心は、その持ち主が思っている全てを表しているわ」
「……なぜ、他人との関係を遮断してきたあんたは僕に話しかけてきた?」
「貴方は、特殊だった。心を閉ざしていたのよ。私のこの力をもってしても、心を閉ざしていた、という状態は確認できたのだけど、その中までは見れなかったのよ。いつも、勝手に見たくもない他人の心を見せられていたから、新鮮だったわ。それでお邪魔させて貰ったわけ」
「……心を閉ざしている、ねぇ」
「ええ。ただ、一つだけ感情があるわ。『畏怖』という感情がね」
その日は、恐らく一か月ぶりの家族での外出だったと思う。僕の父は地方へ単身赴任していて、月に一、二度しか休日を共に過ごすことは出来ないのだ。駅を出た僕らは、夜ご飯何にするか、なんて他愛もない話をしていたと思う。
しかし、そんな楽しい時間は壊れてしまった。それは、一瞬の出来事。甲高い悲鳴が後ろからあがったかと思うと、急に父が僕を突き飛ばす。地面に倒れ込んだ後、慌てて振り替えると、父は地面に倒れていて、母が父の名を身体を揺さぶりながら泣き叫んでいた。
何が何だか、分からなかった。いや、分かりたくなかったのかもしれない。
そして通り魔は、さらに母も刺した。
通り魔は、少年と青年の間くらいの顔立ちをした男だった。母を刺した後こちらに顔を向けて、血みどろの包丁片手に近寄ってくる。
そして、目の前で、それを、振りかぶって…。
何故か、通り魔は突き飛ばされた。
そこから先の記憶はない。
後から手に入れた情報だが、その近くにたまたま柔道を教えている教師がいたらしく、通り魔を捕まえてくれたそうだ。
犯人は17歳の男子高校生。被害者は、死者三名・重傷者二名・軽傷者一名。
僕は、今でも母が殺されるシーンを思い出すことができる。病院のベッドで目をさました時は泣き喚いたものだが、今となってはなぜか何も感じない。これが、心を閉ざしてしまうということだろう。でも、心を感じられるという彼女が言うには、畏怖、という感情はあるらしい。恐らく、通り魔に殺されかけた一件がトラウマになって、心を閉ざしているらしい今でも深層意識下にそのような感情があるのだろう。
「……貴方も何だか苦労してるみたいね。はぁ、久し振りにたくさん喋ったわ。それじゃ、また明日」
これが、彼女との初対面であった。
翌日の深夜、彼女はまた僕の部屋を訪れていた。ぐっすりと寝ていたのだが、叩き起こされてしまい不機嫌である。
「どうやって入ってきたのさ?」
「窓、開いてたわよ。」
不法侵入である。まあ、どうでもよいか。
「そういえば、目は見えないらしいのに、そこら辺の物とか全部見えてる感じだな?」
僕の部屋はそこそこ物が散乱しているのだけど、彼女はそれを全て避けることが出来ている。
「昨日も言ったとおり、物にも心はあるのよ。人や動物よりは、大分薄いけどね。心は、その心を持っているモノに一様に広がっているわ。そして、心に同じものは無い。私は心を感じることができる。それらを利用して、自分がいる空間の情報を頭の中で構築してるのよ」
「ふーん。よく分からないが、その能力も、あんたの頭もなかなか高性能みたいだな」
「いえ、能力についてはそんなことは全くないわ。知りたくもないものを無理矢理知らさせられるなんて、こんな苦痛は本当に耐えがたいのよ」
明くる日も明くる日も、彼女は深夜に僕の部屋を訪れてきた。そうこうしている内に彼女と初めて会ってから二週間。最近は、身体が深夜に起きることに関して慣れてしまった。ついでにだが、彼女は僕と同じく十代の後半らしい。その割には話し方が大人っぽかった気はするが、本人がそう言うならばそうなのだろう。さらに一つ。僕は、彼女との何気ない会話に楽しみを覚えているようだ。彼女にとってはよろしくない事態だと思い報告したのだが、別に大丈夫とのことだった。僕のこの楽しい、という感情は彼女との会話に対してのみであり、そんなものでは心は開かないらしい。
一か月経った。彼女との関係も概ね良好だ。そして何と、僕は彼女にお誘いを受けた。一緒に行きたいところがあるらしい。通り魔に両親が殺された頃はマスコミが煩わしかったものだが、今となってはもう誰一人として取材をしようとする記者はいない。
