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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
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2-13 反撃開始

「暗い………」


「臭い………」


「汚い………」


 石造りのせいなのか、いやに肌寒い暗渠を歩きながら日々也たちは三者三様の『3K』を口にする。ある程度の覚悟はしていたつもりだったが、それでもやはりキツイものはキツイ。特に嗅覚の鋭いルーなどは、先程からリリアの懐で不服そうに鳴き続けている。


「あの、せめて明かりは点けませんか? いくら何でも歩きづらすぎますよ」


「そんなの、こっちの居場所を教えるようなものだよ。悪いけど、少しだけ我慢して」


「って、言われてもな。近くに人がいる様子はないんだろ?」


「それはそうなんだけど……………」


 日々也の指摘にカミルは渋い顔をする。下水道の中を進み始めてそれなりに時間が経っているにもかかわらず、未だに彼の左目はミィヤたちどころか誘拐犯らしき姿すら捉えられていなかった。電気信号しか見えない都合上、例え隠れ家を魔法で隠匿していようとも範囲内に入りさえすれば感知できるはずなのに、だ。

 とはいえ、そこは広大な処理施設。純粋に現在地がミィヤたちの監禁場所から離れているだけの可能性も十分ある。しかし、ここまでくるとそもそもの前提が間違っていたのではないかという不安が鎌首をもたげてくるもの事実だ。


(本当は別のところに潜伏してる……? でも、逃走経路から考えればこの辺りのはず。確かに少ない情報から無理矢理に導き出した憶測でしかないけど、他にあり得そうな場所なんて……………)


 頼むから当たっていてくれと、カミルは心の中で強く祈る。

 本来ならば、もっとしっかりと調査をした上で動くべき場面。そう理解していながらも定石を無視して行動したのには、時間がないのに加えてもう一つの理由がある。

 それは彼自身の体力、ひいては魔力が限界に近づいているためだった。

 いくら休憩を挟んだとはいえ、既に一度は行動不能に陥りかけた身。恐らくこれが最後のチャンスだろう。次に倒れることがあれば、大切な幼なじみたちを助け出すことはできなくなる。戦闘まで視野に入れるとなると残された猶予はあまりにも少ない。実際、酷使を続けた左目は鈍い痛みを放ち始めていた。

 故に焦る。自分の判断は正しいのかと。何か見落としをしてはいないかと。


(あと一つ。あと一つ確証がほしい。せめて、ミィヤたちを見つけるまで左目を温存できるものがあれば……………!)


「カミルさん、大丈夫ですか? 大分辛そうですけど………」


「ん? あぁ、平気、平気。ちょっと考え事してただけだよ」


 歯を食いしばり、必死に思考を巡らせる少年を見かねて声をかけたリリアに対し、カミルは優しく微笑みかける。

 と、同時にこの薄暗がりに初めて感謝した。もしもう少しでも明るかったなら、余計に心配をかけていたところだ。そう自覚できる程度には、彼の体調はよくなかった。


「あ、言い忘れてた。二人とも、話すときはできるだけ小さな声でお願いね。ボクたちの位置がバレるまではいかないだろうけど、音が結構響くから」


「分かった」


「分かりましっ…ひゃあああああぁぁぁ!? 何、何、な、むぐむっ………!!」


 カミルが注意を促した瞬間、リリアが突如として奇声を発し、全員が慌ててその口を塞ぐ。ジタバタと暴れる少女を無視して周囲を警戒するが、幸いにも今の騒ぎが悪漢たちに気取られた様子はなかった。

 ひとまずは安全そうだと胸をなで下ろし、リリアが落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって口に押しつけていた手を離す。同時に、日々也が小声で叱責を飛ばした。


(お前、何考えてるんだ!? 静かにしろって言われたばっかりだろうが!)


(ご、ごめんなさい! 足下を何かが走り抜けていったから、つい……………)


「それって~、もしかして『あの子』のこと~?」


 なるたけトーンを落として会話する二人を尻目に、ルナが普段と変わらぬ声量である一点を指さす。

 示された暗がりの先。そこにいたのは一匹のネズミだった。


「な、何だ、ネズミさんですか。ビックリしましたよ~」


「ったく、このくらいでいちいち驚くなよな」


 呆れたとばかりに日々也がため息をつく。

 彼らが今いるここは下水道なのだ。ネズミなど、探せばいくらでも見つかるだろう。本来ならば珍しくもなんともない、ごくごく当たり前の状況。しかし、通常ではあり得ない点が一つだけあった。

 いつまで経っても逃げるそぶりがないのだ。

 普通、ネズミに限らず野生の動物というものは人間を警戒するのが常である。だが、日々也たちの目の前にいる個体は彼らをつぶらな瞳で見上げ、あまつさえちょろちょろと走り寄ってくる始末だ。


