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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
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2-15 たまごが先かニワトリが先か

「いやぁ~、やっぱりシャバの空気は美味しいニャア~」


「言い方ぁ………」


 噴水が備え付けられた街の広場にて。外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで満足げなミィヤに対し、カミルは呆れた様子で肩を落とす。

 とはいえ、その気持ちは分からないでもなかった。

 何せ先程までいた下水道の臭いときたら、少し油断しただけでえずいてしまいそうになるほど酷いものだったのだ。正直なところ彼自身、もうあの悪臭を嗅がなくて済むのだと安堵していた。あとは麻痺した嗅覚ではほとんど感じ取れないが、服や体に染みついてしまっているであろう残り香も落とせれば文句なしである。

 それに何より、


「やった……ぼくたち、助かったんだぁ……………!」


「私たち、お家に帰れるの………?」


「よかった…よかったよぉ…………」


 聞こえてくるのは子どもたちの歓喜の声。彼らを救い出し、あんな劣悪な場所から連れ出せたことを思えば、達成感から軽口の一つも叩きたくなるというものだ。


「あぁ、そうだ。この子のこと忘れるところだった。ミィヤが道案内するように頼んでくれたんだよね? おかげで思ってたよりも早く皆を見つけられたよ。ありがとう」


「おっ、ちゃんと会えたんだニャア。正直その辺りはちょっと賭けだったんだけど、上手くいったのなら頑張って捕まえたかいがあるってもんだニャア」


 お礼とともにカミルがポケットから取り出したのは、下水道で見かけた一匹のネズミ。住処から離れたせいか落ち着かない様子の小動物を前にして、ミィヤはその顔を覗き込むように視線を合わせると、


「『お疲れ様。よくカミルを連れてきてくれたね。約束通り、この街の猫たちにはキミに手を出さないよう伝えておいてあげる。さ、もう巣にお帰り』」


 最大限の感謝。そして同等以上の威圧感を込めて、少女は普段とは異なる口調で静かに語りかける。その言葉を聞いたネズミは一瞬ぶるりと体を震わせ、慌ててカミルの体を駆け下りると夜の闇の中へと姿を消した。おそらくは元いた場所へと戻っていったのだろう。


「んん。これでよしっ、と。あぁ……皆に連絡しなきゃいけないの、大変だニャア~」


 二度、三度と喉の調子を整え、ミィヤは後に控えた激務を思い独りごちる。

 彼女が今やってみせたのは一部のモンスターとその血を引く人物にのみ使用することのできる魔法の一つ、『万国共通語(ワイルドワード)』と呼ばれるものだ。名前からは仰々しい印象を受けるだろうが、その効果は大変慎ましく、ただ『他の生物との意思疎通が可能になる』というだけの魔法である。

 しかし、それは決して役に立たないことには繋がらない。相手が動物であったとしても、会話ができるということは情報収集や取引による擬似的な使役ができるということだ。事実、ミィヤもまた身の安全を担保とし、ネズミにカミルの特徴を伝えて連れてくるよう依頼していた。

 牢屋の中であの小動物を見かけたのは完全に偶然であったし、捕獲のために子どもたちと一緒になって追いかけ回す羽目になったのは大変だったが、苦労に見合った価値は十二分にあったと言える。

 どんな魔法であろうと、重要なのはどう使うかだ。


「と~こ~ろ~で~? 『早く見つけられた』だなんて、カミルったら私のことをそんなにも心配してたのかニャア~~~?」


「なっ!? やっ、べ、別に!? 違うし!?」


 ミィヤの唐突な指摘にカミルが狼狽える。

 迂闊だった。余計なことを口にしてしまったと後悔するが全ては後の祭り。既にミィヤはいつものようないたずらっぽい笑みを浮かべ、ニヤニヤと彼の顔を覗き込んでいた。


「ミ、ミィヤじゃなくて、ほら、サクラちゃんの心配してたんだよ! あんなところにずっと閉じ込められてたらかわいそうでしょ!? 他の子たちにしたってそうだし!? 精神衛生上とか、情操教育上とか、人格形成上的に絶対よくないから急いでただけで!? だから、何ていうか、その……………」


 羞恥に頬を染め、思いつく限りの照れ隠しを矢継ぎ早に羅列していくカミル。このまま放っておけば、間違いなく愧死しかねないほどからかわれ倒されるのは明白だ。それだけはとにかく避けねばと、今までの人生史上最も必死に思考を巡らせる。

 そんな彼の胸に。

 ぽすん、と少女は額を押しつけた。


「………ミィヤ?」


「……………………………こわかったニャア」


 そう呟くミィヤの表情は窺い知れない。だが、その体が小さく震えていることは左目に頼るまでもなく容易く理解できた。

 瞬間、カミルは己の浅慮を恥じる。

 何が『いつものような』、だ。少し考えれば分かることではないか。

 ミィヤだって、まだ年端もいかぬ女の子なのだ。不安を覚えなかったはずがない。恐怖を感じなかったはずがない。それでも、子どもたちを安心させるために今まで気丈に振る舞っていたのだ。なればこそ彼女の努力を、奮闘を讃えずしてどうするのか。


