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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
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2-11 呪いの目

 正直なところ、外食など無駄の塊ではないかと、ハンバーガー片手に自炊至上主義者な日々也は思いにふける。

 特にファストフードに至っては、ほんのちょっぴり所要時間が短いだけで油と調味料で味を誤魔化し、カロリーも健康も度外視のぼったくり料理という気がしてならない。

 しかし、同じく自炊派であるはずのカミルはそうでもないらしく、自らの分を精霊たちに小さくちぎっては渡しながら美味しそうにパクパク食べている。


「いやぁ、こういうジャンクなのって、たまに食べる分にはやっぱりいいよね」


「否定はしないけど、毎回同じ種類頼むの勘弁してもらえないかしら? 私、あっちの新作の方が食べたかったんだけど?」


「だって、変に冒険してハズレとか引きたくないもん。だいたい、分けてもらってるくせにロナは注文が多すぎるんだよ。文句一つ言わないルナをちょっとは見習ったらどうなのさ」


「ん~、私は~、別に~、どっちでもいいだけっていうか~」


「そんなことよりも、です!」


 苛ついた様子でリリアは炭酸飲料の入ったカップを机の上に置く。わざと音が鳴るように叩きつけられたそれは、カミルたちの無駄話を中断させるのに十分な効果を持っていた。


「私たちは急いでミィヤちゃんたちを探さなきゃいけないって話だったはずでしょう!? なのに、どうしてこんなところでのんびりくつろいでるんですか!?」


「まぁ、ボクとしてもそうしたいのはやまやまなんだけどね………」


「まだ駄目よ」


 リリアの言葉に困り顔で同意するカミルとは対照的に、ロナは一言で突っぱねる。目を合わせることすらなく、手のひらに付いた油をなめとりながら拒絶する彼女の姿には、この場を動く気など一切ないという意志が見て取れた。


「そもそも、休憩するって案にはあんたも賛成してたでしょ」


「そ、それは確かにそうなんですけど………」


 ぐうの音も出ない、とはまさしくこのことだろう。あっさりと説き伏せられてしまったリリアは不満そうに口をへの字に曲げる。

 だが、ぶつけずにはいられない心のモヤモヤがあることもまた事実。身を乗り出し、少女はテーブル越しにカミルの顔を覗き込み、


「じゃあ、せめて色々と説明してもらいますよ。カミルさんの左目のこととか」


「……………いいよ。元からそのつもりだったし。二人にはもう見られちゃったから、話さないわけにはいかないもんね」


「カミルさん……あなたの、その左目は……………『呪い』、ですよね?」


「うん、そうだよ」


 周囲の客と、何よりも本人に気を遣い、声を潜めて投げかけられた問いかけに対して、カミルはたいしたことではないとでも言いたげに肯定した。そして自らの帽子を、いや、その下に秘された忌まわしい左目を静かになでつける。


「なぁ、よく分からないんだけどな、呪いってことはつまり………よくないものってことなんだよな? それも魔法なのか?」


「あぁ、ヒビヤにはまずそこから説明した方がいっか」


 座った椅子を軋ませながら背もたれに体を預け、カミルは星のきらめく夜空を見上げる。

 その姿は未来に希望を持った若者のようでもあり、人生に疲れ果てた老人のようでもあった。


「ヒビヤの想像通り魔法の一種ではあるんだけど、あくまで通称でね。物語や昔話に出てくるような『呪い』っていうのは、実際には存在しないんだ」


「……………意味が分からないんだけどな」


「こう考えてみて。魔法は火や包丁と同じ、あったら便利で生活を豊かにしてくれるものだって。でも、どんなに便利なものだって扱い方を間違えれば自分や他人を傷つける凶器になりかねない、でしょ?」


「ん、それなら………まぁ」


 顎に手を当て、日々也は今まで目にしてきた魔法を記憶の中から掘り返す。

 高速で動ける『加速』。護身用魔法の『七条の矢』。

 なるほど、確かに便利だろう。だが、自転車や車がそうであるように、テーザー銃による死亡事故が報告されているように、本人にその意思がなかったとしても時として取り返しのつかない事態に陥る可能性があるのは容易に想像ができる。


