2-16 嘘と真相
助け出した子どもたちを親元へ送り届ける役と今回の事件を憲兵に伝える役をカミルたちに任せ、日々也とリリアの二人はハクミライトへ向けて大通りを歩いていた。
迷いなく歩を進める日々也とは対照的に、リリアは気まずそうに問いを投げかける。
「あの、本当によかったんでしょうか? 私たちだけ先に帰っちゃって。やっぱりどっちかだけでもお手伝いするべきだったんじゃ………」
「カミルがそうしろって言ったんだから別にいいだろ。誘拐犯たちもしっかり縛り上げておいたし、憲兵が到着するまで逃げられるようなこともないだろうしな」
「そうかも知れませんけどぉ……」
日々也の答えに歯切れ悪く返すリリア。その肩に乗ったルーも、まるで彼を非難するかのようにキュウキュウ鳴き出した。
しかし、彼はそれを無視して休むことなく足を動かし続ける。
「ほら、早くしないと置いてくぞ」
「ま、待ってくださ………あれ?」
連れに対していやに素っ気ない態度をとる少年の後を追いながら、リリアはふと違和感を覚えた。
最初、彼女はその正体が何なのか分からなかった。ただ、例えようのない気持ち悪さや不安感だけが胸の奥にこみ上げてくる。
「どうした?」
「あ、いえ、大したことじゃないんですけど……」
キョロキョロと辺りを見回し、ようやく原因に気づいたリリアは日々也を見上げ、
「何だか、やけに人通りが少なくないですか?」
指摘を受け、初めて日々也も自身を取り巻く異変を感じ取ることができた。
多少夜も更けてきてはいるものの、街の住人全員が寝静まるには未だ早く、本来ならば夜道を行き交う人々を見かけても何らおかしくはない時間帯。
にもかかわらず、周囲はしんと静まりかえり人影どころか気配すらない。
(いや、そもそも…………………………)
この数分間、誰か一人でもすれ違った人がいたか?
少年の背を冷たいものが流れ落ちる。心の中で危険信号が警鐘を鳴らす。
とにかく一刻も早くここから離れた方がいい。
日々也がそう考えたのと何者かが声をかけてきたのはほとんど同時であった。
「おや? 奇遇だな、君たち。こんなところでまた出会えるだなんて」
気さくで爽やかな声音。相手に安心感を与える口調とともに近づいてくる人物には覚えがある。ほんの数時間前、公園で知り合った憲兵。レオ・ランパルトだ。
その姿を認め、リリアの表情が思わず柔らかくなる。
「レオさん、丁度よかった! 実は誘拐事件についてお話ししたいことがあって……………」
「それ以上近づくな」
レオへ向かって駆け寄ろうとするリリアの腕を掴んで制止する日々也。
緊張感をはらんだ警告は、果たしてどちらへ向けられた言葉であったのか。あるいは、両者に対してだったのかも知れない。
明らかに尋常ならざる雰囲気の少年にさすがのリリアも狼狽え、困惑するばかりだ。
「ヒ、ヒビヤさん?」
「おいおい、どうしたんだよ。いきなり恐い顔して……………」
「近づくなって言ってるだろ!!」
そんなリリアを無視して、日々也は話しかけながら一歩踏み出そうとしたレオを恫喝する。
あまりの剣幕に彼も足を止め、困ったなとばかりに頭を掻いた。
「ちょっと落ち着いてくれよ。何か君の気に障ることでもしちまったか? もしくは、ムカつくことでもあったのか? 俺でよければ相談に乗るぜ?」
「………カミルが言ってたよ。人が嘘をつくときは、体のどこかに必ずサインが現れるって」
「は?」
「お前、今回の誘拐事件の黒幕なんだろ」
前触れも予告もない、唐突な日々也の指摘。
その一言にレオの笑顔は凍り付き、リリアの口から驚愕の声が漏れる。
「本当、なんですか? ……それ」
「僕も最初は信じられなかったんだけどな。これは推理でも何でもない、カミルが実際に『目にした』事実らしい」
自らの言葉に固まるレオを意に介さず、日々也はリリアとともに少しずつ後ずさる。
しかし、視線だけは決して相手から外さない。
それがどれほど重要なことであるのかは、アレウムと対峙した際にいやというほど思い知らされた。あのときと同じ愚を犯すのはごめんだ。
「あいつ曰く、人間ってのは嘘をつけば癖も一緒に出るもんなんだと。例えどれほど嘘をつき慣れてても、癖を矯正しててもな。普通なら分からないくらいの小さな変化でも、電気信号が見えるカミルの目なら関係ない。だから、『事件の調査をしてる』って嘘をついたお前に情報を渡さなかったんだよ」
思い返せば、カミルの言動には不自然な点が多かった。
いくら彼が他人を厄介ごとに巻き込むのを忌避する性分であるとはいえ、既に調査を始めている憲兵に協力しないのは些か合理性に欠ける。それは事件解決の遅延に繋がり、ともすればミィヤたちを救出するという目的すら遂げられないかも知れない危険性のある行為だった。
悪漢に襲われたあと、すぐにその場を立ち去ったことに関してもそうだ。程なくすれば騒ぎを聞きつけた憲兵が駆けつけたであろう状況にもかかわらず、まるで鉢合わせを厭うかのようにカミルは移動を優先した。
だが、もしも前提から違っていたのだとしたら。全てが嘘偽りであったのだとしたら。
憲兵に頼れるわけがない。誰が、どこまで誘拐犯たちと繋がっているか分かったものではないのだから。
「で、お前がわざわざ僕たちの前に出てきたのは、こいつの回収が目的だろ?」
そう言って日々也が懐から取り出したのは一冊の黒い革手帳。
それは昏倒した誘拐犯のカシラからカミルが密かに押収していた魔導書、いわゆるグリモワールと呼ばれるものであった。
事ここに至って、リリアもようやく理解する。
そもそも疑問ではあったのだ。カシラの使っていた『空間を操る魔法』など、魔法学校の生徒である彼女ですらこれまで見たことも聞いたこともなかった。だというのに、たかが誘拐犯風情がどういった経緯でそんな魔法を身につけるに至ったのか。
その答えが日々也の手の中にある魔導書というわけだ。
魔導書とは、高い技量を持った魔法使いが自らの英知を結集し、一つの本へと変えた最上級の魔法具である。
幾重にも張り巡らされた魔法の障壁と、複雑に暗号化された内容を読み解くことができれば強大な魔法を習得できる一方で、少しでも取り扱い方を誤れば良くて失明、最悪の場合は脳の回路を焼き切られる恐れすらある危険な代物。
それを、目の前の男があの誘拐犯に貸し与えていたのだろう。おそらくは、解読法とともに。
「ちなみに、お前が僕らの後をずっとつけてたのもカミルは気づいてたぞ。狙いが攫われた子どもたちなのか別の何かなのか分からなかったし、すぐに襲ってくる様子もなかったから、あえて放置してたらしいけどな」
「待て。待て待て、待ってくれ。黒幕? 目的? どうも誤解があるみたいだ。俺の言い分も聞いちゃくれないか? なぁ?」
「三回目だ。近づくな」
苦笑いをたたえ、なおも歩み寄ろうとするレオに日々也の冷たい警告が叩きつけられた。
向けられた手の先に浮かぶ魔法陣から漂う明確な拒絶の意思に、白装束で着飾った憲兵は諦めのため息をつく。
「分かった分かった、分かりましたよ。近づかない、近づかない」
そして、
「近づかなければいいんだろう?」
腰から下げた剣を抜き、横一閃に薙いだ。