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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
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2-12 重要なこと

「………とまぁ、そんなこんなでミィヤと一緒にいることが多くなったって感じかなぁ」


 幼なじみとの馴れ初めを振り返り、カミルは最後にそう締めくくった。

 呪いの件で重くなった空気に耐えきれず、何ともなしに日々也たちから振ってみた話題だったが、思いの外聞き応えのある内容にたまらずため息が漏れる。ユノであれば大興奮間違いなしであっただろう。


「しかし、あれだな。意外ってほどじゃないにしても、ミィヤがお前に純粋な善意を向けてるところってのは、あんまり想像がつかないな」


「い、いや、根は優しいし、今でも色々とよくしてもらってはいるんだよ? ただ、その、それ以上にボクをからかうのが好きなだけっていうか……………」


 そう言って、カミルは苦笑いを浮かべながら頬を掻く。だが、そこには決して嫌悪感はない。ミィヤの突飛な行動は、彼女なりの愛情表現だと知っているからだ。ならばこそ、困りはしても嫌いになどなれるはずがない。とはいえ、もう少しくらいは時と場所を考えてほしいものであるが。


「それでそれで? 他の人と違って自分にも分け隔てなく接してくれるから、ミィヤちゃんに惚れちゃったんですか~?」


「おい、リリア。お前なぁ………」


 ニヨニヨと、楽しそうに笑って意地の悪い質問をするリリア。

 いくら何でも下世話が過ぎる問いかけを日々也が咎めようとしたとき、


「どうだったかな? きっかけはそうかも知れないけど、実際に『好きだ』って恋愛感情に気づいたのがいつだったのかまではさすがに覚えてないや」


「「え?」」


「え?」


 予想に反してまるで恥ずかしがる様子もなくミィヤへの好意を認めたカミルに対し、日々也たちの目が点になる。そして、彼らの反応にカミルもまた意外そうな声を出した。


「………あの、否定……しないんですか?」


「だって、何となく察しはついてたでしょ? 別に隠してるつもりもなかったし」


「確かにそうではあるんだけどな……………」


 だからといってここまで開けっぴろげだと、それはそれでどんな顔をするべきか迷ってしまう。どうしてそんなことを照れもせずに口にできるのか不思議なくらいだ。むしろ、日々也たちの方がなんとも言えない気持ちになってくる。


「無駄無駄。こいつったら、ミィヤにからかわれすぎてその程度じゃ全然動じなくなってるんだから」


「ふふふ~、すっかり躾けられちゃってるよね~」


「言い方ァ!」


 ロナとルナの誤解を招きかねない発言にカミルが吼える。今の彼らの姿には、先程までの暗い雰囲気など微塵も感じられなかった。

 しかし、カミルの言葉の裏には闇がある。彼は確かに言っていたではないか。呪いは自分の代で絶対に終わらせる、と。その決意が意味するところはすなわち、仮に呪いを解くことができなければ誰とも添い遂げるつもりはないということだ。

 これほどまでにお互いが気持ちを明らかにしていながら、現状では決して実りはしないと分かりきっている恋心を抱き続ける。それは果たしてどれほど苦しく、そしてもどかしいだろうか。

