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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
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2-14 少年の誓い

 カミル・エンバートという少年の生い立ちは日々也の世界視点では言うまでもなく、この世界視点でもかなり異質なものであった。

 生まれながらに死の呪いをその身に宿し、何代も前の祖先が契約していた精霊から魔力を供給してもらうことで一日一日をかろうじて生きている。そんな人生を送っている者など、それこそどこかの伝承や叙事詩に登場する人物くらいであろう。

 もしも、彼がそういったきらびやかな物語の主人公であれば、決して心折れることなく困難に立ち向かい、最後には幸せを掴み取る素晴らしい未来が待っているに違いない。

 しかし、悲しいかなカミルはごく普通の子どもで、ありふれた一般人でしかなかった。

 毎夜、眠りにつく度に『二度と目覚めないんじゃないか』と怯え、涙する。ふとした瞬間、『自分は本当に生きているのだろうか』と疑問に思い、立ち尽くす。

 四六時中、死の影を恐れ、自分の存在を朧気にしか認識することができない。

 まるで濃い霧の中を独り歩き続けるような感覚に囚われていたカミルを支えたのは、生まれたときから彼とともにいてくれた母と二人の精霊。そして、幼なじみのミィヤとその家族であった。

 多いとは言えないかも知れない。だが、確かに自分という『個』を認め、愛してくれる人たち。カミルが腐らず、曲がらず、真っ直ぐに成長できたのは、ひとえに彼ら彼女らから与えられるたくさんのかけがえないものがあったためだ。

 だからだろうか。

 いつしかカミルが、自らの中で一つの誓いを立てていたのは。






「あー、あー、あー、あー、あー、あー、あー、あー、何てことしてくれてんだ、テメェはよぉ!?」


 自らの部下が一人残らず昏倒させられ部屋中に転がる惨状を前にし、カシラは顔を手で覆って声と体を震わせる。


「オレらの仕事はなぁ、信用第一なんだよ。だっていうのに、んだよこの有様は? ガキ一人にいいようにされて面子潰されました、じゃあ話になんねぇだろうがよぉっ!!」


 男がカミルへ向けて蹴りを放ったのは、言い終わるよりも早かった。お互いの体格差は歴然。丸太のように太く無骨なその足が命中すれば、少年の骨など容易く砕け、体が宙を舞うのは明らかだ。

 だが、当然ながらむざむざ当たってやる義理はない。

 カミルは僅か半歩だけ下がることで、あっさりと致命的な一撃を回避してみせる。


「オイオイオイ、人が喋ってる途中だろうが。ちょろちょろ動き回るなんてマナーがなってねぇぞ、マナーがよぉ」


「悪いけど、手っ取り早く済ませたいんだ。無駄話はなしにしようよ」


 男の軽口を一蹴すると同時、相手の懐に飛び込んだカミルは急所目掛けて目にも止まらぬ速さで三度刀を振るう。

 しかし、こちらもまたカシラには届かない。

 こめかみ、顎先、鳩尾。いずれの箇所を狙っても、武器が勝手に逃げていく。

 それを確認したカミルは反撃を受けぬようすぐさま後退し、距離をとる。そして、『ふうっ』と短くため息をついた。

 埒が明かない。

 片や小柄で華奢なカミル。片や大きく筋肉質なカシラ。

 一見正反対でありながら、二人の戦い方はある意味で似通っていた。

 すなわち、相手の攻撃を全くもらわないという『守り』の戦法だ。

 動きを読んで対応する魔法と、何ものをも受け付けない魔法のぶつかり合い。傍目には勝負のつけようがない千日手に映る状況でありながら、その実カミルは既に王手をかけられていた。

 原因は、今こうしている間にも彼を蝕み続ける呪いに起因している。元々カミルにとっての『守り』とは、一切の反撃を許さない圧倒的なまでの『攻め』の姿勢、つまりは攻撃こそ最大の防御という考え方である。そうした立ち回りをしなければ、彼自身の肉体が保たないのだ。

