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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
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2-18 笑わない者

 思い出すのは、下水道でのカミルの戦い。

 相手がどれほど強大でも冷静さを失わず、思考を巡らせ、仮説を立てて、検証を繰り返し、分析する。今必要なのはその姿勢だと、自らに言い聞かせる。

 最初、日々也はレオの魔法を目に見えない何か、風や斬撃を切っ先から飛ばす類いのものなのだろうと考えていた。だからこそ、『流転回帰』で対処できると判断してしまった。では、それが否定された現状、どういった可能性が上げられるのか。

 日々也は素早く周囲に目を走らせる。与えられた猶予は決して長くない。いつまたレオが距離を詰めようとしてくるか分からない以上、最速、最短で正答に辿り着けなければ今度こそ終わりだ。

 壁や道路など、あちこちに刻みつけられた傷跡。剣筋に従って引き起こされる破壊。距離を無視した攻撃。これまでに得られた情報から、あらゆる魔法を想定していく。

 しかし、まだ足りない。思いつくものは数あれど、そのどれもがしっくりこない。

 事実、日々也の考察には裏付けとなる決定的なピースが欠けていた。

 そして、敵もまた黙って待っていてくれるわけではない。


「ヒビヤさん!!」


「!!」


 リリアの叫びに身を翻すと同時、レオの腕が振るわれ地面が割れる。とにかく相手を始末しようという意思の表れ。行動としてはあまりにも粗雑ではあれど、彼からすればたいした問題ではなかった。相性では自分の方が有利だと分かっているのだ。わざわざ相手の魔法がどんなものなのか推理せずとも、このまま同じ行動を続けていればいずれ決着はつく。

 ただただ目的を遂行するための流れ作業。しかれど油断はなく、怠慢もない。余計な雑念を消し去り、敵対者の一挙手一投足に集中し対応する無心の境地であった。


(マズいマズいマズい!! 早く打開策を見つけないとこのままじゃ………!?)


 焦りと回避に日々也の脳の処理能力が使われていく。そうして彼らが翻弄され続ける間も、レオの猛攻は止まらない。

 袈裟に斬り、横に薙ぎ、縦に裂く。その度に避けることを強制され、疲弊した肉体が悲鳴を上げる。それでも頭を必死に働かせ、日々也はレオの魔法の秘密を探っていく。

 追い詰められているのではない。一撃ごとに情報を与えてもらっているんだと自らを鼓舞し、注意深く観察していく中、


(…………………………あれ?)


 ふと、違和感を覚えた。

 初めは勘違いや偶然を疑ったが、違う。

 手を緩めることなく攻撃を繰り返すレオ。そんな彼が、意図して行っていない動きがある。

 次に気づいたのは傷跡の異常さ。

 本来ならあり得るはずのない切り口の付き方に、突飛な予想が脳裏をよぎる。

 まさかとは思う。だが、試してみる価値はある。


「リリア! さっきのやつ、もう一回できるか!?」


「さ、さっきのって、『拘束』ですか!? でも、私じゃ動きを一瞬だけ止めるくらいしか………」


「いいから、早く!!」


 日々也の大声にせっつかれ、リリアは慌てて杖を構える。瞬間、レオの眉がピクリと動いた。

 戦闘音にかき消されぬよう交わされた二人の会話。いくら離れているとはいえ、張り上げられたその声量は十分レオにも聞き取れるレベルのものである。

 だからこそ、彼は二択を迫られた。

 現在、剣は上段に振り上げられており、狙えるのはどちらか一方のみ。日々也がタイミングを見計らったわけではなく、偶発的に引き起こされた奇跡がレオにとって最悪の状況で訪れていた。


(どっちだ?)