「世の中にあるものは、何であれそういった二面性を持ってるものなんだよ。毒だって使いようによっては薬になるみたいにね。ただ、魔法に関しては例外もある。純粋に、害意を持って、責めさいなみ、心身を蝕み、最後には死に至らしめる。そんな悪意だけで作り出された魔法を、ボクらは『呪い』って呼ぶんだ」


「なるほどな。で、お前は何でそんな物騒な魔法をかけられたんだよ?」


「さぁ?」


「はぁ!?」


 肩をすくめ、あっけらかんとした様子で答えるカミル。

 ふざけているのかと訝しげな視線を向ける日々也に対し、食べ過ぎで膨れた腹部をさするルナが補足のために口を開いた。


「正確には~、呪われてるのはカミルじゃなくてね~。この子の『血筋』が呪われてるんだ~」


「血筋?」


「そう~、末代まで祟ってやる~、みたいな~? 何代も何代も前から~、ずぅっと呪いが続いてるの~。だから~、カミルは~、本当に何も知らないの~」


 カラン、と溶けた氷が音を立てる。

 楽しげに歓談する客たちの声がやけに遠く感じられる。

 一体、何があれば人にそこまで恐ろしいまねができるというのだろうか。

 血が絶えるまで消えることなく、どこまでもどこまでも泥のようにまとわりつく。その深い執着が、怨念とでも呼ぶべき人間の負の感情が、ルナの間延びした喋り方越しであったにもかかわらず、日々也の背筋を酷く凍らせた。


「ま、何にせよ、この目が気持ち悪いことには違いないでしょ? 見る分にも、見られる分にもいい気はしない。だから、普段はこうして隠してるんだよ」


「そう………か」


 かける言葉が見つからない。

 生まれた瞬間から、見ず知らずの誰かに得体の知れぬ呪いを押しつけられる忌避感は想像するだに恐ろしい。だからこそ、そこで思考が止まってしまったが故に、日々也は気づけなかった。この話の本質に。真に憂慮すべきことが何であるのかに。


「……………あと、どのくらいですか?」


「うん? どうしたの、リリアちゃん?」


「寿命は………あと、どのくらい残ってるんですか?」


 その呟きに、日々也はハッとする。そう、他でもないカミル自身がついさっき口にしていたではないか。

 『呪い』とは、いずれ対象者を死に至らしめるものなのだ、と。

 思わず、日々也はカミルを見つめる。しかし、帽子の少年は目を伏せるばかりで何も語ろうとはしない。結果、代わりに答えたのはロナであった。


「早くて18、運がよかったとしても20歳までは生きられないでしょうね」


 今度こそ、完全に絶句した。

 まるで、友人の余命宣告を聞かされた気分だった。

 今こうしてともに食卓を囲んでいる相手が、5年後には死んでこの世からいなくなっている。受け入れがたい現実に、日々也は頭痛から頭を抱え、リリアは力なく椅子に腰を下ろす。

 そんな二人を前に、カミルは取り繕うように両手を左右に振り、


「い、いやいや、そこまで深刻なものじゃないってば。ロナが大げさに言ってるだけだよ。ご先祖様の中にはもっと長生きした人もいるらしいし、父さんなんて22歳まで生きてたって聞いたよ。第一、絶対に解呪できないってわけでもないんだからさ」


「方法が分かってるんですか!?」


「あ………や、そこら辺はまだだけど、ハクミライトのあるこの街なら色々と魔法の情報も手に入るし、何とかなるよ……………多分」


 期待のこもった眼差しをリリアに向けられ、慌てて釈明するカミル。だが、苦笑いを浮かべながら視線をそらす姿は逆に不安を煽るだけでしかなかった。


「そ、それに、ほら! ボクなんてまだマシな方なんだよ? 本当なら、この呪いはかけられた瞬間に死んじゃうくらい強力なものだから」


「え? じゃあ、どうして………?」


「ロナとルナのおかげだよ」


 そう言って、カミルは机の上にいる双子の精霊を見やる。

 既に食事を終え、各々が自由にくつろいでいる二人に注がれる視線には、言葉では表現できないほどの感謝と優しさが込められていた。


「二人によれば、この呪いは東にある『ヒノ国』ってところで大昔に作られたものらしくてね。本来は狩猟目的の魔法だったそうなんだけど、魔力の消費量が多すぎてお蔵入りになってたところをどこかの魔法使いが改造して、他人に無理矢理使わせることで強制的に魔力を吐き出させるって代物に変えちゃったんだって。で、こうしてる今も減っていってるボクの魔力を二人が補充してくれてるんだ」


