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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
53/71

2-10 黒

 刹那、カミルの腕が力を受け流す形で向かってきていた拳を受け止める。

 先程までの一方的な戦いとは違う。彼が見せた初めての防御姿勢は、相手の戦闘能力の高さを暗に物語っていた。


「へぇ、なかなかやるじゃねぇか。今のは完全に不意を突けたと思ったんだがなぁ」


「なら、次からは静かに近づく努力をするべきじゃない? あと、鼻が曲がりそうな体臭もどうにかしないとね。『ここにいますよ』って言ってるようなものだよ?」


「どいつもこいつも口が減らねぇな。最近のガキってのは、みんなこうなのか? もしそうなら、ちっとばかし教育が必要だなぁ!」


 怒号とともに繰り出される殴打を跳んで回避するカミル。距離ができたことで、新しく現れた人物の全容がようやく彼の視界にも映る。

 立っていたのは、これまた屈強な男であった。他人を蔑むような目つきと態度は最初の三人と変わらない。しかし、顔中に刻まれた無数の傷跡は男が数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきた証左であり、同時に油断ならぬ相手であると示していた。


「カ、カシラ………来てくれたんすね……………」


「能なしどもが。たかだかガキ数人片付けるだけにどれだけ時間かけてんだ? あぁ?」


「い、いや、それがですね、あの刀を持ってるヤツがやたら強くて……………」


「言い訳なんざ聞きたかねぇ。さっさと寝てる馬鹿ども叩き起こしてこい、グズが」


 言葉とともに唾を吐き捨てながら、『カシラ』と呼ばれた男が前に進み出る。

 そこは既にカミルの間合い。彼が一歩踏み込めば、拳より先に刀の先端がカシラの急所に届く距離。にもかかわらず、男は薄ら笑いを浮かべるだけで構えることすらしようとしない。

 だからこそ、どうするべきかカミルは迷った。相手の力量は大まかにだが把握できており、自らの能力を客観的に評価した上で下した判断は、『戦っても十分に勝てる』であった。しかし、魔法使い同士の戦いにおいて体術、武術の技量や筋力の強い弱いだけでは勝敗は分からない。相対する敵がそれらの要素をまとめてひっくり返せるほどに強力な魔法を習得していた場合、全てが無意味なものと化してしまうからだ。ゆえにこそ、慎重に慎重を重ねる必要がある。

 だが、


「よう、クソガキ。ウチのぼんくらどもが世話になったみてぇだなぁ?」


「気にしなくていいよ。そんなに手のかかる人たちじゃなかったし」


「そう言わずに礼ぐらいさせてくれや。あぁ、心配いらねぇぜ? あっちの二人のもてなしは部下にやらせっからよぉ」


「!!」


 それを理解しているからこそ、時間をかける暇はないぞとカシラは言外に告げる。

 相手の底が知れぬうちに突撃するなど愚の骨頂。とはいえ、このままではいずれ悪漢たちが復帰して、日々也たちに襲いかかるのは明白だ。リリアだけなら多少の自衛はできても、魔法をろくに使えない日々也はそうもいくまい。

 状況が単純であるからこそ分かりやすく、悪辣な一手にカミルは軽く舌打ちし、


「ヒビヤ! リリアちゃん! 逃げ………」


「られると思ってんのかよぉっ!!」


 友人二人に気をとられた一瞬を見逃さず放たれたカシラの拳。もしもカミルが完全に意識を日々也たちに向けてしまっていたら、まず間違いなく直撃していたことだろう。

 それこそが彼の狙い。渾身の一撃を誘い、回避してから刀を突き上げる。

 目論見通り、カミルの反撃は無防備にさらされたカシラの胴体へと吸い込まれるように向かっていき、


「な………!?」


「何かしたかぁ、おい?」


 ぐにゃりと、鞘ごと刀身が曲がっていた。

 折れたのではない。カシラに当たる直前で、体に触れるのを忌避するかのごとく、その周囲の部分だけが異常に変形している。

 まるで棒に押しつけられた粘土じみた風貌に成り果てながらも、カミルの手に伝わる感触に変わった点は特にない。ただ、空を切ったときと同じ感覚があるだけだ。

 何らかの魔法であるのは分かる。しかし、こんなものは今まで見たことも聞いたこともなかった。初めて遭遇する未知の魔法を前にして、危機感からカミルの背を嫌な汗が流れ落ちる。


