迷い 2
今年最後の更新です。ほとんど話が進んでないですが、楽しんで頂ければ嬉しいです。
「キサナ」
ぽつりと呟いた。
「キサナ、俺はどうしたらいい」
キサナの最後に見た笑顔が思い浮かぶ。
ティルトの頬を一筋だけ、涙が流れた。
お風呂に入ったあと、渡された服を着た。何度も洗われた服は柔らかく肌に心地良かった。大きさもちょうど良かった。
同じくらいの子供がいるのかな?
浴室から出て階段を上がると、目の前に真っ白な猫が座っていた。ティルトを見ると、案内するように立ち上がり、前を歩き出した。ティルトが戸惑っていると、一言強く鳴く。それに促されるように歩き出した。
家の中を猫は迷うことなく歩き進む。ティルトは、廊下に置かれているものをきょろきょろ眺めながら、歩いた。足元には柔らかな色合いの心地良い絨毯が敷きつめられている。真っ白な壁には、美しい壁掛けや絵が飾られている。所々には、精緻な模様の刻まれた花瓶に生けられた鮮やかな花や家具、珍しく美しいガラス細工や柔らかな灯りがある。全てが調和し心地良い空間を作り出していた。
猫に案内され、辿り着いたのは、焦茶色の扉の前。通りすぎた他の扉と同じく、美しい模様が刻み込まれている。
猫が扉に触れると、重そうな扉は、カチャリと音を立て開いた。
中からは食欲をそそる匂いが流れてきた。
「入ってらっしゃい、ティルト」
エイシャはティルトを手招きした。
真っ白なエプロンが良く似合っている。
「ソウもご苦労様。ありがとうね」
得意気にエイシャの足元に擦りよってきた猫ーソウを優しく撫でながら、礼を述べる。ソウは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らすと、とんとエイシャの肩に飛び乗った。
「甘えん坊ね、ソウは」
くすくすと笑いながら、ソウの喉を撫でる。柔らかなエイシャの笑みにティルトはみとれた。
「ティルト?」
ぼうっと自分を見るティルトを不思議に見た。
「なんでもない!」
頬を僅かに赤く染めながら、必死に首を降った。
「そう?」
まだ首を傾げたままであったが、それ以上追求しなかった。
「エイシャ、出来たぞ。持ってけ」
食堂の奥から24、5歳ほどの青年が顔を覗かせた。背が高く筋肉質な青年は明るい笑みを浮かべ、花柄のエプロンをし、両手に皿を持っていた。
花柄のエプロンは褐色に焼けた青年に何故か違和感なく似合っていた。
「ありがとう、アクシオ」
エイシャは、アクシオから湯気の立つ皿を受け取り、部屋の中央にある十人掛け用のテーブルに並べた。
「坊頭、お前も運んでくれ。エイシャばっかり働かすと怒られるぞ」
アクシオはニヤリと笑って深青色の目を片方つぶって見せた。
「怒らないわよ、アクシオ。ティルトはお客様なんだから」
くすくすとエイシャは笑いながら、ティルトを背後から抱きしめた。
「ティルト、座って待っててくれるかしら?すぐに準備を終らせるから」
顔を真っ赤にしたまま、ティルトは頷いた。
「お待たせ、ティルト」
テーブルの上に用意されたのは質素ではあったが、温かな湯気が立ち上る実に美味しそうな料理だった。
「こう見えてもアクシオは料理が得意なのよ」
悪戯っぽく笑いかけてくるエイシャをアクシオが軽く叩いた。
「こう見えてもってどういう意味だ、エイシャ」
「痛いわよ、アクシオ。私はあなたと違ってか弱いんだから、気を付けて」
「誰がか弱いんだ?エイシャ」
子供のような二人のやりとりについに我慢しきれず、ティルトは笑い出した。
「ティルトに笑われちゃった。アクシオのせいね」
「なんで、俺の」
アクシオの文句を無視してエイシャはティルトに笑いかけた。
「冷めちゃうから、早く食べましょう、ティルト。温かい内が一番美味しいんだから」
そういって手を合わせ、感謝の言葉を述べ、料理に手を伸ばした。
慌ててティルトも感謝の言葉を述べると、前に置かれたスープを食べ始めた。
「美味しい!」
ぱっと顔を輝かせるティルトをアクシオは嬉しそうに笑った。
全て食べ終ると、エイシャが片付けてる間にアクシオは奥からよく冷えたいくつかの果物を持ってきた。
「ティルト、食えるか」
ヒョイとその内の1つを持ち上げ、ティルトに見せる。
鮮やかなオレンジ色のそれは、つやつやと輝き、甘い匂いを放っていた。
それを凝視するティルトの様子をアクシオは面白そうに眺めた。
くるくると、武骨な手は思いの外器用に動き皮を剥いていく。
剥いたそれを食べやすいように一口大に切り分け、皿に盛ると、ティルトの前に置いた。
「食え、ティルト。旨いぞ」
にやにやと笑いながら、ティルトに勧める。
「エイシャは気にしなくていいぞ。あいつは食べなれてるしな」
アクシオは自分も口にする。
それを見ながら、ティルトは僅かに躊躇いながらも、口にした。
「美味しい」
「だろ?そいつは中々手に入らないからな。結構貴重だぞ」
「あら、もう食べてるの?ティルト、味はどう?」
片付け終わったエイシャが奥から現れた。
「あの、ごめんなさい」
思わず謝るティルトの様子にエイシャは笑みをこぼした。
「気にしなくていいわよ。アクシオが勧めたんでしょう。」
軽くアクシオを睨むと、肩をすくめた。
「ティルト、ベットは用意したから、後でアクシオに案内して貰って。それから、明日の昼過ぎにならないと私は来れないんだけど、それまでに私に依頼するか決めておいてね」
「……はい」
優しくけれど、厳しさも伴った声がティルトの心に響く。
ティルトの選ぶ道は?