両親の代わりに今僕を養ってくれているのは祖母であるのだが、タイミングが悪く家に居なかったため、外出してくるという旨を記したメモを残して家を出た。
電車とバスに揺られて、数時間。僕たちは見晴らしのよい崖にやってきていた。時間はかかったが、それに見あうだけの景色ではないだろうか。
「あの、さ」
気まずげに、彼女――ミサキが話しかけてきた。
「最初私は、あなたは畏怖という感情しか持ってないって言ったわよね。でも、今は変わってきているの」
僕とミサキの間に、潮風が吹く。
「あなたの場合は、無理矢理即興で心を閉ざしていたわ。心が開くまで、持って二か月。更には、私という不確定要素が絡んだから、全く予想が出来なくなってしまっていたの。でも、ここ数日は違った。今までにないくらいに勢いよく、心が開放的になっていったのよ。恐らく、その理由は……」
「僕がミサキに恋したから、でしょ」
「……」
彼女と出会って三週間が経った頃であろうか。僕は、彼女に恋をしていることに気付いた。理由はわからない。ただ、一目惚れとかそういった類のものではないというのは確かだ。僕の閉ざされた心に初めて触れてきたのが彼女であった、それだけなのかもしれない。
「私は、なんで普通の人間じゃなかったんだろうね。こんな力さえなければ本当に嬉しかったのに。貴方の不器用な優しさも、やがては私に牙をむくようになるかもしれないと思うと怖いのよ。結局はあなたの心も感じられるようになるなんて分かってはいたし、覚悟はしていたのだけどね」
彼女の声は、震えている。頬には、涙が伝っているようだ。
「私は、もう生きる目的が見つからない。生きていればきっと良い事がある、なんて無責任な言葉に振り回されたくないのよ。……だから、ごめんなさい。あなたを殺して私も死ぬわ」
今の僕の心は、ミサキによると開きかけているらしい。実際に、自分でもそういう自覚はある。ではもし完全に開いていたとすれば、僕は『こんなのに構ってなんかいられない』とばかりにこの場から逃げ出しただろうか? 考えてみるが、結論は出ない。人の行動の予測なんて、瞬時に計算できるようなものではないのだ。考えるだけ無駄である。そもそも、こんな『もしも』の場合について考えている暇はないらしい。何らかの打開策を見つけないと。
彼女は、バッグから包丁を取り出す。奇しくも、両親が殺されたのと同じ凶器である。どうにかして彼女を説得すべきなのだろう。だが、僕にはそんな事はできない。今の彼女にそういった類の言葉をかけるのは余りに酷な気がするのだ。
そしてそんな一瞬の逡巡が、僕の運命を分けた。
うっと声に成らない悲鳴が口からこぼれる。腹部を刺されたようである。後ろ向きに倒れそうなところを支えられて、ゆっくりと仰向けになる。
そして今、この状況だ。思わず口だけで苦笑をもらしてしまう。死ぬ間際になると今までの事が走馬灯のようによみがえってくるというが、僕の場合では彼女との思い出をじっくり思い出させてくれたようだ。
空を見ながら、僕は思う。不本意とは言えど、僕が彼女の心中の原因の大きな一端を担っているのは事実だ。言い方は悪いかもしれないが、僕が彼女を殺すのかもしれない。
あの通り魔の少年は、新聞や週刊誌、テレビなどで散々取り上げられていた。中には、僕を悲劇のヒロインとして扱った所もあったそうだ。
僕と彼女の事は、どう書かれるだろうか? 彼女が悪役、僕が被害者で勝手に筋書きを書くだろうか。だが、この事件の真相を知ることは、彼らには不可能であろう。結局のところ、その人自身の気持ちなんてその人にしか分からないことであるし、それが一番なのだ。
刻一刻と死へ近づいていくのが分かる。恋したミサキとの心中。こういう結末も面白い。僕らについて書いた記事を読めないのが、唯一悔やまれる事だ。
ゆっくりと意識が遠のいていく。
視界の端で、彼女が崖から飛び降りるのを見て。
僕は、死んだ。
いかがでしたか?
読む方によって、ハッピーエンドだったのか、はたまたバッドエンドであるのか考え方は異なるのではないでしょうか。
恋愛物は初めてだったので、アドバイス等感想を頂けると嬉しいです。
ご覧いただき、ありがとうございました。