「呆けてんじゃねぇぞ、オラァ!!」


「ぐ……っ!」


 振るった武器が本人の想定とは全く違った動きを見せたことで、体勢を崩したカミルの腹部に今度はカシラの拳が向かっていく。

 すんでの所で間に腕を挟み込み、直撃は避けたカミルであったが、当然そんな程度で威力を殺しきれるわけもなく、彼の体に衝撃が走る。


「あぁ? 今のも防ぐのかよ。めんどくせぇヤツだな」


「そっちが弱すぎるだけなんじゃない? あれだけ隙を見せてあげたのに仕留められないとか、さすがにどうなの?」


「……………っとによぉ、どこまでもムカつかせてくれるなぁ、テメェはよぉっ!!」


 軽口に対し、カシラははげ上がった頭に青筋を浮かべ、何度も何度も少年へと殴りかかる。

 そのことごとくを難なくいなし、時には反撃を繰り返しながらも、カミルは内心焦っていた。

 どれだけ武器を振るおうが、相手に当たる瞬間には形を変えてすり抜けてしまう。それでいて向こうの攻撃は問題なく通る一方的な展開。何より、とある理由による不調が彼の体力を確実に蝕んでいた。

 そして、とうとう恐れていた事態が起こる。


「っ!?」


 カシラの豪腕が顔面に迫る中、唐突にカミルの片膝から力が抜けた。

 前触れなく訪れた、望まぬ肉体の挙動。いっそ完全に倒れられれば良かったのだろうが、最悪なことにバランスを失った体は未だ相手の腕の軌道から抜け出せていない。

 このままではまずい。

 そう考えたカミルは可能な限り上体を上げ、顔をそらす。しかし、完璧に回避するには至らなかった。

 拳が帽子をかすめ、天高く吹き飛ばす。衝撃で裂けた頬からは血が舞い、日の暮れた夜道でも分かるほど美しい少年の黒髪が踊る。


「………あ? 何だ、ソイツぁ?」


 白日の下にさらされたカミルの素顔。そこに、彼の語っていた傷跡などは微塵も見受けられなかった。代わりにあったのは漆黒の眼球。どこまでも、どこまでも。宵闇よりも暗く深い、真っ黒な左目であった。

 眼窩が覗いているわけではない。それを証明するように、全体が異常に変色した目玉のただ一点、中央部分に白い魔法陣が刻み込まれている。


「……………これを見せるつもりは、なかったんだけどなぁ」


 ため息交じりにカミルが呟く。諦観とも悲嘆ともつかぬ声音。感情のほとんどを排され、言葉の羅列と化したそれは、普段から彼が思っていたからこそ反射的にこぼれ落ちた心の奥底から湧き出る本心だった。


「まぁ、いいか。元からあんたたちを許す気なんてなかったし、怒る理由が一つ増えたってだけだもんね」


「おぉ、怖い怖い。マジでちびっちまいそうだからよぉ、そういうのは俺に一発でも当ててから言えや」


 異様なものを間近で目撃していて、なおカシラの不敵な笑みは変わらない。

 戦闘時に平静を保つ重要さ。自らの優位性。そして何より、カミルの発言がただの強がりであることを理解してのことであった。

 ほんの少しでも怯んでくれればどれほど楽だっただろうか。腹立たしいまでの豪胆さに少年は歯がみする。

 状況は変わらず悪いまま。相手の魔法も不透明な部分が多い。

 だとしても、退くわけにはいかない。ミィヤたちの居場所を知る手がかりをようやくたぐり寄せたのだ。何としても、この窮地を打開する。


(例え、ボクがどうなったとしても……………)