 何か策があるらしい少年か。今にも魔法を使おうとしている少女か。

 決まっている。

 リリアの『拘束』がさしたる障害にもならないことは既に証明済み。それよりも、小細工を弄される方がよほど面倒くさい。ならば優先すべきは日々也だ。効果があろうがなかろうが、やられる前に潰してしまえば関係ない。例え避けられたとしても妨害くらいにはなるだろう。

 ほとんど反射に近い速度で決断を下し、レオは日々也目掛けて斬りかかる。

 それが、致命的なミスだった。


「『拘束』!」


「『七条の矢』!」


「ッ!!」


 間一髪で攻撃を躱した直後、日々也はリリアの魔法がレオの身体を絡め取ったのに合わせて『七条の矢』を放つ。

 身じろぎ一つできない状態での急襲。普通なら、対応することなどできるはずもない一撃。


「うっとう、しい!!」


 にもかかわらず、レオは再び魔法の束縛を振り払い、迫り来る矢の全てを切り裂いてみせた。

 圧倒的すぎる技量。本来であれば絶望してもおかしくない状況で、日々也は活路を見いだした確信と自信から不敵な笑みを浮かべる。


「何が可笑しい?」


「いや、お前の魔法が分かったからつい、な」


「下手なはったりはよせよ。魔導書に記されてるような魔法だぞ? そう簡単に分析できるわけが……………」


「リリア。あいつの魔法は『視界内のものを距離に関係なく切り裂く』魔法だ」


 嘲弄を無視し、日々也は自らが導き出した答えをリリアに語る。途端、レオの体が硬直した。

 もしも仮にこの場にカミルがいたとして、彼の意見を聞くまでもないだろう。レオが図星を突かれたのは誰の目にも明らかであった。


「え……え!? ど、どうしてそんなことが………」


「あいつの魔法でついた傷、遠くへ行くほど大きくなってるだろ?」


「……………あ!」


 言われてリリアはハッとする。

 普通、どんなものでも移動するだけでエネルギーは消費される。それは魔力であろうと変わらない。だというのに、距離があればあるほど傷跡の損傷は酷くなっている。レオの魔法が視覚に起因しているのだとすれば、近くの物より小さく見える遠くの物の方がより破壊されるのは道理だ。

 そして、その仮定は他の事象にも当てはまる。

 遙か遠くまで届く破壊力を持ちながら、物陰に隠れていた日々也たちには傷一つつけられなかったことも。『流転回帰』で吸収できなかったことも。何より、視界を覆うほどの至近距離にまで迫っていた『七条の矢』を斬った際には魔法の効果が現れなかったことも。

 全て、辻褄が合う。

 気がついてしまえば至極単純なこと。カシラの持っていた魔導書と起源を同じくするのなら、空間に作用するという共通点もある。もはや、疑う余地などどこにもなかった。

 未知が既知となり、日々也たちの目に希望の灯火が宿るのを見て取ったレオは小さく舌打ちをする。


(腐ってもハクミライトの生徒。少し甘く見すぎてたか)


 日々也の口にした推論は小さな間違いこそあれど、大まかには核心を突いていた。

 故に、レオもまた悟る。

 自分が使っている魔法、その最大の弱点まで少年に見抜かれてしまっている事実を。


「じゃあ、次の手といこうか!」


 レオが身を屈めた次の瞬間、まるで弾丸のように全速力で疾駆する。

 既に魔法の秘密は暴かれた。予め展開しておいた『人払い』と『音消し』も、間もなく効果時間の限界を迎えて消滅してしまうだろう。

 ならば、もう安全策だなどと悠長なことは言っていられない。一刻も早く二人を始末し、魔導書を回収して撤退する。

 相手の戦法を看破して優位に立つ行為が、逆に接近戦を狙われるという最も危惧していた事態を招いていた。

 しかし、その程度のことを日々也が想定していないわけがない。


「リリア!!」


「!」


 日々也はただ、並び立つ少女の名を叫ぶ。

 作戦の具体的な内容は語らない。そんな暇もなければ、レオに知られる危険を冒すなどもってのほか。さらにチャンスは一度きり。

 だからこそ、彼は視線だけで合図を送る。それでリリアが理解してくれると、意図を察してくれると信じて。

 あまりにも分の悪すぎる賭け。いくら何でも楽観的すぎる期待。

 そんな重たい日々也の信頼に対し、


「三…いえ、二秒下さい!!」


「ったく、世話が焼けるな!」


 リリアは、見事に応えてみせた。

 杖を地面に突き立てるようにして構え、静かに呪文の詠唱を始める少女。当然、レオもみすみす見逃したりはしない。リリアの魔法を阻止せんがため、走る速度を維持したまま剣を大きく振りかぶる。