 にもかかわらず、カシラの魔法の前ではそれが通用しない。相性としてはこれ以上ないほどに最悪、と言えるだろう。


(やっぱり駄目か。最初の不意打ちで決められなかったのが痛かったなぁ………。でも、向こうだけ一方的に触れるっていうのは絶対に何かしらの条件があるはず。魔法を発動した様子も魔法機を使ったそぶりもなかったのは気になるけど、そっちは後回しかな)


 だからこそ、カミルがまずすべきは解析すること。

 バレないように、悟られないように、水面下でトライアルアンドエラーを繰り返し、確実に、着実に、勝利への布石を積み上げていく。多少もどかしくはあれど、魔法の使用に制限のかかっている彼にとってはどうあっても必要な作業だ。

 そして、完遂のためには彼らの手助けが必要不可欠だった。


「今!!」


「「『七条の矢』!」」


 カミルの合図で、カシラが出てきた扉側の壁際に潜んでいた日々也とリリアが同時に『七条の矢』を放つ。

 完全な死角、意識の外からの十字砲火。カミル一人では無理でも、心強い仲間がいることで可能となった魔法による絶対不可避の連係攻撃。本来であれば、意識を向けることすらできずに計14本の光の矢に射貫かれ固い地面に倒れ伏していたことだろう。

 しかし――――――――――、


「あぁ!? 何だぁ!?」


 二人が撃ち込んだ『七条の矢』は一つたりとも命中することなくカシラの体を避けていき、それぞれ対角線上の部屋の隅で弾けて消えた。

 バシ、バシ、バシン!! と虚しく音を立てて霧散していく七色の光に、始めこそ呆気にとられていたカシラも程なくして状況を理解し、背後の日々也たちへ嫌らしい視線を向ける。


「ははぁ、なるほどなぁ。姿が見えねぇと思ったら、そんなところにいやがったのか」


 そして、カシラはまるで獲物を前にした蛇のように舌なめずりをし、


「いいねぇ。いい加減そこのチビの相手すんのも飽き飽きしてきてたしなぁ。まずはテメェらから先に片付けて……………」


「させない!」


 踵を返し、リリア目掛けて猛然と駆けていく男の後を追うカミル。その顔面へ、突如として振り返ったカシラの裏拳が迫った。


「オラァッ!」


「ッ!!」


 もちろん、そんな程度の企みを彼が看破できていないわけがない。だが、もしもカミルが誘いに乗らなければ、カシラは間違いなくリリアを手にかけていただろう。

 だからこそ少年は反応せざるを得ず、故に窮地に立たされた。

 不意の一撃こそ急ブレーキをかけて回避したものの、二度、三度と続けざまに男の豪腕が襲いかかる。反撃を許さない猛攻と刀を振るには近すぎる間合い。二つの要素がカミルから防戦以外の選択肢を奪い取っていた。


「カミル! クソッ!!」


 状況の不利さを悟って、カシラへと手のひらを向ける日々也。

 部屋に入る前にリリアから予め『七条の矢』は七回分ストックさせてもらっている。一発無駄にしたとはいえ、まだ余裕は十分。少しでもカミルの助けになればと考え、慎重に狙いをつけるが、


「止めておきなさい」


 すんでの所で、乗っかるように腕を押さえてきたロナに邪魔された。予想外の行動に、さすがの日々也も憤慨して抗議する。


「何でだよ! このままじゃカミルが………」


「アンタ、狙撃の名手なの? あの醜男だけに当てられる自信、ある? そもそも、あいつの魔法を突破する算段はついてるの?」


「それ、は………」


 ロナの言葉に対し、少年はただただ口をつぐむしかなかった。小さな精霊の言っていることは全てにおいて正論だ。チラリとリリアの方へ目をやれば、彼女もまたどうすればいいのか判断に迷い、日々也とカミルを交互に見ては狼狽えている。