 静かに、カミルは重心を落として刀を両手で握りしめる。

 全身全霊を賭した突撃の構え。

 短く息を吐き、軸足に力を込める。

 そして、


「『七条の矢』!」


 決死の一撃を放つ寸前、閃光が迸った。

 リリアが打ち上げた光の矢が破裂音を響かせながら空中で炸裂し、辺り一帯を僅かな間だけ真昼のように照らし出す。


「テメェ……何のつもりだ?」


「時間切れですよ、お頭さん」


 空へと向けた杖を下ろしながら、すごむカシラに毅然とした態度で返すリリア。彼女は恐怖と緊張からくる指の震えを必死に隠し、相手の敗北をゆっくりとした口調で告げる。


「『人払い』と『音消し』。どのタイミングで発動したのかは知りませんけど、この騒ぎを隠せるほどの範囲に二つも魔法を張り続けるのは不可能なはずです。私たちに襲いかかってきてから経過した時間を考慮すれば、維持するのももう限界なんじゃないですか? そうでなくても、これだけ大きな音と光を出したんです。街を警邏中の憲兵さんが駆けつけてくれると思いませんか?」


 その言葉を裏付けるように、本来あるべき周囲の喧噪が少しずつ取り戻されていく。建ち並ぶ家の角からは通行人が姿を現し、窓からは何事があったのかと不安そうな顔が覗き始めていた。リリアの言っていたとおり、憲兵も遠からずやってくることだろう。

 カシラは忌々しげに表情を歪めて少女を睨みつけると、意識のあった部下を一瞥し、


「オイ、そっちはどうだ?」


「だ、駄目です。二人とも完全に伸びちまってて………」


「チッ、どいつもこいつも本当に役に立たねぇ能なしどもだな」


 荒っぽく頭をかきむしり、踵を返したカシラは近くに倒れている部下を軽々と担ぎ上げる。背後に武器を持った少年が立っているにもかかわらず、もはや眼中にないとでも言いたげに振り向くことすらしようとしない。


「オラ、さっさと撤収すんぞ。そっちで寝てるやつも連れてこい、このグズが」


「待て!」


 その場を去ろうとする男を制止するカミル。しかし、足下のおぼつかない彼の体がとっくに限界を迎えているのは誰の目にも明らかだった。

 カシラはそれを肩越しに確認し、ニタリと口元を歪める。


「んなザマでオレとやり合おうってのか? 笑えるねぇ。慌てなくてもテメェは次に会ったときしっかりブッ殺してやるからよぉ、せいぜい楽しみに待ってろや」


 そうとだけ言い残し、男たちは裏路地の闇へと消えていった。当然、間髪入れずに後を追おうとしたカミルであったが、逸る気持ちとは裏腹に肉体は思うように動いてくれず、その場にどうと倒れ込む。


「カミルさん!」


「カミル!」


「くっ……逃が、さない!」


 駆け寄ってきた日々也たちを尻目に、ふらつきながらも立ち上がるカミル。震える足も、乱れた呼吸も、流れる脂汗も全てを無視し、刀を杖代わりに歩を進める。


「ドクターストップよ、カミル」


 そんな彼の正面に、赤い服をなびかせながらふわりとロナが舞い降りた。

 いつの間にか離れた場所からことの成り行きを見守っていた彼女は、普段よりも冷めた視線と口調でカミルの歩みを阻害する。


「な、何を言ってるのさ、ロナ。あいつらを捕まえればミィヤたちの居場所が分かるんだ。だから……………」


「あんたの意向はできる限り尊重したはずよ。これ以上は見過ごせない。もしもまだ無茶を続けるつもりなら、私たちは………いえ、少なくとも私は今回の件についてもう手は貸さない。意味、分かるわよね?」


「…………………………分かったよ」


 二人の間でしか理解できないやりとり。それを制したのはロナの方であった。あからさまに不服そうではあったものの、彼女の言い分を聞き入れたカミルは戦闘中に投げ捨てた竹刀袋を拾い上げ、刀をしまって背負い直す。そうすることが、口にせずとも彼にできるロナへの誠意の見せ方だった。


「えっと、帽子は……と」


「ほら、ここにあるぞ」


「あぁ、ありがとう、ヒビヤ」


 手渡されたキャスケットを深くかぶり直し、カミルは再び自らの左目を外界から隔離する。

 これで、いつも通りの変わらぬ姿。だが、彼が何としても隠し通そうとした秘密を目撃してしまった以上、日々也たちが今までと同じように振る舞うなどできるはずもなかった。


「あ、あの、カミルさん。その…左目のことについてなんですけど……………」


「………ごめん、リリアちゃん。その話は場所を変えてからにしない? そろそろ、お腹に何か入れておきたいしさ」


 そう言って、冗談めかして笑うカミルは、二人の目にはどこか儚げに映るのだった。

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