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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第3章 撃鉄はいつ起きるのか
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3-5 もう一つの貌

 あれは、一体いつ頃の話だったろうか。

 ある日近所の住人が家族旅行に出かけるので、その間だけ飼い犬の面倒を見てほしいと頼んできたことがあった。内容は朝夕の餌やりと散歩。きちんとこなせば相応の駄賃を支払うと約束してくれたため、当時は快く引き受けた記憶がある。

 今にして思えば、『そういう体』で資金面の援助をするのが目的だったに違いない。事実、ペット用のホテルやシッター代の相場と比べても、この件の報酬は少しばかり高かった。

 そんな気遣いなどつゆ知らず、貸してもらった鍵で留守を任された家の扉を意気揚々と開けた直後、予想外の光景に絶句した。

 そこに待ち構えていたのはハスキー、ボルゾイ、ゴールデン・レトリーバーの大型犬三種盛り。しかも、特徴として人懐っこいが付け加えられるほどに友好的な性格であるらしい彼らは突如として現れた見知らぬ人間を新しい遊び相手だと認識したのか、有無を言わせず飛びかかり、のしかかってきた。

 幸いにして噛みつかれることこそなかったものの、顔中をなめ回され、よだれまみれにされたのは苦い経験として今でも心に深く刻み込まれている。

 それでも飼い主が帰ってくるまでの数日間、無駄に図体がでかくてなかなか言うことを聞いてくれない犬たちの世話を立派にこなし、どうにかこうにか謝礼金をもらうことには成功した。しかし、この一件以降どれだけ報酬が破格だろうが動物関係の仕事は二度とするまいと固く誓ったものである。

 そして現在、日々也はあのときと同じ心境を味わっていた。


「おおぉ!? 見てみろ、少年! 向こうの方に何かあるみたいだぞ!」


「待て待て待て待て!! いきなり走り出すな、そっちじゃない!! おいコラ、戻ってこい!!」


 突如としてあさっての方向へ駆けていく少女を追う日々也。こんなことを幾度繰り返したのか、もはや数えるのも馬鹿らしい。

 さっきからずっとこんな調子で少しでも興味を引かれれば、少女はあっちへふらふら、こっちへふらふらとどこへともなく引き寄せられていく。これでは迷子になるのも頷ける。しかも、大型犬三匹の方がまだ素直だったと感じるほどに猪突猛進で、全く御せる気がしない。周囲の目がなければ首輪とリードをつけておきたいとさえ思ってしまうほどだ。


(そういえば、あいつらは元気でやってるのかなぁ)


 現実逃避から、別段仲がよかったわけでもないのに懐かしい犬たちの顔が日々也の脳裏をよぎる。そうこうしている間にも、軍服少女は目についた何かしらへと突撃していた。それを引き留め元の道へと軌道修正するのだが、ふと気づけばまたもやあらぬ方に進んで行ってしまう。

 その結果、当然の帰結として日々也に訪れた運命は、


「どこだ、ここ………?」


 まさかの二重遭難、ならぬ二重迷子。

 しかし、当然と言えば当然である。何せ日々也とて、この街で暮らし始めてから二ヶ月程度しか経っていないのだ。頻繁に通る道ならまだしも、振り回され続けて詳しくもないルートを歩かされれば、いずれ見知らぬ場所に出てしまうのも仕方がないことだろう。

 とはいえ、これは日々也からすれば少しばかりショックだった。道案内を申し出ておいて迷ってしまった現状もそうだが、風邪で寝込んでいるリリアを長らく放置している事実に罪悪感が芽生える。

 やはりあのとき、変に関わり合いになるべきではなかった。

 後悔先に立たず。後の祭り。

 疲労に耐えきれず、日々也は近くに設置されている休憩用ベンチに腰掛けて頭を抱えた。

 その肩を、軍服少女が優しく叩く。


「まぁ、そう気を落とすな。失敗など誰にでもあるものだ。なに、心配はいらない。私もついている。困ったときは助け合いの精神でいこうじゃないか、少年」


「お前は誰のせいでこうなったのか、分かって言ってるのか?」


「なっ!? ま、まさか、やはり何者かが私たちを影から狙っていると!? ならば、一刻も早く見つけ出して対処しなければ!!」


「…………………………」


 少女の見当違いな発言に対し、日々也は反応を返さない。その代わり、濁った空を仰ぎ見た。今にも雨が降り出しそうな天気。色んな意味で早く帰りたいという気持ちが心の底から湧いてくる。