 だが、


「させるかぁっ!!」


 レオの前に立ち塞がった日々也が『七条の矢』を二回、連続して放つ。

 計十四発の光の矢。飛来するそのことごとくをレオは見事に切り払ってみせる。

 神業、と称されてもおかしくないほどの芸当。驚異的なまでの技量は日々也たちとの明確な実力差を見せつける。

 とはいえ、いくら何でも無理が過ぎた。そもそもが中途半端な体勢からの迎撃動作。加えて、『流転回帰』の保存している魔法を再利用する性質が、元来なら一回目と二回目の間に生じていたはずの魔法陣を再構築するという時間的猶予を消し去り、バランスの崩れた体を立て直すだけの余裕までは残らなかった。

 結果、届かなくなる。

 レオの刃が二人を捉える前に約束の二秒が経過し、リリアの詠唱が終わる。


「召っ、喚!!」


 少女の声が響き渡ると同時、辺りを粉塵が包み込んだ。

 召喚魔法を使用した際に、異世界間で発生した摩擦によって魔力が魔素化して巻き上がることで起こる副次的効果。どれだけ説明を受けても日々也は全くもって理解できなかったが、理屈などどうだっていい。重要なのは、レオの視界を奪ったという一点にあるのだから。


「っ、クソッ!!」


 レオが闇雲に剣を振るうも、直接どころか魔法越しにすら手応えは感じられない。ただ、眼前の白煙が僅かに揺らめくだけだ。少しでも魔素の量を増やすため、失敗を前提に通常よりも多くの魔力を流し込んだリリアの召喚魔法は見事にその役目を果たし、彼の魔法を完全に封じ込めていた。

 最大の武器を失い、ここに至ってようやくレオの表情にも焦りの色が滲み出る。さりとて、彼に後退の余地は与えられていない。煙の外に出るまで下がってしまえば、日々也たちは魔導書を持ったまま逃げ出してしまうだろう。そうでなくとも、このままでは標的を見失ってしまう。

 だからこそ、あえて彼は前に出る。目が当てにならない分、耳で音を拾い、肌で空気の流れを感じ取り、最大限の注意を払いながら。

 故に、ギリギリで気づくことができた。張られた煙幕を裂くように、七つの光る矢が自らに真っ直ぐ向かってきていると。


「洒落臭いんだよ、ガキがっ!!」


 それら全てを切り裂き、レオは『七条の矢』が飛んできた方向へと突撃する。

 その先には必ず、日々也かリリアのどちらかがいるはずだ。もちろん、魔導書を持っている日々也であるのが望ましい。しかし、最悪リリアだったとしてもおびき出すための餌ぐらいにはなるだろう。

 何にせよ近寄ってしまえばこちらのものだと考え、レオは駆ける。そして、程なくして一人の影を捉えた。

 背格好から判断するに日々也だ。向こうもレオの存在に気づいて構えをとろうとするが、もう遅い。そこは既に彼の間合いだった。


「死ぃぃねぇぇえええ!!」


 狂気を孕んだ雄叫びとともに剣を振り上げる。それでも、未だ影はろくな防御態勢すらとれていない。

 勝った。

 勝利への確信にレオは笑みをこぼし、


「げっ、ぅ…?」


 突如、腹部に走った鈍痛にえずいた。

 目を向ければ、そこにあったのは突進の反動で地面へと落ち行くルーの姿。

 視界が悪い中、突如として現れた意外すぎる伏兵にレオは呆気にとられる。とはいえ、大抵は愛玩目的でしか召喚されないようなカーバンクルを戦力としてカウントしなかったからといって、ましてやその存在に虚を突かれたとして、誰が彼を責められようか。

 だが、それが勝敗を分けた。

 自らを囮とし、ルーの攻撃で隙のできたレオの胸に日々也は手のひらを押しつける。

 煙幕の中でも表情を読み取れるほどの至近距離。魔法の回避も迎撃も許さない状況にありながら、レオの瞳に映る彼は笑わない。

 ただ、


「『七条の矢』!!」


 先程のような油断を一切排除し、自らの持てる全力を叩きつけた。

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