「でも、放っておくわけにはいかないだろ!」


「作戦は最初に決めたはずよ。与えられた役割以上のことをするのは、かえってあいつの邪魔になるだけ。今はおとなしくしてなさい」


「…………………………分かったよ」


 冷たく突き放すような発言。それを日々也は自らの感情とともに飲み込んだ。実際問題、今の彼らにできることは何もなく、黙って友人が死闘を繰り広げる様を静観するよりほかなかった。

 しかし、そんなやりとりをしている間にもカミルはどんどん追い込まれていく。

 脂汗を流しながら肩で息をする姿は、戦闘のプロでなくとも彼が限界寸前であると理解させるのに十分だった。

 そして、程なく勝敗を決するときが訪れる。


「ハッハァ! どうした、どうしたぁ!? 避けてばっかじゃ勝てねぇぞぉ!!」


「言われなく、ても!!」


 カシラが拳を突き出すのに合わせ、カミルも刀を振るう。

 肉を切らせる前提でのカウンター。

 もはや動ける時間も僅かばかり。これすら通用しなければ後はないだろうという思いを乗せた一撃は、相手の殴打と寸分違わぬタイミングで胴へと吸い込まれていく。

 次の瞬間、


「ご、ぶ………ッ!!」


 カミルの刀は届かなかった。

 切っ先はくにゃりと曲がり、無謀な賭けに出た報いとばかりに彼の腹部を太い腕が捉えていた。

 メシメシと骨が悲鳴を上げ、胃の内容物が逆流してくる苦痛を味わいながら、少年は吹き飛ばされていく。自らの名を叫ぶ声が聞こえた気がしたが、果たして現実だったのか、はたまた幻聴か。


「おうおう、やぁっと当たったか。ったく、手間取らせやがって」


 視界が明滅する。

 耳に届く音は遠く、手足に力が入らない。

 それでも、カミルはうまく呼吸のできなくなった肺を無理矢理に働かせ、立ち上がる。

 ここで倒れるわけにはいかない。諦めてしまえば、ミィヤとサクラを助けられないどころか日々也やリリアまで危険にさらすことになる。そんな事態は到底許容できるものではない。その一心だけで、彼は不敵な笑みとともに男を真っ直ぐに見据える。


「こ…んな、程度で……勝ち誇らないでもらえるかな? 僕はまだまだ戦えるよ?」


「ハハハッ、いいねぇ。もっと楽しませてくれるってかぁ? けどなぁ、テメェじゃオレを倒すなんてことはできねぇ。ソイツがいい証拠だ」


 そう言うと、カシラはカミルの右手を指さす。

 より正確には、そこに握りしめられた彼の刀を。


「どうして抜かねぇ? 何で、わざわざ布で固定してやがる? 当ててやろうか? テメェにはなぁ、人を殺す『覚悟』ってモンがねぇんだよ!」


 カミルの眉がかすかに動く。カシラはその反応を見逃さず、なおも彼を嘲るように喋り続ける。


「怖ぇかぁ? 恐ろしいかぁ? 他人を傷つけちまうのが、死なせちまうのが! 臆病者がよ。いくら立派な得物持ってようがなぁ、使うのがテメェみてぇなチキンじゃあ意味がねぇ。宝の持ち腐れなんだよ!」


「…………………………宝の持ち腐れ、ね」


 男の言葉を、カミルは興味なさげに繰り返す。そして、あろうことか構えを解いて何事かを考え出した。とても戦闘の最中にするべきとは思えない行動。あまりの突拍子のなさにカシラの表情も怪訝なものになる。

 それを気にも留めず、しばし思考を巡らせていたカミルはやがて納得した様子で数度頷くと、


「うん。確かに一理あるね。じゃあ、こうしようか」


 無造作に、自らの武器を放り捨てた。

 カシャン、と甲高い音を立てて刀がカシラの近くに落ちる。

 あり得ないを通り越し、いっそ愚かしいと表現して差し支えない行為に日々也とリリアは絶句した。少年と大男。対峙する二人のリーチ差は歴然。筋力も、体力も、カミルの方が劣っているのは明らかだ。だというのに、数少ない優位性を自ら放棄するなどどうかしている。