「なら、何も問題はないんじゃないのか? ロナたちがいる限り、魔力が尽きるってことはないんだろ?」


「そんな簡単な話じゃないのよ」


 魔法素人である日々也の純粋な質問に対し、ロナはため息交じりに首を振る。そして、呆れた顔で腕を組み、


「魔力の浪費自体はたいしたことじゃないの。問題は、呪いを維持するための魔力を対象者に生成させ続ける点にあるのよ」


「……………つまり?」


「覚えておきなさい、ヒビヤ。魔力ってのはね、どれだけ使ってもなくならない夢の資源ってわけじゃないの。生命の源、魂から絞り出したエネルギーみたいなものよ。そうね……イメージとしては貯水槽かしら。魔法を使うときは、そこから蛇口で魔法陣という名のバケツに水を注いでいると考えなさい。当然、貯水槽内の水、つまりは生命の源が枯れるということは死を意味するわ。で、カミルの場合はその蛇口が壊されて、中の水がダダ漏れになってるような状況なのよ」


「なるほどな。今は水がなくならないようにお前とルナが継ぎ足ししてるってことか」


「そうよ。まぁ、私たちが自然そのものである精霊だからこそできる芸当であって、本来はそんなことは不可能なんだけどね。ただ、無茶を通して道理を引っ込めてる分、限界はある。普通、私たちの力の一端である『精霊術』を行使するために、魔法使い側が魔力を献上する用のパスを逆利用して龍脈から汲み上げた魔力をカミルに渡してるんだけど、供給が追いついていないのよ。だから結局のところ、延命措置にしかなってないってわけ」


「龍脈って、星の魔力だっけか。そんなにすごいものなら、いくらでも使えるんじゃないのか?」


「使うこと自体はできるわね。でも、魔力の質は生物ごとに違うものなの。体に馴染むのも待たず、一度に注ぎすぎれば他の何かに変容しかねない。最悪、間違って許容量を超えでもしたら内側から破裂するわ」


「……………怖いな」


「でしょう? これでも結構気を遣ってるのよ。私たちが元の姿に戻らないのも、作業が精密すぎてそうするだけの余裕すらないの。こいつの一族とは何代も前から契約してるおかげで、もう数十年はこの状態よ」


 ふぅ、と再びため息をついてロナが押し黙る。一通りの説明を終えたのか彼女はそれ以上口を開こうとはせず、日々也たちの間に長い長い沈黙が訪れた。

 聞けば聞くほど救いのない話だ。

 連綿と続く死の呪い。解く方法は分からず、できることは一時しのぎだけ。その方法にしても、一歩間違えればどうなるか。

 さっきよりも味が落ちたように感じるハンバーガーを日々也はどうにかこうにか飲み下す。そのとき、自分を見つめるリリアの視線に気がついた。より正確に言えば、彼女の目は彼の両手へと向けられている。当初は意図を掴みかねていた日々也だったが、次にリリアが発した言葉によって、ようやくそれが意味するところに思い至った。


「あの………その呪い、ヒビヤさんの魔法なら何とかできるんじゃないですか?」


「……………ああ!」


 なぜ忘れてしまっていたのだろう。確かに『流転回帰』であれば、カミルの呪いも吸収できるかもしれない。そう考えた日々也は、早速カミルへと手を伸ばそうとする。

 しかし、帽子の少年は首を左右に振り、


「ありがとう。でも、無理だと思うよ」


「何でだよ?」


「日々也の魔法………『流転回帰』、だっけ? ボクも話には聞いたけど、直接魔力に触れる必要があるんでしょ? 残念だけど、この左目は呪われてる証みたいなもので、魔力自体はこもってないんだ」