(とりあえず、知ってる道に出ないとな………。どっかの看板なり掲示板なりに地図でも張り出されてないか、確認してみるか)


 兎にも角にも行動あるべしと、日々也が重い腰を上げる。

 瞬間、絹を裂くような悲鳴が辺りに響き渡った。

 反射的にまた軍服少女がどこかへ突撃してしまったのかと思った日々也だったが、彼女も同様に自身の隣で驚いた表情をして佇んでいるのを見て、そうではないと理解する。

 声の発生源を辿ってみれば、道路の反対側で倒れ伏す女性とそれを尻目に似合わぬ鞄を抱えて走り去っていく男が一人。

 間違いない、ひったくりだ。

 怪我をしたのか女性は起き上がりもせず誰にともなく大声で助けを求めているものの、日々也の脚は動かない。

 道案内とはわけが違うのだ。ひったくり犯を捕まえるなど、さすがに己の分を超えすぎている。

 せめて後で憲兵に報告するときのため、特徴くらいは覚えておくかと日々也が犯人の姿を頭に叩き込んでいく最中、


「ふむ。少年、少しだけここで待っていてくれ」


「……………は?」


 予想外の言葉に虚を突かれた日々也が正気を取り戻したのは、軍服少女がひったくり犯目掛けて全力疾走を始めた後だった。

 お互いの間にはずいぶんと距離があったはずなのに、少女は圧倒的な速度でみるみるうちに差を縮めていく。

 そして、


「ホールドアップだ、卑劣漢」


 あっさり男の行く手を遮り、二丁の拳銃を突きつけた。


「な、何だ、お前!?」


「答える義理も義務もない。そんなことより選ぶがいい。そこのご婦人から奪った物を大人しく返還して縛に就くか、その前に痛い目に遭っておくか」


 動揺した様子の男など意にも介さず、少女はただ淡々と冷酷に告げる。

 しかし、子どもになめた態度をとられたのが癪に障ったのか、男は軽い舌打ちとともに懐から刃物を取り出すと、少女に向かって猛然と襲いかかっていった。

 飛び道具を相手にあまりにも無謀すぎる行動。もしかすると、男からしてみても破れかぶれだったのかもしれない。一刻も早く立ち去らなければいけない状況で、突如として邪魔者が現れたのだから当たり前である。

 どうあれ、少女が危険にさらされているのは誰の目にも明らかであった。大の大人が凶器を振り回しながら迫ってくる。普通なら怯えるなり、慌てて逃げるなりするのが正しい反応であるだろう。

 だが、


「ただのナイフ? 何だ、魔法使いですらないのか」


 軍服少女はまるで動じない。どころか、冷静に相手の得物と戦闘能力を分析した上でつまらなさそうにため息をつき、


「なら、こちらも魔法は抜きでお相手しよう」


 勝負は一瞬だった。

 拳銃をトンファーのように持ち直した少女は、ナイフを握る男の指を銃身で砕き、そのまま背後に回り込むと延髄に渾身の肘鉄を食らわせる。

 それだけだった。たったそれだけで、男は小さく呻きながら膝から崩れ落ちていく。

 以前、カミルが見せたような流麗なものとは違う。けれど、効率的で的確な体捌きはまさしく軍人さながらの動きであった。

 おおよそ同年代の少女とは思えぬ強さに唖然とするのと同時、日々也の背筋が凍る。

 先程まで快活でおおらかだった人物の豹変振り。一度敵だと認識した相手を容赦なく無力化する姿に身震いせずにはいられない。果たして、どちらが本来の彼女なのか。どうして、あれほどの戦闘能力を有しているのか。


(……………学園に来るやつのほとんどが『訳アリ』、か)


 以前、リュシィの口にしていた言葉が頭の中によみがえる。おそらくは彼女もそういった類いなのだろう。

 日々也は冷えた体を温めるように、自らの腕を両手でさすった。

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