 これにはさすがのカシラも不信感を滲ませながらカミルを睨みつけたほどだ。


「……………どういうつもりだ、テメェ?」


「貸してあげる。おカシラさんなら、覚悟のないボクより上手く扱えるでしょ? こっちとしても、相手が丸腰だと遠慮しちゃって本気が出せないしさ」


「なめてんのか?」


「なめてるんだよ」


 問いに対し、間髪を入れずに即答するカミル。

 圧倒的に不利な状況であるにもかかわらず余裕を見せ、あまつさえ自らを軽んじる少年を前にしてカシラの額には青筋が浮かぶ。

 今にも爆発せんばかりに蓄積された怒りの感情。それを理解した上で、カミルはなおも優しく微笑み、


「どうしたの? 使わないの? あぁ、もしかしてハンデが足りなかった? こんな穴蔵にこそこそ隠れなきゃ、ろくに悪いこともできないような人だもんね。武器を捨てたくらいじゃ不安でしょうがないか。何なら、片腕でも折っておいた方がいい?」


 血管の切れる音が聞こえたのは、恐らく気のせいではなかっただろう。

 言葉として意味をなさない怒号とともにカシラが突進するのと同時、カミルもまた疾駆する。

 当然、両者が目指すは床に転がる刀の元――――――――――ではない。

 お互いそんなものには見向きもせず、ただ相手との距離を詰めていく。

 これ以上、時間をかけないために。

 これ以上、減らず口をたたかせないために。

 二人の思惑が合致した結果、カミルがカシラを、カシラがカミルを間合いに捉えるのに一秒とかからなかった。


「死ねやあああぁぁぁ!!」


 カシラが渾身の力を込め、拳を振り上げる。

 瞬間、


「なっ………!?」


 カミルの姿がかき消えた。

 もちろん、魔法でもなければ幻覚でもない。ただ、長年の鍛錬で培われた体術と独特の足運びによって素早くカシラの股下をくぐり抜けただけだ。

 そうして生じた隙はほんの僅かなもの。だが、カミルにとっては十分すぎるほどの時間であった。

 少年は無防備に晒された男の背中へ飛びかかると、足を胴体に絡ませながら腕を首に回し、締め上げる。

 それはカミルの奥の手の一つにして、戦いを始めてから初めてカシラに通った攻撃。

 いわゆる、『裸締め』と呼ばれる技だった。


「……ガ、ァ……………」


 カシラの顔が苦悶に歪み、口から泡が吹き出る。

 この技は喉仏の左右にある頸動脈洞を圧迫することで迷走神経反射を引き起こし、およそ七秒という短時間で対象の意識を刈り取ることができる。そして何よりも恐ろしいのは、一度極まれば脱出する術はないと言われるほどの確実性。

 まさしく、必殺技ならぬ必勝技。完璧にかかった時点で敗北の結果を覆すことがあたわない、ある種の対人戦における極致。

 しかし、


「………ハ、ハハ。なかなか面白い技ぁ、知ってんじゃねぇか。クソガキ」


「!」


 筋力に圧倒的な差があった場合、話が違ってくる。


「そぉら、よぉっ!!」


「ッ、カハッ…………!」


 カシラは絡みついたカミルの腕と足を強引に引き剥がし、そのまま彼を投げ飛ばした。

 地力の違い。さらにはそこへ想像していた以上の疲労とダメージが蓄積していた結果だろう。判断を誤った代償として、少年は固い床を幾度も転がり全身を強打する。


「……く………ぅ、あ……………」


 息も絶え絶えだった。

 体中が軋み、できた青あざは数え切れない。

 それでもカミルは立ち上がり、カシラを、自らの敵を睨みつける。


「ハハハハ! いいざまじゃねぇか。えぇ、オイ? どうだ? あんだけ馬鹿にしてた相手にボコられる気分はよぉ!?」


「……………ずっと不思議に思ってたんだ。『どうして武器を持ってないんだろう』、って」


「…………………………あ?」


 自らへの嘲弄を無視し、ささやかな疑問を口にするカミル。その口元にはかすかながら、確かな笑み。あまりにも現在の状況とはそぐわない言動に、さすがのカシラも眉をひそめる。