「む…………」


 カミルの発言に日々也の顔が曇る。

 アレウムの件から数日。主にユノが中心となって『流転回帰』がどんな魔法なのかを調べてみた結果、いくつか判明した事柄があった。

 一つ目は、紙などに書いた魔法陣であっても日々也であれば問題なく発動できること。

 二つ目は、ストックしておける魔法の数は7つまでで、8つめ以降は古いものから順に使えなくなっていくこと。

 そして三つ目は、魔法を吸収するにはその魔力に接触する必要があるということであった。

 つまり、本当にカミルの左目に魔力が流れていないのなら、『流転回帰』ではどうしようもないというわけだ。


「それに『流転回帰』は、まだまだ分かってない点が多いんでしょ? 呪いなんて吸収しちゃったらヒビヤにも悪影響が出るかもしれないし、そんなこと頼めないよ」


「カミル……………」


「心配するほどのものじゃないってば。この左目には、ちょっとしたメリットもあるしね」


 そう言って、ばつの悪そうな日々也たちへと微笑みかけながら、カミルは人差し指で帽子の下の瞳を軽く叩いてみせる。


「さっき、元々は狩猟目的の魔法だったって説明したのは覚えてる? これには、その特性がまだ残ってるんだ」


「狩りをしやすくするための魔法………遠くの物がよく見える、とかですか?」


「んー、実際に見せた方が分かりやすいかな。よし! 二人とも、じゃんけんしよっか。2対1で」


「2対1って……僕らとお前とで、ってことか?」


「そうそう、右手と左手で同時にね。10回やって、一度でもボクが勝てなかったら何か奢ってあげる」


 自信満々のカミルに対し、日々也とリリアは顔を見合わせる。突然じゃんけんなどと、一体どういうつもりだろうか。しかも『勝てなかったら』ということは、あいこも実質的には負けと同義だ。これではいくら何でもハンデが過ぎる。

 とにもかくにも、それでカミルの言わんとするところが分かるのならと、日々也たちもそれぞれ準備をし、


「じゃあ、いくよ。じゃん、けん」


「「「ぽん」」」


 合図とともに、三人は思い思いの手を出していく。1回、2回と、突如として始まったじゃんけん大会は滞りなく進む。

 そして最後となる10回目を迎えたとき、日々也とリリアは唖然としていた。

 勝てない。

 合計で20回ものじゃんけんが行われたにもかかわらず、カミルは負けどころかあいこになることすらなく、全戦全勝で勝負を終えていた。


「え? え!? どうなってるんですか、これ!?」


「驚いた? この目はね、生き物の電気信号を見ることができるんだ。たとえ、壁越しであってもね。だから、相手の動きを先読みできるんだよ。もちろん、ちゃんと対応できるように体も鍛えてるけど」


 カミルの言葉に日々也とリリアは先程の出来事を思い出す。

 悪漢たちが襲撃してきた際、確かにカミルは不意打ちを事前に察知して回避していた。その後の大立ち回りに関してもそうだ。武器を持った大人を前に一歩も引かず、実に見事に圧倒していたのを二人は目撃している。

 あれも彼の呪いの、いや、魔法の本当の力だとしたら納得できる。おそらくはサメのロレンチーニ器官みたいなものなのだろう。


「にしても、電気信号が見えるなんて実生活で困りそうだな」


「目を閉じてる間は効果が現れないから大丈夫だよ。気持ち程度には消費も抑えられるし。ただ、いくら魔力を練っても呪いに持って行かれるせいで他の魔法が使えないって欠点もあるから、そこのところはあんまり期待しないでね」


 冗談でも言うように、軽く笑いながらカップの中身を飲み干すカミル。彼はテーブルの上に散らばったゴミを一通り片付けてお盆の上に置き、一つ大きく伸びをすると、


「さて、と。伝えるべきことも伝えたし、そろそろ行こっか」


「………は?」


「仕方なかったとはいえ、時間も結構無駄遣いしちゃったし、急いでミィヤたちを助けないとね」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 椅子から立ち上がり、早々にその場をあとにしようとするカミルを慌ててリリアが呼び止める。