「ず、ずいぶんと人懐っこい子ですね」


「誰か服に食べかすでもつけてるんじゃないのか? ほら、あっち行け」


「ん? 二人とも、ちょっと待って」


 そう言うと、カミルはネズミを驚かさないようにゆっくりとしゃがみ込んで両手ですくい上げる。そこまでされても小動物はされるがままで、怯えることすらない。


「おい、汚れるぞ」


「…………………………見つけた」


「え?」


 不思議そうな声を出すリリアに対してカミルは応えず、代わりに軽く口角を上げる。

 そして、


「必要なピースは全部揃った。ここからは反撃の時間、だよ」






「もたもたしてんじゃねぇぞ、ノロマども! 撤退の準備に時間かけんじゃねぇ!」


「へ、ヘイ!」


 カシラの怒号に部下たちは怯えながら返事をすると、移動用の物資や身元がばれそうな証拠品を回収するため我先に部屋を出て行く。彼らの頭目はこれ以上ないほどに不機嫌だった。

 無理もない。子どもを幾人か攫うだけの簡単な仕事だったはずなのだ。この下水道に造った隠し部屋を拠点とし、依頼人のお眼鏡にかないそうな少年少女を見繕っては人知れず連れ去り、見返りに大金をせしめる。仮に需要を満たしていなかったとしても、どこぞの好事家たちに売りさばけばいい。ハクミライトに入学するため、様々な国や地域から人が集まる場所だ。そういった連中が好みそうな珍しい『商品』を入荷するのには困らない。

 だからこそ、あのカムラ・アルベルンのお膝元という不安要素を考慮しても危険を冒す価値は十分にあると踏んで引き受けた。

 だがそれも終わりだ。

 顔が割れてしまった上に目撃者を始末し損ねた。相手をたかがガキだと侮ったことは認めよう。しかし、これから荒稼ぎしてやろうとやる気に満ちあふれていた矢先の出来事と思うと、早々に立ち去る必要性が出てきたのは腹立たしくて仕方がなかった。


(何にせよ、しばらくは別の街に身を潜めるしかねぇか………。ただクライアントが言うには、この街のガキなら『条件』とやらに合う可能性が高ぇらしいからな。ほとぼりが冷めるのを待って、もう一度来なきゃいけねぇ。……ったく、めんどくせぇったらねぇぜ)


 髪のない頭を力任せにかきむしり、カシラは盛大に舌打ちする。

 今回の依頼をしてきた人物が、一体どういう子どもを欲しているのかは知らない。知る必要がない。金のために、彼は指示されたことに従うだけだ。余計な詮索はしないというのがこの業界で長生きするためのコツでもあるのだから。

 しかし、カシラが深入りをしないと決めた理由は他にもある。それは仕事内容の異質さだった。

 依頼人の素性、立場もそうだが、そんな程度はたいしたことではない。最も奇妙であったのは、とある『力』を貸し出してきた点だ。依頼を円滑にこなせるようわざわざ用意したと語っていたものは、学のない彼でも理解できるほど貴重な品だった。つまり裏を返せば、相手は仕事の完遂をかなり重要視しているのだ。渡した代物を持ち逃げされるリスクを負うくらいには。

 なぜ、そこまでこの依頼に固執するのか。一体、何が目的なのか。一切が分からない。唯一理解できたのは、下手に藪をつつけばただでは済まないということだけだった。


(まぁ、こっちとしちゃあ金儲けができるなら何だっていい。となると、荷物を減らすためにもまずはガキどもを引き渡さねぇとな。あとはあの半獣か。ああいうのが好みの客は……………)


 逃走の段取りを整えつつ、緑髪の少女を高額で買い取りそうな人物を男は脳内で検索していく。

 その最中、


「あん?」


 ふと、違和感を覚えた。

 静かすぎる。

 隣の部屋では数人の部下たちが拠点の後始末をしているはずだ。にもかかわらず、先程から物音一つ聞こえてこない。確かに急ぐよう伝えはしたが、この短時間で終わらせられる作業量ではないだろう。


「おい、テメェら。一体、何やって………」


 不審に思ったカシラが、隣室へと続く扉を開ける。

 瞬間、彼の目に映ったのは眼前にまで迫った刀の鞘であった。


「ッ!?」


 間一髪でそれを躱し、カシラは後方へ飛びすさる。同時に、自らを襲った相手の姿を確認して彼の顔は怒りで歪んだ。


「テ、メェ……」


「あぁ、やっぱり駄目だなぁ。不意打ちって慣れないや。どうしても躊躇しちゃう」


 だが、そんなことは意にも介さず、襲撃者は緩やかな動作で空を切った刀を下ろすと不甲斐なさからため息をこぼす。

 そして、


「まぁ、いいか。ほら、決着つけよう? おカシラさん」


 真っ直ぐに悪漢を見据えつつ、カミルは堂々と啖呵を切った。

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