「用意できなかった? そんなわけないよね。だって、部下の人たちが持ってたのはどこでも調達できるような角材とか鉄パイプばっかりだったんだから。だとすれば、考えられる理由は一つ。持たなかったんじゃなくて、魔法の副作用で持てなかったんじゃない?」


「……………………………………………………」


 問いに対するカシラの反応は皆無だった。

 だが、カミルの前で隠し事は通用しない。彼の左目は、男が動揺した際に発した電気信号をしっかりと捉えていた。


「でも、それだけで断定するわけにはいかないから色々と試したんだよ? 特定のタイミングで特定の場所だけ守ってるんじゃないか、とか。認識してる攻撃だけを防いでるんじゃないか、とかね。その中で決定的だったのは、最初の不意打ちを避けたことと、ボクの刀を拾わなかったことかな。もし推測通りなら、取っ手や刀には触れないもんね。で、さっきの裸締めは効いたからこう結論づけた。おカシラさんの魔法は、『自分の周りに無生物を屈折させる空間を作り出す魔法』だ…って」


「………ハ」


 思わず、といった様子だった。


「ハハハ、ハハハハハ!」


 男は顔を片手で覆い、盛大に笑い出す。

 おかしくってたまらない。『武器を持っていなかった』。その程度の情報で、よくそこまで突飛な発想ができたものだと感心すら覚える。

 そして何より面白いのは、自らの予想を証明するためだけにここまで体を張れる愚かしさだった。


「あぁ、そうだよ。テメェの言うとおりだ、大正解だよ。けどなぁ、だからどうだってんだ? オレの魔法が分かったからって、どうにかできんのかぁ? どうでもいいこと得意げにくっちゃべって、何がしてぇんだ? あぁ?」


 見下した視線と口調。それはカシラの指摘が真理を突いているがゆえのことであった。

 確かに魔法を解明できたところで、突破する手段がなければ意味がない。加えて、カミルは既に満身創痍。対するカシラはほぼ無傷。どうあがこうが勝ち目はなく、逆転劇など起こりえない。もはや、カミルの敗北は誰の目にも明らかだった。


「何がしたいか? 決まってるじゃない」


 それでも、彼の余裕は崩れない。

 微笑みをたたえた口元は穏やかに、緩やかに言葉を紡ぐ。

 そして、


「囮と時間稼ぎ」


 直後、カシラの視界が暗闇に包まれた。

 予めカシラの部下から剥ぎ取っていた衣服を、忍び寄った日々也とリリアが頭上からかぶせたのだ。


「なんっ……この、クソがぁっ!」


 慌てて男は邪魔な布を振り落とそうともがき出す。しかし、いくら暴れようと事態が改善される気配は一切ない。彼自身の魔法によって、自分を覆う衣服は手を伸ばせば伸ばしただけ逃げていく。

 生物以外を屈折させるという魔法の効果を逆に利用した一手。ここに至って、カシラは初めて恐怖した。

 魔法の種が割れた今、人体の急所を的確に狙ってくる相手を前に視覚を封じられることがどれほど危険な状況かなど言うまでもない。

 迷っている時間すら惜しい。

 カシラは魔法を一瞬だけ解除し、視界を塞ぐ衣服を払いのける。


「テメェら、ふざけやがっ………」


 刹那、パカンッという存外に軽い音とともに、カミルの刀がカシラの顎を打ち据えた。


「…………………………ぁ」


 てこの原理で脳が揺れ、眼球はひっくり返り、意識が暗転していく。

 その最中、


「殺す覚悟? そんなのいらないよ」


 カシラの耳に届いてきたのは、


「『大切な人たちを守る』。ボクに必要なのはその誓いだけだよ。少なくとも、この目の黒いうちはね」


 少年の、呟くような独白だった。

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