2-21 ようこそ、魔法雑貨店『コノハナ』へ
「暇だなぁ……………」
魔法雑貨店コノハナの自称看板娘、サクラは今日も今日とてぼやいていた。当然のことながら、その言葉を聞く客は一人としていない。そもそも店先には『休業中』と書かれた札が掛けられ、扉もしっかりと施錠されているのだから出入りできる者など絶無である。
誘拐騒ぎから二週間。家族はサクラの無事を大いに喜ぶとともに彼女の身と心を案じ、決して一人にしようとはしなかった。サクラ自身、当初はそれでいいと思っていたのだが、ほとぼりが冷めて落ち着きを取り戻し始めるとやっぱり元来の子どもらしさが顔を覗かせ出すわけで。
今では恐怖心よりも遊びたい欲の方が少しずつ勝るようになっていたのだった。
とはいえ、両親や祖母からすれば気が気ではない。退屈からやたらと出かけたがる少女を何とかなだめすかし、代わる代わる可能な限り相手をすることで対処していた。
しかし、この度とうとう限界が訪れた。
サクラの父は外せぬ仕事の用事ができてしまい、アオイとキクは仕入れの都合上どうしても家を空けねばならなくなったのだ。
それを聞いたサクラが店番で少しでも暇つぶしができると喜んだのも束の間、苦肉の策として店は臨時で閉められ、本人も絶対に外へ出ないよう厳命を受けてしまった。
もちろん、下水道の時のように幽閉されているわけでもないので、そんな言いつけなど破ろうと思えばいくらでも破ることはできる。けれども一人で外出するというのは、まだ少しばかり恐くもあるし、何より心配してくれる家族のことを思えば憚られるのも事実。
結局、彼女にできたのは自室を飛び出して、明かりの落とされた薄暗い店内を散策するまでであった。
少しでも気を紛らわせようと商品の品出しや在庫のチェックも試みてはみたものの、母や祖母がその程度の仕事を終わらせていないわけもなく、早々に手持ち無沙汰となった少女はいつぞやと同じくカウンターに突っ伏して首が揺れる動物の置物を延々と指で弾き続けている。
退屈は嫌い。
またあんな目に遭うのはイヤ。
置物の頭が上下する度に、二つの決して相容れることのない感情が交互に入れ替わっていく。
知らず、ため息が出た。
止めよう。こんなことをしていても虚しいだけだ。そう考え、少女は枕代わりとして自らの腕に額を押しつけた。目の前まで机が迫り、なおのこと暗さが増した視界の中、備え付けられた時計が針を刻む音だけをぼんやりと意識する。
カチカチ、カチカチ。
そのまま、どれほどの時間が経っただろうか。妙に心が落ち着く状況にサクラがまどろみ始めていた頃、店のすぐ外から幾人かの男女が話す声が聞こえてきた。
「あれ? お店、閉まっちゃってますよ? 今日って、お休みの日でしたっけ?」
「いや、違ったはずだけどな」
「当然の処置じゃない? 誘拐事件があったあとだし」
「はぁ? サクラの相手をしろって言ってきたのはアオイの方じゃない!? あーあ、こんなことなら来るんじゃなかったわ!」
「そうだね~。やっと約束が果たせるって~、あんなに意気込んでたのにね~」
「とりあえず裏手に回ってみるかニャア? お家にはいるだろうしニャア」
瞬間、サクラが飛び起きる。聞き覚えのある声、間違えるはずもない声に椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がると、慌てて店の扉へと駆け寄って鍵を外し、勢いよく開け放った。
店内に光が差し込む。
そして、予想していた面々の姿を認めた少女は咲き誇る花のような笑顔を浮かべ、元気に口を開いた。
「いらっしゃい! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」