 日々也たちですら想像するだけでやきもきしてくるほどだ。当の本人たちは尚更だろう。


「……………ミィヤちゃんたち、絶対に助け出しましょうね。カミルさん」


「もちろん。何があっても、そこは変わらないよ」


 リリアの発言に当たり前だとばかりに応え、カミルは竹刀袋の肩掛けを掴む手に力を込める。

 そう、やるべきことは決まり切っている。障害も障壁も関係なく、例え進んだ果てに待ち受けるものが破滅だったとしてもどうでもいい。

 大切なのは、ただ目的を達成するという一点だけだと少年の瞳に炎が宿る。


「で? これからどうするんだ? また向こうからやってくるのを待つのか?」


 そんな彼へ、今後の方針を問うたのは日々也だった。確かに目的がはっきりしているとしても、無策ではどうしようもない。

 当然の疑問に対し、カミルは首を左右に振ると、


「あれだけこっぴどく返り討ちに遭ったんだし、またしかけてきたりはしないと思うよ。あいつらの隠れ家がどの辺なのかは大体予測がついたから、もうその必要もないしね」


「え!? そうなんですか!?」


「言ったでしょ? この目は有効範囲内なら間に何があっても電気信号を見ることができるって。それが壁だろうと、真っ暗闇だろうとね。だから、あのときどの方向に逃げていったのかは分かってるんだ」


 そう言って、自らの左目を指先で軽く叩くカミルの歩みに迷いは見られない。宣言通り、おおよその居場所は把握しているのだろう。

 だが、


「逃げる方向が見えてたって、どこに隠れてるかまではさすがに分からないだろ」


 いくら何でも、その程度の情報だけでは潜伏先を特定するのは不可能に近い。日々也の言葉ももっともだ。

 それを理解した上で、カミルは少年へ柔らかい微笑みを返しつつ、


「うん。だから、もう一つの要素と掛け合わせてボクなりに推理してみたんだ」


「『もう一つの要素』?」


「えっとね………あぁ、丁度着いたよ」


 カミルが足を止め、目の前を指さした。

 その先のあまりにも予想外すぎる場所に、日々也とリリアの二人は顔を見合わせて困惑する。


「ここって……水路、ですか?」


「そうだよ。下水道、いわゆる暗渠ってやつだね」


「下水道……………よりにもよって、何だってこんなところだと思ったんだよ?」


 文字通り、街を潤すため地下に張り巡らされた水道施設。カミルが目指していたのはそこだった。

 彼は歩道に併設された石段を軽やかに降りると、水の流れるすぐ脇を歩いて行く。


「臭いだよ。さっきカシラって呼ばれてた人や部下の人たちと戦ってたとき、据えたような独特の臭いが漂ってたんだ。それに、下水道なら街のあちこちに繋がってるからね。人知れず誘拐するにしても、潜伏するにしても、ルエリカの外に出るにしても、都合がいいんだよ」


 自らの推論を語りつつ、鉄格子で遮られた水路の端までたどり着いたカミルは有事の際の出入り用に取り付けられた扉に手を伸ばす。しかしやはりというべきか、押せども引けどもかけられた鍵がガチャガチャと耳障りな音を響かせるばかりで開く気配はまるでない。


「………入れそうにないですね」


「まぁ、当然といえば当然だけどな。どうする? 管理者にでも事情を説明して……………」


「えいっ」


 日々也とリリアが話し合う最中、唐突にかけ声が上がった。同時に、その軽さとは不釣り合いなほど暴力的な破壊音が二人の耳に届く。出所をたどった彼らの視界に飛び込んできたのは、いつの間にやら取り出した刀で扉の蝶番を無残な鉄塊へと変えてしまったカミルの後ろ姿であった。


「よし、っと。じゃあ、行こっか。二人とも」


「いやいやいや、『よし』じゃないだろ!?」


「いきなり何してるんですか、カミルさん!?」


「何って……………鍵開け?」


「「絶対、違う!」」


 突然の天然ボケに、揃ってツッコミを入れる日々也たち。

 だが、カミルは気にした様子もなく、かろうじて鉄格子にくっついていたままの扉をミシミシ、メキメキと音を立てながらあっけなく引き剥がして横合いの水底に沈めてしまう。


「誰が管理してるかなんて知らないし、ボクらって邪魔者の存在がバレた以上、向こうがいつ街の外に逃げ出さないとも限らない状況だからね。あんまり時間はかけてられないよ」


