エイシャ
ようやくエイシャが出てきました。感想をくれると嬉しいです。
ミトは、ドアの前に立つと下の方を前足で叩いた。
「ミト?今日は早いのね」
涼やかな銀の鈴を震わせたような声がドアの向こうから聞こえた。
軽やかな足音がし、ドアが開く。
「おかえりなさい、ミト。今日もお仕事、ご苦労様」
ドアが開き、人影が見えた。
まず目に飛込んで来たのは蜂蜜を思わせる濃い金の髪。深く澄んだ光で色を変える青玉の瞳。柔らかな紅色の唇。華奢な体に鮮やかな色彩を纏った15、6歳ぐらいの少女。
最高級の材料と職人が細心の注意を払い造り上げた人形のような少女。けれど、決して人形に浮かべることの出来ない優しい微笑みを浮かべていた。
子供は今まで見たこともないほど美しい少女の登場に目を見張り、動きをとめた。
ミトは、少女に駆け寄ると、ほんのりと薔薇色の頬を舐め、尻尾を千切れんばかりに振った。
「ミト。今日は早いのね。誰を連れて来たの?」
ミトを撫でながら、子供に顔を向けた。
「あっ、あの、エイシャさんはいますか?」
少しうわずった声で我に返った子供は言った。
「エイシャに用なの?だったら、中にいらっしゃい」
流れるような美しい動きで立ち上がると子供を招きいれた。
子供は恐る恐る家の中に入った。
「うわぁ〜」
思わず、声を上げた。
外見に反しない広々とした家の中。清潔な室内は整理が行き届き、塵一つない。置いてある物もどれも趣味がよく、調和している。床にしきつめられた柔らかな薄茶色の絨毯は毛玉一つなく、足に心地良い。柔らかな曲線を描く美しい家具のいくつかには、美しい花が飾られている。微かに甘く爽やかな心地良い香りが辺りに漂っている。
けれど、子供が声を上げたのは、数えきれないほどの動物に驚いたため。
家のあちらこちらに動物達が寝そべったりじゃれあったりしている。
そのうちの何匹かが子供を見つめたが、すぐに目を反らした。
「驚いた?大丈夫よ。この子達はおとなしいから」
優しく、どこか慈愛深い母親の様な笑みで動物達と子供を見た。
「こちらにどうぞ」
部屋の奥にあったドアの一つを開け、子供を招き入れた。
「そこに座って。ナセ、カロ、どいてちょうだい」
大きな椅子に丸まっていた黒猫と茶色と白のぶちの猫が声に答えるように一声鳴くと椅子から降り、少女の足元で甘えるように鳴いた。
「起こしてごめんね。ハル達ならカシ達と一緒にいたわよ」
優しく数回撫でると満足したのか二匹は部屋から出て行った。
躊躇いがちに椅子に近付く。不思議な事に椅子はさっきまで、猫が寝ていたにも関わらず、毛一本付いてなかった。
「座って、ちょっと待っててね」
そう言うと少女はドアを閉め、何処かに行ってしまった。
躊躇いながらも椅子に座った。椅子は柔らかく体を受けとめ、背もたれがしっかりと支えてくれる。そっと子供は部屋の中を見渡した。
部屋には、柔らかな灯りがともされ、部屋の中をはっきりと照らし出していた。
部屋の壁はドアを除き、壁一面に数えきれないほどの本が整然と並べられていた。
「やっぱり、お金持ちなんだ」
ぽつりと思わずつぶやいた。
本は貴重品である。本を増やす為には一字一字書き写していく以外に方法がない。一冊の本を完成させるには時間と手間暇が掛る。その為に本は一冊一冊が高価な物となり、庶民の手に入る物ではない。本を手に入れる事が出来るのはお金に余裕のある貴族かお金持ちに限られる。
「俺の頼みなんか聞いてくれるのかな?」
ぽつりと不安げにつぶやいた。
貴族の多くは平民を見下している。平民の薄汚れた自分のような子供を相手にしてくれるのだろうか?
待ってるうちにどんどん不安が募っていく。やっとキサナを助けられると思ったのに。
思わず、悔しげに唇を噛む。
「待たせてしまってごめんなさい」
ドアが開き、少女が入って来た。「はい、どうぞ」
少女が手渡しのは、冷たい紅茶だった。
「紅茶、嫌い?蜂蜜をいれてあるから、甘いわよ」
躊躇ったまま、飲もうとしない子供に少し困ったように笑いかけた。
子供は慌てて首を振るとそっと紅茶を飲んだ。
「美味しい」
思わず出た言葉に嬉しそうに少女は笑った。
「良かった」
冷たく甘い紅茶は美味しかったが、子供の不安を軽くはしてくれなかった。
香り高い紅茶と蜂蜜のどちらも平民の手に届くものではなかった。
それを惜し気もなく出す事事態が身分の違いを指し示す。
「あの、エイシャさんは」
不安に押し潰されないようにと顔を上げ、少女を見つめた。
少女の後から、人が来る気配はしなかった。会ってくれないんだろうか?
心の中にゆっくりと失望の闇が広がって行く。
「ごめんなさい。私がエイシャよ。あなたの名前は?」
柔らかな笑みを浮かべる少女を子供は凝視した。
子供の頼みは?
エイシャの答えは?