「……………ごめんね。もう大丈夫だから。よく頑張ったね」


 縋るように回された腕に応え、カミルもまたミィヤを抱きしめ返す。少しでも落ち着かせるため優しく背中をなでつけて、謝罪と、安堵と、称賛を言葉へと変えていく。

 そして、


「アンタたち、いい雰囲気のところ悪いんだけど、まだこれからのことを話し合わなきゃいけないの分かってる?」


 ロナの注意で一気に現実へ引き戻された。

 目を向ければ、そこにいるのは自分たちを眺めるたくさんのオーディエンスたち。

 気まずそうな者。興味津々な者。不思議そうな者。多種多様な視線に晒され、二人は慌てて体を離す。


「そ、そそ、そうだ! ほら、これ、リボン! ミィヤのでしょ? 公園に落ちてたよ!」


「あ、う、うん。ありがとうニャア。いや~、なくなって困ってたんだニャア~」


 『あははは』と、お互いに笑って誤魔化しながら、ミィヤが受け取ったリボンで髪を結い上げようとする。それを険しい顔のリリアが制止した。


「コラ! 駄目ですよ、ミィヤちゃん。血が止まってても頭を怪我したんですから、リボンは当分禁止です!」


「え~?」


「『え~?』、じゃないです! ほら、応急処置しますから、こっち来て下さい」


「じゃあ、僕たちは今後の方針について決めるか」


「あ、あぁ、うん。そうだね」


 ミィヤがリリアに引っ張られ、日々也と相談を始めたカミルから引き離されていく。

 その最中、ふと手渡された布地の惨状に気づいた彼女の眉間にしわが寄った。


「うわ、結構汚れちゃってるニャア。ほつれてるところもあるし、また直さないとだニャア……」


「いい加減新しいのに買い換えたら? 使い始めてから結構経つんだしさ」


「ニャハハ、そんなことするわけないニャア」


 幼なじみの嘆きを聞きつけたカミルの言葉。しかし、ミィヤはその提案を間髪入れずに一蹴し、彼の方を振り返る。


「だって、これはカミルが初めて私にくれたプレゼントなんだからニャア」


「……………あっそ」


 ニッと歯を見せるミィヤ。それは、今度こそまごう事なき『いつもの』笑顔であった。

 ならば、ひとまず今はよしとしよう。

 例え、かつての贈り物が現在進行形でからかうためのネタに使われているとしても。

 彼女が笑っていられることこそが何よりも大切なのだからと、満足げなため息交じりにカミルはぶっきらぼうに応えるのだった。






「………ふふ」


「ん~? リリアちゃんったら、急にどうしたんだニャア?」


「いえ、二人とも仲良しだなぁって思って」


「ニャッハッハ。そりゃあ、小さいころからの付き合いだからニャア」


 噴水の縁に座り込み、治療がてらリリアとミィヤは仲睦まじく語り合う。治癒魔法が放つ淡い光が心地いい。頭を軽く触れられる感触と心身にたまった疲労とが相まって、猫少女は何だか散髪をしてもらっているときのような独特の眠気に襲われる。


「あ! そういえば、聞きましたよ~。リリアちゃんとカミルさんの馴れ初め!」


「ンニャア? そうなのかニャア? 何だか恥ずかしいニャア~」


「確か、いじめられてたカミルさんをリリアちゃんが助けたんですよね? とっても素敵なお話で、私すっごく感動しちゃいましたよ~」


「……………えっ?」


「えっ?」


 恍惚の表情でカミルの語った内容を口にするリリアに対し、ミィヤはキョトンとした様子で返す。しばらくそのまま硬直していた彼女だったが、やがて数度まぶたをしばたたかせ、小首をかしげて自分の思い出を脳内検索し、


「……そんなこと、あったっけっかニャア?」


「えぇ!?」


 予想外の発言にリリアが驚愕の声を上げた。

 しかし、冗談ではなく、誤魔化しでもなく、ミィヤは本当に心の底から覚えていないのか、腕を組んだまま唸り続けている。


「で、でも、カミルさんの話じゃあ………」


「私は自分がいじめられてたところをカミルに助けられたのが知り合った切っ掛けだったって記憶してるんだけどニャア~? 第一、恩人でもない相手にそこまでするほど殊勝じゃな…………あ~、でも、カミルも同じこと言いそうだニャア~」


「え…え!? け、結局どっちが先なんですか!?」


「ん~。それは、まぁ、あれだニャア」


 なおも食い下がるリリアを尻目に、ミィヤは満天の星空を仰ぐ。

 当然、その先に答えが見えるはずもない。

 けれど、


「たまごが先かニワトリが先か………ってやつだニャア」


 きっと、どちらだろうとどうでもいいのだ。

 幼なじみを想うこの気持ちに、変わりはないのだから。

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