「ん? どうかした? リリアちゃん」


「どうかした、じゃないですよ! 今の話を聞いて、カミルさんが同行するのに賛同なんてできません! これ以上無理をしたら、それこそカミルさんの体が保つか……………」


「あぁ。なんだ、そんなこと?」


 体調を心配するリリアを前にして、カミルの様子は普段と何も変わらない。

 いつも通りの表情。

 いつも通りの所作。

 そして、


「別にどうでもいいよ。ボクなんかより、ミィヤたちの方がずっと大切だしね」


 いつも通りの声色で、あっさりとそう口にした。


「…………………………何、を言ってるんですか………?」


「だって、そうでしょ? 呪いが解けなかったら、ボクはあと何年かで死んじゃうんだし。だったら、未来ある他の誰かを優先するのは当然だよ」


 リリアも、隣で二人の会話を聞いていた日々也も、愕然とするほかなかった。

 理解が及ばない。自分の命にまるで頓着していないカミルの態度は、明らかに常人と比べて異質なものだ。だというのに、帽子の少年はさも当然のごとく、微塵も疑うことなく、それが真理だと語ってのける。


「カ、カミルさん、呪いを解く気はあるんですよね……?」


「もちろんだよ。死ぬとか考えるだけで怖いし。だから、この呪いは何があっても絶対にボクの代で終わらせるつもりだよ」


 言うだけ言って、カミルはお盆を持って歩き去ってしまう。困惑する二人は未だ残ったロナたちを見るが、双子の精霊は揃って首を振り、


「人の話なんて聞きやしないわ。頭がどっかおかしいのよ」


 腕を組み、不満からロナは鼻を鳴らす。しかし、それも長くは続かず、少しずつ彼女の表情はどこか寂しげなものへと変わっていった。

 普段の高慢で偉そうな彼女からは想像もできない姿。そこにあるのは、長年ため込み続けた感情。何もできない自分への無力感とカミルとその先祖たちに対する罪悪感であった。


「あいつはね、生まれた瞬間から『死』が身近なものとしてすぐそばに存在してたの。だからかしらね。誰よりも死ぬことを怖がってるくせに、いつ消えるとも知れない自分の命に価値が見いだせなくて、他の何よりも下に位置づけて……………本当、大馬鹿よ」


「………さっきみたいに、強引にでも止められないのか?」


「無理だろうね~」


 今にも泣き出してしまいそうに語るロナがいたたまれず、日々也は思わず口を挟む。だが、彼の提示した案は双子の妹によって即座に否定された。


「あのときは~、ロナの顔を立ててくれただけだろうからね~。結局さ~、何があっても~、私たちが本気でカミルを見捨てたりなんかしないって~、あの子自身がよく分かってるんだよ~。だから~、どうしようもないんだよね~」


 ゆったりとした口調の中にルナもまた諦めの色を滲ませながら、彼女は震える姉を優しく抱きしめる。

 きっと、同じような問答を二人で数え切れないほど繰り返してきたのだろう。一番近くにいながら、死を恐れる少年が幾度となく命を危険にさらす様を見守ることしかできない苦しみは、はたしてどれほどのものだろうか。

 そして、恐らくそれはカミルに限った話ではなく、最初に呪いを受けた彼の祖先から何代にもわたって彼女たちの胸の内で渦巻いていたに違いない。

 そうでなければ、この不器用な精霊たちがここまでカミルの一族に寄り添うなど、あり得るはずがないのだから。


「おーい、みんな何してるの? 早く行こうよ」


「………うるっさいわね! 言われなくても行くわよ! ほら、あんたたち! 急ぐわよ!」


「……………おう」


「……………はい」


 そんな彼女たちの心情を知ってか知らずか、朗らかに声をかけるカミル。

 日々也たちは決して止まろうとしない彼のあとを、ただただ強がるロナに従って追いかけることしかできなかった。

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