「だからってなぁ……せめて、誰かが憲兵に通報した方がいいんじゃないのか?」


「それは……………止めておくべき、だと思う。多分」


 日々也の提案に、カミルは一瞬だけ躊躇うそぶりを見せた。

 彼の言い分は正しい。打てる手は可能な限り打っておくべきだ。誘拐犯を追い立てるにしても、ミィヤたちを救助するにしても、人手が多いに越したことはないのも十分に理解してはいる。

 しかし、その上で帽子の少年は首を横に振って却下した。


「ここにいる全員、もう顔が割れちゃってるんだ。今、別行動をしたら襲われる危険性がある。ボクが一緒なら守ってあげられるけど、二人は何かあったときに対処できる自信……ある?」


 慎重に、言葉を選ぶように尋ねるカミル。

 どこかいつもとは違う雰囲気に違和感を覚えた日々也たちだったが、再び襲撃された際に自分たちだけでどうにかできるかと聞かれれば素直に頷けないもの事実だ。


「なら、レイクかリュシィ辺りにでも連絡したらどうだ? あいつら経由なら大丈夫だろ」


「………どうせ事情を伝えるなら理事長にするべきかな。あ、あと、ボクは通信用の魔法機とか持ってないよ? 使いたくても、魔力を呪いの方に持って行かれるし」


「ちなみに、僕はリリアの魔力しか登録してないからな」


「となると……………」


 その場にいる全員の視線が、一斉にリリアへと注がれる。

 そして訪れる僅かな間。

 程なくして、何となくで二人のやりとりを眺めていたリリアは、ようやく話を振られているのが自分だと気づくと途端に狼狽し、


「え? あっ、私!? ご、ごめんなさい、私のはこの間壊れちゃって、新調したばかりなので……………」


 申し訳なさそうにリリアが目を伏せる。

 そう、彼女の通信用魔法機はアレウムとの一件の際、見事なまでに破壊されていたのだ。

 『万が一を考えてのことだった』と本人からは平謝りの末に弁償してもらってはいたものの、携帯電話と違ってデータの復旧などという概念が存在しない魔法機ではすぐさま使用できる段階にまで戻せず、今はほとんど日々也のものと同じ状態であった。


「うぅ、こんなことになるなら急いで皆さんの魔力を登録しておくんでした………」


「仕方ないよ。ひとまず、ボクたちだけで頑張ろう」


「だとすると~」


「残る問題は二つね」


 声とともに、双子の精霊が舞い降りてくる。暗渠への入り口を前に浮かぶ彼女たちはさながら門番のようだ。


「一つは、あのハゲどもが逃げる準備をしてたとして追いつけるのかどうか。もう一つは、そもそも戦って勝てるのかどうか」


「その辺り~、どうなのかな~?」


 それは、この場にいる全員への問いかけ。しかし、精霊たちの目はカミルただ一人だけを見つめていた。

 実際、ミィヤたちを探すとなれば彼の『目』は必須だろう。戦闘能力に関しても、魔法が使えないというハンデを加味した上でカミルが最も強いのはほぼ間違いない。

 そんな彼が無理だと断じれば話はそこまでだ。

 だからこそ、カミルのみに判断を委ねる。

 日々也たちをさらに巻き込む勇気はあるのかと。

 二人を守り切る自信はあるのかと。

 自ら決めたことに責任を負う覚悟はあるのかと。

 言葉にせず、口に出さず、ロナとルナは黙って契約者に圧をかける。


「追いつけるか、追いつけないか。勝てるか、勝てないかは重要じゃないよ」


 だが、無言の質問に対してカミルは微塵も迷わなかった。

 ロナたちの横を通り抜け、巨大な怪物のように口を開けた暗い水路の内部へと歩を進める。


「やるか、やらないか。それだけ」


 静かに答える少年は、日々也たちの様子をうかがうことすらしない。友人二人があとを着いてくる気配に、自身の決定に従ってくれているのだと確認するだけだ。

 自分がどうなろうと、何があろうと、誰一人傷つけさせやしない。そんなのは、考えるのすら今更な大前提なのだから。

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